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シルバークリーク  作者: 水咲邦明
EP.01「スーパーコピー/ディラン・“Dタップ”・プリチャード」

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4/10

【 Ⅳ 】制裁

PM3:00


 道路はひどい渋滞だった。

 Dタップは迂回路を探したが、どこへ行っても車で溢れ、目的地の倉庫へは一向に近づけない。

「Dタップ、もうあきらめようぜ」

 けたたましいクラクションが鳴り響く中、助手席のポテージは疲れきった顔で言った。

「あきらめる? それでどうするってんだ? 避難するにしても、道路はこの有様だ」

「トラックを捨てて歩けばいいだろ?」

「馬鹿言え、ボスからの借金はどうなる?」

「こんな状況だ。今回はボスだって大目に見てくれるさ」

 ポテージは楽観的に言いながら軽く笑った。渋滞車両に前をふさがれ、のろのろとトラックを走らせながら、Dタップは声のトーンを落として言う。

「……P、フレディの前歯がぜんぶ差し歯なのは知ってるよな?」

「ああ……聞いたことあるな。たしか、階段から落ちてまともに顔をぶつけたんだろ? トロいおっさんだぜ」

「違うよ、あれはボスにやられたんだ」

「えっ?」


 Dタップが説明する。何年か前、ポテージがちょうど武器の不法所持で有罪となり、収監されていた時期の出来事だ。


 フレディは冴えない中年男で元銀行員だ。それが紆余曲折あって、数字の強さを買われてフローラ・ギャングに加わり、コッパーナットからノミ屋を任されるようになった。


「フレディは調子に乗っていたよな。新参のくせに、ボスのお気に入りだからって、てめぇが偉くなったと勘違いしてやがった」

 ポテージは当時を思い出しながら不快そうに言った。

「ああ。で、フレディがノミ屋を仕切りはじめたころ、お前はスピード違反でとっ捕まった。車のトランクには未登録の銃、見事にブタ箱行きだ」

「あれは……運が悪かったんだよ。って、俺のことはいいだろ。フレディの話はどうしたんだよ?」

「ああ……」


 ある日、フレディはコッパーナットの経営する質屋の従業員室でパソコンに向き合い、ノミ屋のデータ整理をしていた。そこに若手メンバーのキーランが犬の散歩から帰ってきた。


「犬ってボスが飼ってるビーグルのオーリーのことか?」

「そうだ。何を勘違いしたのか、フレディの馬鹿はこう言ったんだ。“臭いからその犬を部屋に入れるな”ってな」

「あいつなら言いそうだぜ」

「するとオーリーがフレディに向かって吠えた。フレディは“この犬畜生め”とオーリーの腹を蹴りあげた」

「マジかよ。犬を蹴るなんてサイテーのクズ野郎だな……で?」

「腹を立てたキーランはそのことをボスに電話で報告した。ボスは2分後に現れたそうだ」

「2分で? ボスはワープでもしたのか?」

「知らねえよ。ブチ切れたボスは“犬をいたぶるのが趣味か? お前も同じ目に遭わせてやろうか?”と言って、フレディの首を掴んで壁に押しつけ、あの杖で顔面をめった打ちにしたらしい。フレディの顔はぐちゃぐちゃだ。やつは鼻と顎を骨折して、前歯を7本へし折られた」

「…………」

 ポテージはその光景を想像してしまい、シートの上で身震いする。

 が、少しの沈黙をはさんで「まあ……愛犬を蹴られたら、誰だってキレるよな。ボスが怒るのは当然だ」と、肩をすくめて言った。

「それにしたってやり過ぎだぜ。前歯を7本だぞ? 俺はフレディみたいになりたくねえ」Dタップは険しい顔で首を振った。

「お前はオーリーのことを蹴ったりしないだろ?」

「P、俺が言いたいのは、ボスの地雷はどこに埋まっているかわからねえってことだよ。オーリーを蹴ったフレディはたしかに大馬鹿野郎だ。けど、俺たちだって他人事じゃねえ」

「俺は犬を蹴ったりするもんか。犬に暴力を振るうやつはクズだ」

「だからそうじゃねえっての……」



 やがてトラックはブリック・ストリートにある大型ショッピング・モール“アセント・プラザ”の付近まできた。ここから倉庫までは、通常なら車で10分ほどの距離だが、事故車両が道路をふさぎ、トラックは完全に立ち往生してしまった。

「事故かよ。最悪だぜ……」

「どけよ! おい、前をあけろ!」

 ポテージが横から手を伸ばしてクラクションを連打した。

「うるさい、無駄だからやめろっ」

 Dタップはその手を払いのける。


 アセント・プラザでは略奪がはじまっていた。ウィンドウが叩き割られ、暴徒化した市民がモールへ雪崩れこんでいる。服、家具、電化製品、食糧、何もかも持ち去られていく。警察の姿はどこにも見当たらない。


「とんでもねえ馬鹿な連中だ。こんな時に何やってる?」

 略奪に明け暮れる市民を見て、Dタップは運転席で呆れた声を漏らした。

「お前だって、スニーカーのために走り回ってるじゃねえか」

 ポテージはげらげらとおかしそうに笑った。

「そうだよ。うちの“モリアーティ教授”に殺されたくねえからな」

 コッパーナットの冷酷な笑みが頭をよぎる。

 Dタップの運送会社LST──レイク・ショア・トランスポーターズは単なる資金洗浄や犯罪の隠れ蓑ではなかった。彼が一から築いた会社でありアイデンティティともいえる。

 コッパーナットは部下の裏切り(と愛犬への不敬)を絶対に許さない反面、仕事のミスに関しては鷹揚な性格だ。それでもカネを返せなければ、会社は取り上げられるだろう。それだけは避けたかった。


 Dタップは気を鎮めようと煙草に火をつける。と、それを見たポテージが大げさに咳きこんだ。

「おい、窓を開けろよ。副流煙で俺まで肺がんになっちまう」

「その前にお前は糖尿で死ぬさ」

「なあDタップ、煙草を一本吸うたびに寿命が何秒縮むか知ってるか?」

「P……少し黙っててくれないか?」


 そんなやり取りをしていると、暴徒の後方で一段と大きな騒ぎが起こった。甲高い女の叫び声が響き渡る。


 暴徒が何者かの攻撃を受けている。襲っているのは青白い肌をした、まるで重病人のような見た目の男女たちだ。彼ら、彼女らは例外なく血にまみれていた。


「Dタップ……」

「ああ……」

 トラックの中からその光景に目を見張る。

 ゾンビとしか形容できないその群れは、うめき声をあげながら無差別に暴徒へ襲いかかっていた。

 組みつき、引っかき、噛みついて食いちぎる。襲われて倒れた市民が一分も経たないうちに起き上がり、また別の市民を襲う。


「ホルヘやアーニーと同じだ……本当に死人が動いてやがる」

 ポテージは目を丸くしてごくりと喉を鳴らした。額に冷や汗が浮かんでいる。

「こりゃあ本物のゾンビかもしれねえな」

 Dタップもうなずきながら険しい顔をした。だが冷静に、正確に、目の前の状況を把握しようとする。


「おい、降りろ!」

 唐突に殺気立った声が聞こえた。いつの間にか数人の市民がトラックを取り囲んでいた。何人かは銃で武装している。

「トラックを寄越せ!」

「撃つぞ! 降りやがれ!」

 彼らの目は血走り、トラックの窓やドアを激しく叩いてくる。今にも引き金を引きそうな勢いだ。

「くそったれが!」

 Dタップは叫びながら目いっぱいアクセルを踏み込んだ。前の車両を押しのけ、歩道に乗り上げながら、道路を塞いでいた事故車両のわきをすり抜ける。

 その時、何発かの銃声が鳴り、助手席側の窓が粉々に砕けちった。

「撃ちやがった! くそ!」

 ポテージが右腕を押さえて悲鳴をあげた。

「どこを撃たれた!?」

「腕だ! ナメやがって! くそが……」

 Dタップは横目で確認したが、弾はわずかに腕をかすっただけのようだ。

「うるせえ、かすり傷だろ? ガキみたいにピーピーわめくな!」

 トラックは渋滞を強引に突破して、倉庫に通じる裏通りへと入った。アセント・プラザの方角からは銃声と悲鳴が響いていたが、やがてその音も遠ざかっていった。

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