第十四話 決闘前
こんにちは、作者の吉良義人です。
今回も予定の2月11日より1日遅れてしまいました。本当に申し訳ございません。
『世界中のはやぶさ』、今回は結構短くなっていますが、どうぞよろしくお願いします。
「どうしてこうなったんだ……」
フェルノ家の屋敷の一角にある部屋で、一人の青年が頭を抱えながら唸っていた。
言わずと知れた、ハヤト=シラキである。
その傍にはエルダとアリアが付いている。アリアはハヤトに対して申し訳なさそうなのに対し、エルダは完全に今の状態を面白がっている。
「すみませんハヤトさん。お父様が無理な事を……」
「いや、フェルノさんが謝るような事じゃないよ」
ハヤトの言葉に、何故かアリアは不服そうな顔をした。何が問題だったのだろうか?
不思議そうな顔をしているハヤトの傍で、エルダが「ほぅ」と良く分からない呟きを漏らし、そしてハヤトの耳元に顔を寄せた。
「……名前で呼んでやれ。そうすれば万事解決だ」
「……? 何でだ?」
「お前には当分の間は分からない、女の事情だ」
女の事情? そりゃ自分に分からなくて当然だ。僕は男なのだから、素直にエルダの言う通りにすれば良いのだろう。
そう思って、アリアの名前を口にしようとするハヤトだったが、口を少し開いた所で変な緊張を感じ、手のひらを僅かに汗ばませる。
何を緊張しているんだ、僕は。ただ三文字「アリア」と言ってやれば良いのだ。
「……別にアリアが謝る事じゃないよ」
どうにかして喉の奥から搾り出すように放ったハヤトの言葉を聞いた瞬間、アリアの顔は見る見るうちに歓喜の色に染まっていく。
どうやら、エルダの言葉は真実だったらしい。
「しかし、結局どうするんだ?」
「そうだね……。とりあえずやってみるまで分からない、としか言いようが無いけれど……」
ハヤトのはっきりとしない言葉に、エルダは面倒くさそうな顔をする。
「お前、昔からそうだったが、もう少し遠慮なくやっても構わないと思うぞ」
「とは言ってもね、相手は一応、一般人に入る訳だしさ。冒険者の僕が全力でやったら、下手すると大怪我どころじゃ済まなくなっちゃうんだよ」
「……そういう所が面倒くさいんだけどな……」
「……? 何か言った?」
「いいや、何も」と小さく返し、エルダはそっぽを向いてしまう。
何か間違えただろうか? と、ハヤトが小さく首を捻っていると、脇からアリアの訝しげな声が聞こえてきた。
「……そういえば、ハヤトさんとエルダさんって、どういう関係なんですか?」
アリアの問いに、ハヤトはしばし考え込む。
あくまで簡潔に述べるとするならば、過去にパーティを組んでいた間だ。しかし、それだけの言葉で表すには、エルダと組んでいたパーティでは様々な事を経験し過ぎている。
さてどうしたものかと迷っていたハヤトは、ちらりと眼を横に走らせる。すると、エルダも同じように考え込んでいるのが分かった。
ハヤトとエルダ、二人して考えて込んでいたのを、アリアは更に訝しげな眼を向けてくる。
「……まさか、口に出し辛いような関係ッ……!?」
「いや、違う! それは違うから!!」
慌てて否定するハヤトだったが、直後に己の失態に気が付く。
こういう話題を振られた時、慌てて否定する、といった行動は、何かがあったと言っているような物ではないか。隣でエルダも、小さく溜め息を吐いている。
恐る恐るアリアの表情を伺ったハヤトは「ひっ……!」と小さく呻き声を上げる。
ゆっくりと顔を上げたアリアの眼には、言葉では形容し難いほどの妖しい輝きが灯っており、全身からは、どろどろとした液体と間違えるような、濃密な迫力が放たれている。
尋常ではないアリアの状態に冷や汗を流すハヤトの横で、エルダもまた、顔を盛大に引きつらせている。
もはや万事休すか。別に、何が失われるという訳でも無いが、本能的にハヤトはそう感じていた。
アリアが一歩、また一歩と歩を進めていくのを、心を恐怖で支配されながら見続けていたハヤトは、控えめに扉を叩く音が聞こえてきた。
「何でしょうか?」
これ幸いと、ハヤトはその音の主――恐らくは、フェルノ家の召使いに向けて声を発する。
ハヤトの言葉で気が付いたのか、アリアはゆっくりと扉の方を振り返った。
「アリア様。ルイ様が、お呼びでございます」
召使いの言葉に、アリアは数秒硬直して、そしてゆっくりと深い、深い溜め息を吐いた。
「……分かりました。すぐに向かいます」
扉を一枚挟んだ向こう側で、召使いが歩き去っていく音を聞きながら、ハヤトはなおも冷たい汗を流し続けていた。
アリアは無言で扉の方へと歩いていき、そして何を思ったのか、そこでハヤトの方を振り返る。
思わず背を直立させ、ビシッ、と固まったハヤト。それに構わず、アリアは言葉を紡いだ。
「……用事が済んだら、すぐに戻ります。それまでに説明を考えてください」
まるで死刑宣告だ。
そんな事を思いながら、ハヤトは扉を開け、歩き去っていったアリアを無言で見送る。
アリアの足音が遠ざかっていき、やがてそれが聞こえなくなった頃、部屋の中に張り詰めていた緊張が一気に弛緩した。
へなへなと長椅子に座り込んだハヤトは、同じく長椅子に座り込み、疲れた表情をしているエルダに言う。
「……世界樹の魔物より、何倍も怖かった……」
「……さすがに、私も生命の危機を感じたぞ」
第21層で出会った、黒い鎧を纏った魔物。あいつにも相当な恐怖を感じたが、アリアから感じた恐怖も、それと同等か、もしくはそれ以上の大きさだった。
魔物ではなく仲間に殺されるなんて嫌すぎる。
「……どうして、あそこで迷っていたんだ?」
突如、エルダの言った言葉の意味が、ハヤトには一瞬、理解出来なかった。しかし、すぐに理解する。
「あの時の事は、一言じゃ到底言い表せないからだよ。それに、僕自身も一言なんかで片付けたくないんだ」
「……ハヤト……」
エルダにそう告げたハヤトの顔は、どこか悲壮感に満ちたものがあった。
その物語は、今から二年前の事。
世界樹第75層。当時の世界樹攻略最前線で戦う攻略者の中に、その者はいた。
細身の剣で繰り出される神速の剣戟で敵を翻弄する戦闘能力の高さもさることながら、特出すべきはずば抜けて秀でていた状況把握能力。そして、誰にでも優しく接する、人柄の良さだった。
その者の名前はハヤト=シラキ。
攻略者の中でも、確実に上位一桁に入る実力を保持していた彼と、彼のパーティは、とある攻略を境に、ぴたりと世界樹に近づかなくなった。
これはその二年前、ハヤトが冒険者から降板した、そのきっかけとなった攻略の物語である。
『第十四話 決闘前』は如何だったでしょうか? 少しでも読者の皆様の退屈を紛らわせられたのであれば、幸いです。
もう読んだ方は分かっていると思いますが、次回からは過去、2年前に遡った話となります。
上手く書ける自信はいつも通り皆無ですが、精一杯努力させて頂く所存ですので、気楽に付き合っていただければ幸いです。
それでは、次回の更新もよろしくお願いします。




