第二十六話 混沌
こんにちは、作者の吉良義人です。
今回は宣言通り、少しだけ早めに更新させていただきました。(本当に少しだけ、ですけど……)
そろそろ、夏も近づいてくる今日この頃。それに伴って近づいてくる初夏の湿り気にはうんざりしています。初夏なんか、なくなってしまえ!!
それでは、『第二十六話 混沌』、どうぞよろしくお願いします。
世界樹攻略から生還した冒険者たちの活気が溢れる、第二十九層レシアの大食堂。
その一角では、テナとアリアが夕食を食べていた。
「――それにしても、ハヤトさんは大丈夫でしょうか……?」
「うーん……。まあ、多分大丈夫じゃないかな?」
心配そうな様子のアリアに対し、テナはテーブルに並べられた肉料理をついばみながら、言葉を返す。
世界樹上の都市では、日持ちするような加工の出来る肉が大量に備蓄されている。野菜などはある程度現地調達することも出来るのだが、魚は鮮度が命であり、現在の技術ではそれを長持ちさせることが出来ない。
肉料理より魚料理の方が好きだったテナにとっては、それだけが残念であった。
「なんでテナはそんな呑気でいられるのかしら……」
「だって、ハヤトさんは特に悪いことはしていないもん」
正論ではある。
ハヤトは、力をもって反抗してきた学生に抵抗するために、同じく力を用いたのだから。
だが事実として、ハヤトはまだ大人になりきっていない学生に対して暴力を振るったというものがあるからして。
「そんなこと言ってもですね……」
そのことをよく分かっているのだろう。
アリアは、時折、心配そうな目で外を見つめる。そうしたところで、ハヤトが現れるわけでもないのだが。
「あ、ハヤトさんだ……」
「えっ!? 本当ですかテナ!!」
突然テナが発した言葉に、アリアは驚きを顔にのせ、そして外の方に向かって目を凝らす。だが、いくら見てみようと、ハヤトらしき姿は確認出来ない。
「あ、あのテナ。ハヤトさんはどこに……」
「ほら、あそこ」
怪訝そうに尋ねたアリアに、テナは肉料理を租借しながら、大食堂の一角を指差す。
アリアがそちらを見てみれば、確かにハヤトがテーブルを前に座っている。遠目ではよく分からないが、ハヤトが前にしているテーブルには、大量の皿が所狭しと並べられている。あれだけの量を一人で食べるとでもいうのか。
若干の呆れの表情を浮かべながら、ハヤトの方に歩み寄っていくアリア。
「ハヤトさ――」
そこまで言ったところで、アリアが突然硬直する。
「……? どうしたの、アリア?」
「あ……あ……」
「……?」
怪訝そうな表情を浮かべて、テナがアリアの顔をのぞみこむ。
対して、アリアは手をゆっくりと上げ、そしてハヤトの方に指を差す。
「あの方……誰?」
テナが、アリアの指し示すほうを見る。そして、
「……彼女、かな?」
ハヤトの前にあるテーブル。それを挟んで、ハヤトの対面には一人の少女が座っていた。
××××××××××
「……これくらいで満足か?」
目の前に並べられている、大量の皿。
そのあまりの量に辟易としながら、ハヤトはテーブルを挟んだ対面に座る少女を見る。
ハヤトの記憶の中では、世界樹の中では手のつけられないほどの猛者となるその少女は、今ハヤトの目の前で、今宵の食事を前に唾液を垂らしそうなほどになっている。
「………いただきます」
短く告げ、リンは手に食器を持ち、そして勢いよく夕食を喰らい始める。見ていて気持ちの良くなるような威勢の良さだ。
「……ま、いっか……」
幾分か軽くなってしまった財布をしまい、ハヤトも目の前の食事に手を付け始める。
なるほど、かなり活気のある街だけあって、料理もなかなか美味い。
「ふむ。さすがレシアといったところか……」
「………美味い」
どうやら、リンもハヤトと同意見だったらしい。
非常に満足気な表情を浮かべて、リンは目の前の料理を平らげていく。
「………僕が少なくない金を払って買ったものを……。もう少しありがたみをもってくれよ……」
「………感謝する」
「お前なあ……」
まだ何か言いたげなハヤトに、リンは小首を傾げる。
「……まあいいけどさ」
「それはそうと――」
「ハヤトさん!?」
「あれ、アリア?」
突然かけられた言葉に、ハヤトは横を見やる。
そこに立っていたのは、アリアだ。その隣には、テナもいる。
アリアはどういうわけか、目を大きく見開いてこちらを見ている。それに対してテナは、口をもぐもぐと動かしている。何か食べている途中なのだろうか。
「やっと合流できたね。良かった良かった」
「……ハヤトさん。これはどういうことですか?」
「へ?」
何だろう。アリアに勘違いされているような気しかしない。
ハヤトは、アリアを出来るだけ刺激しないように言葉をかける。
「これって……何?」
「そちらの方のことです! 私がハヤトさんのことを心配している間、ハヤトさんは女の人とイチャイチャ――」
「い、イチャイチャ!?」
アリアから放たれた、予想だにしなかった言葉に、ハヤトは思わず声を裏返す。
「はい。いったい、いつ、どこでナンパしたのですか?」
「いや、違うんだって――」
何で、こんな弁明のようなことを言っているのだろう。
ハヤトの頭の隅では、そんな言葉が響く。別に、後ろめたいことは何もしていないのだが。
「こっちの子は、僕の知り合いなんだ。ちょっと前に、世話になっていて……。そうだよな、リン」
確認を取るように、ハヤトは未だに肉料理にかぶりついていたリンに目を向ける。
リンはゆっくりと目を上げ、そしてハヤトのやや必死そうな顔。それとアリアの疑わしそうな顔を見る。
「………? 何のこと?」
リンは、小首を傾げる。
「リン!? 本当のことなんだから肯定してくれ!!」
「……ハヤトさん?」
「はいぃぃ!!」
背後からかけられた言葉に、思わずハヤトは直立体勢をとる。
「本当のことを――」
「………私とハヤトは、前から知り合いだった。それは真実」
鈴を転がしたような、澄んだ声がハヤトとアリアの耳に入ってくる。
「リ、リン?」
ハヤトがリンの方を見やれば、リンは真っ直ぐにアリアを見つめている。
「そ、そうなのですか?」
リンの眼光の鋭さに、アリアはややたじろぎながらも、はっきりとした言葉を返す。
アリアの言葉に、リンはこくりとうなずいてみせる。
どうやら、修羅場(?)を回避することは出来たらしい。ハヤトは深く、安堵の息を吐き出す。
「………ごちそうさま」
リンの声が、聞こえてくる。
見れば、リンの前に展開していた皿が全て、空になっている。
「リ、リン。これ、全部食べたのか……。相変わらず、食欲はすごいな……」
感心したように、ハヤトは息を吐く。アリアとテナも、ハヤトと同様に、驚いたように目を見開いている。
それらを一瞥したリンは、どこか誇らしげに胸を張る。
「……それじゃ、そろそろ出るか」
既に冒険者も大方いなくなった大食堂を見渡して、ハヤトは呟いた。
××××××××××
大分冷たい夜風を浴び、ハヤトは思わず、身体を馬のように震わせる。
「うぅ……。大分冷えているな……」
ハヤトは立ち止まり、そして後ろ――正確には、リンを見る。
「そういえばリン。お前、今何をやって食っているの?」
「………傭兵みたいなこと」
「ふーん……」
二年前。ハヤトが冒険者を引退してから、リンに関してはまったく音沙汰が無かった。そのため、リンが今、どこで何をやっているか。そもそも、生きていたかどうかすら分からなかったのだ。
もっとも、最後の懸念に関しては、絶対にないとは思っていたが。
「………世界樹関係の依頼を受けて、それをこなしている」
「なるほど。リンに仕事をうけてもらえたら、そいつは幸せ者だな」
「………何故?」
小首を傾げるリンを横目で見ながら、ハヤトは歩く。
ある程度歩き、そして宿場が多く見られるところまで来た時、ハヤトたちの前に分かれ道が出てくる。
「………それじゃ」
「あ、そっちに行くのか。分かった。じゃあ元気でな」
「………今日は会えて良かった。また会えることを、祈る」
「えっ、お、おぉ……」
予想もしていなかったリンの言葉に、ハヤトは言葉がはっきりしなくなってしまう。
リンも、かなり顔立ちの整った美少女の部類に入るのだ。そんな少女に「また会えることを祈る」だなんて言われて、男が何も思わないほうがおかしいだろう。
「…………むむっ……」
もっとも、女子の場合はそうではないが。
ハヤトは、隣から突き刺さるような、アリアの疑念の視線を感じる。
リンはそれを知りながら、何も反応せず、そのまま走り去ってしまった。
夜闇に隠れたリンの姿を目で追いながら、ハヤトはアリアとテナに声をかける。
「それじゃ、僕たちも今夜の宿を探そうか」
「分かったよ。でも、こんな時間に空いているような宿屋ってあるかな……」
「ま、探すしかないんじゃないかな?」
そう言って、ハヤトはリンが行った方向とは別の方に足を向け、歩き出す。が、十歩も進まないうちに立ち止まり、そして前方の闇を睨みつける。
「……そこにいる奴、出てこいよ」
アリアも気が付いていたのだろう。闇に向かって、身体を身構えさせる。
どうやら、テナはまったく気が付いていなかったらしい。おたおたと慌て、そしてハヤトたちの後方に控える。
「……やっぱり、流石は冒険者。といったところですか……」
闇の中から出てきたのは、学生服を身に纏った少年。昼間、ハヤトが殴り飛ばした少年だ。
「お前か……。まだ僕に用があるのか?」
そう言いながら、ハヤトは身体を低くし、いつでも動けるような体勢になる。
「いえ。別に大したことでもないのですが……。昼のお返しをしておこうかと、思いまして」
「……なるほど。面倒だな……」
どうやら、恨みを買ってしまったらしい。
こうした恨みは、後々まで引き伸ばしておくのは危険だ。発覚したらなるべく早いうちに対処するに越したことはない。
「それで。一人じゃ無理そうだから、今度は複数で、ってことか?」
「はい。自分と相手の力量の差を、見測ることが出来ないほど、落ちぶれたつもりはありませんから」
思ったよりも素直に、ハヤトの言うことを認めた少年。
ただのバカか、それの類かと思っていたハヤトだったが、少年に対する認識を改める。
「そういえば、自己紹介をしていませんでしたね。シュウ=サクライです。どうぞ、お見知りおきを」
「ハヤト=シラキだ。別に覚えなくてもいいけど」
「そうですか。それではハヤトさん。いざ、勝負です」
そう言うが早いが、シュウは重心を低くした状態で駆け出す。指はまっすぐに伸ばされ、一つにまとめられている。
「まったく。冒険者志望のくせに対人戦用の体術かよ……」
思わず呟きながら、ハヤトは更に身体の姿勢を低くする。決して、自分から動こうとはしていない。
「――シッ!!」
短く気迫の声を上げ、シュウは刺突を繰り出す。その標的はハヤトの鳩尾。昼の戦闘から感じていたが、人の急所ばかりを狙う体術だ。暗殺用だったりするのだろうか?
そんなことを考えながら、ハヤトはシュウの攻撃を弾き飛ばす。それと同時に足を振り上げるが、蹴ったのは空気だけ。
後退していくシュウを見ながら、ハヤトは周囲に増えた気配の数を数える。
「二、三……六人か。僕一人に、随分と手を入れるもんだね」
「厄介だと思ったものは、徹底的に破壊するのが信条ですから」
良くも悪くも、徹底しているなと感じる。
「テナ、アリア。二人とも、手は出さなくていいぞ」
「分かりましたわ」
「ハヤトさん。気をつけてね」
二人の声援を背中越しに聞きながら、一気に殺到してきた気配に、ハヤトは面倒くさそうに息を吐いた。
『第二十六話 混沌』、如何だったでしょうか?
読者の皆様を少しでも楽しませることが出来たならば、幸いです。
題名の割りに軽い話じゃないか、と思われる方が大多数だと思いますが、まあそこは気にしないでいただけると……!!
もうゴールデンウィークも終わりつつありますね……。
非常に名残惜しいです。連休、カムバーック!!
そんなこんなで『世界樹のはやぶさ』を今後も、よろしくお願いします。
それでは、次回の更新もお楽しみください!




