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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第十八章「そうして旅は続いていく」
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第60話 戦い終わったその後で

 赤錆色の獣の襲撃から、早くも一週間もの時が流れていた。


 例によって寝こんで熱に(うな)されて、ようやく本復するまで、おおよそ五日の時を要した冽花。さらに二日ほど時をおいた上で瑟郎からお招きがかかった。


 そんなわけで冽花と賤竜、浩然を乗せた輿が、福峰の街を行くこととなった。

 向かうは瑟郎らが待つ喜水城(きすいじょう)だ。


「輿になんて初めて乗ったぜ。しかも、こんな立派なの」


「あんま外見るんじゃねえぞ。一応、お忍びで呼ばれてるんだからな」


「あっ、うん。……でも、もうちょっとだけ」


 御簾(みす)をもたげて見る街は、襲撃の影響を濃く残しつつ、それでも活気にあふれていた。あちらこちらで槌や(のみ)を振るう職人の姿が垣間見え、少しずつ復興が進められているのが分かる。


 かつてのあちこちでの歪な在建造(こうじ)を思い起こし、小さく微笑む冽花だ


 これが本来の福峰の在り様なのだろう。

 御簾を元に戻す。一行はゆっくりと通りを進んでいく。



 そうしてたどり着いた喜水城は、いつか訪れた時とは打って変わり、数多の人々が行き交い賑わう場と化していた。あの時は皆の寝静まった夜だったので、詮無きに。


 やはりこれこそが、喜水城のあるべき姿なのだろう。物珍しげに見回していると、待機していたあの側近の青年が近づいてきた。


 彼のあとに続いて上階の応接間へと歩みを進めていく。

 だが扉が近づくにつれて、冽花たちの足取りは重くなった。


 理由は簡単だ。目指す先から、瑟郎のそれはそれは甘ったるい声での囁きと、慣れた様子であしらう抱水の声が聞こえてきたからであった。


 蟲人の耳のよさがもたらした悲劇であり喜劇だった。

 冽花はぎょっとし、おもわず行く手と浩然を交互に見た。


 ――えっ。今のって……?


 生まれて初めて、耳を疑うという経験をした。もし現実なら浩然も聞こえたはずだが。……彼の苦虫を嚙み潰したような顔がすべてを物語っていた。


 聞こえる。まだ聞こえてくる。


「ねえ、抱水。いいだろう? 疲れたんだよ。この後、少しぐらい膝を貸してくれても」


『今日分の仕事がすべて、つつがなく終えられたらな』


「ああ、抱水。まがいなりにも病み上がりの主にその対応。つれないお前も最高に冷静(クール)で可愛いらしいよ!」


『どさくさに紛れて尻を撫でるな』


「いてててて!」


 聞いていた冽花は思った。


 ――真的(マジか)


 胸のなかは『ええ……』という気持ちでいっぱいだった。


 優しく聡明で、目端が利いていて、ここぞという時に的確な助言をくれる男、探路こと瑟郎。そんな頼もしい印象が彼にたいしてはあったのだが、まさか。


 まさか、抱水が絡むとこんなに残念なヤツになるとは、夢にも思わなかった。


 そうこうしている間にも、応接室のまえにたどり着いてしまう。

 一体、どんな顔で自分たちを迎えるのだろうと、ある意味、注目する冽花である。


 側近の青年が扉をたたいて来訪を告げると、瑟郎の柔らかい声が返る。

 扉の向こうには――何事もなかったかのように莞爾(かんじ)と微笑む瑟郎と、その傍らに添い、扇を口元に当てる抱水の姿があった。


「やあ、皆。よく来たね」


 そう言って、片手を上げてくる。先ほどのトンチキ騒ぎが嘘のように爽やかな――胡散臭い笑みを浮かべる瑟郎の姿が、そこにはあった。

 何気なく膝のうえに置く手の甲が赤い。つねられでもしたのかもしれない。


「お前さあ……」


「なんだい?」


「はあ……いや、相変わらずだなと思ってよォ」


 呆れてものも言えない浩然だった。


 そうして、冽花。小さく苦笑しつつ何気なく瑟郎を見て、気付いた。

 彼は上等な服を身に着けており、腰をおろす傍に杖をかけている。その姿を見た途端、冽花は胸にかすかに隙間風が吹くのを感じた。


 そんな自分に違和をおぼえて胸を押さえると、瑟郎はすぐに目を向けてきた。


没事吧(だいじょうぶかい)? 冽花。傷がまだ痛むの?」


「ああいや、そういうことじゃないんだ。平気」


「そう」


「アンタの方こそどうなんだ? 探――……あっ、瑟郎」


 その顔をみて、咄嗟(とっさ)に出てきた名に驚く。慌てて言い直す冽花に、瑟郎は優しく微笑みかけて頷いた。


「僕も没事(だいじょうぶ)。おかげさまで問題ないよ」


「そうか……よかった」


「立ち話もなんだから座ってくれ。積もる話があるからね」


 席を勧められ、冽花たちは腰を降ろした。

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