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世界樹のはやぶさ  作者: 相良義人
第二章
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第二十一話 開戦

こんにちは、作者の吉良義人です。

今回の話はいつもと比べて少し、長く書いてあります。ご満足いただければ幸いです。

それでは『第二十一話 開戦』、どうぞよろしくお願いします。

 眼前に迫り来る、魔物の豪腕。

 紙一重でそれを避けてから、ハヤトは剣を横向きに薙ぎ払う。剣は魔物の胸部を斬り裂くが、傷は浅い。続けて背をかがめて、背後から突進していた魔物を前に転がすと、一匹目の魔物の胸部を剣で貫いた。

 魔物は、核となる魔結晶を破壊するまでは絶対に消滅しない。それは、どんなに深い傷を負っていても、通常の生物の倍以上の速度で再生を行うからだ。だが、その再生の間は身動きは取れない。

「――せいっ!!」

 気迫の声を上げ、ハヤトは眼の前に立っていた魔物の魔結晶を砕く。

 魔物は断末魔の悲鳴を上げてから、身体を塵へと変化させ、やがて砕かれた魔結晶のみを残して消え去ってしまう。

 背後では、リンが大太刀を豪快に振るい、魔物の首や腕を斬り落としている。

 傍に倒れていた魔物の魔結晶を踏み潰し、ハヤトは小さく溜め息を吐いた。

「ふぅ、これで全部か。さすがに五体を二人でやるのは疲れるね」

「………お疲れ様」

 世界樹第82層の内部にて、ハヤトはリンと共に探索していた時、五体の魔物の集団と遭遇し、戦闘に入っていた。

「それにしても、さすがに最前線は魔物が多いな」

「………あまり狩られていないから」

 剣を腰の鞘に収め、ハヤトは若干痺れた右腕を揉み解す。

「まったく、それにしても――」

 ハヤトは、途方に暮れたように、ぼんやりとした明かりでのみ照らされた世界樹の奥を見渡す。


「――あいつら、どこに行ったんだ?」



     ××××××××××



 事の始まりは、ハヤトたちが第82層に到着してから一週間ほど経過した頃だった。

 怪我も完治したため、ハヤトたちの世界樹計測に付き添っていたロイだったが、その時の計測後、突如ルティアと共に拠点から姿を暗ませてしまったのだ。持って行ったのは、使用していた装備と幾つかの保存食。それだけだ。

 どうも盗難を働いたようには思えない。という事で、ハヤトたちは二組に分かれて、世界樹内を探索していた。

 遠距離攻撃を主とするエルダは、盾役になりつつあるエレックと。ハヤトとリンはどちらも、機動力重視だから。

 そういった理由で組み分けをしたハヤトだったが――

「……これは、間違えたかもな……」

「………? 何が?」

「いや、なんでもない」

 これまでの攻略で共に戦って分かっていたが、リンはパーティでも一番、好戦的な性格だ。そんな彼女と組めば、ほぼ必然的に、もう片方の組よりは上の階層を探索しなくてはならない。

 普段は散々エルダに恐怖心を抱いているエレックが、エルダと組んだ時に嬉しそうな顔をしたのは、こういう事が理由だったのか。

 ハヤトは今更ながら、後悔する。

「それにしても、あいつらは何処に行ったんだ?」

「………あの男の欲求を考えると、もっと奥」

「……だよね……」

 ハヤトの視線の先、世界樹の奥は、ただ薄暗く口を開けており、言葉では形容できないようなドロドロとした怪しさが立ち込めている。

 小さく溜め息をこぼし、ハヤトはゆっくりと歩いていく。そんな矢先だった。通路の脇から魔物が五体ほど、同時に出現したのは。



     ×××××××××××



 何時まで経っても、ロイたちの姿どころか他の冒険者の姿も見かけない。さすがに違和感を覚えてきたのか、ハヤトの顔にも不安の影が差し込み始める。

「まさか、次の階層まで行ったか?」

 不安をどうにかして払拭しようとしたのか、少し明るい声でハヤトは言う。次の階層、というと、世界樹第83層。まだどの冒険者も足を踏み入れていないという、言葉どおりの未開の地だ。

 もちろん、そんな所へ二人だけで行けるほど、世界樹は甘くない。

 その事を十分知っているからこそ、言う事の出来た言葉だったが、

「………可能性として、無い訳じゃない」

 即返されたリンの言葉に、ハヤトの表情は今度こそ暗くなる。

「………けど、難しいと思う」

「まあ、そうだろうけどな……」

 難しい表情で、ハヤトは必死に眼を凝らして世界樹の薄暗い奥を見つめる。が、そうしたところで人影が見えるような事はなかった。

「……そろそろ、戻った方が良いかな……?」

「………これ以上進むと、私たちが帰れなくなる」

「それもそうか……」

 名残惜しそうにハヤトは奥を見つめるが、やがて諦めたように首を左右に振る。

「仕方ない、ここで僕たちはもど………待ってくれ」

「………?」

 じぃっとハヤトは世界樹の奥を見つめる。

 ぼんやりとした光で照らされた先、そこに、何かが横たわっていた。

「あそこに何か、倒れていないか?」

「………?」

 ハヤトの言葉に、リンも眼を細めて奥を見つめているが、何も見えないのか僅かに首を傾げる。

「……ちょっと見てくるよ」

「………あ」

 何か言いたげだったリンを置いて、ハヤトはその何かへと歩み寄っていく。徐々にその何かの正体が分かってくるにつれて、ハヤトの足はどんどん速くなる。

「まさか……?」

 何かのすぐ傍まで走ってきたハヤトは、その正体を確信する。

「……ルティア?」

 ルティアは、どういう訳か世界樹の中で一人、倒れていた。その頭からは一筋、血が流れ出している。どうやら気を失っているだけらしく、息はしているが、それも浅い。

 先程、普通なら群れないはずの魔物が五体も同時に出現したのは、ルティアの血の匂いに誘われたからだろうか。

「おい、大丈夫かルティア!?」

 ハヤトに追いついたリンも、ハヤトの脇から心配気に様子をうかがっている。

 ハヤトは慌ててルティアの下にしゃがみ、抱き起こす。ルティアの肩を揺さぶっていると、ルティアは小さなうめき声を上げながら、ゆっくりと眼を開く。

「ルティア……。よかった、眼を覚ましたか」

「………無事?」

「……ハヤトさん……? ここは……?」

「世界樹第82層。僕たちは、君とロイの捜索のためにここまで来た」

「ロイ……。そうだ、ロイは!?」

 いきなりルティアは身体を起こし、焦った様子で辺りを見渡す。近くにロイがいないことを知るや否や、ルティアは負傷中にも関わらず、立ち上がって歩き出そうとする。

「ルティア、まだ無茶はだめだ」

「ロイを……。ロイを探さないと!! ロイを連れ戻して――」

「………寝ていて」

 ハヤトの制止の声を聞かず、歩き出そうとするルティアの首下へ向けて、無音でルティアに接近したリンが手刀を振り下ろす。

 リンの手刀を受け、かすれた声を出しながら、ルティアはその場に崩れ落ちる。

「………任務完了」

「あ、ああ……。とりあえず、拠点に戻した方が良いよな」

 言いながら、ハヤトはルティアが目指そうとしていた先――世界樹の更に奥を見つめる。

 ロイ。

 ルティアの恋人で、記憶消失中の冒険者。

 ハヤトよりもはるかに優れた冒険者――少なくとも、ハヤトはそう考えている――で、その強い意志でハヤトたちの命を救った。

 つまりは、どんなことをしても返せないような恩を、ハヤトはロイから受けている。そして、ルティアはロイを連れ戻すことを望んでいた。

 ならば、ハヤトがすべきことは一つだと思えた。

「……リン」

「………分かった。こっちは任せて」

「助かるよ」

 それだけ返して、ハヤトは奥へと走っていく。

 ハヤトが一人で行って無事な保証も無かったし、何よりロイが生きているという保証も何処にも無かった。ただ、ハヤトは自分がそうしたいのを感じて、走っていた。

 あちこちを見やりながら走っていたハヤトはやがて、普通なら複雑に入り組んでいるはずの世界樹がどういう訳か、真っ直ぐ一本の道になっていることに気が付く。

 これは何だ? 何かが自分をこちらへ誘っているのか?

 ハヤトの頭の中を、不可解な疑問が埋めつくしていく。が、ハヤトの足は止まらない。それどころか、ますます速くなっていく。

 すれ違う魔物に牽制だけしながら闇の中を一直線に走りぬけたハヤトの前に、大きな広間が出現する。魔物が潜んでいるような気配も感じられない。そして広間の端に、縄梯子が打ってあることに気が付く。

 縄梯子の先を見てみれば、上の階層――世界樹第83層へと続く穴が、ぽっかりと口を開けている。

 広間には、ハヤトが来た方以外、外に続くような通路は何処にも見当たらない。ならば、ロイはあそこを登っていったと考えて良いだろう。

 すぐに縄梯子に駆け寄り、第83層へと登るハヤト。

 縄梯子を登りきったところで、辺りに濃く漂っている血の匂いに気が付く。が、死体のような物は何処にも見当たらない。

 念のため、縄梯子のすぐ近くで身を屈め、辺りの気配を探る。が、魔物どころか人間の気配も感じられない。

「……ロイは何処だ?」

 そこからは幾本か通路が延びていて、やはり新しい階層なのだとハヤトに強く認識させる。

 これで手詰まりかと、辺りを見渡したハヤトの眼の中に、すぐ近くに存在していた上の階層――第84層へと続くと思われる穴が入ってくる。が、それはこれまでの穴と比べて、随分低い位置にある。縄梯子が無くても登れるほどの高さだ。

 ロイは確か、世界樹の上を目指していたはず。ならば、ここに来たロイが、どの通路を通ろうと考えるか。答えは、考えるまでもなく、すぐに判明する。

 剣の柄をくわえて両手を自由にしたハヤトは、その穴を登る。

 そして、空気に漂う血の匂いがより一層、濃密になったことを感じる。

 身体を転がし、すぐに剣を手に戻して警戒の構えをとる。辺りを見渡していれば、これまたすぐ近くに上の階層――第85層へと続くと思われる穴が空いている。

 ――何かがおかしい。

 そう悟ったハヤトは、元来た道を戻ろうとするが、穴が透明な粘液のような物で塞がれている事に気付く。

 魔物の体液などの類か。だとすれば、下手に触れるのはまずい。

 身体を低くし、周囲に警戒するハヤト。息を潜ませ、耳をすませて魔物の接近を悟ろうとする。

 その時、重い物が引きずられる時に出るような、ずるずるという音が世界樹に木霊する。魔物の接近だ。

 ハヤトは眼を凝らし、必死に世界樹の先を見つめる。だが、闇に包まれたそこを動植物の発する僅かな光のみで見るのは、限りなく至難の業だ。

 光源の少ない世界樹内において、眼で見て戦うような事は日常茶飯事だ。そのため、冒険者は視界が不自由な状態での戦闘行為に、手馴れている。

 ハヤトは自らの気配を断ち、音を立てずに移動を始める。が、魔物は闇の中が見えているのか、ハヤトの方へとどんどん近づいてくる。

 相手の場所が分からず、更に相手には自分の居場所が知られている。圧倒的に不利な状況だ。このまま戦闘状態に入っても、不意を突かれる形で一気に押し切られるのは眼に見えている。

 これは、魔物が冒険者を喰らうための、狩り。

 魔物が一方的な状況を作り、成功率の高い状態で勝負を仕掛ける。

「………くそっ」

 床に生えている植物の明かりを頼りに、身体を限界まで屈めてそろそろと進むハヤト。どんなに眼を凝らして奥を見ても、何一つ見える気配がない。

 この状況で、魔物にとっては何処から仕掛けるのがもっとも楽でなおかつ安全か。ハヤトは必死に考える。

「――上か!?」

 答えが出た瞬間、ハヤトは横に身体を大きく転がす。

 直後、ハヤトがいた場所に魔物が落下してくる。だが、世界樹に響いたのは地響きではなく、液体が地面にぶちまけられた時に鳴るような、べちゃっという気持ちの悪い音。

 剣を魔物に向けながら、ハヤトは魔物の正体を掴むべく、眼を必死に凝らす。

 魔物は時間が経つにつれてその姿を変化させていき、原型を留めない。相当柔らかいのだろう。

 魔物は不快な音を響かせながら、ゆっくりと前進してくる。やがて、その姿が発光する植物の光によって照らされる。

「………なっ!?」

 ハヤトの眼に映ったのは、文字通り液状の魔物。だが、かなりの粘着質を持った液体らしく、それは大きな球体を作ったり、四角くなったりと形は常に変化させている。全身を仄かに蒼く染めており、奥の壁が見通せる事から、透明であると判断できる。

 魔物は唐突に立ち止まり、ぶるぶると身体を震わせたかと思うと、いきなり跳躍。その巨体でもって、ハヤトの方へと飛んでくる。

「くそっ!」

 脇に身体を投げ出し、辛うじて魔物の下から脱出するハヤト。立ち上がりざまに剣を薙いで魔物を牽制する。

 剣を、身体を変形させる事で避けた魔物は、そのままずるずると後退する。

「……魔結晶は、どこだ?」

 大きく跳躍し、天井に張り付いた魔物。そのまま静止し、奇襲の機をうかがい始める。

 ここでハヤトが取れる手段は二つ。

 魔物を天井から引き摺り下ろして接近戦を挑むか。フェイントで反撃を食らわせ、一気に仕留めるか。

「――せいっ!!」

 気迫の声を上げ、ハヤトは駆け出し、魔物の真下まで来ると剣を思い切り突き上げる。

 ハヤトの剣を囲む形に変形した魔物は、そのまま剣を囲いながら落下する。

 ハヤトは剣を離し、バックステップで距離を取る。そのまま流れるように懐からナイフを取り出し、投擲する。

 ナイフは魔物の中心部に深く突き刺さり、そしてそのまま飲み込まれる。

「……効いてないのか。面倒だな……」

 ハヤトの頬に、一筋の汗が流れた。

 天井から跳ね返された剣を掴んだハヤトは、魔物のとある一点へと、剣を真っ直ぐ向けた。

『第二十一話 開戦』、如何だったでしょうか?

読者の皆様のお暇を、少しでも紛らわせることが出来たのであれば幸いと思います。


過去編、予定ではこの話数で終わらせる予定だったのですが、思った以上に長くなったので分けさせていただきました。

予定ではあと二話ほどで第二章も終了させていただくつもりですので、お付き合いいただければと思います。


それでは、今回はこの辺りで失礼します。

これからも『世界樹のはやぶさ』を、どうぞよろしくお願いします。

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