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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第十八章「そうして旅は続いていく」
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第61話 そうして旅は続いていく

「さて。現状を軽く説明しておくと。僕はこうして知府に復帰。対して、署理知府(しょりちふ)となり権勢を振るっていた彼、懶漢(ランハン)は拘留中だ。これからじっくり絞っていくことになる。冽花たちのおかげで露見した陽零(ようれい)の件、そこから彼の足跡を辿ることになるだろう」


「当の捕まってたアンタがいるのに、調べが必要なのか?」


「そこはそれ、彼もちゃんとした身分のある男だからね。処罰するのにも理由が必要なんだよ。今のところは福峰の法に違反したものがあるから、それを理由に拘留しているが。……なに、心配は要らない。やられっぱなしではいないよ」


 小さく笑うと、瑟郎は膝の上で手を組んだ。背を丸めて顎をのせる。その瞳がほの暗く光るのを、確かに冽花は目撃した。

 ついで、彼女はふと鼻をくすぐる『芳しい香り』に気づく。窓も開いていないのに柔らかく芳しい風が吹きつけていることを。鼻を鳴らし、なにげなく出所を探る。


 出所はすぐに分かった。香りの正体も。おもわず頬を引き攣(つ)らせていた。


 『薫風の出所』こと瑟郎は、細目を針のごとくすがめて言い放っていた。


「僕にしたことはともかくとして、福峰とその民と、抱水にしたことへの罪は重い。僕は絶対に彼を許すつもりはない。必ずや証拠を突き止めて、そして――」


『瑟郎』


「ん? なんだい、抱水」


『出ているぞ、蟲人の印が』


「えっ」


 おもわず目を丸める瑟郎の頬には、しめやかな『梔子(くちなし)の花』の絵図が浮かんでいた。

 遅れて目を瞬かせて、彼が見回すと、部屋中に濃厚な香りが立ち込めている。


 そうして、芳しい花香のなかで、冽花たちは顔を引き攣らせていたのであった。

 皆の気持ちは一致していた。


 ――怖ぇ!! 


 これに尽きた。

 そんな皆をみるに、頬を押さえて朗らかに瑟郎は笑うのだった。


「あはは。対不起対不起(ごめんごめん)、まだまだ制御が利かないみたいだ。これでも『彼』とは、少しずつ対話はしているんだけどね」


「彼って、アンタの前世のことかい?」


「うん。あの日、ようやく出てきては力を貸してくれた、僕の前世だ。こと抱水のことになると抑えが利かなくなるみたいで」


 どっかの誰かみてえだな、と咄嗟(とっさ)に思ったものの、口には出せない冽花であった。前世がらみの複雑な心情は、それこそ一筋縄ではいかないと知っているし、口をつぐんだ。


 そうして、すぐに笑みを薄れさせるなり、瑟郎もまた次なる話題へと移っていく。

 頬から手をはずし、抱水に瞳をむけた。


「ちょうど『転化』もできたことだし、そろそろ次はアレを見せるとしようか。――抱水」


『是』


「アレ?」


「良いものではないんだけどね。共有しておきたいと思って」


 眉をひそめる瑟郎の表情が気になり、冽花がなおも言い募ろうとしたところで、抱水が戻ってきた。手にした底の浅い木箱を卓上へと置く。


「これは?」


「僕の首輪だよ」


「えっ」


 言うなり、瑟郎は無造作に箱の蓋を開けた。中には赤錆色の屑の小山が入っていた。

 ひと目見るなり、冽花は息を飲んでいた。


「これって……!」


「そう。あの蟲獣もどきの獣たちの末路に似ているだろう? 没事(だいじょうぶ)、『ちゃんと死んでる』。保証もできる。僕の耳は、今は特別製だから」


 自身の耳をつまんでみせてから、瑟郎は膝のうえで手を組み直す。


「『彼』と合一できたのが功を奏したみたいだ。以前に妹妹に『転化する時には気の流れが盛んになる』ってことを聞いてもいたから。大変だったけれど、頭のなかにいるもの達の反応を聞きながら追いだしたんだよ。そうしたら」


「こうなった……ってことか」


 今更ながらに聞いた、瑟郎の身に生じていた恐ろしい事象に、開いた口が塞がらない冽花であった。おののきつつも意図して言葉を押しだす。


 難しい顔つきをしながら瑟郎も頷き返した。


「まさに『頭のない蛇が幾条も絡み合ったようなもの』だったよ。悶え苦しみながら粉になっていった」


 そうして目をすがめて、彼は組んでいる手の指先が白くなるほどにまで握りしめた。


「僕はね、冽花。この二つが似通っていることが偶然とは思えないんだよ」


 その言葉に冽花は再び息を飲んだ。瞬きを重ねて、口を開け閉めして……呻くようにし、ようやく言葉を紡いだ。


「アンタに首輪を着けて、あの虎モドキらをけしかけたヤツがいるってこと?」


「確証はないけれど僕はそう思ってる。得体のしれない奴だよ。人間業じゃない、し……抱水の契約者たる僕の自由を封じて、さらに福峰を壊滅に追いこもうとした。あきらかに危険人物であるのは確かだ」


 そうして、瑟郎は冽花へとひたりと目を向けた。

 その顔につねの笑みはなく。真剣そのものだった。


「同じ契約者として警告するよ、冽花。誰か僕たち契約者と風水僵尸に対し、悪意を持つ輩がいるのだと。そして、そいつはこれから、否応なく関わってくる可能性がある。なぜなら君は、まさに契約者と風水僵尸に会うため旅を続けるわけだからね」


 ごくり、と自分の喉が、唾を飲む音を聞いた。


 冽花は背筋が冷たくなっていくのを感じていた。まるで、あの赤錆色の獣を初めて見た時のような感覚に陥る。わななく唇を開くものの、舌が凍りついたように動かなかった。


 今までがむしゃらにやって来たけれど。あの獣相手でも戦いに応じたけれども。

 それでも彼女は十七歳の――陰気の火が使えたり、多少身のこなしが軽く、腕っぷしは強いものの。女、なのであった。


 とくにあの獣の脅威はいまだに心に影を落としている。後から震えがくるほど恐ろしかった。人知を超えるものとの戦いは確実に彼女の心を蝕(むしば)んでいた。


 冽花はあえぐ。瑟郎が見ている。せっかく、同じ契約者として忠告をくれた仲間が見ているというのに。その瞳から逃げるように項垂れてしまう。


 ダメだ。何か言わないと。でも。何を。でも……言わないと、あたしは。


『冽花』


 傍らで衣擦れが生まれて、低く淡々とした声が耳朶(じだ)を打った。


『案ずるな』


「っ」


 その一言で我に返った。

 弾かれたように賤竜を見やる。彼は目を細めて、気遣わしげな表情をしていた。


 その顔をみて思い出した。あの時――倒れた自分の傍らに来た時も、同じような表情をしていた。そうして彼はあの虎の脅威を前にし、冽花をかばい立ちはだかったのである。


 『案ずるな、冽花。お前を、必ず守ってみせる』、そう告げて。

 ……そうじゃない。そうじゃないんだ。アンタを失っちゃ意味がない。

 ――しっかりしないと。


 冽花は勢いよく自分の頬を両手でたたいた。あがる小気味よい音に男性陣は身じろぎ、驚いていた。

 そうして赤くした頬のかわりに、目に強い光を宿しなおした冽花は顔を上げる。

 意図して唇の端を持ち上げてみせた。


「分かったよ、瑟郎。気をつける。でも……賤竜があたしを守ってくれるのと同じように、あたしも賤竜を守らなきゃだからさ。そんなヤツにビビってる暇なんかありゃしないよ。『気を付けつつも、今まで通りに突っ込んでく』から」


 な、と賤竜へと顔をむけると、賤竜は目を瞬かせていた。言われた言葉の意味がピンと来ていない模様であった。


 だが、それでいいのである。瑟郎には伝わるに違いない。

 瑟郎に顔をもどすと、彼もまた瞬きを落とした後に目を細めてきた。一つ頷き返した。


「さすが。それでこそ冽花だね」


「んふ。だろ?」


「うん。安心した。これで心置きなく、君たちを見送ることができる」


 その言葉にまた冽花は、胸にかすかな隙間風が吹くのを感じた。

 けれど、今度はその意味を正しく知って、なおも小さく笑い返した。


「うん。世話になったな」


「こちらこそ」


「おい、俺のこと忘れてんじゃねえのか?」


「忘れてねえよ、浩然。アンタにも……すげえ世話になった」


 それまで黙って話を聞いていた浩然が、口を尖らせて告げてくるのにも笑って応じる。

 そう、彼にも世話になった。初めて会った時、賤竜と離れ離れになった時。その救出にむかう時に――あの虎たちと戦う時もふくめて。


 本当に世話になった。彼が隣にいてくれたからこそ、冽花は勇気を振り絞れたのだ。

 自身が望むことをおこなうことができた。


「多謝(ありがとう)、二人とも」


 心の底から礼をのべて、拱手(きょうしゅ)しつつ頭をさげる。

 そんな冽花へと二人もまた拱手で応じるのであった。


 そうして――ここで瑟郎はふと傍らの抱水を見るなり、そっとその背へ手を添えた。


「ほら、抱水。君も冽花に言いたいことがあるんだろう?」


「えっ」


 てっきり瑟郎の補助としているものだとばかり考えていた冽花。寝耳に水の話運びに、おもわずと穴のあくほどに抱水を見つめてしまう。

 そんな冽花の反応に、抱水は口元で扇を隠しながら半眼をむける。


『何か可笑しいか? 賤竜の契約者よ。私もまた当事者の――』


「抱水。彼女は冽花だ。それに素直になりなさい、最後なのだから」


 今度は瑟郎が窘(たしな)める側だった。柔らかく微笑む彼を見るなり、抱水は渋い顔つきをする。深い溜息をついた。瞳を逸らしつつ、小声で呟きだしたのであった。


『…………悪かったと思うている』


「え?」


『っ……すまなかったと思うていると! そう告げているのだ!! こちらの側にも事情があったとはいえ……辛い思いをさせた』


 勢いあまって声あらげた後に、落ち着かなげに瞳をうろつかせる。そんな抱水を見て、呆気にとられる冽花であったが……次第に笑いがこみ上げてきた。


 だって、あの抱水がである。殊勝にも自分に謝ってきているのだから!!

 ついつい腹をかかえて笑いだしてしまう。


「っく……あっはっはっは!!」


『っぬ。わ、笑うな! ジェ――』


「抱水」


『……っ、笑うでない、冽……花……ッ』


「~~……っく。だってよォ、ンな……可笑しいことったらありゃしねえだろう」


 終いには涙すら滲んでくるのを拭い、憤懣(ふんまん)やるかたないといった抱水を見やる。その様子を見るにつけて、胸がスッとしたしホッとした。


 この姿もまた、抱水のあるべき姿に違いないからである。

 だからこそ、笑みまじりに応じた。


「いいよ。あの園林(ていえん)で借りは返してるし。なにより、お前にやられたことで……あたしは、大事なことに気づくことができたから」


 そう言って賤竜を見やる。賤竜もまた冽花を見返すなり、そっと目を細めてみせたので、抱水は合点が入った顔つきをしたのだった。扇で口元を隠し、瞳を逸らす。


『……そうか』


「そうだよ。だから気にすんな」


『気にしてなどいない』


「ふふ。なら問題ねえな」


「二人が仲直りしてくれてよかった」


 莞爾(かんじ)と微笑む瑟郎の言葉に、何とはなしにその身を肘で小突く抱水である。いたた、とわざとらしく撫でさする瑟郎から、抱水は鼻を鳴らしそっぽを向いてみせていた。


 これこそが福峰主従の在るべき姿なのであった。

 冽花はすっかりと心和んで、おのずと唇に深い笑みを刻んでいた。そんな彼女へと皆がすぐに声をかけてきた。


「達者で暮らせよ」


「うん」


「今回の礼も含めて、多少は包ませてもらおうと考えているよ。路銀(ろぎん)の足しにしてくれたなら嬉しい」


「あ、謝謝、瑟郎」


「いいってこと。それから、何か分かり次第、いつでも手紙を送るからね。君からも何かあれば、いつでも遠慮なく手紙をおくれ。……抱水、塒(ねぐら)の場を記した紙の用意を」


『是』


「アンタら、城抜けだす以外に隠れ家まで持ってんの!?」


 和気あいあいと惜しむように最後の時を過ごしていく。


 その場にいる皆が柔らかい笑顔であり、温かい時間であった。


 冽花はこの時を忘れぬに違いない。賤竜と出会い、陽零で驚くべき企みに出遭い、探路――瑟郎と出会い。笑いあい、時には泣いて。話をして。そうして福峰では抱水と出会い、浩然とも出会い、ともに戦い。

 赤錆色の獣の襲撃におののいては、仲間とともに戦った。


 そうして垣間見た、風水僵尸と契約者の絆を忘れはしない。


 賤竜を見やる。彼もまた冽花の穏やかな表情を見てか、目を細めていた。


 彼とともに過ごしていく。これからも。そうして――いずれは望みを果たすのだ。

 冽花と賤竜の旅は、まだまだ始まったばかりだった。

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