【第14話】ランディ
AM10:00
ベン、ジャス、チャーリーの3人はエレベーターで15階に戻った。非常電源の調整をしたこと、エントランスに10人ほどのゾンビがいたことをトレスに報告する。
「エントランスの関係者用出入り口は内側から鍵をかけました。地下1階にゾンビが侵入することはありません」
「ありがとう、ベン。電源の調整もよくやってくれた」
「いえ、これで電気も数日は持ちますよ」
ベンの報告に続いて、ジャスとチャーリーがゾンビについてわかったことを説明する。
ゾンビは基本的に動作が緩慢でぎこちない。エントランスの大階段では、昇降に苦労しているゾンビの姿もあった。
警備責任者のニックが他のゾンビに関心を示す様子から、視覚や聴覚は機能しているらしい。またニックとリンダの行動には、記憶の残滓らしきものがうかがえた。
「リンダのことは残念だが……記憶がどの程度、行動に影響を与えるのかは気がかりなところだな」
トレスは皆の報告を真剣に受け止め、思案げに指であごをなぞった。
「警備室に銃はなかったのか?」
ビュッフェの入り口からランディが尋ねる。彼も屋上での作業を終えて、戻ってきたところだ。
「それは……あると思うよ。けど、銃は保管庫で厳重に管理されているから、警備責任者のニック以外は取り出せないよ」
ベンが質問に答えた。
「そいつは残念だ。銃があれば楽なんだけどな。ゾンビは全部で10匹程度なんだろ?」
「みんな、私たちと同じ人間だったのよ? 言い方に気をつけて」
ランディの物言いにジャスが反発した。
「今じゃあ、その人間を食らう化け物どもだ。友達だと思うんなら、銃の保管庫を開けるようジャスがニックに頼んでくれよ?」
ランディはさらに軽口をならべ、ジャスは呆れたように天井を見上げて首を振った。トレスは口を慎めと、ランディに向かって片手をかざした。
「でも、ゾンビが10人程度なら……ランディの言う通り、もしも銃があったら、どうにかなりそうよね? だってベンがエントランスの電力を切ったから、入り口の自動ドアはもう開かないんでしょう? 外から新しいゾンビは入ってこないわ」とミリアム。
「俺が言いたいことはそれだ」ランディは下の階を指差すようにしながら言う。
「エントランスのゾンビを片付ければ、俺たちの安全は保証される」
「ロメロ監督の『ゾンビ』もそうですよね。主人公たちはショッピングモールを封鎖してから、中に残っていたゾンビを全部射殺しました」
チャーリーは映画の内容を思い出しながら言った。
「あなたたち、リンダやニックを殺せって言ってるの? 更衣室にいるイメルダも?」
ジャスは強い口調で異を唱えた。
「最初から死んでるだろ?」
ランディは嘲笑うような口調で返す。ミリアムは不快そうに彼から視線を逸らした。
「ぼ、僕は別に……今のは映画の話をしただけですから」
ジャスに詰め寄られ、チャーリーは慌てて訂正した。
「……私は昔からニックを知っている。リンダとも毎朝、挨拶をしていたわ。もちろん2人を傷つけるのは嫌よ。でも、生き残るためならしょうがないんじゃない?」
ミリアムはジャスをなだめるように言った。
「甘いね、そんな感傷は捨てるべきだ。俺たちがいくら同情したって、ゾンビどもには関係ない」
ランディは強硬な態度を崩さない。
「ジャスの心情も、ランディの理屈もわかる。だが、現実問題として銃は手に入らないんだ。手元にある武器で、ゾンビを……その、無力化するのは難しいだろう」
トレスは言葉を選びながら言って、ビュッフェの床に並べた武器に目を向けた。
まともに役立ちそうなのは、先ほどチャーリーが携行した消防斧くらいだ。他には鉄パイプや大ぶりな工具類。キッチンに刃物はあるが、ゾンビ相手では使いづらいだろう。
「どうせ彼らは15階まで上がってこられないわ。ここで大人しく救助を待てばいいわよ」と、ジャス。
「俺もそう思うな。わざわざ危険を冒して、エントランスのゾンビたちと戦うことはないだろ?」
ベンが同調する。彼としても出来るだけ下層階には行きたくない。
「いつ救助が来るのか見当もつかないけどな。……まっ、俺は3階と5階のバリケードを見てくるよ。みんなもサボらずに、自分の役目をやってくれよ?」
ランディはそう言い残してビュッフェを出て行った。
「……バリケードの点検だけなら誰でもできるよ。偉そうに」
彼の背を見送りながらチャーリーが文句をこぼした。
「ランディが感染した時は私がトドメを刺してやるわ」
ジャスは毒づくと、昼食の仕度をするためにキッチンへと向かった。
グループは節電のためにテレビをつけず、情報は電池式のラジオに頼った。
午後には知事、それにホワイトハウスの会見が予定されていたが“技術的な問題”によって、すべてキャンセルとなった。
ラジオは避難所のリストを読み上げ、それ以外は専門家の憶測が流れるだけで、情報はほとんど更新されなかった。
PM1:00
昼食後。ジャスが皿洗いをしていると、突然、水が止まってしまった。原因は不明だ。ベンは再び地下1階の中央監視室へ向かうことになった。
「今回は私が一緒に行くよ」とトレスが同行を志願する。
「大丈夫ですよ。地下の安全は確保してありますから」
本当は不安で仕方ないが、ベンはそう言ってエレベーターに乗り込み、一人で地下に向かった。
薄暗い中央監視室で黙々とパラメーターの調整を行う。トラブルの原因を特定し、ベンはすぐに問題を解消した。
「それにしてもボロ過ぎるよ、このビルの設備は……」
ベンはぼやきながらも、自分の仕事を終えて15階へと戻った。
その後もベンは何度か地下へ赴く羽目になった。電気、ガス、水道のトラブルが頻発する。
ベンは決して気が強いほうではない。はっきりいえば臆病な性格だ。
だが、ベン以外にメンテナンスの知識やスキルを持つ人間はいないのだ。
「なんで俺ばかりこんなことをやらされるんだ……」
地下まではエレベーターで直通だ。だが、中央監視室で作業をしている間、1階のエントランスに溢れるゾンビの姿が頭から離れることはなかった。
何かの間違いで彼らが地下に乱入したら、自分はどうなってしまうのか。それを考えずにはいられない。
また老朽化したビルの設備は根本的なガタがきている。調整だけでは限界があった。
「外注業者が修理にこないと無理だよ……」
そんな泣き言を漏らしつつも、ベンは自分にしかできない役目をこなした。
PM4:00
ベンが何度も地下へ向かう一方で、ランディは屋上でのんびり作業をしていた。この日もシルバークリークは濃い霧に包まれており、屋上は雲の中のように真っ白だった。
初日に鳴り続けていた緊急車両のサイレンも、昨日の断続的な銃撃音も今日はまったく聞こえない。
ランディはよく目立つ黄色のペンキを使ってSOSの文字を大きく描いていく。さらに白いペンキで文字を縁取りする。
しばらく作業をすると、ランディは塔屋──階段の出入り口がある構造物に寄りかかって休憩した。キッチンから盗んだウイスキーを飲むと、煙草に火をつけて一服する。
そこに扉の開く音が聞こえた。
「なんだよ?」
ランディは面倒くさそうに言って、塔屋のドアに向かう。誰かが15階から呼びに来たと思ったのだ。だが、不思議なことにドアは閉まったままだった。
「……気のせいか?」
ドアを開けてみるが、階段室には誰もいない。ランディは首をかしげ、塔屋の周りをぐるりと歩いてみた。すると、裏側に物置らしき扉があることに気づいた。開いていたのはそこの扉だ。
物置を覗き込んでみる。誰もいない。掃除用具や洗剤が置かれているだけだ。
風で開いたのか……彼がそう思った刹那、霧の中からぬっと2本の腕が伸びてきた。肌は異様に白く、黒い血管が浮き上がった腕。
「なんだっ!?」
驚いてかわそうとするが、次の瞬間、鋭い痛みが彼の腕に走った。紫色に変色した爪が、皮膚を突き破って食い込んでいる。
若いスーツ姿の白人男性が目の前でうめき声をあげていた。名前は知らないが、何度かランディも顔を合わせたことがある。このビルの、どこかのテナントの従業員だ。
「こいつっ……くそっ! はなせ、やめろっ!」
ランディは怒り、恐怖、焦燥、あらゆる負の感情でパニックに陥った。彼は半狂乱になりながら男を振り払うと、その両肩を掴んで後ろへ強く突き飛ばした。男は体のコントロールを失ったようにふらふらと後ずさっていく。そして、屋上の縁にある低いパラペットに足を取られてつんのめる。
「てめえ……!」
ランディは物置からモップを手に取り、その柄で思いきり男の上半身を殴りつけた。男は衝撃でパラペットの向こう側――地上へと、音もなく落ちていった。
真っ白な霧で下界の様子は何も見えない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……なんで、ゾンビが……」
初日に感染した男がビルの屋上まで逃げ、ずっと塔屋の物置に潜んでいたのだろうか。考えても答えは出ない。
ランディは呼吸を整えながら、男に掴まれた自分の左腕を見る。爪の痕が5つ、しっかりと刻み込まれている。
「感染したとは限らない……だ、大丈夫だ……」
彼は上着の袖を伸ばして腕の傷を慎重に隠すと、道具一式を放置したまま、屋上を後にして15階へと戻った。




