第十六話 恐慌
こんにちは、作者の吉良義人です。
本来なら昨日の内に投稿できたのですが、僕の操作ミスで投稿が今日になってしまいました。本当にすみませんでした。
今回はいつもよりもやや、文字数が多くなっています。
それでは『第十六話 恐慌』、よろしくお願いします。
朝が来た。
とは言ったって、世界樹の中には僅かな日の光しか差し込まないため、ハヤトの体感では朝になったというだけなのだが。
「……ねむ……」
ハヤトの眼の下には黒いくまが広がり、彼が本当に徹夜して見張りを続けていた事を物語っている。
「……っ……?」
ハヤトが緩慢な動作で振り返った先、四つの寝袋を広げて寝ている仲間たちの中で最初に起きだしたのは、エレックだった。寝袋がもぞもぞと動き出し、やがて上体がゆっくりと起こされる。
「……おはようさん」
「………」
「なんだ、まだ皆寝ているのか……」
そのまま、エレックは再び寝袋の中に戻り、寝息を立て始めようとする。
――ぶちっ!――
何か切れてはいけない物が切れてしまったような音がし、続いてハヤトがゆらりと、燃え尽きて灰になってしまっている薪の前を立ち上がる。そしてふらふらと生気の感じられない動作でエレックの枕元まで立った。
「……? ああ、ハヤトか。お前は起きていたんだな」
「………死ね……」
「……え? ちょっ、まっ、ハヤト!? ちょっと様子がおかし……!!」
寝袋に入っているがため、エレックが自由に身体を動かせない事を良い事に、ハヤトはキラリと輝く球体へ向けて、暴力の嵐を振り下ろしていった。
夜明けの世界樹に、男の悲鳴が一瞬鳴り響き、そして消え去った……。
「……痛ぇよハヤト……」
「……ついイラッときてやってしまった。後悔はしていない」
「せめて反省はしてくれ」
「うるさいぞ男二人! もう少し静かにしてくれ!」
すいませ~ん、と気の無い謝罪をエルダに返しつつ、ハヤトは手元の地図を見下ろした。
地図とは言っても、世界樹攻略最前線であるこの辺りは各層の内部を厳密に調査するなどといった事は一度も行われていないため、通った冒険者が自分の通った道が大体分かるように、大雑把に道を書いただけという物だ。そのため、酷い層では下の層から上の層への道が一本、適当に引かれているだけという物もある。
「……さっぱり分からん」
「当たり前だろう。詳しい測定どころか全域も回っていないんだから」
「だからって一本線だけでどうにかしろというのも無理だろ……」
ハヤトが根を上げるのも無理の無い話で、彼の手元の地図にはぐるぐるとよく分からない一本線が滅茶苦茶に引かれ、そしてその両端にやたら達筆に「第79層へ」と「第81層へ」とだけ書いてあるのだ。
「まあ攻略しながら書いたんだ。仕方ないだろ」
「だからってこれは子供の落書きレベルだよな……」
呆れたような溜め息を吐いたハヤトは、次いで新たな地図を取り出した。
どうやら同じく第80層――ハヤトたちの現在いる階層――の道を記した物らしく、これにはそこそこ分かりやすい道が記されていた。だがこの地図は、道が途中で途切れている箇所が幾つもある。
「……そろそろ第80層にも一週間は篭もっているのか……」
「いくら仕事とはいえ、同じ階層にこう何日もいると飽きるよな……」
はぁ、と今度は疲れたような溜め息を吐くハヤト。
「私たちの仕事が、攻略の大きな手伝いになっているんです。頑張りましょう」
ルティアが優しい声でハヤトにそう言うと、ハヤトはぎちっ、と硬直し、次いで妙にぎこちない動作でルティアに対し頷いてみせ、そして足早に歩き始めた。
「……? どうしたんでしょう、ハヤトさん?」
「……何も言ってやるな。あいつはあいつなりに色々悩んでいるんだよ」
エレックの言葉に、ただただ不思議そうな顔をするルティア。
それを見たエレックは、密かに溜め息を吐き、そしてハヤトに哀れみの視線を送った。どういう訳かそれを感じ取ったのか、ハヤトは無言でエレックたちの所まで戻り、そしてエレックを一発殴打してから再び、歩き去っていく。
「……ストレスでも溜まっているのでしょうか?」
「……まあ、それもあながち間違いとは言えないな……」
「仕方の無い事です。何せ、まだまだ危険な最前線付近を、休まず歩き続けないといけないのですから……」
「あ、うん、そうだなー……」
ルティアのずれた心配を横目で見ながら、エレックは今度は、自分たちの仕事に対して溜め息を吐く。
エレック――つまりは、ハヤトやエルダたちも――の仕事というのは、世界樹攻略最前線の一歩手前まで踏み込み、そしてそれぞれの階層の計測をし、出来る限り正確な地図を作り上げるという物だった。
最前線で戦う冒険者たちが安全に拠点に帰還できるよう、正しい道標を作り上げていく、という訳だ。見れば、ハヤトとエルダ、そしてリンは既に計測を開始しており、持ってきた白紙に様々な計測結果を記している。
三人の様子を横目で確認しながら、エレックは自分の武装を持ち直し、そして発光性の植物で淡く照らされた世界樹の中を、油断なく見渡す。
自分とルティアの役割は、ハヤトたちが計測している間、魔物が近づいてこないか見張り、そして可能な限り迅速に魔物の情報をハヤトたちに伝える事だ。つまりは自分たちがいなければ、ハヤトたちは魔物に先手を取られ、最悪の場合、死に至る事もある。非常に重要な役割な訳だ。
自分たちが文字通り、仲間の命を背負っている。それ相応の緊張感を――。
「――ふぁ……。ねむ……」
「エレックさん!? 何を言っているんですか!?」
「だって、要は立っているだけだし……。最悪、ハヤトを置いて逃げれば良いし……」
「……何を言っているんだお前はッ!!」
ギョッとしたエレックが振り返った先には、般若も裸足で逃げ出しそうなオーラを放ちながら、静かに歩み寄ってくるハヤトの姿。
それを確認した途端、エレックの身体は無意識に後退を始めていた。
「――ッ!? 何でハヤトお前!? 今計測中じゃ――ッ!?」
「僕の担当する分は全部終わった。後は何もする事がないから、しばらくは自由なわけ」
「……さすが、仕事が速いなハヤト……」
「あぁ。だから、僕はこれからの時間をどう過ごすか考えていたんだけど――」
エレックの頬を伝う、一筋の冷や汗。
それを無視した死神から、哀れな被害者に向けて、無慈悲な言葉が投げかけられる。
「――ちょうどいい。お前を潰すか」
「――――――ッ!!」
世界樹の空洞に響き渡った、エレックの言葉にならないような悲鳴。
それからしばらくの間、エレックは文字通りの意味のデッドレースを小一時間、続けざるを得なくなった。
××××××××××
世界樹第82層。
世界樹攻略の最前線の地となるこの階層に、五人の冒険者がいた。彼らは世界樹の中を一応確認していくものの、目印となる無味無臭の赤い粉を撒きながら、ただひたすらに前へ前へと歩き続けていた。
彼らは皆、武装の隙間から包帯の白が見え隠れし、ある所では赤く染まった包帯も見れる。一目で分かる。彼らは軽度は様々だが、皆怪我を負っている。
「……あったぞ。次への道だ」
その中の一人の声が言う。顔面を鎧で覆っているのだろうか。その声はくぐもっていた。
「ようやく見つけた……。これでまた一つ、攻略は達成に近づいた」
「俺達が一番乗りかッ?」
「……ああ。他の奴らが来た痕跡は無い。どうやら、俺達が一番乗りみたいだ」
やったぞ、といった類の、歓喜の声が彼らから漏れてくる。だが、彼らを諌める静かな声が一つ、上がった。
「まだ喜ぶのは早い。ここに野営基地を作って、それで次の階層に乗り込むんだ」
それからしばらく、彼らは怪我をしているのを忘れているかのような機敏な動きで野営基地を設立し、そして一息つく。
皆無言で干し肉や乾パンといった物を腹に詰め込み、そしてそれを水で飲み込んだ後、ゆっくりと立ち上がる。
「……よし、行くか」
おうっ!! と気合いの篭もった声が一斉に上がり、彼らは先程よりも断然軽い動作で、上の階層へ登る支度をする。
まず、武装と縄梯子を持った冒険者が、肩車をされながら上の階層によじ登る。そして魔物がいない事を確認したその冒険者は地面に縄梯子を打ち込み、そして下の階層へと垂らす。
それを使って上の階層に乗り込んだ彼らは、再び歩き始める。が、しばらく歩いた所で立ち止まってしまった。
「……どういう事だ? 何でこんな近くに出口がある?」
そう。彼らが今いる第83層から、恐らく第84層へと繋がっている穴が、まだそんなに歩いていない彼らの前に出現したのだ。
「……案外、ここから頂上って、すげぇ近いのかもな」
誰か一人が言った言葉。それに皆励まされたように活気付き、そして意気揚々と上へと、先程と同じ手順で登る。
そして全員が登った先、すぐ近くに、今度は第85層へと繋がっているであろう穴が、天井にぽっかりと空いていた。
「……さすがに、これはやばいんじゃないか?」
何か不穏な物を感じ取ったのか、一人がそう言う。しかし、
「だからっつって、ここから逃げるんじゃ冒険者じゃねえだろ」
と誰かが再び言い、そして我先にと登ってしまう。
それを呆然と見上げていた冒険者たちだったが、やがて上に行った奴から大丈夫だ、と伝えられ、警戒しつつも上に登る。
そして全員が第85層に到着した時、それは起こった。
「――――ッ!? お前……、どういう、つもりだ……ッ!?」
肉を斬り裂くような嫌な音と、仲間の呻き声。そして次いで彼らの耳を打ったのは、狂気に取り付かれたかのような、仲間だったはずの男の笑い声。
しばし呆然とし、思考が停止しかけた彼らだったが、そこはさすが冒険者。迅速に男を取り囲み、そして一瞬で拘束する。
「――貴様ッ! どういうつもりだ!!」
首筋に刃を当て、声を張り上げ恐喝するが、男は微塵も動じず。それどころか、ますます笑い声を大きくする。そしてもう一分以上はそうしていたと思った時、不意に笑いが止み、コトリと男の身体から力が抜け、そのまま動かなくなってしまう。
これまで何度も死の危機に立会い、そしてそれを乗り越えてきたはずの冒険者たちが、恐怖に飲み込まれかけたその瞬間。
――ズズッ、ズズッ。
何か重い物が這うような音が、彼らの耳に入ってくる。一瞬で己の得物を手に取り、そして円陣を組むようにする冒険者たち。
――ズズッ、ズズッ、ズズズッ!
音はどんどん近づいてくるが、魔物の姿は一向に見えない。
姿の見えぬ魔物に恐怖を抱き、手に取った武器の先が細かく震え始める。
「どこだよ……。どこにいるんだよッ!?」
錯乱状態に陥りかけた男が、恐怖の混じった声で叫ぶが、それに答えるような魔物は何処にもいない。恐怖の音はどんどん近づき、そして恐ろしく近づいたと感じた頃に、止まった。
魔物の姿を掴むべく、辺りを見渡す冒険者たち。
そして、それは唐突に現れた。
天井から垂れてきた、一筋の粘液のような物。粘液にしては固体の感じがして、そして淡い青色をしている。
粘液はゆっくりと、円陣を組む冒険者たちの中央に垂れ下がり、そして、
「――――ッ!?」
「なっ!? 上かッ!!」
声にならない悲鳴を上げ、消え去った仲間。それを呆然と見た冒険者は、ようやく魔物の位置を知る。しかし、それはあまりにも遅すぎた。
天井を見上げた彼らの視界に入ってきたのは、大きさは人間よりも大きく、そして身体が先程の粘液で出来ている。薄暗い中で分かりづらいが、消え去った仲間は、その粘液の中に沈んでいた。
慌てて剣を抜こうとした彼らだったが、その魔物はその巨体で落下し、そしてそのまま残っていた冒険者たち全てを飲み込んでしまった。
飲み込まれた冒険者は、どうにかして脱出しようと粘液の中で足掻くが、抵抗むなしく、そのまま力尽きてしまう。
後に残されたのは、身体の中に冒険者を入れている状態の魔物のみ。
魔物はゆっくりと壁を伝って天井に上がり、そして世界樹の奥へと静かに這って行った。
『第十六話 恐慌』、如何だったでしょうか。
この作品が読者の皆様の暇つぶしになれたのであれば、幸いです。
些細な事でも構いませんので、感想欄に何か書き込んでいただけると、僕のモチベーションは急上昇しますので、どうぞよろしくお願いします。
次回の投稿は、やはり一週間後の予定です。
それでは『世界樹のはやぶさ』を、今後もよろしくお願いします。




