悪夢-馬酔木御影-
――約五年前、スクランブル交差点爆発テロ事件当日――
十三時十三分、銀行立てこもり事案発生。捜査一課の刑事、馬酔木御影は立てこもり事案が発生した現場に居た。
「我々は、中の状況が分かるまでこの場で待機。その後の対応は我々が行う事になった」
指揮を執っているのは、当時刑事部長の加賀美だ。
御影は話を聞きながら、ふとあることを思い出す。この日、日和が買い物に出掛けていた。心配になり、御影は現場から少し離れた場所から日和に連絡を入れる。
すると、すぐに返信が来た。
——だからパトカー多いんだね、了解!その近くには行かないから大丈夫!今、渋谷でお買い物中だよ——
その返信と共に自撮り写真が送られて来た。それを見た御影は安心し、少し和んだ。
するとこっそり着いてきた来栖が、御影に嫌味を言う。
「こんな時にイチャイチャですか〜馬酔木警部〜?」
それに御影は驚き言い返す。
「うるさい……!日和が今どこに居るのか心配だったんだ」
「日和ちゃん、お出かけ中?」
「そうだ。だから連絡をしただけだ」
「まぁ、確かに心配になるわね」
「……だろ。ほら、戻るぞ」
「はいはい」
その後も現場は難航し、あっという間に時間が過ぎていく。そんな中、最悪は立て続けに起こる。
――十四時三分、スクランブル交差点爆発テロ事案発生――
「渋谷のスクランブル交差点にて、銃を持った男数名が暴れているとの通報、そして一つの爆弾が爆発したようだ。まだ被害規模は確認出来ていない。こちらも現在対応中との知らせだ。我々は……引き続き待機だ」
加賀美が連絡を受け、それを捜査一課の刑事達に知らせた。それを聞いた御影は全身の血の気が引いた。
数人の刑事が、加賀美に近づき問いかける。
「まだ待機なのでしょうか……」
「上からの命令だ……」
「周囲の人達の避難は済んでいるのでしょか?我々も向かった方が……」
「確認中だ。少し待っていてくれ」
そんな押し問答をしている横を御影は、急いで通り過ぎる。それに気がついた加賀美は、御影を呼び止めた。
「待て馬酔木!何処へ行く」
「行かせてください……!」
御影は切迫した様子でそう言い放つと、加賀美の命令を無視し車に向かった。
その様子を見た来栖も御影の後を追う。二人の背中をただ見つめる加賀美は呟く。
「……命令無視か」
御影は現場近くに停めていた捜査一課の車に乗り込み、エンジンをかけた。不安と焦りで手が震え出した。
「……日和……!早く……行かなければ……!」
その瞬間、来栖も助手席に乗り込んで来た。
「……来栖……!」
「……置いてくなんて酷いじゃない。私はあんたの相棒よ?ほら、一旦深呼吸しな」
御影は震える手でハンドルを抑えながら、深呼吸をした。すると少しだけ落ち着きを見せた。
「ここからスクランブル交差点まで約二十分……。飛ばして行くぞ」
「OK……しっかり捕まっとく。あ、あんたのスマホ貸して。日和ちゃんと連絡を繋げながら行こう」
「あぁ、助かる」
御影はスマホを来栖に渡し、来栖が日和に連絡をとった。そして警光灯を灯した車を飛ばし、スクランブル交差点へと向かう二人。
そして十五分後、スクランブル交差点に着いた二人。
御影は日和に電話をかけながら車を降り、走って現場に向かった。来栖は御影に車に残るように言われ、車に残る事に。
御影は、日和がどうか無事であることを願いながら走る。その走っている道中、御影はある事に気がつく。
「そういえば……今日って……ここで氷室先生が演説してるんじゃ……!」
氷室 正昭、彼は御影の大学生時代お世話になった教授だ。御影が大学を卒業後、氷室は国政民主党の議員になった。そして今日、氷室はスクランブル交差点付近で、参議院選挙演説を行っていた。
御影はその事に気がつき、辺りを見渡した。すると救急車が数メートル先で止まった。担架に一人の男性が運ばれているのが見えた。
「……先生……?」
運ばれた男性は紛れもない、氷室正昭だった。
御影は全身が震え、一歩も足が動かなかった。その間に氷室は救急車に運ばれ、あっという間に見えなくなった。
御影は震える手で、日和に電話をかける。日和は無事なのか、何処にいるのか。不安が御影の感情を支配した。 三度目のコール音が鳴った後、電話が繋がった。
「……日和!今どこだ、無事か!」
御影は切羽詰まった様子で、日和の安否を確認する。
「え、えっと……無事だよ……今、渋谷交差点のコンビニに居る……」
「そこから出るな!俺が迎えに行く!待ってろ!」
「う、うん……みか君は今どこ?」
「もうすぐ着く!」
「うん、分かった……」
御影の様子を察してか、電話越しからでも日和の不安が伝わってくる。
そして、御影は日和が居るであろうコンビニが、数十メートル先に見えて来た。
「……見えた……!」
「本当?」
「あぁ……!」
すると日和がコンビニから出てくるのが見えた。
「日和!!!」
御影が大声で日和に呼びかけ走り寄る。御影は日和の姿を確認出来ると、安堵の表情を浮かべる。日和もその声に気が付き、御影の方に走り寄る。
その瞬間、けたたましい音と共に目の前が弾け飛ぶ。
煙で視界が遮られる。それと同時に多くの人達の悲鳴が耳を劈く。
御影は今起こった事が理解出来ず、立ち尽くす。だがすぐに我に返り、日和の無事を祈りながら煙を吸わないよう煙と人を掻き分け前に進む。
すると、倒れている人影が見えた。それは日和だった。
「日和……!!!」
すぐに駆け寄り日和を抱き寄せ、安否を確認する。
日和は頭を強く打ったのか、頭から大量の血が流れている。脈は辛うじてあるが、息が吸えていない。肺挫傷も起こしている。御影は必死に日和に訴えかける。だが、日和は全く反応を示さなかった。
御影の視界が揺れる。日和を抱える手の震えが止まらない。人々の悲鳴もサイレンの音も何も聞こえない。日和が買った物やガラス片、様々な物がそこら中に散乱している。
すると視界がだんだん開けて来た。人々は避難したのか辺りには見当たらない。だが、一人の黒い人影が見えた。
御影はその風貌から犯人だと思い、震える手で拳銃を握りしめその黒い人に向かい発砲した。何となく当たった感触がした。
御影は全身の力が抜け、手から拳銃が滑り落ちる。その時、来栖が御影を呼んでいるのに気がついた。
「馬酔木!……居た!日和ちゃんは……」
来栖はそう言いながら御影の方を見ると、その光景にヒュっと一瞬息を飲んだ。血だらけの日和と日和をただ見つめる抜け殻のようになった御影。来栖は急いで救急車を呼んだ。
その数分後、救急車が到着し、日和は運ばれた。御影も救急車に同乗し、病院に向かった。
御影はあの時の自分を悔いた。ちゃんと中に居るように言っていれば、日和が巻き込まれる事は無かったのではないかと。
そして病院に到着し、手術を受けた日和だったが、その後死亡が確認された。来栖が後から病院に到着し、御影と日和が居る病室に入ってきた。
そこには絶望した御影と顔に打ち覆いをした日和の姿があった。御影は泣く事すら出来ず、ただ呆然と立ち尽くしている。
二人のその姿に来栖は何も言う事が出来なかった。
――この一日で大きな事件が二つ起きた。銀行立てこもり事件とスクランブル交差点爆破テロ事件。その後、事件は終息し、五日後橘 日和の葬儀が行われた。そしてニュースの一面を飾るのは、テロ事件の概要と氷室正昭の死亡に関してだった。
そして御影は、命令無視に加え拳銃を発砲した事が上層部に伝わり退職する事となった。だが、御影にはそんな事どうでもよかった。この事件で多くの人々が負傷し、御影にとって大切な人が二人も居なくなったのだから――
この事件で氷室と日和の死から御影はPTSD、鬱病を発症した。寝る事もせず、食事もせず、吐き続け、泣きじゃくる絶望の日々を過ごしていたある日、とうとう御影は栄養失調により倒れた。
来栖が毎週様子を見に行っていたが、その日物音がしなかった。不審に思い、御影の部屋に入ってみると意識を失って痩せ細った御影が居た。すぐに救急車を呼び、御影は入院する事になった。
その翌日、目を覚ました御影。御影が目を覚ましたと連絡を受け、駆けつけた来栖。来栖は心配そうに御影の顔を覗き込んだ。
「……馬酔木……大丈夫……?」
御影は来栖の問いかけを無視し、窓の外を無表情で眺めていた。
「……色々持って来たから……置いとくわね」
「……な……んで……」
御影がか細い声で呟いた。その声に来栖は耳を傾ける。
「……ん?どした……?」
「……なんで……死なせて……くれなかった……」
御影はそう言い、ボロボロと涙を流し始めた。
来栖は何も言わず、御影の背中をさすり涙を拭いた。
――病院に入院し一ヶ月程が経った。体調が少しずつ安定してきたが、精神が不安定でいつ自殺するか分からない為、精神病院にしばし入院になった。
来栖は御影の体調やメンタルが不安で、非番の日は毎日御影の元に通った。少しずつ自分から食事や会話が出来るようになった御影を見て来栖は安心した。
そして精神病院に入院してから一年半が経った。とうとう退院が決まった御影。まだ鬱症状が無い訳ではないが、生活に支障がない程まで回復した――
久々に我が家に帰って来た御影。入院前より綺麗になっている部屋を見て驚いていると、来栖が話し始める。
「驚いた?あんたが入院中、全部綺麗にしときました〜!まぁ、私一人じゃ出来なかったから他の人にも手伝って貰ったけど」
「……そうだったのか……ありがとう」
「いいってことよ〜」
「何で……こんなに尽くしてくれたんだ……」
「……。あんた家族居ないでしょ……。それに……相棒だから。相棒が困ってたら助ける……常識でしょ」
「……そうか」
来栖の優しさが身に染みる。御影は人の温かみを思い出す。
すると、後ろから足音が近づいて来た。
「あ!馬酔木!おかえり!」
「馬酔木、良かった……!」
「……!鈴木……!渡辺さん……!」
その声に振り返ると元同僚達が二人、御影の退院祝いにやって来た。
「退院おめでとうございます!これ、退院祝いです!」
「俺からも、退院おめでとう……。本当に良かった……」
「……あ、ありがとう……ございます」
御影は二人から退院祝いを受け取った。すると来栖も紙袋を二つ手渡す。
「じゃあ、私からと……加賀美刑事部長から!」
「え?刑事部長が……?」
「うん、あんたが入院中、ちょくちょく様子見に来てたみたい」
「……あの人が……。よく分からない人だな」
「それな〜!」
「今日来れる人が僕達だけだったけど、皆馬酔木が元気になって良かったって言ってたぞ」
「……そうですか……皆さんには本当迷惑ばかりかけてしまって申し訳ございません……」
「そんな事ないぞ、気にするな」
「よし!じゃあ、馬酔木退院おめでとう会を始めまーす!」
「いえーい!」
それぞれ持ち寄ったつまみと酒で乾杯する。他愛もない話をして、皆で笑い合った。久しぶりの光景に御影は、少し頬を緩ませた。
あっという間に三十分が経過した時、御影がテロ事件について気になり、三人に問いかける。
「……そういえば……あの事件の犯人……捕まったのか……?」
御影は入院中、ニュースや新聞を見ておらず、何も情報がなかった。すると渡辺は少し言いずらそうに答える。
「……一応捕まった。実行犯は五人。最近何かと話題になってた犯罪組織の臥龍蛇って奴らが裏で糸引いてて、その五人にテロを起こさせた」
「でも、その五人はバイトで雇われた奴らで、臥龍蛇の中心部に繋がる情報は全くなかったんです……」
臥龍蛇。警察内部では最近有名になっている犯罪組織。御影は話を聞いて、あることを思い出し渡辺に尋ねる。
「臥龍蛇……。そうだ、その実行犯五人の中で銃弾を受けて怪我をした奴はいましたか……?」
「……いや……居なかった」
渡辺の言葉に御影は驚き、聞き返す。
「え……居ないんですか……?おかしいですよ!俺は確実に犯人を撃ち抜きました!現場にも血痕が残っているはずです!」
「……捕まった中には居ない……別の犯人が居るかもしれないって事だな……。分かった……色々調べてみる」
「はい……お願いします……!」
――三時間後、お開きになり皆を送り出す――
「……今日はありがとうございました。おかげで、少し気持ちが晴れました」
「そうか、それは良かった」
「今度は皆で飲みに行きましょうね!」
「もちろん」
「馬酔木、気持ち沈んだらすぐ連絡しな。吹っ飛ばしてあんたん家、行くからさ」
「……あぁ分かった、ありがとう来栖」
そして三人を見送った後、静かになった部屋で一人考え込む。
「……血痕が残ってるのに……犯人が捕まってない……?それに……SATは渋谷の現場に居たか?……いや、銀行立てこもりの方に派遣されていて来てない……。だから犯人に逃げられたのか……。日和を……氷室さんを奪った犯人は……今も……のうのうと生きてる……」
御影は腸が煮えくり返る。怒りや悲しみで体震える。
「……許さない……!……絶対に……見つける……!必ず地獄に落としてやる……!命を懸けても……!」
御影は今までの悲しみや悔しさを全て、犯人にぶつける事に決めた。自分の命を懸けてでも、犯人を殺すと心に誓う。
――そして御影は半年かけて、探偵事務所を開設した。それは全てスクランブル交差点爆発テロ事件の犯人を探し、殺すため――
――次回へ続く――




