【第13話】中央監視室
2月11日
AM8:30
朝食後、ベンは非常用電源の調整を行うため、地下1階の中央監視室へ向かうこととなった。
地下1階にはビュッフェのある15階からエレベーターで直行できる。問題は、地下が安全かどうかだ。
「ゾンビがエレベーターを使うことはないだろう。エントランスから階段で地下へは降りられるのか?」
トレスはビルの構造についてベンに尋ねた。
「ええとですね……エントランスの奥に関係者専用のドアがあります。その先の通路は警備室とも繋がっていて、突き当たりの階段から地下へ下りることができます。中央階段も非常階段も地下へはつながっていません」
「では、関係者専用のドアを通る以外に、地下へ行く方法はないのだな? エレベーターの使用を除いて」
「そうですね。ドアは閉まっているはずです。鍵はかかっていませんが……」
「なら問題ないだろう? ゾンビはドアノブを回せない。イメルダがその証拠だ」
ランディは柱に寄りかかり、腕組みをしながら楽観的な調子で言った。
ヘルスケアマネジメント会社の事務員だったイメルダ・ディアスは、ここに避難してきた時点ですでに感染していた。不幸にも彼女はそのままゾンビ化してしまった。
トレスの機転によりイメルダは隔離され、今もこのフロアの更衣室に閉じ込められたままだ。室内の様子はわからないが、隔離されて以来、イメルダは中で大人しくしている。
「個人差があるかもしれないわ。たしかにイメルダは一度もドアノブを回していない。でも、全部のゾンビがそうとは限らないでしょ?」
ジャスが懸念を口にした。
「ですよね。ドアノブをドアノブと認識できなくても、偶然、握って回すことはあるかもしれないです」
チャーリーが言い、トレスも「それはもっともだ」とうなずいた。
「エレベーターを降りて、もしも地下にゾンビがいたら……悪いけど、その時は飛んで帰ってくるよ」
ベンは不安を誤魔化すように笑いながら言った。
「それはいいが、ゾンビまでエレベーターに乗せて、帰ってきてもらっちゃ困るぜ?」
「よしなさいよ、ランディ」
ジャスがランディをきつくにらむ。彼の言葉は冗談とも本気ともつかなかった。
「誰かが一緒に行って、ベンを守らなければ。ビルの設備に通じているのは彼だけなのだからな」
トレスはそう言うと「私が一緒に行く。あと1人、誰か来てくれないか?」と、自ら志願しつつ同行者を募った。
ランディはすぐに難色を示す。
「そいつはどうかな? トレスさんはこのグループのリーダーだ。あんたが自分で行くことはないだろ」
「そうよ。トレスさんはここで、みんなをまとめてくれないと」
ミリアムもランディの意見に賛成した。
「しかし……」
2人から引き止められ、トレスは逡巡している。
「そう言うなら、ランディ、あなたが行きなさいよ?」とジャス。
「俺もそうしたいところだが、あいにく自分の仕事があるんでね」
「はあ? 自分の仕事って何よ?」
「屋上にでっかくSOSの文字を書くんだよ。用具室からハケとペンキも調達済みだ」
ランディは道具一式の入った、大きなバッグを柱の脇に置いていた。言うが早く、バッグを肩に提げ、ビュッフェを出て行こうとする。
「それじゃあ、後はよろしくな? ベン、頼んだぜ?」
「あ、ああ……」
あまりにも非協力的なランディの態度に、ベンはやや呆気にとられてしまった。
「ちょっと待ちなさいよ! ペンキ塗りなんて私が代わりにやってあげるわ!」
ジャスが引き止めようとする。が、トレスは彼女の肩に手を置き、無言で首を振った。
ランディは一同に背を向けたまま、平然とビュッフェを後にする。
「勝手な人だなぁ……」チャーリーも呆れている。
「トレスさん、どうして彼を止めないのよ?」
ジャスはトレスに食ってかかった。
「言ってはなんだが……ランディは信用できない。いざという時、皆を地下に置き去りにして、自分だけエレベーターで逃げかねん」
「っ…………」
トレスの言葉に、ジャスは思わず息を呑んだ。
「彼、そういうタイプよね」と、ミリアムは意地悪い笑みを浮かべた。
「……いいわ、私が一緒に行く」
ジャスが名乗りをあげた。
「それじゃあ、僕も一緒に行きます。やっぱりトレスさんはここに残るべきだと思いますし」
チャーリーも続いて志願した。
「わかった……2人ともすまないな」
トレスは悩みつつも、ジャスとチャーリーの志願を受け入れた。
「悪いわね、ジャス。私が行っても、足手まといになるだけだと思うから」とミリアム。
「気にしなくていいわよ」
AM9:00
3人はエレベーターに乗りこむと地下1階を目指した。
チャーリーは消防斧を構え、ジャスは鉄パイプを握りしめている。昨日のうちに調達した武器の一部だ。ベンの護身用武器は大型のレンチだった。
地下1階に到着し、エレベーターの扉が開いた。非常灯が薄暗い通路を緑色に染めている。
「地下は寒いですね……冷蔵庫みたいだ」とチャーリー。
「よかった、ゾンビはいないみたいね……」
ジャスは通路を見渡しながら安堵の息を漏らした。
「中央監視室はすぐそこだよ」
ベンは扉のひとつを指差した。緊張に唇を噛みながら、なるべく足音を立てないように扉の前へと向かう。
ベンはカードキーを使って部屋のロックを解除した。ジャスとチャーリーを部屋に導き、廊下の様子をうかがいながら静かに扉を閉める。
「へえ……ビルの地下にこんな部屋があったんですね。初めて見ました」
チャーリーは興味深そうに、ビル管理システムのモニター群に目を向けた。
「すぐに作業へ取り掛かるよ」
ベンは椅子に腰かけ、パネルを操作し、キーボードを打ちはじめた。ジャスとチャーリーは無言で作業を見守る。
ベンはマニュアルを参照しつつ、不要な電力供給を順番に遮断していった。モニターの画面で数字が変わるたびに、どこか遠くでブレーカーが落ちるような音が聞こえた。
「あ……そうだっ」
ベンはキャップに手を当て、思い出したように言った。
「どうしたんですか?」とチャーリーが問う。
「サーバールームだよ。あそこが電力を食うんだ。機械を冷やすために、常にエアコンがフル稼働しているしね」
「電気を切ったら問題なの?」ジャスが首をかしげる。
「そうだなぁ……もしかしたらデータが壊れるかもしれない」
「気にすることないですよ。さくっと切っちゃいましょう」とチャーリーは軽い調子で言った。
「いいのかなぁ? トレスさんにも確認していないし……」
「私は知識がないから2人に任せるわ」とジャス。
「データが飛んだら飛んだで、すっきりするじゃないですか」
「いや、簡単に言うけど……まあ、今の状況で一番不要といったら不要かもしれないな」
「はい。一思いに切りましょうっ」
「なんか投げやりだな……」
ベンは不安に駆られつつも、サーバールームへの電力供給を断った。
「これで作業は完了だ。15階の電気ガス水道への影響はないと思う。エレベーターもそのまま使えるよ。あと……ゾンビのいる1階と2階にはエレベーターが停止しないよう設定しておいた」
「え? なぜですか?」チャーリーが尋ねる。
「チャーリー、きみが言っただろう? ゾンビが偶然、ドアノブを回すかもしれないって。なら、偶然エレベーターのボタンを押すことだってあるかもしれない。まあ、念のためだよ」
「さすが」
チャーリーは大きくうなずいた。
「ありがとう、ベン。あなたがいてくれて良かったわ」
ジャスが改めて、ベンに心からの感謝をした。
「本当ですよね。ベンさんがいなかったら、今日には非常電源も落ちて、ビルの中は真っ暗になっていたかも」
「はは……まあ、これが俺の仕事だからね」
ベンはキャップをかぶり直しながら照れ笑いを浮かべた。
「さあ、上に戻ろうか」
「ベンさん、その前に……ちょっとだけ、1階を偵察してみません?」
「えっ……」
チャーリーの提案にベンの顔は引き攣った。
「敵を知るべきだと思うんですよ」
「チャーリー、それは危険すぎない? ドアを開けて、エントランスを覗くって言うの?」
ジャスも賛成はできないといった態度だ。
「少しだけ……1階の関係者通路に、ゾンビが入っていないかどうか、確認したほうがいいと思いますし」
「まあ……それはたしかに。実は警備室の窓から、エントランスが見えるんだ」
ベンも正直、エントランスの様子は気になった。もちろん恐怖はあったが、状況を把握することで安心したいという思いもある。
「関係者用のドアから覗くのは反対だ。危なすぎるよ。でも、警備室の窓から覗くだけなら……」
「はい、それでいいです。……あれ? でも、窓から覗かなくても、警備室には監視カメラのモニターがあるんじゃないですか?」
「……そうだった。忘れてた」
ベンは思わず両手で頭を抱えた。
「監視カメラも切ったの?」とジャス。
「ごめん、切れていると思う。何なら今から復活させるけど……」
「まあいいんじゃないですか? 直接、窓からエントランスを覗けるなら」チャーリーが言った。
どうせ監視カメラの映像は警備室以外からは確認できない。ベンは監視カメラはこのまま切り、どうしても必要な場合は再起動することにした。
3人は中央監視室を出ると、廊下を通って階段を上がり、1階の関係者用通路に出た。
ベンはビルの裏口を確認したが、扉はしっかりと鍵がかかっていた。エントランスに通じる関係者用の扉も閉まったままだ。通路にゾンビが入ったような形跡は見当たらない。
3人は警備室の中に入ると、壁の小窓からエントランスの様子をうかがう。
そこには10人ほどの人影――ゾンビがいた。性別も年齢も服装もバラバラだ。体に負っている傷の程度も違う。
ひどい怪我を負い、全身が乾いた血にまみれたゾンビがいる一方で、外傷がほとんど見当たらないゾンビもいる。
「怪我の程度が違いますよね」チャーリーがゾンビを見つめながら言う。
「そうだな。ニックは全身を噛まれて……倒れてすぐにゾンビになった。でも、イメルダは手首に引っかき傷があっただけだ」
ベンは対照的な経緯で、ゾンビになった2人を思い出しながら言った。
「噛まれるか、引っかかれるかすると、感染するってことですね。空気感染や飛沫感染はどうなんだろう……?」とチャーリー。
「それで感染するなら……イメルダの看病をした私もゾンビになっていると思うわ」
ジャスはそう言いつつ、目を細めてエントランスの様子を注意深く観察した。
「あそこに立っているのはニックよね?」
「そうだな……ニックに20ドル貸してたんだ。もう返してもらえそうにないな……」
ベンは寂しげな笑みを浮かべてつぶやいた。
警備責任者のニックは体中に噛まれた痕があり、警備員の制服はぼろぼろに破れていた。
電力が遮断されたことで、入り口の自動ドアは閉じた状態で動かなくなっている。
閉じ込められたゾンビたちは、無目的に彷徨い続ける。ニックはエントランスの中央で仁王立ちしながら、そうしたゾンビたちの動きを目で追っているかのように見えた。
「ニック……まるで今も働いているみたいだわ……」
ジャスがささやいた。
「ベンさん、ジャス、あれを見て……」
チャーリーが小声で言いながら顎をしゃくった。
カウンターに受付嬢のリンダがいた。首の肉がえぐれ、スーツには乾いた血がべったりとこびりついている。
「リンダ……助からなかったのか……かわいそうに……」
ベンは口を押さえ、悲痛な声を漏らした。最初にゾンビがビルへ乱入した時、リンダは2階の女子トイレへ逃げ込んでいたのだ。その後、何が起きたのかはわからない。だが、彼女はもう人間ではなくなっていた。肌は青ざめ、目の周りは黒ずんでいる。
それでもやはりフィクションの怪物じみたゾンビとは違った。動きには独特のぎこちなさがあるものの、リンダのようにただ座っていれば、遠目には不健康な人間のように見える。
「ずっとモニターを見て……彼女、何をしているんだろう……?」
チャーリーが不思議そうに言った。リンダはカウンターの椅子に座り、何も映っていないパソコンのモニターをじっと見つめている。
「記憶が残っているのかもしれないわね……」
ジャスは何とも言えない表情でそう漏らす。3人はだんだんといたたまれない気分になってきた。
しばらくゾンビの動きを観察した後、そっと警備室を出て、3人は地下に戻るとエレベーターに乗りこんだ。




