↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シルバークリーク  作者: 水咲邦明
EP.02「メンテナンス・スタッフ/ベンジャミン・“ベン”・エヴァンス」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/22

【第15話】空調

PM5:20


 日没の時刻が迫り、ただでさえ曇り空と霧で薄暗かったビュッフェは、夜のような闇におおわれた。非常電源節約のため、日中は照明を切っている。

「そろそろ電気、点けますね」

 チャーリーはフロアの照明スイッチを入れた。フロア全体がぼんやりと明るくなる。普段の営業時間中に比べて光量は半分以下だ。それでも避難しているメンバーにはまぶしく感じられた。


『この新型ウイルス感染症についてCDC(疾病予防管理センター)は患者の隔離が何よりも重要であるとしています。初期症状はインフルエンザに似ていますが、発症からわずか1時間ほどで重篤化し……』

 テーブルに置かれたラジオは一日中、シルバークリークを襲った未曾有の事態に関する情報を発信していた。


 ベンはラジオホストの声に耳をかたむけながら、明るくなった照明の下で、非常電源のマニュアルに目を通している。

 チャーリーは柱に寄りかかって座り、ノートに落書きをしていた。その近くでは、ジャスが床にマットを敷いて、薄手のジムウェア姿でヨガに励んでいる。

「…………」

 チャーリーは落書きの手を止めた。柔軟にヨガのポーズを取るジャスのしなやかなボディラインや、汗ばんだうなじについ目がいってしまう。

「一緒にやる?」

「……み、見てないです!」

 ジャスが笑顔で振り返ると、チャーリーは慌ててノートに視線を戻した。


 トレスはフロアの端で外の景色をながめている。だが、ガラス壁面から見えるのは白い霧だけだ。


『……たとえ、あなたの大切な家族や友人であっても、症状が出た場合は必ず隔離してください。一刻の判断の遅れが、避難している全員の安全を脅かすことに……』

「ねえ、今日の夕食は早くてもいい? もうできそうなのよ」

 ラジオホストの声をさえぎり、ミリアムがキッチンから顔をのぞかせながら言った。

「ああ、もちろんだ」と、トレス。

「今すぐにでも食べられるよ」

 ベンもマニュアルから顔を上げて言う。

「ランディはどこにいるの?」

 フロアを見渡してミリアムが尋ねた。

「ランディさんなら仮眠室で寝てますよ。昨日の晩、あまり眠れなかったからと言ってました」

「良いご身分ね。大して働いてもいないくせに」

 チャーリーの返事にジャスが文句を付け足した。


 その時、天井から何やら異音が響いた。重たい機械音のようなものが断続的に聞こえてくる。

「なに、この音?」

 ジャスはヨガのポーズを取りながら天井を見上げた。

 やがて天井にある複数の吹き出し口が、冷たい風を猛烈にフロアへ送りこんできた。

「うわっ、寒い寒い!」

 チャーリーは慌てて立ち上がり、風の当たらない場所へ移動する。ジャスもジムウェアの上にジャケットを羽織った。

「どうして冷房が……」

 ミリアムはキッチンにあるエアコンのパネルを操作した。しかし、いくら設定温度や風量を変えても、吹き出し口は勢いよく冷風を吐き続けている。

「強制冷房運転だ……メンテナンスの時しか使わないのだけど……弱ったな、ここからじゃ解除できないんだ」

 ベンもキッチンに行ってパネルを操作するが、エアコンをコントロールすることができない。

 これも節電のため、今までエアコンは最低温度に設定して暖房をかけていた。今の室温は15度程度だ。

「真冬だから冷房をマックスで使用しても、これ以上は寒くなりようがないけれど……」と、ベン。

「でも寒いですよ!」チャーリーが言う。

「これだけ風が吹いたらね……」

 ベンは参ったという様子で、キャップを手で押さえる。

「ベン、どうにかしてよ。凍えてしまうわ。中央監視室に行ったら解除できるんじゃないの?」

「うーん……それはまあ、たぶん……」

 ミリアムに急かされ、ベンは曖昧な返事をした。頭の中では「また俺が地下に行くのか……」と嘆いている。

「寒さくらい我慢すればよくない?」

 ジャスはベンを気遣うように言った。

「いや、問題はそこじゃないんだよ。このままだと、非常電源のバッテリーが急速に消耗する」

「やはりそうか……」

 ベンの説明に、トレスは深刻な面持ちで返した。

「ええ。空調は電気を使いますからね。早く止めないと、今日中にバッテリーが尽きるかもしれない……わかりました、行ってきます」

 ベンは小さく深呼吸をして気持ちを整えると、エレベーターのある廊下へと向かっていく。

「待て、ベン。私も一緒に行く」

 トレスがベンを引き留めた。

「い、いえ、大丈夫ですよ。これまでも安全でしたし。地下にゾンビはいませんから」

「しかし、人手はどうなんだ? 誰かいたほうがいいんじゃないか?」

「そうだなぁ……まあ、たしかに……」

「じゃあ、僕が行きますよ。トレスさんはリーダーだし、ここに残ってください」

 チャーリーがまた志願をした。

「行ってくれるか?」

「はい。でも念のため、武器は持っていきますね……」

 チャーリーは床に並べた武器の中から消防斧を選んだ。

「悪いな、チャーリー。それじゃあ行こうか」

 ベンはチャーリーを連れてビュッフェを出ると、地下へ降りるためエレベーターホールに向かった。


「ベンに頼ってばかりだ。私は何の役にも立っていない」

 2人が出て行くと、トレスは罪悪感に苛まれた表情で言った。

「そんなことはないわよ。トレスさんがいなかったら、グループはとっくにバラバラになっていたわ」

 ミリアムはそう言ってトレスの肩を叩いた。

「トレスさんは一番働いてるわ。アイツと大違いよ……まったく、あの男、いつまで寝ている気なのかしら?」

 ジャスは呆れた声を漏らしながら、仮眠室のほうをにらみつけた。



PM6:00


 ベンとチャーリーが地下に降りてから10分ほどが過ぎた。

 トレスとジャス、それにミリアムも調理を中断し、ビュッフェの中央に集まって不安げに今後の話をしている。


「寒い……」

 声が聞こえ、3人は振り返った。そして目を見張り、絶句する。

「さ、寒い……何なんだ、これは……?」

 いつの間に仮眠室を出たのか、ランディが立っていた。肩から毛布を羽織り、ガタガタと全身を震わせている。

 顔は蒼白で、大量の汗に濡れていた。目の周りは真っ黒になり、唇が紫色に染まっている。


「ランディ……それは……」

「あなた……感染したの!?」

 トレスが尋ねようとする前に、ミリアムははっきりそう尋ねた。

「な、何の話だ……? 俺は、感染なんて……」

「だってその顔……」

 ジャスは初日に感染した、イメルダの姿を思い出さずにはいられなかった。

「ランディ、いったい何があった? 誰かと接触したのか?」

 トレスは冷静な口調で尋ねた。

「屋上に……男がいた……掴まれたんだ。その時、腕を引っかかれて……」

「屋上にゾンビがいたの?」

 ミリアムが驚きの声をあげた。トレスはそれを制し、事態を把握しようと努める。

「ランディ、その男はどうしたんだ? まだ屋上にいるのか?」

「いや……振り払って……ビルから、突き落とした……でも、ゾンビかどうか、わからない……俺は感染なんかしてないっ……」

 3人はそろって怪訝な表情をする。ランディの説明は支離滅裂だ。相手がゾンビでないのなら、腕を掴まれたからといって屋上から突き落とす理由などない。それではただの殺人ではないか。

「ランディ、落ち着いてよく聞いてくれ。きみは感染している。イメルダがどうなったのか、きみも覚えているだろう?」

 トレスはなだめるような口調で言った。

「違う……俺は、普通だ……病気なんかじゃない……」

「どう見ても感染してるわよ! あなた、イメルダが発症した時、もしも自分なら進んで隔離されると言っていたわよね?」

 ミリアムは後ずさりながら、あの時のランディが言った台詞を繰り返した。

「やめてミリアム。ランディ、大丈夫よ。軍の救助を待ちましょう。病院に行けば、まだ助かるかもしれないわ」

 ジャスも懸命にランディを落ち着かせようとした。

「俺を、隔離する気か……? イメルダと同じ部屋でか? じょ、冗談じゃねえ……イメルダに食い殺される……!」

「誰もそんなことは言っていないわ。仮眠室に……」

 ジャスは同意を求めるように、トレスへ視線を送った。

「ああ……そうだ、仮眠室へ戻ろう。そして、これからどうするべきか、落ち着いて一緒に考えるんだ」

「お、俺を殺す気か? そうやって……油断させて……頭をつぶすんだな?」

「そんなことするわけないでしょ!」

 ジャスは感情的に怒鳴った。

「こ、殺されてたまるか……俺は感染しちゃいないっ……この、人殺しどもめ……」

「イカれてるわ」

 ミリアムは呆れた顔で冷たく言い放った。

「よすんだ、ミリアム。彼はせん妄状態だ。高熱のせいだろう」

 トレスはそう言って、慎重にランディは近づいていく。が、ランディは身を翻すと「やめろ!」と叫び、足をもつれさせながら、ビュッフェを飛び出した。


「ぐ……!」

 説得が失敗し、トレスは唇を噛みしめた。

「ど、どうするの? 放っておいたら彼もゾンビになるわよ?」

 ミリアムが焦燥感に駆られて叫んだ。

「止めるしかないわ、隔離しないと……!」

 ジャスはすぐに後を追いかけようとする。が、その腕をトレスが掴んだ。

「ジャス、彼と不用意に接触すれば、我々も感染する恐れがある。特に手だ、引っかかれると危険だ」

「わ、わかっているわ……あまり手荒な真似はしたくないけど……」

 ジャスはフロアに置いてある鉄パイプを拾った。

「彼を見つけたら、一人で対処しようとせず、大声で知らせるんだ。2人ともわかったな?」

 トレスが念を押し、3人はビュッフェを出て、ランディの行方を追った。


 15階は構造のほとんどをビュッフェが占めている。ミリアムは従業員通路、トレスは中央階段、ジャスはエレベーターホールへと向かう。


 すると、ジャスがすぐにランディの姿を見つけた。彼は必死の形相でエレベーターに乗り込むところだった。

「ランディ、待って! みんな、エレベーターホールよ!」

 ジャスは叫びながらエレベーターに向かって走る。が、あと一歩のところで扉は閉まってしまう。

 ジャスはボタンを連打したが、すでにエレベーターは降下しはじめていた。


 少し遅れてトレスとミリアムが駆けつけた。

「ランディは下へ降りたの? 彼は何を考えてるの?」

「逃げる気だ。感染した自分を、本気で我々が殺すと思ったんだろう……」

 ミリアムの疑問にトレスが答えた。

「馬鹿ね!」

 ジャスはエレベーターの扉を叩き、腹立たしげに叫んだ。

「でも、逃げると言ってもどうやって?」

 ミリアムがまた尋ねた。

「地下1階から関係者用通路に上がれば、裏口とエントランスに通じる扉があるのよ。たぶん、どちらかを通って外に……」

 ジャスは地下の構造を思い出しながら言った。そして、あることに気づき、息を飲む。

「ベンとチャーリーが危険だわ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。