第四話
今は何時だ。あいにく腕時計は着けていない。スマホもない。窓がないから外の様子もわからなかった。十六時は過ぎただろうか。約束にはもう間に合わない気がする。
便座のふたに腰を下ろしてため息をつく。どうしよう、本当に。額ににじむ汗が不快でトイレットペーパーで拭き取ると、紙が額に張り付いた。うげ。余計に気分が悪くなった俺は、立ち上がって、張り付いた紙を丁寧に取って、トイレに流した。もう一度ため息。またドアを振り返る。ざらりとしたドアノブの手触り。回してみて、やはり、開かない。
流石にイライラしてきた。どうして俺がこんな目に遭わなきゃならない? 悪いのは大家じゃないのか。トイレのドアはアパートの設備で、設備の修理は部屋を貸している側の責務だったはずである。俺はちゃんと「直してほしい」と言ったのだ。故障を隠していたわけでも、故意に壊したわけでもない。それなのに、被害を受けているのは俺だ。なんとも理不尽な話である。
ガチャガチャと乱暴にドアノブを回す、押す、引く、揺らす。けれどどうやっても空回りするばかりで——あ。
ずるり。
ドアノブが、外れた。
ドアノブって……中はこうなっているのか、へぇ……。
——いや。現実逃避している場合ではない。
外れた。外れてしまった。どうするんだこの状況。ドアには穴、ドアノブには何やら長いネジのようなもの。これ、差し込んでみたら直ったりしないかな。えーっと……うまくはまらない。手が汗で滑るし、薄暗くて見えにくいし。そもそも狭いんだよなぁ、このトイレ。何だろう、向きでもあるのか。とにかく何度でも試してみるしかない。
ガチャ、ガチャ、ゴッ、ズズズ。そんな音を立てながら、どうにか押し込むことには成功した。けど。以前にも増してグラグラだ。回せるのかこれ。あ、回る。一応回るっぽい。
ここに今ドライバーがあればな。プラスドライバー一本で事態は好転しただろう。ドアノブが不調なのはわかっていたのだから、トイレの中にもドライバーを置いておくべきだった。それかせめてスマホを持って入っていれば。
まあ、そもそもちゃんと直せという話である。俺が直すんじゃないぞ、大家の責任だ。それでも俺にできることだってあった。もっと真剣に抗議したりとか。しかし今更後悔したところでどうしようもない。嘆いたところでここまでドライバーを届けてくれる誰かはいない。もしいるならドライバーを届けてくれるよりも外からドアを開けてくれた方が助かるしな。
ゆっくりと回してみる。引っかかる感じはわずかにあるけれど、やはりドアは開かない。
俺はまた座って、ため息をついた。何度目だ。ため息をつくと幸せが逃げるとか言うけど。今日だけでもういくつもの幸せが逃げていった気がする。あ、だから閉じ込められてるのか、俺。って、そんなわけがあるか。




