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0話:掠奪種(デポル)狩り

靴底が、ぬるりと滑った。血だ。街灯の届かない路地裏。湿ったコンクリートに、黒く広がるそれが、じわりと光を吸い込んでいる。


(ついに見つけた)


息が浅い。胸の奥が焼けるように痛い。何度この場面に遭遇しても、決して慣れない。

しかし足は止めない。止めた瞬間に奪われるのは、もう知っている。


「オイ、ソコノオニイチャン。コンナニモ、ヒトケノナイトコロデ、ナニヲシテイル」


前から二人。後ろに一人。逃げ道は塞がれてる。

笑い声が、やけに軽い。普通の人間なら、ここで終わり。

財布でもスマホでも差し出して、ついでに頭も下げて、見逃してもらうのを祈るだけの場面。

それが叶わなかったのか、男女らしき人間たちが倒れている。すでに死んでいるのだろうか。

今は確認できない、声をかけてきた方に向き直す。


こいつらの“肌の色”を見た瞬間、身体の奥が、ぎゅっと縮んだ。

赤黒い、いやドス黒い、という表現が正しいだろう。

時間経過した血液が乾くと、ドス黒く、赤黒く変色するように、そんな肌色をした奴らが俺の前に立ちはだかる。

街灯がなくとも、月明かりで十分認識できる。


(やっぱり掠奪種デポルだな)


人間のそれじゃない。一目でわかる。人間の形を形成し、人間の言語を使う。

「奪うことが全てだ」という信念が、遺伝子レベルに身体に染み込んだ連中、それが掠奪種デポルだ。

巷では、人の形をした「バケモノ」だと疎まれているが、俺から言わせれば「害虫」だ。

「害虫」は駆除しなければならない。

喉の奥で、笑いが漏れかけるのを噛み殺す。


「ナンダ、ビビッテルノカ?」


前にいた一人が、ニヤけた面のまま、距離を詰めてくる。肩がぶつかる寸前で、そいつの手が胸ぐらを掴んだ。腕の色が、ドス黒い色に染まっている。三人とも間違いなくデポルだ。


「……久しぶりだな」


自分でも驚くくらい、声が落ち着いていた。


「ナンダ?アッタコトアッタカ」

「十数年会えるのを楽しみにしていたんですよ、あなた方のような害虫どもに」


次の瞬間、視界が弾けた。頬に衝撃、遅れて痛み。地面に叩きつけられて、肺の空気が全部抜ける。

ああ、これだ。この感じ。

骨が軋む音。血の味。視界の端で踊る火花。


(あの時と、同じだ…)


「コイツ、クチダケダゼ」


蹴りが飛んでくる。腹にめり込んで、体がくの字に折れる。

でも。今度は違う。地面に手をついたまま、ゆっくり顔を上げる。

目の前の害虫は、もう人間の顔をしていない。笑っている。楽しそうに。


(そして知っている。このニヤけた面を。俺を、殺したやつらと同じような面をしている。)

「……また油断してしまったな」


口の中の血を吐き捨てて、立ち上がり、深呼吸をして整える。


「今度は、ちゃんとやろうか」


鍛え上げた肉体の一つ、大腿四頭筋をフルに使い、正面のデポルに対して踏み込み、一気に距離を詰める。


(……あのクソ親父の真似っ子になるが)

インパクトの瞬間にのみ力をこめる。

(怒りのゲンコツだよ)


相手が驚いた顔をするより早く、左拳を叩き込む。側頭部に当たる感触。嫌な手応え。

しかし止めない。横から来たもう一人の腕を掴んで、引き寄せ、膝を肋骨に叩き込む。鈍い音と一緒に、何かが折れる。

後ろの気配。振り返るより先に、後頭部と背中に衝撃が走る。視界が揺れ、転びかけるも何とか踏みとどまった。


(痛ってぇぇぇ…木材か何かか)


痛むと同時に、何百時間もかけ勉強した内容が、瞬時に口に出る。


「痛いけど……ふふ。これで十分正当防衛ですね。ご存じですか?刑法第36条(正当防衛)第1項:急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防御するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」


笑いが、漏れる。自分でも自覚できる。きっとイカれた顔をしているだろう。


「ゲンコツ!ゲンコツ!ゲンコツ!ゲンコツ!」


目の前の一人を、地面に押し倒し、何度も拳を振り下ろす。骨が潰れる音がするまで、何度も何度も。

引き剥がそうとする腕を振り払い、何度も振り下ろした。


──静かになった。気づけば、俺の呼吸だけがうるさい。

周りには、動かない物体が転がってる。自分の手は、血と汗と土で汚れていた。

さっきまでの熱が、嘘みたいに引いていく。

その代わりに残るのは、胸の奥にぽっかり穴が空いたような感覚。


「……はあ」

深く息を吐く。


何も、埋まらない。どれだけ殴っても、壊しても。あの時は、戻ってこない。守れなかったものも、消えたままだ。


(...気持ちが満たされないのは、きっと害虫駆除数が足りないからだな)


拳を、ゆっくり握り直す。


「……まだまだ足りない」


激痛の身体を引きづり、路地裏を出る。

さすが大都会、大阪。ネオンの光が、やけに眩しい。

人の声が、遠く感じる。普通の世界の中に、自分だけが浮いてるみたいで少しだけ笑った。


(こんなものでは終わらせない。奪われたものは、返ってこないのだから)


転がっていた男女のために公衆電話から救急車を呼んだ。

物陰から、救急隊が路地裏に入っていくのを確認し、俺「久世恒一」は帰路に着く。

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