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シルバークリーク  作者: 水咲邦明
EP.02「メンテナンス・スタッフ/ベンジャミン・“ベン”・エヴァンス」

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13/22

【第13話】中央監視室

2月11日

AM8:30


 朝食後、ベンは非常用電源の調整を行うため、地下1階の中央監視室へ向かうこととなった。

 地下1階にはビュッフェのある15階からエレベーターで直行できる。問題は、地下が安全かどうかだ。


「ゾンビがエレベーターを使うことはないだろう。エントランスから階段で地下へは降りられるのか?」

 トレスはビルの構造についてベンに尋ねた。

「ええとですね……エントランスの奥に関係者専用のドアがあります。その先の通路は警備室とも繋がっていて、突き当たりの階段から地下へ下りることができます。中央階段も非常階段も地下へはつながっていません」

「では、関係者専用のドアを通る以外に、地下へ行く方法はないのだな? エレベーターの使用を除いて」

「そうですね。ドアは閉まっているはずです。鍵はかかっていませんが……」

「なら問題ないだろう? ゾンビはドアノブを回せない。イメルダがその証拠だ」

 ランディは柱に寄りかかり、腕組みをしながら楽観的な調子で言った。


 ヘルスケアマネジメント会社の事務員だったイメルダ・ディアスは、ここに避難してきた時点ですでに感染していた。不幸にも彼女はそのままゾンビ化してしまった。

 トレスの機転によりイメルダは隔離され、今もこのフロアの更衣室に閉じ込められたままだ。室内の様子はわからないが、隔離されて以来、イメルダは中で大人しくしている。

「個人差があるかもしれないわ。たしかにイメルダは一度もドアノブを回していない。でも、全部のゾンビがそうとは限らないでしょ?」

 ジャスが懸念を口にした。

「ですよね。ドアノブをドアノブと認識できなくても、偶然、握って回すことはあるかもしれないです」

 チャーリーが言い、トレスも「それはもっともだ」とうなずいた。

「エレベーターを降りて、もしも地下にゾンビがいたら……悪いけど、その時は飛んで帰ってくるよ」

 ベンは不安を誤魔化すように笑いながら言った。

「それはいいが、ゾンビまでエレベーターに乗せて、帰ってきてもらっちゃ困るぜ?」

「よしなさいよ、ランディ」

 ジャスがランディをきつくにらむ。彼の言葉は冗談とも本気ともつかなかった。

「誰かが一緒に行って、ベンを守らなければ。ビルの設備に通じているのは彼だけなのだからな」

 トレスはそう言うと「私が一緒に行く。あと1人、誰か来てくれないか?」と、自ら志願しつつ同行者を募った。

 ランディはすぐに難色を示す。

「そいつはどうかな? トレスさんはこのグループのリーダーだ。あんたが自分で行くことはないだろ」

「そうよ。トレスさんはここで、みんなをまとめてくれないと」

 ミリアムもランディの意見に賛成した。

「しかし……」

 2人から引き止められ、トレスは逡巡している。

「そう言うなら、ランディ、あなたが行きなさいよ?」とジャス。

「俺もそうしたいところだが、あいにく自分の仕事があるんでね」

「はあ? 自分の仕事って何よ?」

「屋上にでっかくSOSの文字を書くんだよ。用具室からハケとペンキも調達済みだ」

 ランディは道具一式の入った、大きなバッグを柱の脇に置いていた。言うが早く、バッグを肩に提げ、ビュッフェを出て行こうとする。

「それじゃあ、後はよろしくな? ベン、頼んだぜ?」

「あ、ああ……」

 あまりにも非協力的なランディの態度に、ベンはやや呆気にとられてしまった。

「ちょっと待ちなさいよ! ペンキ塗りなんて私が代わりにやってあげるわ!」

 ジャスが引き止めようとする。が、トレスは彼女の肩に手を置き、無言で首を振った。

 ランディは一同に背を向けたまま、平然とビュッフェを後にする。

「勝手な人だなぁ……」チャーリーも呆れている。

「トレスさん、どうして彼を止めないのよ?」

 ジャスはトレスに食ってかかった。

「言ってはなんだが……ランディは信用できない。いざという時、皆を地下に置き去りにして、自分だけエレベーターで逃げかねん」

「っ…………」

 トレスの言葉に、ジャスは思わず息を呑んだ。

「彼、そういうタイプよね」と、ミリアムは意地悪い笑みを浮かべた。

「……いいわ、私が一緒に行く」

 ジャスが名乗りをあげた。

「それじゃあ、僕も一緒に行きます。やっぱりトレスさんはここに残るべきだと思いますし」

 チャーリーも続いて志願した。

「わかった……2人ともすまないな」

 トレスは悩みつつも、ジャスとチャーリーの志願を受け入れた。

「悪いわね、ジャス。私が行っても、足手まといになるだけだと思うから」とミリアム。

「気にしなくていいわよ」



AM9:00

 3人はエレベーターに乗りこむと地下1階を目指した。

 チャーリーは消防斧を構え、ジャスは鉄パイプを握りしめている。昨日のうちに調達した武器の一部だ。ベンの護身用武器は大型のレンチだった。


 地下1階に到着し、エレベーターの扉が開いた。非常灯が薄暗い通路を緑色に染めている。

「地下は寒いですね……冷蔵庫みたいだ」とチャーリー。

「よかった、ゾンビはいないみたいね……」

 ジャスは通路を見渡しながら安堵の息を漏らした。

「中央監視室はすぐそこだよ」

 ベンは扉のひとつを指差した。緊張に唇を噛みながら、なるべく足音を立てないように扉の前へと向かう。


 ベンはカードキーを使って部屋のロックを解除した。ジャスとチャーリーを部屋に導き、廊下の様子をうかがいながら静かに扉を閉める。


「へえ……ビルの地下にこんな部屋があったんですね。初めて見ました」

 チャーリーは興味深そうに、ビル管理システムのモニター群に目を向けた。

「すぐに作業へ取り掛かるよ」

 ベンは椅子に腰かけ、パネルを操作し、キーボードを打ちはじめた。ジャスとチャーリーは無言で作業を見守る。

 ベンはマニュアルを参照しつつ、不要な電力供給を順番に遮断していった。モニターの画面で数字が変わるたびに、どこか遠くでブレーカーが落ちるような音が聞こえた。


「あ……そうだっ」

 ベンはキャップに手を当て、思い出したように言った。

「どうしたんですか?」とチャーリーが問う。

「サーバールームだよ。あそこが電力を食うんだ。機械を冷やすために、常にエアコンがフル稼働しているしね」

「電気を切ったら問題なの?」ジャスが首をかしげる。

「そうだなぁ……もしかしたらデータが壊れるかもしれない」

「気にすることないですよ。さくっと切っちゃいましょう」とチャーリーは軽い調子で言った。

「いいのかなぁ? トレスさんにも確認していないし……」

「私は知識がないから2人に任せるわ」とジャス。

「データが飛んだら飛んだで、すっきりするじゃないですか」

「いや、簡単に言うけど……まあ、今の状況で一番不要といったら不要かもしれないな」

「はい。一思いに切りましょうっ」

「なんか投げやりだな……」

 ベンは不安に駆られつつも、サーバールームへの電力供給を断った。


「これで作業は完了だ。15階の電気ガス水道への影響はないと思う。エレベーターもそのまま使えるよ。あと……ゾンビのいる1階と2階にはエレベーターが停止しないよう設定しておいた」

「え? なぜですか?」チャーリーが尋ねる。

「チャーリー、きみが言っただろう? ゾンビが偶然、ドアノブを回すかもしれないって。なら、偶然エレベーターのボタンを押すことだってあるかもしれない。まあ、念のためだよ」

「さすが」

 チャーリーは大きくうなずいた。

「ありがとう、ベン。あなたがいてくれて良かったわ」

 ジャスが改めて、ベンに心からの感謝をした。

「本当ですよね。ベンさんがいなかったら、今日には非常電源も落ちて、ビルの中は真っ暗になっていたかも」

「はは……まあ、これが俺の仕事だからね」

 ベンはキャップをかぶり直しながら照れ笑いを浮かべた。

「さあ、上に戻ろうか」

「ベンさん、その前に……ちょっとだけ、1階を偵察してみません?」

「えっ……」

 チャーリーの提案にベンの顔は引き攣った。

「敵を知るべきだと思うんですよ」

「チャーリー、それは危険すぎない? ドアを開けて、エントランスを覗くって言うの?」

 ジャスも賛成はできないといった態度だ。

「少しだけ……1階の関係者通路に、ゾンビが入っていないかどうか、確認したほうがいいと思いますし」

「まあ……それはたしかに。実は警備室の窓から、エントランスが見えるんだ」

 ベンも正直、エントランスの様子は気になった。もちろん恐怖はあったが、状況を把握することで安心したいという思いもある。

「関係者用のドアから覗くのは反対だ。危なすぎるよ。でも、警備室の窓から覗くだけなら……」

「はい、それでいいです。……あれ? でも、窓から覗かなくても、警備室には監視カメラのモニターがあるんじゃないですか?」

「……そうだった。忘れてた」

 ベンは思わず両手で頭を抱えた。

「監視カメラも切ったの?」とジャス。

「ごめん、切れていると思う。何なら今から復活させるけど……」

「まあいいんじゃないですか? 直接、窓からエントランスを覗けるなら」チャーリーが言った。

 どうせ監視カメラの映像は警備室以外からは確認できない。ベンは監視カメラはこのまま切り、どうしても必要な場合は再起動することにした。


 3人は中央監視室を出ると、廊下を通って階段を上がり、1階の関係者用通路に出た。

 ベンはビルの裏口を確認したが、扉はしっかりと鍵がかかっていた。エントランスに通じる関係者用の扉も閉まったままだ。通路にゾンビが入ったような形跡は見当たらない。


 3人は警備室の中に入ると、壁の小窓からエントランスの様子をうかがう。


 そこには10人ほどの人影――ゾンビがいた。性別も年齢も服装もバラバラだ。体に負っている傷の程度も違う。

 ひどい怪我を負い、全身が乾いた血にまみれたゾンビがいる一方で、外傷がほとんど見当たらないゾンビもいる。

「怪我の程度が違いますよね」チャーリーがゾンビを見つめながら言う。

「そうだな。ニックは全身を噛まれて……倒れてすぐにゾンビになった。でも、イメルダは手首に引っかき傷があっただけだ」

 ベンは対照的な経緯で、ゾンビになった2人を思い出しながら言った。

「噛まれるか、引っかかれるかすると、感染するってことですね。空気感染や飛沫感染はどうなんだろう……?」とチャーリー。

「それで感染するなら……イメルダの看病をした私もゾンビになっていると思うわ」

 ジャスはそう言いつつ、目を細めてエントランスの様子を注意深く観察した。

「あそこに立っているのはニックよね?」

「そうだな……ニックに20ドル貸してたんだ。もう返してもらえそうにないな……」

 ベンは寂しげな笑みを浮かべてつぶやいた。


 警備責任者のニックは体中に噛まれた痕があり、警備員の制服はぼろぼろに破れていた。

 電力が遮断されたことで、入り口の自動ドアは閉じた状態で動かなくなっている。

 閉じ込められたゾンビたちは、無目的に彷徨い続ける。ニックはエントランスの中央で仁王立ちしながら、そうしたゾンビたちの動きを目で追っているかのように見えた。

「ニック……まるで今も働いているみたいだわ……」

 ジャスがささやいた。

「ベンさん、ジャス、あれを見て……」

 チャーリーが小声で言いながら顎をしゃくった。

 カウンターに受付嬢のリンダがいた。首の肉がえぐれ、スーツには乾いた血がべったりとこびりついている。

「リンダ……助からなかったのか……かわいそうに……」

 ベンは口を押さえ、悲痛な声を漏らした。最初にゾンビがビルへ乱入した時、リンダは2階の女子トイレへ逃げ込んでいたのだ。その後、何が起きたのかはわからない。だが、彼女はもう人間ではなくなっていた。肌は青ざめ、目の周りは黒ずんでいる。

 それでもやはりフィクションの怪物じみたゾンビとは違った。動きには独特のぎこちなさがあるものの、リンダのようにただ座っていれば、遠目には不健康な人間のように見える。

「ずっとモニターを見て……彼女、何をしているんだろう……?」

 チャーリーが不思議そうに言った。リンダはカウンターの椅子に座り、何も映っていないパソコンのモニターをじっと見つめている。

「記憶が残っているのかもしれないわね……」

 ジャスは何とも言えない表情でそう漏らす。3人はだんだんといたたまれない気分になってきた。

 しばらくゾンビの動きを観察した後、そっと警備室を出て、3人は地下に戻るとエレベーターに乗りこんだ。

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