第十七話 誤解
こんにちは、作者の吉良義人です。
これを書いているのは深夜なのですが、挨拶は「こんにちは」で本当に良いのか、ふと気になりました。
どうでも良いですね、気にしないで下さい。
それでは『第十七話 誤解』、どうぞよろしくお願いします。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ……」
世界樹第80層にて、息を盛大に荒くする大の男が二人いた。言うまでも無く、ハヤトとエレックだった。
「……っ、何で、僕から逃げる……?」
「てめぇが、追いかけてくるからだ……!!」
「それは、君が逃げるからだ……!!」
ハヤトは、ぜえぜえと荒い息を肩でしながら腰の剣を抜き払い、エレックに一歩ずつ迫っていく。
「……っ!! まだやるつもりかてめぇ!?」
「まだ、一太刀も入ってないからな」
「殺す気満々だぁ!?」
ハヤトの神速の斬撃を、エレックは奇跡的な身のこなしで避け、そして急いで元来た道を戻っていこうとする。
「……待て、逃げるつもりか……!!」
「当たり前だろバカ野郎!! てめぇに最後まで付き合っていたら、俺の首が飛ぶっての!!」
「……? 別に構わないだろう?」
「人の命を何だと思ってやがるお前!?」
命の危機に常に瀕しているような冒険者が人の命を軽く思うはずがないのだから、ハヤトの言葉はもちろん冗談である。しかし、ハヤトの、決して人に向けるようなレベルでない殺気が、エレックからそんなまともな思考を奪っていた。
そんな、無理をして見れば和やかに見えなくも無いやり取りを繰り広げていた二人だったが、ふと、唐突に足を止め、そして顔に警戒の表情を浮かべる。
「……おい、ハヤト。こいつは、血の匂いだぞ……」
「……分かっている」
「どうする? 一度戻るか?」
「戦闘音は全く聞こえなかった。実際に戦闘があったのは、もっと後だったはずだ。とりあえず、一回僕たちだけで様子を見に行こう」
「……分かった」
ハヤトとエレックはそれぞれの得物――剣とメイスを手に取り、周囲に警戒しながら、その匂いの元へとゆっくり歩みを進めていく。
徐々に匂いが強くなるにつれ、二人の表情は険しくなり、武器を握る手にも力が入ってくる。
そしてある程度歩いた時、急に二人の視界が広くなる。どうやら、それなりに広い所に出たようだ。
二人の視界の中に、上の階層へと続く穴と、そこから垂れ下がる縄梯子。そしてその下に倒れ伏している男の姿が入ってくる。
「……っ!? あれって……? おい、大丈夫か!?」
「待つんだエレック! 周りへの警戒を怠るな!」
ハヤトが注意の声を上げるが、エレックはそれを無視し、男の下へと駆け寄っていく。仕方なく、ハヤトは己の剣を正眼に構え、薄暗い世界樹の中を見渡す。
幸い、広間の出入り口は上の階層――第81層への穴と、ハヤトたちが来た道の二つしかない。
そして魔物は、階層を跨いで移動する事は無いため、結果として注意すれば良いのは元来た道だけとなる。
「おい、おい! 大丈夫か!? 聞こえているか!?」
「あまり騒ぐなエレック! 魔物が呼び寄せられる!」
「……ぁ、ぅ……」
ハヤトがエレックに注意を促した時、二人の耳をかすかな男の声のような物が打った。
「……っ!! 意識があるぞ!! まだ助けられる!!」
「分かったから叫ぶなバカ野郎!」
エレックの歓喜の叫びと、ハヤトの憤怒の叫びが世界樹内に響き渡る。
しまった。とでも言いたげな顔を二人がした直後、数人分の足音が聞こえてくる。いや、一つだけ特出して速い物もある。
「魔物かよ!? くそっ、せっかく生きてるって分かったのに!!」
「お前はそいつを連れて上に登れ! 僕が奴らを食い止める!!」
「お前は……?」
「少しだけなら食い止められる。それより早く!!」
足音はどんどん近づいてくる。いや、特別速かった者だけは、もはや目と鼻の先といった感じだろう。
ちぃっ、と大きく舌打ちを放ち、ハヤトは気配を可能な限り殺し、通路脇の壁に隠れる。剣を身体の線で隠すように持ちながらも、一瞬で斬撃を放てるよう、注意は怠らない。
そして、それは来た。
ハヤトの予想以上の速さを持ったそれは通路から一瞬体を見せ、そして一直線に駆け抜けようとする。エレックたちの姿を認め、そして仕留めようとしているのだろう。
だが、そうさせないためにハヤトがいる。
それの後ろから殺気を放ち、それの注意を引く。そして、それに向けて神速の斬撃を見舞う。
手加減無しの、殺すための一撃。
だがそれは、ハヤトの必殺の一撃をひらりと高く跳んで避け、そのまま空中で手にしている得物を振り下ろしてくる。
必要最低限の動きでそれを避け、ハヤトはエレックとそれの間に立ちはだかる。
世界樹の薄暗い明かりのせいで、襲撃者の顔がよく見えない。だが、その影から考察するに、あまり大柄ではない。むしろ小柄な体付きをしている。手にしているのは、身の丈を越すほどの細身の剣。
かなり手強い相手だ。
しかし、早く片付けなければ、残りの奴らもやって来て、ますます勝利するのは難しくなる。
息を整え、そして次第に気配を消していく。通常の戦いではやったところで意味がない行為だが、暗闇の中での戦闘であれば、話は別だ。
ハヤトの行動に気が付いたのか、相手も精神を統一し、ハヤトの姿を見失うまいとする。
――いくぞ!!
心の中で声を一つ上げ、ハヤトは手を忍ばせていた腰の袋から球状の物を取り出し、そして相手の方へと投じる。
それは放物線を描きながら相手の前まで飛んでいき、そして一瞬で斬り捨てられる。同時に、球から凄まじい破裂音が迸り、世界樹を揺らす。
その音に、相手は一瞬、身を竦ませる。
ほんの数瞬にも満たないような間だったが、ハヤトにとって、それは十分すぎるほどの隙だった。
一瞬で影との間合いを詰め、腹部を斬り払うように剣を凪ぐ。
完全に影を捉えていたはずの斬撃は、影の剣によって上部へ反らされ、それでも影の剣を跳ね飛ばす事に成功する。しかし、
「――がはっ!!」
ハヤトの腹部に凄まじいとしか形容できない衝撃が一回走り、肺から空気を締め出す。
次いで連撃を叩き込まれそうになるが、そこはさすが冒険者。続く拳の突き出しを体の線から逸らし、上段の回し蹴りを屈んで回避。そして相手に体勢を整える間を与えず飛び掛り、一気に押し倒す。
意外すぎるほど華奢だった腕を取り押さえ、顔面に拳を振り下ろそうとする。が、
「……あれ?」
「………ハヤト?」
発光性のある植物がすぐ近くにあったため、ようやく相手の顔が確認できる。
美しく整った美麗な顔に、一本に結わえられた髪。何を考えているのかが良く読み取れない無表情な彼女は――。
「り、リン!?」
パーティメンバーの一人、リンである。
巨大な太刀を手に、戦闘の要となるリンである。
パーティで一番、人との関わりが薄いと思われているリンである。
「……て事は……?」
「くそっ、遅かったか!? そこにいる奴、覚悟しろ!!」
「やっぱりだぁーーー!?」
奥から聞こえてきた、鬼の言葉。
急いでリンに体を押し付けるような形で伏せたハヤトは、背中のすぐ上を一本の矢が高速で飛来していくのを感じる。
「む、その声はハヤトか? ハヤトもいるのか?」
「あなたが今撃ったの、それが僕ですよ!!」
数人が走るような足音と共に、通路の奥からエルダとルティアが姿を現す。
「……なんだ、魔物じゃなかったのか……」
ハヤトが安堵の息を吐き、強張っていた体から力を抜く。そしてゆっくりと体を持ち上げていく。
「私たちもてっきり、魔物がいるものと考えていて――」
すでに眼に見える距離まで歩いてきたエルダとルティアが、不意に足を止め、そして言葉を詰まらせる。
「………ハヤト……」
何だと疑問にハヤトの耳に、リンの声が聞こえてくる。
……リン?
急いで現状整理をする。
ハヤトとリンは戦闘の名残で、ハヤトがリンの脇に両手両足を付く体勢。
エルダとルティアは、これまでの経過を全く知らず、そしてこのハヤトとリンの状態を見る。
これで、何が起こるか、よく考えてみる。
「……うおぅ!? いや、これは違っ、別に他意があった訳では……!!」
「……ハヤト。まあお前も男だからな、そういう気持ちになるのも分かるが……。さすがに世界樹の中は……」
「あなたは絶対に勘違いしている!! 別にそういう事ではない!!」
「……ハヤトさんも男ですからね。間違いが起こっていないだけ、まだセーフだと思いますよ」
「あなたまでそう思うのですかルティアさん!? ほらリン、君からも何か……」
「……すごく、気持ちよかった」
「「……っ……!?」」
「駄目だもう!!」
事態が急速に悪化している事を知ったハヤトは、急いで話を逸らすべく、エレックを呼び寄せる。
「おい、エレッ――」
「……お前、そっちが本命だったのかよ……!?」
「お前もかよちくしょう!!」
本気で頭を抱え、座り込むハヤト。
そんなハヤトを、それぞれが様々な感情の入り混じった視線で見守りながら、エレックたちは話を続ける。
「さっき怪我人を見つけたんだ。お前ら治療道具は持っているだろ? 早くそいつの治療を頼めないか?」
「……怪我人? 分かった。すぐに向かう。ルティア、お前も手伝ってくれ!」
「分かりました!!」
そして、エレック、エルダ、ルティアの三人は、先程の怪我を負った男の下へと駆けて行く。
それを、ハヤトは両手で膝を抱えて座り込みながら呆然と見送る。
「………ハヤト」
「……どうしたんだ、リン?」
「………さすが、やっぱり強いと思って」
「さっきの戦いは、僕が先手を打てたからだよ。対等な状況での勝負だったら、僕に勝ち目は無かった」
「………対等な条件下での勝負なんて、普通はあり得ない」
「……まあ良いや。どうもありがとう」
よっこらせ、と見た目に合わない声を上げながら腰を上げたハヤトは、よたよたとエレックたちの下へ歩み寄っていく。
「………大丈夫?」
「ああ、大丈夫。ただ、思っていたより体に衝撃が響いていただけ」
「………そう。ごめん」
「気にするな。あれが僕だったっていう確信が持てるはずが無いんだ。あの時は、リンの判断が正しかったよ」
やっぱり、リンは優しい娘なんだなぁ、と感慨深く思っていたハヤトは、エレックたちの様子――正確には、ルティアの様子がおかしい事に気が付く。
「どうしたんだ? 何か問題でもあったか?」
先程ちらりと確認した限りでは、男の傷は浅くは無かったが、応急処置だけでもある程度持つ上に、ちゃんとした治療を施せば普通に治る程度だったはずだ。
「……ハヤトさん……」
ハヤトの声に振り向いたルティアの顔は蒼白で、ハヤトは思わず、ごくりと唾を飲む。
「……この人、私の恋人なんです」
「……………え?」
『第十七話 誤解』、如何だったでしょうか。
毎度申しておりますが、読者の皆様の暇潰しのお手伝いが出来たのならば、作者はとても光栄です。
あと、感想は大歓迎ですので、気楽に書き込んでください。
今回は特に書く事もないので、一言だけ。
「無口っ娘は好きだああぁぁぁ!!!」
それでは、『世界樹のはやぶさ』を、今後もよろしくお願いします。




