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シルバークリーク  作者: 水咲邦明
EP.03「偉大なるサバイバー/デイヴィッド・”ライフ”・コリンズ」

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19/22

【第19話】隔離

PM04:00


 事態が大きく動いた。ロビンソン州知事がニュージャージー州パッサヤンカ郡における公衆衛生上の危機に対処するため、州全域に非常事態宣言を発令したのだ。

 これにより本日2月9日の午後6時以降の外出が禁止され、市民は自宅か避難所に留まるよう指示された。また事態鎮静化のため州軍が配備され、CDC(疾病予防管理センター)の先遣隊がニューアーク・リバティー国際空港にまもなく到着するらしい。

 市民たちは強い不安に駆られながら、体育館に設置されたテレビで記者会見の中継映像を注視している。

(とんでもないことになった……この先、いったい、どうなるんだ……?)

 ライフは震えていた。だが、これが長年、彼の望んでいたことだ。ニュージャージー州程度でこの騒動が収まってもらっては困るのだ。今の社会が完全な崩壊を迎えた時こそ、ポスト・アポカリプスの世界で“偉大なるサバイバー”として自分は輝くのだ。

(でも……まあ……収まるなら、収まるで……)

 テレビを見つめながらごくりと大きく喉を鳴らす。


 ロビンソン知事は会見の中で、州軍の治安維持活動に際しては「非致死性武器の使用を徹底させる」と話した。体育館はざわめいた。


「ガチで? 相手はゾンビなのよ?」

 ドールは信じられないといった顔で呆れたように笑った。

「知事は事態の深刻さを把握できていないのか……?」

 ダニエルがそう言い、市民たちも口々に不安を声にしていった。

「知事はまだ感染症と暴動の関係は不明だと言っているな」

「イライラするな。なんでゾンビだとはっきり言わないんだ!」

「知事は公邸を出て、自分でシルバークリークに来てみればいいんだ!」

 不安は怒りへと転じ、市民らは会見場の知事をテレビ越しに罵倒しはじめた。

(……保険の査定なら、一発でハズレ枠に放り込むような連中ばかりだな)

 ライフは憤慨する市民たちに冷めた視線を送る。

(知事が現場に来て何になる? 感染症と暴動の因果関係だって、科学的に証明されなきゃ公の場では言えないさ。第一、知事がゾンビなんて言葉を使えるわけがないだろ? 少しは脳みそを使えよ)

 冷笑を浮かべ、首を振る。


 やがてダニエルがテレビの前に進み出た。両手をかざして市民たちを落ち着かせようとする。

「みんなの気持ちはわかる。だが、ここで知事に文句を言ったところで仕方がない。今、我々に出来ることをやろう。州軍を当てにはできない。奴(・)ら(・)が侵入してこないよう、建物の出入り口や窓をしっかりと塞ぐんだ」

 ダニエルは元消防士として、非常時におけるリーダーシップを発揮した。物資の管理、バリケードの構築、子供や老人の世話、無線を使った州軍と警察への救助要請の試み、全員に仕事を与え、その役割に集中させる。


 ライフにはバリケード用の材料を集め、運ぶ役目が割り振られた。

(この手の単純作業は、俺には向いてないんだけどな……)

 ぶつぶつと心の中で不満を言いつつも、ライフは物置から板材や工具を抱え、外側の通路へ運んでいく。

 まだ日暮れ前なのに、窓の外は夜のように暗かった。濃い霧が立ち込め、ゾンビらしき人影が多数さまよっている。

(増えてるな……ここに来た時は、まだ10人もいなかったのに……)

 今では20~30人のゾンビが駐車場に集まってきている。

「バリケードなんかで防げるのか?」

 ライフは不安そうに窓の外を何度も見た。頻繁にスマホを手に取っては、ネットに接続できないか試す。

「くそ……なんでつながらないんだ。テレビは同じ情報の繰り返しだし……州軍の作戦開始はいつなんだ?」

 やがてライフはバリケードの材料を運びながら、延々と文句を垂れ流すようになった。

 市民たちは自然と彼を避けはじめる。不安なのは皆同じだ。それなのに、不安をいちいち口にして増幅させる人間と、誰も一緒にいたいとは思わない。

「ダニエルで大丈夫なのか? 軍人ならともかく、しょせんは元消防士だろ? ゾンビが入ってきたら、どうやって戦うんだ……?」

 とうとうダニエルのリーダーシップにさえ文句を言い出した。かと言ってライフはグループのために何かを提案したり、率先して行動したりするわけでもない。彼はただ言われた仕事をだらだらとこなすだけだった。



PM05:00


 高い天井の体育館には50人を超える市民がひしめき、寝袋や毛布、レジャーシートが床に敷き詰められていた。空気には汗とほこり、そしてかすかな血の匂いが混じっている。


 体育館ではある問題が生じていた。

 午後3時から4時にかけて避難してきたグループのうち、約10人が相次いで体調を崩したのだ。最初は単なる疲れかストレスかと思われた。だが、彼らは頭痛や発熱、強烈な悪寒を訴え、意識が朦朧とする者まで出はじめた。


 ダニエルが聞き取りに行ったところ、このグループは避難の途上で“凶暴化した市民”の群れとまともに遭遇していた。そして、体調を崩した者たちにはひとつの共通点があった。噛まれるか、引っ掻かれるか……全員が“凶暴化した市民”によって、体の一部に傷を負わされていたのだ。

 体育館の空気が緊張を帯びていく。市民たちは言葉にしなくても、同じ疑念を抱いていた。フィクションのような“ゾンビ感染”が、この空間で今まさに進行しているのではないかと。


 ライフはより核心に迫っていた。彼はここまで逃げてくる途中、ゾンビが人間を襲う場面を何度も直接、目にしている。

 ゾンビの攻撃により殺害された人間は、ほんの十数秒で同じゾンビとしてよみがえった。だが、ゾンビに襲われても致命傷にまでは至らず、逃げおおせた市民のほうが圧倒的に多かった。

(……だからだ。この騒ぎはたった半日でシルバークリークからパッサヤンカ郡まで拡大している。ゾンビに殺された人間だけが、ゾンビ化するのなら、こんなことにはならない)

 つまり各地で感染を拡大させているのは、死者ではなく軽傷者だ。ライフは感染が疑われる市民たちへ目を向けた。彼らは大量の汗に体を濡らし、真っ青な顔でガタガタと震えている。

(発症するまでは1時間くらいか……なら、たぶん発症から1時間か2時間程度で、感染者は死に至りゾンビ化するはずだ。でなきゃ、今の事態は説明がつかない)

 感染者の中には、すでに意識を失った者までいる。ライフは焦燥感に駆られた。タイムリミットは確実に近づいている。

(今すぐ隔離しないと、取り返しのつかないことになるぞ……)

 だが、彼はこの推測を誰とも共有しなかった。感染者自身やその家族の感情を刺激し、反発の矢面に立つことを恐れたからだ。


 一方、ダニエルは避難所のリーダーとしての選択を迫られていた。

「彼らを隔離するべきかどうか……」

 ダニエルは厳しい面持ちで低い声を漏らした。

「怪我をした人たちもゾンビになるっていうこと?」

 そばにいたドールが尋ねる。彼女は持ち前の行動力でダニエルをサポートしていた。

「映画やドラマだとそうよね。あくまでフィクションだけど……」

 美容師のミラが横から口を挟んだ。リスクは考えながらも、それを現実として受け止めることへの拒絶がにじんでいる。

「だが、実際に怪我人の容態は著しく悪化している。ゾンビを介して、何らかの感染症を患ったのは間違いないだろう」とダニエル。

「だからってゾンビになるとは限らないんじゃない?」

 ドールがまた疑問を呈した。

「その通りだ。とは言え、命に関わる病気なら、やはり隔離は必要だろう」

「そっか……そうだよね……」

 ダニエルの意見はもっともであり、ドールもうなずくしかない。


 少し離れた壁際で、ライフは膝を抱えて座りながら、ダニエルたちの会話に耳をそばだてていた。胸の内には、苛立ちと、どこか優越感のような感情が渦巻いている。

(頭の悪い連中だな。ゾンビ化するに決まってるだろ? 感染が市外に飛び火している理由がわからないのか?)

 内心の毒づきは、事態の本質を捉えている。だが、その口が開かれることはなく、彼はイライラと体を貧乏揺すりをするだけだ。


「でも、どうやって隔離するの? 説得は難しいわよ」

 ミラが現実的な問題点を指摘した。

「感染した人たちには、友人や家族が付き添っているわ」

「そこだな……本人が隔離を受け入れても、周りが納得するかどうか……」

 ダニエルは口元を手で押さえながら苦々しい表情をした。

「小さい女の子もいるんだよ?」

 ドールは振り返り、毛布の上に横たわった小さな体に目をやった。10代前半の少女を母親らしき女性が必死に看護している。


(そんな甘いことを言ってる場合か? 全員の身に危険が及ぶんだぞ? さっさと隔離しろよ……!)

 ライフは苛立ちを募らせるも、やはり会話には参加しない。


「確実にゾンビ化するとわかっているならまだしも、そうではないからな……」

「ダン、ここは私に任せてもらえないか?」

 スーツ姿の黒人男性がダニエルに声をかけた。三十代後半。高校教師のテレンス・ドーソンだ。自治会の活動を通じて、ダニエルとは以前から親交のある人物だった。

「テレンス……どうする気だ?」

「本人と家族を説得するしかない。だが、時間はあまりないだろう。皆も手伝ってほしい」

「わかった!」

 ドールは即座に声をあげた。ミラ、それに何人かの市民も説得に参加する。


 テレンスは感染者とその家族に、丁寧に言葉を選びながらも、事態の深刻さと隔離しないことによって生じるリスクを説明した。彼ら、彼女らの恐怖や不安を無視せず、感情に寄り添いながら説得して回る。

 ダニエルやドール、ミラ、それに他の市民らもテレンスの説得を慎重に補強する。


(……あのテレンスという教師は頭が回るな。上手く感染者や家族を言いくるめているな。彼のほうがダニエルより、リーダーに向いているんじゃないか?)

 ライフは相変わらず頭の中で他人を批評するだけだ。自分は決して動こうとしない。だが、そのうちいつか自分に主役の座が巡ってくる──そんな根拠のない自信だけが、胸の奥に居座り続けていた。


 テレンスの説得は実を結んだ。怪我人――正確には感染者9人、意識がない場合は付き添いの家族や知人が、別室への隔離を受け入れたのだ。

 隔離部屋には1階の奥にある集会所が選ばれた。希望者は付き添い、部屋の出入り口には見張り役として2人の男性が配置された。


 ここはダニエルも厳しい監視を敷く。見張り役の男性には、拳銃を携行している2人が選ばれた。

「ダニエル、拳銃は必要なのか?」

 テレンスはダニエルの采配に疑問があるようだった。

「仕方ないだろう? ゾンビ化が起きた場合、拳銃がなければ対処することはできない」

「彼らに市民を撃たせる気か?」

「……異変が起きたら、まずは私を呼ぶように指示してある。その時に判断する」

「ううむ……」

 テレンスは不安を隠しきれないようだった。

「誰が拳銃を持っているのか、ちゃんと調べたほうが良くない?」

 ドールはガムを噛みながら軽い調子で言った。

「ああ、それはそうだな」

 ダニエルはドールの意見を聞き、早速、実行に移した。拳銃所持の有無を聞かれ、何人かの市民は素直に申告した。


(こんな状況だ。黙って隠し持っている奴も中にはいるだろうな……あいつらなんて見るからに……)

 ライフは体育館の隅で、ヒスパニック系市民のグループに偏見の目を向けていた。

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