やり遂げろ
「私が……!あんたにしか出来ない仕事あげる!」
来栖は御影の目を真っ直ぐに見つめながら、そう言い放った。
その言葉の意味が分からず、御影は呆然と立ち尽くしている。すると来栖は涙を袖で拭いた後、御影の肩を掴んだ。
「……だから座って」
御影は来栖に促されるまま、座らせられた。
「何だよ……俺にしか出来ない仕事って……意味が分からない」
「いいから話だけでも聞いて……」
「……分かった」
来栖は深く息を吸い、呼吸を整える。そして、目に溜めた涙を拭うと、ゆっくりと話始める。
「……最近、同じ時期くらいに少女の行方不明が、頻発してるのよ……。まだ世間には、公表してないんだけど……これに関して警察は、少女の家出だと判断して、すぐに打ち切ってる。親御さんもあまり、乗り気じゃないみたいでさ……こっちではもう動きよう無いのよ……。だから、あんたにやってもらいたい。もちろん、旭くんの調査の合間でいいから」
来栖の真剣な眼差しに御影は心が揺さぶられる。
「……少女の捜索か……。まぁ、これが最後の仕事って思えば……」
「ありがと。情報は明日送っとく」
「あぁ……。分かった……」
来栖は御影の方を見つめながら話していたが、御影は目線をずらしながら合図地をするばかりだ。そんな元気の無い御影を元気づけるかの様に来栖は、酒やつまみを大量に注文する。
注文した物が続々と運ばれ、あっという間にテーブルいっぱいに料理や酒が並べられた。
「……頼みすぎじゃないか」
「いいの!あんた細いんだからもっと食いなさいよ!」
「食欲ない……」
「人が食べてるの見てると、食欲湧くって言うでしょ?」
「知らん……」
来栖の荒治療的な行動に御影は呆れる。
「あっそ!ほら!よそったから食べなさい!」
「……なぁ」
「ん?何よ?」
「何でお前は……警察なのに捜査打ち切りになった事件をわざわざ持ち出して、俺にそれを話してくれるんだ……」
来栖は持っていた皿を置き、真剣な眼差しで話し始める。
「私はね……皆んなが、生きやすい世の中を実現したいの。でも……今の警察は何かを隠したがってる。それを知りたい。それがどんなものなのか……善か……悪か……。私は警察という組織の一部。だから上の指示に従うしかない。けど、あんただったら……私の意図を汲み取ってくれると思ったから任せたの」
その言葉を聞いた御影は、心にかかった靄が少し晴れたのを感じた。
来栖は御影を信頼して、仕事を任せている。そして、これが来栖なりの元気づけ方だったのだ。
——御影と来栖が話をしている一方で、旭はとあるボクシングジムに足を運んだ。街の灯りだけが、真夜中の道を照らす。そのボクシングジムは、本来なら閉店している時間だ。だが、旭がノックをすると真っ暗な店内から一条が現れた。このボクシングジムは、一条が別名義で経営をしているジムだ。一条が扉の鍵を解除すると、ゆっくりと扉を開ける——
「……お邪魔します」
「……こっちに来るのは、久しぶりだな。まぁ、ゆっくりして行け」
「はい、ありがとうございます」
一条は、旭の様子が以前と変わっていることに気がついた。どこか元気がないと言うか、覇気がない声色をしている。
「どうした、元気無いじゃないか……。何かあったのか……?話なら聞くぞ」
「……ありがとうございます。ですが今は、話をするより体を動かしたいです」
「……。そうか……じゃあ準備しろ」
一条は旭の様子が気になりつつ、準備をし始めた。
ライトを一つ付け、薄暗く静かなリングに上がった二人は、訓練を始める。
「……それじゃあ、始めるぞ」
「はい……お願いします」
その挨拶の直後、旭と一条は拳を交える。素早い旭の拳を受けながら、一条も旭に拳を放つ。
一条の重い一撃を旭は肘で受け止める。すると、すぐに旭の横腹に一条の拳が入る。
「グッ……!」
旭は衝撃で少し声が漏れる。その様子を見た一条は厳しい言葉を旭に放つ。
「腕が落ちたか?前も言っただろ。攻撃を受けた後、相手の動きをよく見ろと。そして相手の隙をつけ。常に相手に攻撃を当てる事を考えろ。それが出来なければ、死ぬだけだ」
「はい……」
再び拳を繰り出す旭。素早い動きで、一条の攻撃を避けながら攻撃する。
連続して一時間ほど拳を交えた二人。旭はベンチに座り休憩を挟んだ。汗をダラダラと流しながら、旭は床をボーッと見つめていた。
「お疲れ様。ほら、飲め」
一条が冷えたペットボトルの水を旭に差し出した。
「ありがとう……ございます」
旭は受け取った水を一気に飲んだ。
一条は旭の隣に座ると、旭の方を見つめた。
「今日のお前、少し変だぞ……。俺の攻撃を三回は受けただろ。普段のお前なら全て流せたはずだ。気が散っている……何かあったのか?」
一条は旭にそう問いかけた。
旭は少し黙ったが、俯きながらゆっくりとこの前あった事を話し始める。
「……実は俺の体を……あの人に見られたんです」
その言葉を聞いた一条は旭の方を見つめ、静かに驚いていた。
「……それで……そいつはどんな反応をしたんだ」
「……俺の傷を見たあの人は、今までに無いほど感情的になっていました。そして……軽蔑されました。……僕は人間じゃないみたいです」
旭の話を聞いていた一条は、かける言葉が見つからず、ただ黙っていた。
「……でも、いいんですそれで。最初から分かっていた事ですから。……最初からこうなるって……。それでも……」
「……本当にそれでいいのか」
「はい……。本来ならもっと早く……自分から言うべきでした……。早く話して……話し合えれば良かったのに……。あの人に本当の事を言うのが……おそらく怖いと感じていたのかもしれません。怖いと言う表現が正しいのかは分かりませんが」
旭は、寂しいさや悲しさを含んだそんな何とも言えない表情で、薄明かりが照らす窓を眺めた。
「……今後は……どうする気だ」
「……もうあの人の所には、戻れそうもないですね。仕事に復帰しようとも……まだ思いません」
「……そうか。じゃあ、お前のやるべきだと思う事をやれば良い」
「やるべき事……。僕は……何をすればいいのでしょうか」
「……何のためにあの探偵の所へ行ったんだ。お前がやり遂げたい事に……手を貸してくれると思ったからだろ」
旭は表情一つ変えずに、ただ黙り込んでいた。
「ならば、共にやり遂げろ」
一条のその言葉が、旭の背中を強く押した。
旭野表情が、変化したのを一条は見逃さない。
「……お前には、やり遂げて欲しい。その為に俺達がいる。だから、ここで立ち止まるな神代」
一条の言葉に感化され、旭は目つきが変わった。
「……分かりました」
——二時間の一条との訓練を終えた後、旭は自宅に向かった。三十分程歩くとある小さなマンションが見えてきた。こじんまりとしたマンションだが、オートロックで防犯カメラもありしっかりとしたセキュリティが備わっている。
旭はマンションのフロントを通り、そのまま中に入っていった。マンションの周りは人気が少なく、静かな雰囲気。
旭は無言のまま部屋に向かう。鍵を開け部屋に入ると、そこには物がほとんどなく最低限の物しか置いていない広々とした空間が広がっていた。
部屋に入った旭は、部屋の奥に置かれている大きな本棚に向かった。本棚に置かれている本を動かすと、カチッと音がした。その音がした後、旭は本棚を横にスライドさせた。
すると、本棚の奥には地下に続く階段があった。その階段に足を踏み入れ、本棚を元の位置に戻した。階段を下ると一枚の扉。厳重なセキュリティのある扉のロックを解除し、扉を開ける。
するとそこには、約十畳程の部屋が広がっていた。その部屋の壁には、人物の写真が多く貼られている。その横の棚には、十丁の拳銃やアサルトライフル。テーブルにはPCと散乱しているノートが置かれている異様な光景。
そんな部屋の椅子に旭は座った。そして、ペンを手に取り、ノートに何かを殴り書きし始めた。
――次回へ続く――




