第三十五話 曇天
サブタイトルが思い浮かばない!!
こんにちは、吉良義人です。
初めに何か言っていますけど、適当に無視してやってください。
そういえば、もう夏に入りましたねぇ~。
………
………
………
あ、それだけです。
「――というわけだったんだよ!!」
「そ、そうですか……」
宿の受付前で、ハヤトはテナを相手に語っていた。己が経験した、一年にもわたる苦行の数々を。己が経験した、神殿区の全てを。
「そう、僕は嘆いた。なぜこんな時に、僕は何の動きも起こせないのか、と……だけれど、僕はその機会を待ち続けて――」
「――ああ、そこで良いですっ! もう、十・分・です!!」
さすがに聞くことにも疲れたテナが、疲弊しきった表情で言い切る。あまりに強い語調に、ハヤトは少しだけ残念そうな顔をするが、すぐに気を取り直す。
チラッと宿の奥を一瞥したハヤトは、怪訝そうな表情でテナに尋ねる。
「……アリアは、ここにはいないの?」
「あ、アリアはですね、その……」
ハヤトの問いに対して、言いづらそうに顔を俯かせるテナ。こういう時は、下手に急かさない方が良いだろう。ハヤトは、テナが言いだすのをジッと待つ。
テナはその間、ハヤトの顔をチラチラと見上げていたが、やがて決心が固まったらしい。頭から記憶を探り出すように眉をひそめながら、静かに語り出した。
「アリアは、ハヤトさんが神殿区に入ってから一ヶ月後に、神殿区に直訴したんです」
「……直訴? ずいぶん直接的だね……」
何やら騒々しい話題になってきた。
ハヤトは気持ちを真剣なものに切り替え、テナの次の言葉を待つ。
「でも、どうやら直訴は全て、うやむやにされて結局、追い返されるの繰り返しらしくて……」
「相手にされなかったのか。まあ、当然か……」
「アリアはそれでも、何回も神殿区に行っていたんです。そしたらある時から、神殿区の対応が変わったんです」
神殿区の対応が、変わった。
その原因は、神殿区の次期教皇を巡る内部対立が、激化し始めたからだろうか。
ハヤトがその旨を尋ねてみると、テナはコクリと頷いてみせた。
「どうやら今の候補者の一人、イオリアという人――女の人の方が、冒険者に対する処置を激化する方針をとっているらしく、その影響で……」
「頻繁に訪れる冒険者のアリアが、その矛先に?」
確認するようなハヤトの問いに、テナは暗い表情で頷く。
それを見やりながらハヤトは、心の中に滞りのようなものを感じ、考え込む。確か一年前にイオリアを見た時は、大して身分は高い方ではなかったはず。身分が高いのであれば、監獄まで先導するような仕事はしないだろう。
だとすればイオリアは、およそ一年だけの間で大躍進を遂げたことになる。そのための何らかの工作をイオリアは施しているはず。
またイオリアの事とは別に、監獄の中に突如出現した仮面の男の存在も気にかかる。
まさしく、一寸先も見通せないような暗雲の中を手探りだけで進んでいくような心境。これから一体、何をするのがいいのか。そもそも、今何が起こっているのか。基礎情報が、まるで足りていなかった。
「――? ハヤト――? ハヤトさん?」
「――え? あ、どうかした?」
思案に集中するあまり、テナが喋りかけてきていることに気が付かなかったらしい。迂闊な自分を恥じたハヤトは、テナにもう一度言ってもらえるよう、頼む。
テナはハヤトのことを心配げな視線で見ていたが、もう一度語り出した。
「それで神殿区から警戒されるようになったんですけど、アリアはそれを先に悟ったみたいで。神殿区より一足早く行動して、今も姿を暗ませています」
「……それは。予想以上に大変なことになっているね」
アリアが自分と同じく、逃走者となって今もどこかを彷徨っている。そうなる元の原因は、自分である。
そう考えていると、ハヤトは感じる。己の心から、罪悪感にも似た感情が沸々と湧き出してくるのを。――ふと、テナが己を心配そうな目で見つめてくることに気が付いたハヤト。
「……そういえば、テナはどうしていたの?」
「えっ!? 私ですか? 私は、その……アリアが神殿区に追われるようになったって聞いて、それでとりあえず隠れようって、だからその……」
テナはそう言ったきり、居心地悪そうに肩を小さくして、俯いてしまった。
それを見て、少しだけ考えて、それでハヤトは理解する。
「すみません。私、ずっと横から見ていただけで――」
「いや、別に構わないよ。というより、僕としてはテナみたいにしていてくれてた方が良かったんだけどね」
彼女は、ハヤトがいない一年の間、自分が何も出来なかったことを悔いている。自分が何も出来ないでいる間に親友が傍を離れ、いつしか自分一人が取り残されてしまったような感覚。
「よしっ、それじゃあアリアを探しに行こうか!」
気を取り直すように、声の調子を明るくして宣言してみせるハヤト。それを怪訝そうに見つめたテナだったが、ハヤトの意図を悟ったのだろう。コクリと頷き、そしてはにかみながら笑顔を覗かせる。
それを見て安堵した表情を浮かべたハヤト。だが直後に、背中の辺りをクイクイッと軽く引っ張る力に気が付き、そちらの方を振り返る。
「え、ルイス!? どうしてここに?」
「帰ってこないから、何かあったのかと思って……」
部屋の中にいたときと同じ格好で、ルイスはハヤトの背中に隠れるような位置で立っていた。そしてテナの方を警戒しながら、チラチラと視線を投げかけている。
どうやら、知らぬ間にルイスに心配をかけてしまっていたらしい。
とりあえずルイスに何かがあったわけではないことに安堵したハヤト。だがそこで、妙にそわそわした様子のテナに気が付く。
「……テナ? どうか――」
「ハヤトさん!!」
「……な、何でしょうか?」
突然、やや血走った目でハヤトの方を見るテナに、ハヤトは顔を引き攣らせる。だがテナはそんなハヤトから視線を外してルイスに固定させ、そしてゆっくりと口を開いた。
「……こちらの子が、話に出てきた……」
「あぁ、うん。この子はルイスで、僕と同じところに――」
「ハヤトさん!!」
「……な、何でしょうか?」
ギュリンッと音が聞こえそうな勢いで首を回転させたテナは、ハヤトに向かって鼻息荒く、親指をグッと立てる。
「――グッジョブです!」
「……えぇっと……何が?」
顔を引き攣らせるのみならず、脂汗まで浮かべ始めたハヤトだが、テナはそれに構わず、十指を蠢かせながらルイスに一歩、また一歩と近寄る。
「ひぅっ!?」
「ちょっ、ちょっとテナ!?」
尋常ではない様子のテナをどうにかして押し留めようと、ハヤトはテナの華奢な両肩に手を置く。するとテナは、小さな声で囁きだす。
「……ハヤトさん」
「な、何でしょうか、テナさん」
姿の見えない迫力に圧され、なぜか敬語になってしまうハヤト。
「……アリアを探している間、ルイスちゃんは誰かが守ってあげないと駄目ですよねぇ」
「そ、そうですね」
だけれど、今のテナに預けることには、ルイスを一人で置いていくこと以上の危機感を感じずにはいられないのですが。
そう思わずにはいられないハヤトだが、鬼気迫るテナを前にして、そんな言葉を紡ぎ出せるはずもなく。
「……私が、ルイスちゃんを守ってあげますよぉ」
「……じゃ、じゃあ、任せようかな……」
「えっ、ちょっ、ハヤトさん!?」
戸惑ったような声をルイスが出しているが、ハヤトにはどうすることも出来なかった。
泣く泣く宿屋を後にするハヤトは背中越しに、欲望に染まりきったテナの怪しげな言葉と、ルイスの悲鳴が聞こえてきた。
××××××××××
「――ふぅぅ……」
世界樹の葉を揺らす冷たい風を受けながら、彼女は溜め息を漏らした。彼女の眼下に広がっていたのは、第零層都市エーレン。エーレンを出てから、もうどの位の時間が経っただろう。
妙な感慨を覚えながら、彼女――アリアは、シュバルツの展望台を後にした。その背中には一年前と同様の、フェルト家で生産された弓が背負われている。
シュバルツの大通りを歩いていると、もうすっかり顔馴染みになってしまった商人たちが、アリアに快活な挨拶を飛ばしてくる。それらに軽く手を振って応対しながら、アリアは早足で大通りを歩き去る。
どこに向かっているわけではない。ただ、出来る限り動いていないと、すぐに奴らに場所を捕捉されて、襲撃を受ける。人通りの多いところで襲撃されるような事態だけは、回避したかった。
大通りを抜け、裏通りへ。柄の悪そうな人間が多数絡んでくるが、全て無視して更に歩き続ける。
どこまで行っても、人目が途絶えるような場所が見当たらない。
徐々に焦り始めるアリアは、人目が少なそうな場所の方へとどんどん進んでいく。――それが、奴らの罠だと気が付いたのは、既に人目のない場所に到着した時だった。
日もまともに差し込んでこない、薄暗い裏通り。地面にはゴミが乱雑にばら撒かれ、異臭を放っている。アリアの前後の通路を、奴らが塞いでいた。
顔面を、獣を模した仮面で覆い隠し、それ以外は漆黒のローブで身を包んだ奴ら。本当に人間であるのかどうかすら疑わしい。
「……っ」
ついに捕捉された。
アリアは唇を噛み締めながら、背中の弓を展開する。久しぶりに感じる、心地よい反動。これが一年前であれば、心も同時に踊りだすところなのだが……
もはや残り少なくなっている矢を一瞥した後、キッと気丈な目で奴らを射抜く。
「……こんなところに誘い出して、私、いったい何をされるのでしょう?」
「………」
アリアの挑発するような言葉にも、仮面たちは何の反応も返さない。ただ淡々とローブの裾から各々の武器を取り出す。
予想通りではあったとはいえ、奴らを少しも動かすことが出来なかった事実に歯噛みする。
突如、仮面の中の一人が滑らかに地を滑るように、疾駆を開始した。その手に握られているのは、鋭利な刃を持った長槍。
矢を二本取り出し、一本を口でくわえると、手に握った一本を弓で放つ。空を斬り裂きながら飛来する矢は仮面を目掛け、そして弾き飛ばされる。だがそれは、ただのフェイクに過ぎない。
残ったもう一本を素早く、仮面の脚部目掛けて射る。槍で矢を弾いた仮面にとっては死角になる、射撃。
死角を通り抜けてくる矢に反応することが出来ず、仮面は矢を脚に受け、地に伏せる。そこを顔面目掛けて射られた矢に貫かれ、ピタリと動かなくなる。仮面とローブの間から漏れだす、黒い靄。
とりあえず仕留めたが、仮面たちはまだ十人以上いる。対して、こちらは残りの矢が十二本。仮面たちの迎撃は不可能ではないが、相当の難業だろう。
アリアに思案を巡らせる暇を与えず、アリアの前にいた仮面たちの中から三人、同時に攻撃を仕掛けてくる。それぞれ手に持っているのは長槍が一人、長剣が一人に、手甲が一人。
第一射を、手甲を身に付けた仮面の胸部目掛けて撃つ。仮面は横に跳んでそれを回避。だがそれで、第二射の射線上に二人が並んだ。
二発目を避けた手甲の仮面だが、その背後にいた、長槍を持った仮面が胸部に矢を受け、あえなく沈む。
長剣を持った仮面の斬撃を避け、手に持った矢でそのまま腹部を貫く。本来なら後衛に立ち、矢を射て戦う弓使いの想定外の行動に、仮面は反応出来ず、そのまま倒れた。
残りはただ一人。アリアは長剣を持った仮面を貫いたばかりの矢を真っ直ぐ、手甲を付けた仮面へと放つ。やはり身体を横に跳ばして難なくそれを回避した仮面に歯噛みするアリア。
このまま矢を撃っても、ほぼ確実に全てを回避される。だとしたら、次にとれる行動は……
僅かな逡巡。だがそれは、仮面にとって充分すぎるほどの時間だった。
仮面は地を滑るようにアリアに接近し、その拳を真っ直ぐに突き出す。何の小細工も存在しないが故に鋭く素早く、重い一撃。
直前で我に返ったアリアは、それを後退することで辛うじて回避する。だが仮面も、それで終わらせるほど甘くはなかった。
手のみならず足、膝、頭、肘などによる攻撃を織り交ぜた連撃。初めの一二撃は避けたアリアも、すぐに加速していく攻撃が処理できなくなる。
「――くぅっ!」
このまま回避を続けても、ジリ貧。その上、まだ動かないでいる他の仮面たちが動かない保証はどこにもない。
余計な思念を浮かべていたのが災いしたか、それとも焦りを感じていたことが動きを単純化させたか。恐らくは、その両方が原因。仮面が繰り出した足払いに反応出来ず、アリアは体勢を崩し、地面に身体が沈み込む。
「――っ!」
咄嗟に上げた視線の先では、アリアに留めの一撃を下そうとする仮面の姿。ここから動いて回避出来るような速度ではない。確実に仮面の一撃は、内臓を破壊する軌道を描いている。
間近に迫った死の恐怖に息を呑み、思わず目を瞑るアリア。目蓋の裏で、一年前までの出来事が矢のように過ぎ去り、そして消えていく。
やがて振り下ろされた必殺の一撃が送る衝撃。身体を硬直させるアリアだが、その衝撃はいつまで待っても訪れない。
恐る恐る目を開けたアリアの視界に飛び込んできたのは、曇天気味の灰色の空。仮面の姿は、見当たらない。
身体を起こしたアリアは、目撃する。一年前に別れを告げて以来、一度も見れなくて、これまで待ち焦がれた姿が、そこにはあって。
「……ハヤト……さん……」
最新話、如何だったでしょうか。
ここ最近、自分の書いてきたものを見て若干後悔していますが、その程度ではへこたれません。ええ、まだまだ頑張りますとも。
これから夏休みだぁ、と学生なら誰もが感じる喜びに浸っていますが、それで執筆速度が上がるかと言えば、正直微妙なところです。本当に申し訳ない。
ただこれからも頑張っていく所存ですので、応援していただけると幸いです。
それでは、拙作が読者の皆さまにとっての何かになればと思いつつ、この辺りで失礼します。




