第十五話 恋慕
こんにちは、作者の吉良義人です。
今回の更新はこれまでとは違って、大分速いですね。
それは何故か。答えは簡単です。
普段なら学校に行っている時間を、ずっと執筆に費やす事が出来たのですから。
詳しい理由は後書きで書いておきますが(興味は無いでしょうけど)、とりあえず一言。
インフルエンザには気をつけて下さいね!!
それでは『第十五話 恋慕』、よろしくお願いします。
それは、巨大な竜だった。
全身を蒼い鱗で覆われ、背中には巨大な翼が一対。尾には巨大な棘のような物が付いており、時折動いては。地に付着する土埃を巻き上げ、破壊不能であるはずの世界樹が壊れるような錯覚まで引き起こす。
その竜の、獰猛な輝きが溢れる瞳に写っているのは、五人の人間だ。
とある者は身長を越す程の長さを持った剣を持ち、またある者は同じく巨大な弓を構えている。
「グアァァアア!!」
竜が雄叫びを上げる。
空気はビリビリと打ち震え、天井からパラパラと土埃が落ちてくる。だが、それを前にしてもなお、五人は動揺の一つも見せようとしなかった。
「……いくぞ! エレックとルティアは右翼から、エルダは僕と左翼から、リンは正面から遊撃を!」
五人の中の一人が発した合図を聞くや否や、五人はそれぞれ散開し、竜へと殺到した。
竜の目の前に最も早く到達したのは、リンと呼ばれた少女だった。
手にしているのは、長大な大太刀。その長さは少女の身長を凌駕している。刀身を蒼く煌かせ、光を波打たせながら、リンは竜へと肉薄する。
それを迎撃すべく、竜は前腕の鍵爪を振るおうとするが――。
「させるか!」
横から飛来した矢に翼を射抜かれ、苦悶の声を上げながら動きが止まる。竜が矢の飛んできた先を見てみれば、そこに立っていたのは巨大な大弓を構え、不敵な笑みを浮かべている女だ。
頭に昇っていく怒りに身体を任せ、女を八つ裂きにしようと上体を浮かべた直後、腹が何者かによって斬り裂かれる。犯人は恐らく、先程の刀を持った少女だろう。
力任せに尾を薙ぎ払い、少女を始末しようとした竜だったが、尾は途中で何かにぶち当たり、停止を余儀なくされる。
「ガアアァァァ!!」
「……悪いな。最低限、壁くらいにはならないとな……」
いい加減、怒りで視界までもが真っ赤になりつつある竜が尾の先を見ると、尾はメイスを持った大男によって受け止められていた。全身を無骨な鎧で隙間無く覆い、一切の露出をも許していない。機能性など完全に無視した、純粋な防御思考の構えだ。
「……ぬおおぉぉぉ!!!」
大男は大気を揺るがす程の気迫の声を一つ上げ、尾の棘を掴みながらおもむろにメイスを振り上げ、そして尾に向けて振り下ろした。
「グオオアァァァ!!?」
メイスは尾を貫き、そして竜を地に縫い付けた。
竜は苦悶の声を上げ、必死に尾を解き放とうとするが、それに抵抗する大男も必死だ。暴れまわる竜に跳ね飛ばされまいと、メイスに鎧の重量も加えた全体重を乗せ、必死に食い止める。
そうこうしている間にも、竜の周りにいた剣士や弓使いは、竜に怒涛の攻撃を加え続けている。
その状態が10秒、20秒と過ぎ、そして30秒を過ぎようとした頃――。
「……すまない。押さえ切れない……!!」
「大丈夫! もう少しで押し切れる!!」
大男にそう宣言したのは、先程合図を出した青年だ。
手にした細身の剣を身体の前に引き寄せた青年は、竜の腹部へ向けて、目にも留まらぬような速度で斬撃を叩き込んでいく。
全ての斬撃が、残酷なまでに速く、そして重かった。
竜の、鉄よりも強靭な鱗や皮を、中の肉ごと抉り飛ばし、竜の鮮血を全身に浴びながらも斬撃を止めようとしない。
連撃がそろそろ10に達しようかという時。
「グオオォォォ……」
竜が断末魔の声を上げ、世界樹の床に倒れこんだ。
しばしの間は起き上がろうともがき続けていたが、やがて身体をぐったりとさせると、眼から生命の灯を消し、完全にその命を絶った。
それを、荒くなった息を整えながら五人は見ていたが、竜の身体が細かい砂へと化していき、やがて赤い魔石だけになると、それをゆっくりと拾い上げた。
大きさ、輝き共に一級品ものの魔石だ。これだけの上物が手に入るのは、そうある事ではない。
それを見た五人は皆一様に嬉しそうな顔をし、そしてその場に座り込んだ。
「……怪我人はいる?」
「俺は大丈夫だ。もっとも、これと同じのをもう一回とか言われたら、耐え切れる自信は無いがな」
「そう……。じゃあ、急いでここの野営基地に行こう」
青年の言葉に従い、四人はよっこらせと重い腰を上げた。
「そういえば、ここって今、何層なんだっけ?」
「どうしたの? 急に。何か用事でもあるの?」
青年の言葉に、尋ねた女はいや、そういう訳じゃないけど……。と、言いづらそうに顔を背ける。
先程の戦闘中に刀を振るっていた少女でも、弓を放っていた女でもない。清純な雰囲気の漂ってくるその女は、青年にルティアと呼ばれていた。
「……まあいいや。 ここはね、えっと……」
ごそごそと腰の袋から何かを探っていた青年は、やがて一枚の紙を取り出した。紙には乱雑に様々なメモが記されており、一目するだけでは、何が書いてあるのかを読み取るのは困難だ。
青年はそれをしばらく見つめていたが、やがて、
「……ちょうど、第80層だね」
と告げた。
世界樹攻略。
文明進化と共に進んできたその目標は、設定から何百年と経った今でも、まだ達成の兆しを見せてはいなかった。
現在の世界樹攻略最先端階層は第82層。
最寄の街が第67層にあるリューレンと呼ばれる街である事を考えると、今回の攻略は相当に難を極めていると言えるだろう。第67層から第82層までの間、世界樹の中には一つも攻略拠点となるような枝への道が見つけられなかったのだ。必然的に、冒険者たちは世界樹の中に野営基地を設立し、そこを一時的な拠点として先に進んでいた。
当然、冒険者の死亡届はこれまでにも増して多くなり、正直攻略が進んでいるとは言い難い現状だった。それでも、冒険者たちは何かの熱に浮かされているのか、狂ったように世界樹攻略を続けていた。
その先に待ち構えているのが、一体何なのかを知りもせず――。
「………」
ぱちぱちと小さく爆ぜながら燃える薪。それを見ながら、青年は串に刺さった肉を食っていた。青年の隣には、キラリと輝く坊主頭の似合う大男が同じように肉を食っている。
「………」
ちらりと、さりげなく青年は視線を薪から移し、少しだけ離れた所にいる女に向ける。
整った容姿と優しげな微笑みが、まるで天使のような感じを漂わせる女性だ。
ルティア=ウラン。
それが、その女性の名前だった。
すぐに視線を薪に戻し、肉を食べ始めた青年だったが、突如背中をバシンと強く叩かれた衝撃にむせ、何度か咳き込んでしまう。
「ゲホッ、ゲホッ……。何をするんだ、エレック?」
青年が若干の怒りを交えた視線で隣に座る大男に抗議をする。
大男は青年の視線にめげる事なく、それどころかますます調子の良さそうな顔をして、ニヤニヤとにやけながら青年に顔を近づけた。
「……ハヤト。お前、やっぱりルティアの事……」
「ちょ、違っ、勘違いだって……!!」
「隠さなくて良いんだぞ~。俺たち、同じパーティメンバーじゃないか。なあ?」
「だから違うんだって。それは単なる誤解で……!!」
大男はニヤニヤとにやけながら、青年を見つめる。ハヤトと呼ばれた青年はごもごもと何かを口走りながら頬を赤くしていたが、やがて諦めたのか、薪の炎を見つめて大人しくなる。
「……何時からだ?」
「さあ。気が付いたら眼で追っていたよ」
ハヤトの言葉に、大男はひゅ~、と小さく口笛を吹く。
「……まあ、お前さんがそういうつもりだって事は、皆とっくに分かってたけどな……」
「何だって!?」
「ああ、安心しろ。ルティアちゃんは気付いてないみたいだからさ。ルティアちゃんだけは……」
大男の含みの含ませたような言い方に、ハヤトは思わず顔を赤くさせる。
「……そんなバカ正直に赤くなるなよ……」
「えっ、うっ、そんな事は……!!」
「ありありだよ……」
いい加減弄られる事に疲れたのか、ハヤトは般若も驚くような無表情になって薪の炎だけを見つめ始めた。
こちらからの呼びかけに一切応答しなくなったハヤトに呆れたような視線を送りながら、大男は小さく呟き始める。
「でもよ……。ルティアちゃんって確か、恋人がいたよな……?」
「……うん。世界樹攻略最前線で戦う冒険者の一人で、もう1年は会えていないんだって」
「そうか……。それで、お前は律儀に手を出さないって訳か」
「律儀って……。それが普通でしょ、人として」
「それがそうでも無いらしいんだよ、最近は」
「……本当に?」
「マジで」
恋人の冒険者が、世界樹攻略に行っていた間に別の恋人を作る。そんな話は、エーレンでは結構ありふれた話になっていた。そもそも、冒険者という職業に就いてしまった以上、一度攻略に行ってしまえばそのまま半年や1年は帰ってこないなど、普通にある事なのだ。
まるで世界に裏切られたような壮絶な顔をしているハヤトに苦笑いをしながら、大男は固くなりつつあった肉を炙り始めた。
冒険者用の携帯食として必需品の干し肉だが、欠点として身が固く、また味気ないという物がある。火で炙ってどうにかなる訳では無いが、ほんの気休めだ。
もそもそと大男が干し肉をかじっていると、ようやく現実復帰を果たしたハヤトが、衝撃の残った顔で大男の方を見てきた。
「……エレック」
「どうした? ハヤト。何かに気が付きでもしたか?」
「……僕、恋愛事には絶対に関わらないよ」
「どうしてそうなった!?」
「分かったよ。こういう恋愛に現を抜かすから、人は駄目になっていくんだね……」
「お前は一体何に気が付いたんだ!? いいからこっちの世界に戻ってくるんだハヤトぉーーー!!」
「……攻略が終わったら、山に篭もって一人で暮らすんだ……」
「お、それには少し興味があるぞ。詳しく聞かせるんだ」
「駄目だよ……。一人じゃないと意味が無いんだ」
段々、向かっている方向が分からなくなっているバカ話を二人がしていると。
「……そろそろ私たちは仮眠を取ろうと思っているんだが。二人が今日の見張りを担当してくれるのかな?」
「エルダ……」
ハヤトが慌てて辺りを見ると、既に残りの二人は簡易式の寝袋を広げ始めていた。想像以上に、エレックとの無駄話は時間を食っていたらしい。
「……いや、ここは公平に話を決めるべ――」
「じゃ、私も寝るからな~」
ばさり、という音がし、慌ててハヤトとエレックが音の元を見てみれば、既にエルダは寝転がった後だった。
どうしようかと、しばし呆然としていたハヤトの耳に、小さな声が聞こえてくる。視線を前に向けると、そこにいたのは刀を所持していた少女だ。寝るために解いていた髪がさらりと流れている。
「……一晩くらいなら、私ができるけど……?」
「あ、リン。別に良いよ。どうせ僕も寝るし」
「……え? 俺はずっと起きてろと!?」
「うるさいぞエレック!!」
「本当にごめんなさい!!」
怒鳴り声を上げているエルダと、それに何やら土下座をしているエレックを無視し、リンは小さく頷くと、寝袋へともそもそと潜っていった。
ふぅ、と溜め息を吐きながら、ハヤトは薪の前に再び座り、眠気覚ましのために一番固そうだった干し肉を手に取り、顎を全力で上下運動させて租借する。実際に食べるときは不味い事この上ない干し肉も、こうして目立たないように身体を動かすのには適している。なんだか微妙な気持ちである。
しばらくボーッとしていたハヤトはふと、隣にいるはずのエレックがいないことに気が付く。
慌てて振り返ってみれば、何時の間に引っ張り出したのか、寝袋の中にエレックはすっぽりと収まっていた。
「エレック、こいつ……!!」
あのキラリと輝く坊主頭を思い切り蹴飛ばしてやろうかとも思ったが、寸前でハヤトは止め、そしてこれまで通り干し肉をかじり始める。
今日の攻略でも、何だかんだ言ってエレックはパーティの壁役として敵の攻撃を防ぎ、そして敵を縫いとめてきた。疲労度はパーティの中でも特に高いはずだ。そんな彼に一晩、寝ずに見張りをさせるような事が出来るはずがない。
諦めの溜め息を一つ吐きながら、ハヤトは暗闇に覆われた世界樹を見やる。
「……のど、渇いたな……」
干し肉の吸水力は凄まじく、すでに口内の水分を全て奪い去ってしまっていた。
『第十五話 恋慕』、如何だったでしょうか。
皆様の暇つぶしの役に立てたならば、幸いでございます。
それでは少しばかり、僕自身の事を。
大体は既に前書きで伝わったと思いますが、一昨日、インフルエンザを患ってしまいました。
昨日までは熱もあったのですが、今日になったら熱も下がり、まったくの好調です。
しかし話によれば、インフルエンザは熱が下がった後もしばらくはウイルスが体内に残っているんだとか。熱が下がったからといって、油断はできないわけですね。
という訳で、未だに自宅謹慎期間(こう書くと、悪い事したみたいだな……)の僕は学校に行けず、暇をもてあました挙句に執筆作業をしているという訳でございます。
手洗いやうがい、マスクといった基本的な事は結構しているつもりだったんですけど、ウイルスは油断できませんね。
話によれば、水を飲んだ後しばらくは喉にウイルスが付着しないんだとか。
そういう予防法も効果的なのかもしれませんね……。
それでは皆様、最近はインフルエンザの猛威に脅かされている毎日ですが、お体だけはお気を付けてください。
では次回の『世界樹のはやぶさ』も、どうぞよろしくお願いします。




