第115話:意趣返し
ーー久世フェーズ
処置は終わった。
弾薬。
医療用品。
通信機器。
防弾ベスト。
最低限の装備だけを車へ積み込む。
東京へ向かう者。
ここへ残る者。
自然と二つに分かれた。
残るのは、みずき、かな、あさみ、山上。
そしてノブさん。
「山上、そっちは頼む」
山上は迷わず頷いた。
それだけで十分だった。
山上ならやる。
俺は、あさみの前へ立つ。
深く頭を下げた。
「こんなことへ巻き込んでしまい、本当に申し訳ない」
誰も口を挟まない。
「退職金は必ず支払います」
「だから、それまで告発も含め我慢してください」
頭を上げる。
あさみは俯いたまま何も言わない。
怒っているのか。
悲しいのか。
まだ整理がついていないのか。
分からない。
それでも、俺を見る目から敵意だけは少し薄れていた。
「……」
結局、返事はなかった。
それでいい。
今は、生きているだけで十分だ。
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塗装を終えたトラックへ乗り込む。
運転席、助手席にはデポル。
二列目に俺とめぐみ。
最後尾には井口と鷹宮。
走り出したところで、俺はUSBメモリを取り出した。
「これが、ひとみさんの残した物です」
拉致監禁時の映像。
三橋との会話。
録音データ。
全て揃っている。
しかし鷹宮は首を横へ振る。
「強力な一手だがまだ弱い」
「三橋は公安も警察も検察も動かせる」
「映像程度なら、編集された、AI生成だと言われれば終わりだ」
俺も同感だった。
だからこそ。
「だから本人の口から言わせます」
全員が俺を見る。
「東京都庁へ行く」
静まり返る車内。
最初に笑ったのは井口ゆうただった。
「都庁が拠点ってのは、水谷ひとみの勘だろ?」
「ええ。ただむやみやたらに総理官邸へ突っ込むよりは、まだマシでしょう」
「指名手配されてる奴が都庁へ殴り込みか」
井口が吐き捨てる。
「今は指名手配犯ですが、俺は総理になります」
誰も笑わない。
鷹宮だけが静かに口を開く。
「俺の目的も同じだ」
「父へ聞きたい」
「何故、日本国民を犠牲にしてまでデポルを軍事利用するつもりなのか」
井口も続く。
「俺は政治家になる」
「親父の遺した情報も利用する。楽して稼げるなら最高だ」
井口ゆうたは俺を見る。
「それから、久世。俺はデポルだぜ?」
「協力してくれてるあの二人もデポルだ」
「そして、そこの女も」
めぐみは、ゆっくりと目を開ける。
「お前もデポルなんだろ」
めぐみは動じない。
俺とは裏腹に。
「だったら何?」
「お前も久世に殺される対象じゃねぇのか」
「あなたは何も分かっていない」
「恒一がしようとしていることは、私には分かってる」
「だから、その程度の理解で私に話しかけないで」
そう言うと、井口から視線を外した。
取り付く島もない。
(相変わらず、一切ブレない)
そして俺は。
こんな形で知るとは。
めぐみが、デポルの血を引く者だったことを。
井口おさむから聞かされてはいた。
だが、俺は調べなかった。
めぐみが、徳島へ帰って何やら動いていたことも知っている。
それでも。
俺は、めぐみの父を殺したデポルを始末した時には、薄々気付いていた。
その上で。
俺には俺の考えがある。
ここにいる全員。
利害だけは一致していた。
気まずい空気を破るように、みずきから通信が入る。
車載モニターへ映像が映し出された。
SNS。
ニュースサイト。
掲示板。
動画投稿サイト。
全部だ。
黒瀬による報道。
『久世恒一衆議院議員を全国へ公開手配』
内容は変わらない。
だが、その一方で。
匿名アカウントから次々と動画が投稿されていた。
大阪。
徳島。
匿名犯罪。
監禁。
デポル事件。
みずきが報告する。
「匿名掲示板とかSNSで、高宮総理や国の不祥事をでっちあげで燃やそうとしてたんだけど……もともと燃えてたみたい」
ネットは既に祭りだった。
『久世は殺人犯』
『いや国は何してた?』
『身元不明事件、多くない?』
『政府隠してない?』
『クソッタレの加害者殺してたなら、国一のヒーローでは?』
世論が割れている。
さらに速報。
『対デポル法整備を掲げる”日本再生党”』
『久世恒一氏を迎え入れる準備があると発表』
井口が吹き出した。
「笑えるな」
「昨日まで殺人鬼」
「今日は堂々政治復帰か」
俺は苦笑した。
「世論なんてそんなものですよ」
その直後だった。
新たな速報。
『警察は新証拠を公開』
画面が切り替わる。
俺が男を刺している映像。
だが前後だけ綺麗に切り取られている。
襲われた場面は消えていた。
さらに音声。
『邪魔だから殺した』
俺の声。
しかし、不自然だった。
「随分と仕事が早いですね」
鷹宮が低く呟く。
「公安だな」
「だが少し雑じゃないか?」
俺は画面を見つめる。
「それほど切羽詰まっているのなら、こちらとしては助かります」
もはや何を言われようと気にならない。
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車は愛知県へ入る。
山間部。
本宮山スカイライン。
連続するカーブを抜けた瞬間だった。
道のど真ん中。
フルスモークの黒いバンが横向きに停まっている。
完全に道を塞いでいた。
視界に入った途端、井口が銃を構え発砲した。
「おい、まだ敵って決まったわけじゃ」
井口の拳銃が先に火を吹いた。
「寝言ほざくな」
「この状況で、峠のど真ん中に道塞いでる黒いバンを敵だと判断できねぇなら」
「東京行く前に死ね」
次の瞬間。
黒いバンのスライドドアが開く。
乾いた銃声。
助手席のデポルの後頭部が弾け飛んだ。
「伏せろ!」
運転するデポルが急ハンドルを切る。
鷹宮は即座にライフルを構える。
俺は左手で小型拳銃を握る。
まだ慣れない。
右腕を失った身体では照準も安定しない。
それでも撃つ。
躊躇はない。
井口も窓から応戦する。
車内へ硝煙が流れ込む。
火薬の匂い。
銃口から細く立ち昇る白い煙。
俺は、その煙を見つめた。
反撃の狼煙。
ようやく俺たちは。
逃げる側ではなく。
追う側になった。




