【 Ⅵ 】スーパーコピー
午後七時。
Dタップは渋滞をかわし、狭い路地を走り抜けて、運河にかかる橋の手前までやってきた。
日は落ち、霧もひどいせいでスピードは出せない。路上には乗り捨てられた車両も溢れている。Dタップは速度を落として慎重に運転した。
「寒くて凍えそうだぜ。どうにかならないか?」
ポテージは体を丸くしながらガタガタ震えていた。暴徒の銃撃で助手席の窓を割られたため、走行中の車内には凍りつくような二月の風が容赦なく吹きこんでくる。
「もう少し辛抱しろ。街を出たらブルーストーンの倉庫へ向かう。そこで別のトラックに乗り換えりゃいい」
「ブルーストーンまで何時間かかるんだよ。また別のトラックにスニーカーを移し替えるのか?」
「そうだよ。決まってるだろ」
「勘弁してくれよ……それにいい加減、腹も減ったぜ。コンビニにでも寄らないか?」
「少しは口を閉じてろよ。文句ばかり言いやがって……」
Dタップは助手席のポテージをにらみつけた。
次の瞬間、ポテージは体を反らして「前!」と大声で叫んだ。
「やべえ!」
Dタップはハンドルを強く握り、全力でブレーキを踏んだ。しかし、間に合わない。
停車していたセダンに、まともに追突した。激しい衝撃が車内の二人を襲う。トラックはセダンを巻き込みながら、急ブレーキと、金属とアスファルトがこすれる音を響かせ、数メートルほど走ってようやく停止した。
「いってぇ……何をやってるんだよ……?」
ポテージは痛みに顔をゆがめ、首を押さえながらシートベルトを外した。
「ふざけんなよ、P……お前がくだらないことを……ベラベラとしゃべりやがるから……」
「人のせいにすんなよ……前を見てねえからだろ?」
「霧で見えなかったんだよ……ちくしょう……」
Dタップも首や上半身に強い痛みを感じていた。とにかくドアを開け、外に出て事故の状況を確認する。
「……良かったな。こっちの車には誰も乗ってねえよ」
ポテージはふらつきながら、グシャグシャにつぶれたセダンの車内を確認した。二人が乗っていた二トントラックは、車体の下からもうもうと白煙が立ち昇っている。
「最悪だぜ……このトラック、リースだぞ?」
「え? 会社のトラックじゃなかったのかよ?」
「そんな金があるわけねえだろ。くっそ、修理にいくらかかるんだ?」
「リース専用保険は?」
「そりゃあ一応、入っちゃいるが……」
Dタップは運転席に戻ってエンジンスタートボタンを押してみた。だが、何度ためしてもエンジンはかからなかった。
「非常事態宣言じゃ、レッカーも来てくれねえな」
ポテージは投げやりに笑うと、アスファルトの上にへたりこんだ。
「どうすりゃいいんだ。動く車を探すにしても……」
Dタップは体の痛みをこらえ、乗り捨てられた周りの車両に目を向ける。仮に車を奪い、動かすことができても、大型車でなければ五百足ものスニーカーを積みこむのは無理だ。
「Dタップ、橋はすぐそこだぜ。どうする?」
「黙れ、考えさせろ」
「歩いて渡っちまおうぜ。西地区へ行けば、州軍がいるかもしれねえ。もう俺たちも避難するしかねえよ。ゾンビが来たらどうするんだ?」
「考えさせろって!」
遠くから走行音が聞こえてきた。Dタップが自分の会社LSTで、何度も耳にしている馴染みの音――トラックの走行音だ。
霧の向こうからヘッドライトが近づいてくる。
「P、銃はあるな?」
「っ…………あ、ああ!」
Dタップの意図を察し、ポテージはツナギのポケットに忍ばせていた銃を手で確認した。
Dタップは運転席の下から発煙筒を取り出して着火する。近づいてくるヘッドライトに向かって発煙筒を大きく振り、もう片方の手ではツナギのポケットの拳銃を握る。
「おい、おい! 危険だ! 止まれ、事故だぞ!」
Dタップは大声で叫んだ。
トラックは発煙筒に気づいて、Dタップから数メートルほど手前でゆっくりと停車した。都合が良いことに、先ほどまでDタップたちが乗っていたのと同じ二トン車だった。
「邪魔だぞ! そこで何をやってるんだ?」
中年の白人ドライバーが運転席の窓から顔を出して怒鳴った。
Dタップは発煙筒を地面に投げ捨てる。そして運転席の横へ素早く回りこみ、ドライバーに向かって窓から銃を突きつけた。
「今すぐ降りろ!」
「ま、待て! 撃つな、撃たないでくれ!」
「騒ぐな! さっさと降りるんだ!」
「わかった……」
ドライバーはドアを開け、おびえた様子で地面に降り立つ。助手席の側にも銃を抜いたポテージが回りこんでいた。彼も「言うことを聞け!」と叫び、同乗者を車から降ろす。
助手席に乗っていた二人の姿を見て、Dタップの顔が引きつった。彼は眉をしかめながら唇を噛む。
「頼むからやめてくれ。家族の命がかかってるんだ……」
ドライバーは手を上げながらも震える声で言った。
助手席に乗っていたのは彼の妻と娘のようだった。娘はまだ十歳ほどだ。ポテージは銃を構えているものの、直接、母娘に銃口を向けることができない。明らかに動揺し、何かを訴えるようにDタップへ視線を送る。
「トラックに乗りたいなら乗せてやる。あんたらも街を出たいんだろ?」
父親はDタップをなだめようとした。Dタップは内心の動揺を抑え、母娘から視線を逸らして父親に銃を突きつける。
「うるせえ。あのトラックの積み荷をお前のトラックの荷台に移し替えるんだ」
事故を起こした自分のトラックを指し示す。父親は困惑し、視線を泳がせている。
「ど、どういうことなんだ?」
「黙って従え。いいか、俺たちは悪党だが、お前さんが思ってるほどじゃねえ。積み荷を移し替えたらすぐに出発だ。お前も嫁さんも娘も一緒に行く。ブルーストーンに着いたら、そこでみんな解放してやる」
「積み荷って何なんだ?」
「お前の知ったことじゃねえよ」
Dタップはグロックのスライドを引いて父親を威嚇した。
「あなた、お願いだから言うことを聞いて!」
母親は怯える娘を抱きしめながら夫にそう訴える。Dタップは視界から二人の姿を追い出すように顔を背けた。
「物わかりの良いカミさんだ。さあ、仕事だぞ?」
「頼む、面倒に巻きこむのはやめてくれ……トラックには乗せてやる。それで十分だろ?」
「カミさんと娘がどうなってもいいのか?」
従おうとしない父親に対して、ポテージが凄んだ。だが銃を持つ手は震え、やはり母娘に銃口は向けられない。
「銃を下ろせ!」
トラックの後方から声が響いた。荷台に二人の男が潜んでいたのだ。彼らはすでに、地面に降りて銃を構えていた。
Dタップは反射的に銃を向けようとした――が、その前に乾いた銃声が何発か轟いた。
娘が甲高い悲鳴を張り上げたのと同時に、Dタップは左肩に熱い衝撃を浴び、銃を落としてよろめきながら地面に倒れこんだ。
「ちくしょう! よくもやりやがったな!」
ポテージは即座に応戦しようとした。
「撃つぞ!」
「銃を捨てろ! 死にたいか!」
「ま、待て……!」
霧から進み出た二人に銃を向けられ、彼はあっさり手をあげて降参してしまった。銃を離し、地面に落とす。
父親は倒れたDタップを一瞥すると「自業自得だ」と吐き捨てた。
そして、妻子と仲間とともに、自分のトラックへと戻る。倒れたDタップと棒立ちのポテージを放置して、トラックは霧の彼方へ走り去っていった。
「くっそ……なんてザマだよ」
ハイジャックは見事に失敗した。Dタップは撃たれた肩を押さえる。弾は貫通したらしく、骨も無事に思える。それでも激痛だ。ポテージのかすり傷とは比較にならない大けがだ。
「おいDタップ……大丈夫かよ……」
「大丈夫なわけねえだろ?」
「あっ……」
駆け寄ろうとしたポテージの足が不意に止まった。
「なんだ?」
Dタップは首を傾げたが、ポテージは目を見開いたまま、何も言えずに唇を震わせている。彼の目はDタップではなく背後の霧を見ていた。
白煙が昇るトラックの影から、ぎこちない動きで近づいてくる人影。
血まみれで青ざめた肌、目の周りが黒ずんだ顔、消えつつある発煙筒の灯に一人、二人、三人と浮かび上がる。
ゾンビだった。
ポテージは全身が硬直して動けなくなっていた。ゾンビたちはおぞましいうめき声を響かせながら、道路に倒れたDタップへ一斉に手を伸ばした。
「P!」
怒鳴るような、助けを求めるようなDタップの叫び声に、ポテージはハッと我に返った。
彼は落とした拳銃を拾う。
スライドを引き、片手で構え「うああああ!」と叫びながらゾンビめがけて撃ちまくった。
ゾンビは体に銃弾を受けても、少し動きが鈍くなる程度だ。あっという間に全弾を撃ち尽くす。しかし、ゾンビたちがわずかにひるんだ隙に、ポテージはDタップに肩を貸して引き起こした。
「立て、Dタップ! 逃げるぞ!」
追いすがるゾンビたちから距離を取り、トラックの荷台の観音扉を死に物狂いで開ける。荷台にDタップを押しこみ、自身も飛び乗って、急いで内側から扉を閉める。
ゾンビたちはうめき、扉を叩き続けたが、しばらくするとあきらめたのか気配は遠ざかっていった。
静かだった。
ポテージは手探りで荷台の照明をつけた。LEDランプの灯が荷台の中を明るく照らす。
事故の衝撃によって箱は散乱し、何足かのスニーカーは外に飛び出していた。
Dタップは肩を押さえ、荷台の壁に寄りかかりながら床に座る。散らばった箱、スニーカーを見渡し、それを手で示しながら肩をすくめてポテージに笑いかけた。
「こいつのせいで、ひどい一日だったぜ」
「本当にな」
ポテージも笑った。そして反対側の壁に背中を預けて座る。
「荷台の灯、つけたままにしておくか? バッテリー、あがっちまうよな?」
「同じことだ。どうせトラックはもう動かねえよ」
「それもそうか……」
ポテージはスマホを手に取った。電波はほとんど入っていない。充電は残り10%ほどだ。
「Dタップ、スマホは?」
「ねえよ。さっき撃たれた時、銃と一緒に落としたみたいだ。Pの銃は?」
「弾切れだ。一発も残ってない」
「絶体絶命ってやつだな。くそ、肩がいてえ……」
「かすり傷だろ? ガキみたいにピーピーわめくなよ」
「馬鹿野郎、大けがだよ」
Dタップはゆっくり身を起こすと、箱から飛び出したスニーカーを手に取った。ちょうど自分のサイズだった。革靴を脱ぎ捨て、履き替えてみる。
「Dタップ、何してるんだ?」
「……すげえ。こいつは履き心地が異次元だ」
肩の痛みを耐え、立ち上がってみる。足が柔らかい感触に包まれ、蓄積した一日の疲労が飛んでいくかのように感じた。
「月並みだが、雲の上を歩いている気分だな」
「そんなこと言ってる場合かよ?」
「Pもためしてみろ。サイズは8.5だったか?」
「8かな……」
Dタップは床に落ちていた箱をひとつ、ポテージのほうに足で蹴る。
「なんで俺まで……おそろいみたいで気色悪いだろ?」
ぶつくさ文句を言いつつ、ポテージも靴を履き替える。すると、その表情が変わった。
「これは……本当にすげえな。こんな靴、履いたことねえ」
「だろ? ナイキ限定のスーパーコピーだからな」
Dタップは五百足の在庫を見ながら得意げに笑っていた。




