第二十二話 死闘
こんにちは、作者の吉良義人です。
今回の話は、いったいどういう風に書けばいいのか、わりと真剣に悩んだりしています。
読者の皆様方からアドバイスのようなものがありましたら、ぜひお伝えください。
それでは『第二十二話 死闘』、どうぞよろしくお願いします。
「狙うとしたら、魔結晶くらいか……」
そう言ったは良いものの、ハヤトには魔物の魔結晶の位置は大体の見当が付いているだけで、正確には分かっていなかった。
恐らくは、魔物の中心部付近。
あの粘液で保護された先に存在しているのだろう。
「――せいっ!!」
ハヤトは剣を左上から右下へへ斬り下ろし、そのまま返す刃で斬り上げる。剣は魔物の粘液を斬り飛ばすが、魔物に、それが苦痛に感じている様子はない。
一度後退して魔物の反撃を避けた後、ハヤトは一気に踏み込んで剣を一文字に薙ぎ払う。剣は魔物の身体を中ほどまで斬り抜けていき、大量の粘液を飛沫のように撒き散らせながら抜けていくが、ハヤトの手に魔結晶が当たったような手応えはない。
急いで後退した後、ハヤトは魔物とにらみ合いに入る。
「……相性が悪いか……」
例えば、戦っているのはハヤトではなくリンであったならば。
一太刀で魔結晶ごと魔物の身体を両断し、あっけなく勝負は終っていただろう。
例えば、戦っているのはハヤトではなくエルダであったならば。
遠距離を保てさえいれば、簡単に魔結晶を射抜けるだろう。
例えば、戦っているのはハヤトではなくエレックであったならば。
……きついかもしれない。
ともかく、ハヤトの剣は生憎、攻撃力よりも速度に重点を置いた設計となっており、素早い攻撃で魔物を翻弄することこそが、本来の戦い方なのだ。
だが、今戦っている魔物を相手にするには、速度よりも攻撃力が必要だと言えた。いくら相手を翻弄できたところで、決定的な一撃を入れるのは至難の業だ。
どうにかして、魔結晶の位置さえ掴めれば戦いようはあるのだが……。
「――っ!?」
突如、後ろから凄まじい殺気を感じ、ハヤトは脇へ身を投げ出す。
その直後、白い閃光となってハヤトのいた地面に振り落とされた一本の剣。見れば、その剣を握っているのはロイだ。
「……お前……!?」
「……え? ハヤト、かい……?」
ロイはしばし呆然とした顔でハヤトの顔を見た後、ハヤトと戦っていた魔物を見て、ようやく状況を理解したらしい。
「ごめんハヤト。魔物だと思ってて」
「……いや、問題ない。それより、こいつをどうにかする方が先だ」
ハヤトは、魔物の方を顎で示しながら話す。
ロイもハヤトの言葉にうなずき、剣を魔物へと構える。
「魔結晶の位置が掴めなくてな。ほんの少しでいい。時間を稼いでくれないか?」
「……何か作戦があるんだね。よかったら聞かせて――」
「そんな余裕はないぞっ!!」
ロイの言葉を強引に遮ったハヤトは、跳躍して迫ってきた魔物の巨体を避け、同時に剣を振り下ろす。が、不安定な姿勢からの力のこもっていないハヤトの斬撃は、魔物の身体をかするに留まってしまう。
即座に後退してから、ハヤトは腰の袋に手を突っ込み、一つの黒い玉を取り出す。
ロイが魔物と交戦しているのを確認してから、ハヤトは黒い玉から延びていた一つの布に、火打石で迅速に火を灯す。
「ロイ、伏せろぉ!!」
どこか冷たい印象を受けるその玉を、ハヤトは魔物に向けて投擲し、そして地に伏せる。
玉は魔物に向かって一直線に飛来し、そして飲み込まれる。その直後、世界樹内を岩盤が崩れるような轟音が響き、魔物を中心に紅蓮の業火が地を飲み込む。
「――なっ!?」
「ロイ、大丈夫か?」
「あ、ああ、大丈夫だけど……。これは?」
身体中に煤を負いながら、ロイはハヤトに尋ねてくる。
「少し前に趣味で作っていた、爆弾みたいな物。と言っても、火を撒き散らすだけだけどね」
そしてハヤトは炎の中――魔物のいた方を真剣な眼差しで見つめる。
「…………やったか?」
「……いや、まだじゃないかな」
直後、炎の中から例の魔物が出現し、その巨体で周囲の火を消し始める。
「……くそっ、今ので駄目だと、かなりきついぞ……」
若干の焦りが混じった声で、ハヤトはロイに向けて呟く。
ロイはそれに答えず、ただ黙って魔物の方を見つめるのみ。
やがて魔物は消火が終了したのか、再びそろそろと近づいてくる。だが、ハヤトの爆弾攻撃を警戒したのか、その動きはどこか慎重なそれになっている。
それを確認して再び剣を構えたハヤトだったが、ふと、魔物の身体に起きている異変に気が付く。
「……なあロイ」
「どうした、ハヤト?」
「……あいつ、なんか小さくなってないか?」
「……え?」
見た感じ、魔物の体格が始めて見た時と比べて、幾分か小さくなっているように思えたのだ。それに、動きも最初より幾分か緩慢なそれに変化している。
「……見えてきたな、希望」
「…………ああ」
「ロイ? どうしたんだ?」
「…………いや、なんでもない」
どうにも言葉を濁らせようとしているロイを怪訝そうに見つめるハヤトだったが、やがて魔物の方へと向き直る。
「今、僕の手元に残っている爆弾は三発。どうにかそれで、あいつを無力化する」
そう言うや否や、ハヤトは一直線に魔物に向けて駆け出し、剣を中段に構える。
魔物がハヤトに向けて突き出した粘液の槍を、横にずれることで避け、そして素早く剣を斬り払う。
ハヤトが斬り上げた剣は魔物の槍を半ばで斬り飛ばし、更に魔物の粘液を減らす。
それには構わず、魔物は全身を広く一枚の布のようになるまでのばし、そしてハヤトの身体を包み込もうとする。
ハヤトは足元で燃え続けていた火で爆弾を引火し、それを地面に置くと自分は全力で走り、そして地に伏せる。
世界樹を轟かす、二度目の轟音。
撒き散らされた破壊の衝撃波は魔物とハヤトの身体を滅多打ちにし、煉獄の業火は魔物の身体を焼いていく。
全身を薄く延ばした状態で喰らう、全身を燃やし尽くそうとする炎を浴びるのは相当のダメージがあったのだろう。爆弾の炎に、次第に身体を焼き尽くされていく魔物は初めて苦悶の様子を表し、地をのた打ち回る。
「………は、はは……」
それを見ていたハヤトは、腰の袋から更にもう一つ、新たな爆弾を取り出す。
「……これで……勝ち、か……」
半ば虚ろになった眼で、ハヤトは爆弾に新たな火を灯す。火は少しずつ導火線となる布を焼いていく。
ハヤトの身体を、心地よい高揚感が包み込んでいた。
それは、かなりの強敵の魔物を倒せることで生まれたものなのか。それとも、自分がロイよりも劣っているわけではないと証明できるからなのか。それとも、ただハヤトの全身を覆う数多の傷の痛みが生み出した、一種の幻想だったのか。
いずれにしろ、この時のハヤトはどこか、正常な判断が出来る状態ではなかった。
だからだろう。
下の階層へ戻る穴が既に開放されており、そこから一時離脱を試みれば、万事解決であったというのに。冒険者であれば、魔物との勝負の決着以上に、自らの命を繋ぐことを優先するのは当然なのに。ハヤトは今、魔物を徹底的に滅ぼすことを選択した。
すでに布のほとんどを焼き尽くした爆弾を、魔物に向けて投じようとしたハヤト。だがハヤトは、直前まで気付くことができなかった。
「――せやぁぁあああ!!」
「――っ!?」
背後で立っていたはずのロイが剣を抜き払い、あろうことかハヤトに斬りかかってきたことに。
その斬撃は、魔物との戦闘でも見せなかった、真の本気の斬撃。世界樹の中を駆ける銀色の光となり、ハヤトへと急迫してくる。
すでに、避けられるような時間ではない。
そうだ。
今にして思えば、自分がまず初めにロイを疑いだしたのではないか。
そのたびに自分は、そういった思考は嫉妬や羨望といった黒い感情の生み出した雑念だとして、すべてを深く考えてこなかった。
世界が、全て遅れて見える。
ロイの放った渾身の一撃は、既に振り下ろされている。
ハヤトはどうにかしてそれを避けようとするが、絶対に間に合わない。そして、手の中にはすでに火がすぐ近くまで迫った爆弾。
どうにかしてロイの攻撃を避けられたところで、この爆弾の爆発は止められるわけがない。すぐに灼熱の炎が魔物やロイの身体もろとも、ハヤトの身体を焼き尽くして、全てを灰へと変えてしまう。
全てが、終わる瞬間が来たのだろうか。
もう、後悔したところで何が起こるわけでも無い。
あきらめかけたハヤトの視界の隅に、見慣れた少女の姿が入った気がした。
少女はすぐそこまで迫っており、ロイに向かって体当たりをぶつけている。
ロイはそれを受けて体勢を大きく崩し、剣はハヤトよりも大きく離れた位置に当たる。
一命を取り留めたのか?
いや、まだ脅威は残っているではないか。
「に、逃げろ……!!」
駄目だ、もう間に合わない。
そう分かっていても、ハヤトは叫ばずにはいられなかった。
「――逃げろルティア!!」
直後。
世界樹中を、大きすぎるほどの爆音が響き渡る。
そして、ハヤトの視界は真っ白の閃光で埋めつくされ、ハヤトは意識を失った。
××××××××××
「………くっ……!!」
全身でうずき続ける鈍い痛みを気力で押しのけ、ハヤトはよろよろと地面から立ち上がる。
どれだけ意識を失っていたのだろうか。
いや、そう長い時間ではあるまい。
いまだに周囲で燃え盛り続ける業火から、ハヤトはそう察する。
周囲を見渡せば、そこにあるのは炎、炎、炎、炎。辺り一面中、全てを燃やす紅蓮の炎が空を舐め続けていた。
見れば、近くにはロイが転がっている。
意識を失っているだけなのか。それとも既に死んでしまったのか。寝たまま、ぴくりとも動こうとしない。
それを確かめるような気力もわかず、ハヤトは地面に落ちていた自分の剣を拾い上げる。
「……そうだっ、ルティアは!?」
ハヤトの心の中を、急速に不安の影が埋めつくしていく。
まさか、すでに炎に呑まれてしまったか?
嫌な予感がハヤトの心に差し、ハヤトはまだ自由に動きそうにない身体に鞭を打ち、無理矢理辺りを歩き回る。
あちこちで燃え盛る炎のせいで、周囲の様子がろくに分からない。それでも、ハヤトは探し続けた。
いない。
いない。
いない。
どこにもいない。
心を絶望が埋めつくし、ハヤトは思わずその場に膝を着いてしまう。
「……噓だろ……。ルティア……!!」
「………ハ……さん……」
炎の上げる轟音の中から、少女のものと思われるか細い声が聞こえてくる。
ハヤトはガバッと起き上がり、すぐに声の聞こえた方に向かって走りだす。
無限に続くと思われた炎の迷宮を走り抜け、ついにハヤトは、地に伏すルティアの手を見つける。幸い、その手の先には、炎がそれほど燃えていない。これは幸運だ。
ハヤトは歓喜の表情を浮かべ、そちらへ走り、そしてその先を見る。
「……………ぁ……」
ハヤトの表情が硬直し、次いで深い絶望の色に縁取られる。
あの魔物が、ルティアを捕食している。
ルティアの身体に、肉体的な損害はない。だが、あの魔物の捕食は、どうも他の魔物とは違うらしい。
うつむけに倒れているルティアの上に圧し掛かるような体勢の魔物の体内では、ルティアの身体から魔物の中心に向けて、淡い光のようなものが立ち上っている。
ルティアの顔には既に、生気というものが感じられない。
「……ぁ、ぁぁ………ぁぁあああ!!」
自分でもう、何を言っているのかが分からない。
ハヤトは無我夢中で手の中の剣で魔物に斬りかかるが、魔物は俊敏な動作でそれを避け、そして距離を取る。
魔物から解放されたルティアだが、その眼は虚ろで、無表情だ。
「……ルティア、ルティア!!」
「…………ハヤト、さん……?」
意識を取り戻したのか、ルティアの眼に少しだけ、淡い光が灯る。
「良かった……。ルティア、あと少しだ。あと少しで、みんなの所まで帰れる!! それまで諦めるな!!」
「…………ハヤトさん。私はもう、もちません……」
「………」
「………ですから、一言だけ、伝えさせてください」
ルティアの言葉に、ハヤトは沈黙でしか返せない。
それが紛れもない事実であるから。そして、そのことをルティアは一番、よく理解できるから。
「………こんな時に言うのもおかしいと思うのですが……」
そして、ルティアは力の無い笑いを浮かべる。
「――私、ハヤトさんのこと、好きです」
「………っ……」
それを最後に、ルティアからの言葉は途切れる。
言葉通り、死力を尽くして発した言葉だったのだろう。
ハヤトは無言でルティアの遺体を横たえ、そして立ち上がる。
「………僕もだよ。ルティア……」
ハヤトは剣を構え、そして魔物の方を見つめる。
ルティアから力の類でも吸収したのか、魔物は最初会った時と大して差分無い姿をしている。が、そんなことはハヤトにとって、どうでもよかった。
今はただ、胸の中にぽっかりと空いた穴を、どうにかして埋めたかった。
ハヤトの頬を、一筋の涙が流れる。
全身を包んでいた倦怠感など、今は跡も形も無い。
「……うおおぉぉぉおおお!!」
身体の内で暴れ狂う悲しみの嵐をぶつけるように、ハヤトは魔物に向かって突貫を仕掛けていった。
××××××××××
炎がくすぶり、黒い煙が立ちこめる中。
ハヤトは、眼の前の魔物に向けて、最後の一太刀を浴びせる。
魔物はもはや一つ一つが小さな雫になるほど、無残に切り刻まれていた。
ハヤトの振り下ろした剣は魔物の魔結晶を叩き割り、そして魔物の身体は塵と化していった。
「………くそっ……」
「ハヤトーー!! 無事かーー!!」
下の階層から、エレックの声が聞こえてくる。
自分と共に戦ってきた、大切な仲間の声。
それでも、ハヤトにとってそれは空虚なものに思えた。
「いたぞ!! ハヤトだ!!」
この階層に上がってきたエレックは、辺りの惨状に眉をひそめる。
「……おいハヤト。これはいったい――」
エレックが突然、言葉を詰まらせる。
地に横たわるロイと、ルティアの姿を認めたからだろう。
「………エレック。僕は――」
「――冒険者を、引退する」
『第二十二話 死闘』、如何だったでしょうか?
本当ならもっと深く書くべきだったかと若干思ったりもするのですが、どう書けば良いのかさっぱり……。
駄目な作者ですね、本当に。
あと、ヒロインを殺すというのはかなり気が重かったりしたのですが、これを書かないと話として成り立たない……。
ただ一つだけネタバレさせていただくと、彼女は後でまた出てきます。どのような形でとは言いませんが。
一応、今回で過去編は終了し、次話で第二章も終了。その次からは第三章がスタートする予定です。
これからも読者の皆様には、『世界樹のはやぶさ』を応援していただけると幸いです。
それでは、今日はこのあたりで失礼します。




