【 Ⅴ 】ロバート
午後四時半。二人はようやくファウンドリー・レーンの倉庫にたどりついた。
倉庫街はほぼ無人だ。アセント・プラザの騒乱が嘘のようである。だが、遠くからはサイレン、銃声、それに悲鳴が未だに聞こえていた。日はまだ沈んでいないが、霧が濃くなったせいで夕方のように薄暗い。
Dタップは一旦、車外に出て倉庫のシャッターを上げた。運転席に戻り、バックで倉庫内にトラックを停車させ、今度は内側からシャッターを閉める。
倉庫内には、整然と積み上げられたスニーカーの箱が、白い蛍光灯に照らされていた。ナイキ限定のスーパーコピーが全部で五百足。略奪の被害に遭うこともなく、先日、倉庫に運ばれた時と同じ状態だ。
Dタップはほっと息を吐く。緊張していた肩の力が抜ける。
「よし、P。さっさとトラックに積みこむぞ」
「その前に傷の手当てだ。バイ菌が入ったら、破傷風になっちまう」
ポテージは長袖に血の滲んだ右腕を押さえながら言った。
「わかったよ。たしか奥のロッカーに救急箱が置いてある。さっさと手当てをしてこい」
Dタップに促され、ポテージは倉庫の奥へと向かった。
そして十分ほどで戻ってくる。弾のかすった二の腕には、何重にもぐるぐるに包帯が巻かれていた。
「大げさなやつだな。済んだか?」
「ああ。けど、この腕じゃ作業は無理だ。積みこみならお前一人でできるだろ? 俺は外を見張ってるよ」
ポテージはさらりと言った。予想外の言葉に、Dタップは一呼吸おいてから怪訝な表情を浮かべる。
「P、冗談のつもりか?」
「冗談? 俺は撃たれたんだぜ? しかも利き腕だ。それをコキ使おうってのか?」
「弾がかすっただけだろ?」
「無理だ。痛くて動かせねえよ」
「P……頼む。少しでいいから、俺のことを手伝ってくれ」
Dタップはしぼり出すような声で言った。
「おいDタップ、今の言葉は聞き捨てならねえ。俺が役立たずだって言いたいのか?」
「なんでそうなるんだよ? お前がワガママばかり言うからだろ?」
「ワガママだって? お前のせいで撃たれたんだ、それをなんて言い草だよ」
「俺のせいで撃たれた?」
呆れたあまり半笑いの表情になる。感情的なポテージに対し、売り言葉に買い言葉で反応しそうになった。
だが、Dタップは小さく息を吐き、気持ちを切り替えた。怒鳴り合ったところで、箱はひとつもトラックに運ばれない。
「……わかった。俺の言い方が悪かったよ。お前が手伝ってくれたら、それだけ早く終わるんだ。さっさと済ませて街を出よう。頼むよ、ロバート」
滅多に呼ばないファーストネームでポテージに呼びかけた。
「ほらな、最初からそう言えばいいんだ」
ポテージはどこか嬉しそうな顔でそう答えた。
Dタップにとってはよくわからない反応だが、ともあれ、二人は協力して二トントラックの荷台にスニーカーの箱を積みこんでいった。
「知事は非常事態宣言を出したと言っていたな」
積みこみ作業をしながら、ふとDタップは運転中に聴こえてきたラジオのニュースについて触れた。
「ラジオで言ってたな。スマホにも通知がきた。……Dタップ、映画みたいに世界が終わっちまったら、スニーカーなんていったい誰に売るんだ?」
「そんな世界になったら、余計に靴が必要になるだろ」
「お前のボスへの借金も、明日には帳消しになってるかもしれないぞ?」
ポテージはあまり表情を変えず淡々と言った。
「あのボスが死ぬってのか? ゾンビに噛まれてか?」
「ボスだけじゃない。俺たちも、フローラ・ギャングも、アメリカだってお終いかもな」
Dタップにスニーカーの箱を手渡しながら、ポテージは妙に達観したような口調でつぶやいた。Dタップは箱をじっと見つめて言う。
「……俺は考えたくねえ。映画じゃあるまいし……こんな騒ぎは二、三日で収まるさ」
「本当にそう思うか?」とポテージ。
「仮にボスが死んで借金がチャラになったとしても、ゾンビの溢れかえった街じゃあ、ビジネスはもう続けられねえ。冗談じゃない」
「お前の都合なんてゾンビには関係ないだろ」
「それもそうだ」
もっともな指摘にDタップは乾いた笑みを漏らした。
不意にツナギのポケットで、スマホがくぐもった着信音を響かせた。
「Dタップ、メールじゃねえか?」
「ああ……誰からだ?」
作業を止め、ポケットからスマホを取り出す。ここ数時間、非常事態宣言の通知以外、メールはまったく受信できず、電話のやり取りも不能になっていた。
「ボスだ」
スマホの画面をにらんでつぶやく。
「えっ!?」
「見てみろよ」
Dタップはメールを開き、ポテージにスマホを向けた。
『ブツは無事か。連絡しろ』
ただそれだけだ。部下ではなく、ブツの安否確認だ。ゾンビのことなど一言も触れていない。
「ボスは宇宙にいるのか?」
ポテージはメールを見て、ただただ呆気に取られた。
「この状況でこのメールだ。あのボスがくたばると思うか?」
「いや、思えねえな……」
Dタップは一応、返事をしたが、届いたかどうかはわからない。そのうちに積みこみ作業は終わった。
二人は少し休憩してから、また倉庫のシャッターを上げてトラックに乗りこんだ。
「腕が痛くて死にそうだぜ」
「つべこべ抜かすな。さあ、街を出るぞ」
Dタップがスタートボタンを押してエンジンをかける。
「Dタップ。本当にヘロインは回収しないのか?」
「今ごろになって、なんだよ? 早く街を出たがっていたのはお前だろ?」
「いや……ここからだと、隠し場所も近いしな。ついでに取りに行かないか?」
「ダメだ。“粉”は無理だと言っただろ。検問で止められ、二人ともムショ行きだ。それに今はヘロインよりも、自分たちの命のほうが大事だ」
「スニーカーのほうが大事の間違いだろ?」
ポテージが言い、Dタップはふっと笑う。笑える状況ではないが、倉庫で過ごした一時間ほどで、二人のメンタルはかなり安定していた。
街を出るには、まずは運河を渡って西地区へ向かう必要があった。東地区は半島状で、運河とシルバーレイクに囲まれ、本土と分断されているからだ。
午後六時。
トラックは運河にかかる橋のひとつを目指して西進した。
霧はますます濃くなり、完全に日も沈んだため、運転席からの視界はかなり悪化していた。
道路は相変わらずの渋滞だ。非常事態宣言の発令により、午後六時以降の外出禁止が告げられている。だが、街を脱出しようとする市民の多くが戒厳令を守っていない。
市内の状況は昼間よりも明らかに悪化していた。暴動や略奪は暗くなってからも続き、路上をふらつくゾンビらしき影も、頻繁に見かけるようになった。
霧の向こうには、ぼんやりと赤い輝きが確認できた。数か所で火事が起きている。
消防車のサイレンは絶え間なく響いているが、火事の多さに対して活動が追いついていない様子だ。
「信じられないな……俺たちの生まれた街がこんなザマになるなんて……」
ポテージが割れた窓から外を見つめ、感傷的な声で言った。
「ああ……また一から出直しになるかもな」
「なあDタップ、正直に言えよ。お前はゾンビが怖くねえのか?」
ポテージがはじめてその質問をした。
「“皇帝パルパティーン”に借りたカネのほうが、俺はよっぽど恐ろしいぜ」
Dタップはアクセルを踏みながらおどけた声でそう返した。




