第三十二話 陰謀
こんにちは、作者の吉良義人です。
今回は何とか一週間以内にお届けする事が出来ました。一安心、といったところでしょうか。
それでは『第三十二話 陰謀』、どうぞよろしくお願いします。
世界樹第四十二階層都市シュバルツの、神殿区支部。純白の塗装と金色の装飾が施された神殿には、冒険者たちの信仰を受けるだけの神々しさが感じられる。
ハヤトとアリアは今、その神殿の中で、一人の神官と対峙していた。純白の衣で身を包んだ、清楚だが、どこか人を軽蔑するような雰囲気の感じられる女性だ。神官として相応しいのだろうか。
ハヤトが世界樹内で放火を行ったと最初に話した時は随分と慌てふためいていたが、今では大分冷静さを取り戻したらしい。淡々と、彼女はハヤトに向かって語りかける。
「――神木内で放火を行った罪により、あなたは一時、我々の元に身を置くことになります。いいですね?」
「………分かりました」
神官の言葉に、ハヤトは非常に嫌そうなしかめ面をする。
「あの、でもあの時はああする他に生き残る術がなかったので――」
「裁決は上層部で決定し次第、お伝えします。それまでは私たちの元に身を置くことになりますが……いいですね?」
「………分かりました」
「それでは、こちらにどうぞ」
アリアの言葉を遮り、神官はハヤトに歩くよう、促す。ハヤトは渋るような様子を見せながらも、案外素直に彼女について歩き出す。もう既に、大分諦めたようだ。
「あの、ハヤトさん……」
「あ、アリア。今日は帰れそうにないから、僕抜きでテナと食事してきてくれないかな」
「……分かりました。ハヤトさんのこと、待っていますから」
アリアの言葉に驚いたような顔をしたハヤトだったが、すぐに表情を崩し、笑顔で腕を軽く上げ、肯定の意を示してみせる。
やがて、ハヤトと神官は神殿の奥へと通ずる扉を抜けて、姿が見えなくなる。
ハヤトの姿がいなくなるのを確認したアリアは、小さく息を吐いてから、テナと合流するために神殿を出ていく。振り返りながら、ハヤトの消えていった扉に視線を投げかけたアリアの目は、どこか心配げな色で彩られていた。
××××××××××
神殿の中を奥へ奥へと、壁に付けられた燭台からの明かりを頼りに通路を真っ直ぐ進んでいく。ハヤトの武器は既に没収されてしまい、おまけに手首には、重く冷たい鉄の手枷が嵌められている。無理矢理逃亡するのは難しい状態だ。する気もないが。
「……あの、一つ聞いてもいいでしょうか?」
「何でしょうか。私に答えられる範囲であれば、お答えします」
重く圧し掛かってくるような沈黙の中、ためらいがちに口を開いたハヤトに、神官はやはり淡々と言葉を返す。
「僕は裁決の下されるまで、どこに入れられるのでしょう?」
「ここの神殿には、罪人用の大部屋があります。神殿区の規律を破った者は皆それぞれ、近くの神殿区支部にあるその部屋に収容されます」
「……収容、ですか……」
まったくもって、嫌な響きの言葉だ。ハヤトは小さく、神官にも聞こえない程度の声で呟く。
「ここ最近は誰も禁忌を犯していなかったのですが……、残念なことです」
神官が小さく、だがはっきりとした声で嫌味を言ってくるが、ハヤトは何も反応しない。その程度の嫌味にむかっ腹を立てるような気力さえ、ハヤトには残っていなかった。
通路を大分歩いた辺りで、左側に地下へと降りていく階段が現れる。どうやら螺旋構造になっているらしく、上からでは到底、下の様子は伺えない。階段の下に闇があって、それが全ての光を飲み込んでいくような錯覚が、ハヤトを襲う。
「この階段の下が……」
「はい。罪人用の大部屋となっています。それでは、私はこれで失礼します」
神官がハヤトの後ろに回り、軽く礼をする。それと同時に、階段の下から白銀の甲冑を纏った騎士が現れ、ハヤトの腕を掴む。
「では、こちらに来て頂こう」
「……分かった」
兜の下から聞こえてきた、男の低い声。かなり若い。ハヤトと同じくらいの年齢だろうか。だが、兜は騎士の顔面全体を覆っているため、その真相は判明しない。
「それでは、失礼します」
神官がハヤトの後ろで小さく礼をして、元来た通路を戻っていく。
騎士に連れられて、ハヤトは階段を降りていく。階段を辛うじて照らしているのは、壁にある燭台の小さな灯だけ。注意深く見なければ、足元すら正確には見えない。
階段を降り始めて三分ほどが経過し、螺旋を五、六周した辺りで、ハヤトと騎士の前に重厚な鉄の扉が現れる。
「この扉の先が、お前の部屋だ」
「……うん、分かった」
この先に入ったら最後、ハヤトの命運は完全に神殿区に握られた事になる。世界樹攻略に貢献しながら死ぬ事は覚悟していた上に本望だったが、処罰という形で死ぬのはハヤトにとっては正直、耐え難い。
騎士がハヤトの前に出て、扉を両手で掴む。そしてくぐもった声を出しながら、渾身の力で扉を引く。扉はギギギィ……、と金属質な音を立てながらゆっくり開いていき、やがて半分ほどだけ隙間が出来る。
「……入れ」
やや疲労の滲み出る声で騎士に促され、ハヤトは部屋の中に入る。
装飾の類は一切されていない、殺風景な部屋。ベッドが何脚かある他には、何も無い。幾つかあるベッドの内の一つに一人の少女が座って、ハヤトの方を警戒と困惑の入り混じったような眼差しで見つめていた。それ以外には誰も見当たらない。
その少女の歳は、ハヤトよりも幾分か低いだろうか。美しく整いながらも、まだ幼さを残す顔立ちが、少女がまだ成人を迎えていないことを如実に表わす。少女の、腰まで届きそうな銀色の髪が、さらりと流れている。肌はきめ細かく、美しい。だが、その色は真珠のようなそれを通り越して、どちらかと言えば青に近いほど病的な白色だった。
ハヤトが部屋に入ったのを確認すると、騎士は扉を閉め始める。低い音を出しながら扉はゆっくりと閉まっていき、やがて完全に通路は塞がれる。
「……ふぅ」
これでもう、後戻りは出来なくなった。
後は神殿区の裁決を待って、それに従う他に道は無い。
確かに度が過ぎていたとはいえ、生き残るために行った事が原因で身柄を拘束され、挙句の果てにこれからの生き方を他者が勝手に決定する。しかも自分はそれに従わなければならない。
これまで自分の道は自分で切り開く事を信条としていたハヤトにとっては、陰鬱となるような状況だ。
だが今さら後悔したところで、もう遅い。
ならば、せめて裁決が下されるまでの時間は自由に過ごさなければ、ハヤトの気が済まなかった。だからとりあえず、未だにハヤトの事を怯えた目で見てくる少女に話しかける事にした。
「……君は――」
「あ、あなたはっ、誰ですかっ?」
少女が警戒心をむき出しにして、ハヤトに怯えるような声で尋ねてくる。鈴を転がしたような、高く澄んだ声。ハヤトはその声に一瞬だけ聞き惚れてしまう。
「………。僕は、ハヤト=シラキ、禁忌を犯したから、ここに収容された罪人だよ」
ハヤトの言葉が意外だったのか。少女は目を大きく見開き、そして尋ねてくる。
「それじゃあ、さっきの人と仲間じゃ……」
「違うね。僕は、あいつらの仲間なんかじゃない」
騎士たちとは仲間じゃない。
その事実が、少女のハヤトに対する警戒心を大分拭い取ったようだ。少女は安心したように大きく息を吐く。
「あっ、わ、私はルイスと言います! よ、よろしくお願いします!」
「う、うん……。そんなに畏まらなくても……」
少女――ルイスは必要以上に身体を固くして、自己紹介をたどたどしく終える。そして、苦笑しながらされたハヤトの指摘で、ようやく自分の今の状態が分かったのだろう。ルイスは気恥ずかしそうに小さく笑みを浮かべる。
「……あの、それではどういう人なのでしょうか?」
「神殿区の定める禁忌に触れてしまった。ただそれだけだよ」
ハヤトの言った事に、ルイスは思いのほか、興味深そうな顔をしてみせる。
「……どうかした?」
「い、いえ……。ただ、私、外に出た事がないので……。あの、神殿区というのは……?」
何という事だ。
この少女は、物心ついた時からこの監房にいるとでも言うのか。そんな事を神殿区がやって、許されるのか。
……いや、違う。こんな事を公に知られて、神殿区が無事なわけがない。ならば真実は単純。神殿区が一人の少女を監禁している事を、完璧に隠蔽している。世界樹内で随一の力を持つ組織だからこそ出来る行為だと言えよう。
「……君は――」
ハヤトはルイスに、いつから監禁されているのか確かめようとして――止める。初対面の人間を相手に、この小動物を連想させるような臆病なルイスが自分の事を流暢に語ってくれるのは難しいと考えたからだ。
「……? あの、どうかしましたか?」
言葉を途中で切り、不意に沈黙してしまったハヤトが心配になったのか。ルイスは、気遣うような眼差しでハヤトを見つめ、遠慮がちに言葉をかけてくる。
出来るだけルイスを安心させようと笑顔を浮かべながら、ハヤトはゆっくりと語りだす。
「いや、何でもないよ。それより、神殿区の事だったよね? 神殿区っていうのは――」
ハヤトの喋る当たり前の世界の常識一つ一つに、ルイスは新鮮な驚きを見せる。どう見ても、初めて知った者の反応だ。
だがハヤトは、彼女の反応にどこか、懐かしいような感じを受ける。この少女のような人間を、前にもどこかで見ていたはず。それも、割と長い時間を……。
「そ、それではっ、あなたは外では一体何をやっていたのでしょうか?」
「……僕は、地上にある世界樹を登る、冒険者だった。大切な仲間がいて、彼女たちと一緒に――」
あぁ、そういう事か。
ハヤトはルイスのコロコロと変わる表情を見て、ルイスの事を懐かしいと思った理由を悟る。
この少女は、テナに似ていたのだ。姿形や性格が似ているというわけではない。ただ、二人とも表情が非常に多彩で、それでいて見ている人間を自然と和ませる。現にハヤトも、いつの間にか自然と笑えている。
「……あの、どうかしましたか?」
「……え? あ、ごめん」
どうやらまた、言葉を途中で切らせてしまっていたらしい。己の迂闊さを内心で恥じながら、ハヤトはルイスに語り直す。
ハヤトの話す事柄一つ一つに多彩な反応を示すルイスを見ている内にハヤトは、自分の心がどこか安らいでいく事に気が付く。そう、今の状態もそんなに悪くはないと思い始めている事に……。
××××××××××
「――それでは、あの男は?」
「ああ。決議通り、当分はあの部屋に監禁しておく」
まだ暖かい日の光が地を照らす時間。
世界樹第四十二階層都市シュバルツの神殿区支部内の、とある通路。
日の光がまともに差し込んでこないそこで、二人の男女が話し合いながらやや早足で歩いていた。片方はハヤトを連行した、例の女神官。そしてもう片方は、全身に司祭の衣装を纏った中年の男。聖職者として長い間采配を振るってきたからか、その身体からは相当な威圧感が感じられる。
「……殺さなくても、いいのですか? あのような人間は、我々の目的における最大の障害となりますが……」
「構わん。どうせ、あそこから出られはしないのだ。それに下手に殺して下衆共の反感を買えば、面倒だ」
「………了解しました」
司祭の言う事を聞いた女神官は、恭しく頭を下げる。それを司祭はつまらなさそうに一瞥し、鼻を鳴らしてから、靴音を響かせて歩き去ってしまう。
歩き去っていく司祭の出す靴音が遠ざかった事を確認してから、神官は不機嫌そうに床を踏み鳴らし、息を荒げて、固く握った拳で壁を殴りつける。
「くそっ! ……なんであんな男が……!! あんな奴、結局はただの臆病者じゃないか……!!」
「イオリア様。お気持ちを静めて下さい。ここであまり迂闊な事をすると……」
「分かっている!! そうだ、あの目的を果たすためにも、あの男は利用する必要があるんだ。それ位、私にも分かっている」
気配を微塵も感じさせず、通路の柱の陰から一人の男が出てきて、神官――イオリアに恭しく言葉をかける。全身を黒装束で覆い、更に顔面には獣を模した仮面を付けている。
その無駄のない身のこなしが、彼が相当の手練であることを雄弁に物語っている。
イオリアは興奮を収めるように数度深呼吸をし、そして元の冷静な声で仮面の男へと語りかける。
「……あれの研究はどうなっている?」
「順調です。もう一年もすれば、完成するかと……」
「そうか。そうかそうか……。後一年、後一年だけだ……!!」
そして喜悦の表情を浮かべ、イオリアは口元に大きく弧を描く。目が、残忍な色に縁取られる。
「……イオリア様。一つ、お尋ねしたい事があります」
「何だ? 計画の事なら、別の場所で話すが」
「例の少女の事です。あれは最早、利用価値の無い存在。生かしておくだけ無駄だと思うのですが……」
仮面の男の言葉に、イオリアは一瞬だけ息を詰まらせる。だがすぐに淡々とした声で返答する。
「……いや。あれは、教皇への切り札だ。殺すにはまだ早い」
「……分かりました」
それだけ告げて、仮面の男は元のように気配を完全に遮断し、身を何処かへ潜ませる。先程まで本当に彼がいたのか、それが疑わしくなるほどの、熟練の技だ。
仮面の男が消え去ったのを見て、イオリアは悔しげに唇を噛み締める。
「……全て、出し抜いてやる。全て……神殿区も、冒険者も、貴族も、世界樹も、奴らも……!!」
イオリアの目に執念の火が燻る。
「全部……あの娘のため……!!」
『第三十二話 陰謀』、如何だったでしょうか。
ここにきて新キャラクターが何人か登場しましたが、もう増やせない。そろそろ覚えられなくなってきますから。僕が。
そして最近、物語が勝手にどこかへ暴走していきます。非常に困ったものです。投稿前に決めていたプロットとは全然違う感じになっていく。本当に終わらせられるのでしょうか……?
さて、それでは今回はこの辺りで失礼します。
『世界中のはやぶさ』をこれからも応援して下さい。




