死に損ない
――あれから三日後の夜。御影は来栖と飲みに来ていた――
「あんたから飲みに誘ってくるのって……多分、初じゃね?」
「……そうだな」
「まぁ、今まで二人でってのは、珍しいかったもんね〜あんたが刑事時代は、日和ちゃん居たし。この前が、超久々に一緒に飲んだよね〜。……で、話って何?何でそんな暗い顔してんの。何かあった?」
御影は暗い顔をして、来栖とは目を合わせず黙っていた。
「……もぉ……何も言わなかったら、分かんないでしょ」
来栖は黙って俯く御影を見て、痺れを切らしてそう言った。
そして、しばし黙っていたが、御影はゆっくりと口を開き小さな声で呟く。
「……見つけたんだ」
「……え?なんて?」
来栖は御影の声があまりにも小さく、身を乗り出して耳に手を当て、もう一度聞いた。
「見つけたんだよ……犯人……」
「犯人……?何の?」
「あの時の……犯人だ……」
「あの時……?……え?……もしかして……!」
「あぁ、そうだ……。爆破テロ事件の犯人……。俺が撃った男」
「え!?マジで!?あ、だから今日、個室なのね〜……。どんなやつ?」
テンションの高い来栖を横目に御影は、またしても黙ってしまった。その反応を不思議に思った来栖は問いかける。
「え?何で黙るのよ……。何で嬉しくないの?あんた、その為に探偵になったんでしょ?」
来栖は御影の顔を覗き込んだ。御影は唇を噛み締める。
「……犯人……あいつ……だった」
「……あいつ?誰よそれ?」
「……そこは察しが悪いのか……」
「何よ急に嫌味?……で、誰よあいつって?」
「……あ……旭だ」
御影は絞り出すように旭の名を口にする。
その名前を聞いた来栖は、混乱のあまり硬直した。
そして、ようやく頭が理解した。持っていたジョッキをそっと置いた。
「……本当に……本当に旭くんなの……?証拠は……?」
御影は言葉を詰まらせながらも、この前あった出来事を来栖に話し始める。
「……三日前、雨が降った日……俺は……あいつに留守番を任せてた……。それで……俺は忘れ物をした事に気づいて……事務所に戻った……。そしたら……あいつ……着替えしててさ……。あいつの体……傷だらけだった……。打撲跡、切り傷、刺し傷……そして……銃痕……」
「銃痕……」
「俺は最初、目を疑った……。そうであって欲しくなかった……。でも、あいつは……その銃痕を否定しなかった……」
「……そう」
「それで、お前が犯人だったのかって言った後……あいつ何て俺に言ったと思う……?もしそうなら、僕を殺してくれるって聞いたんだ。……意味が分からない……。あいつは俺に殺してもらう為に一緒に居たのか……?どういう意図で言ったのか……俺には……あいつの心が分からない。あいつの表情、声色……どれを見ても心が読めなかった……。まるで感情が無いみたいだった……。人形みたいな顔してた……。何で俺は……あいつを……信じてしまったのか……どうして、こんなにも怪しい男を……」
御影はずっと頭を抱え、俯きながら話をしていた。
すると話を聞いていた来栖は、以前から不思議に思っていた事を御影に問いかける。
「……人間嫌いなあんたが、誰かと居るなんて……日和ちゃん以外に見た事なかった。本当に何で、あんた……旭くんと一緒に居たの?」
来栖の問に御影は少し考えたが、答えを見いだせなかった。
「……何でだろ……。分からない……。何で……あいつと一緒に居たんだろ……。出会って、一年くらいのやつを……なんで」
「……何か波長があったとか?馬酔木と旭くん、何かしらあるのかも?」
「……アバウトだな」
「……それで……旭くんが犯人って分かった今、どうするの……?」
「……あいつを徹底的に調べ上げる。あいつの行動、発言全て見逃さない様にする。……あと……探偵はもう辞める」
「え?辞めんの?」
「……あぁ。元はと言えば、俺はあの時の犯人を探す為に探偵事務所を立ち上げた。目的が果たせたんだ……もう、やる必要ない。全て終わらせる。あいつを殺して……俺も死ぬ……。じゃあ、もう行く」
そう言うと御影は立ち上がり、個室を出ようとした。
それに驚いた来栖は勢いよく立ち上がり、御影の腕を掴み制止する。
「は?ちょっと待ちなさい……!」
「何だよ……」
御影は振り返らずに足を止めた。
「人呼んでおいて、先に帰る気?」
御影はただ黙って、立ち尽くす。
そんな御影の様子に来栖は、感情が溢れ出す。
「……あんたが死んで……日和ちゃんが喜ぶと思う?」
御影は来栖のその言葉で、心に何かが突き刺さった。
そして来栖は、続けて話し始める。
「日和ちゃんは、きっと……あんたがちゃんと天寿を全うしてから、来て欲しいって思ってる……。あんたがやろうとしてるのは……ただのエゴ」
「……そうだな……俺はエゴの塊だ……。本当ならあの時……日和じゃなくて……俺が、死ねば良かったんだ……。俺は生きていていい人間じゃない」
御影は今にも消え入りそうな声でそう呟いた。
すると来栖は御影の言葉を否定する。
「私は……そうは思わない」
「……どうして」
「あんたはあの時、生かされたんだよ。それって何か意味があるんじゃないの?……あんたにしか出来ない事……あんたを力を求めてる人が、きっと居る」
「そんなの……ある訳ない……。俺を求めている人間なんてこの世にもう居ない……!俺なんかよりよっぽど、日和の方が優しくて、出来た人間だ……!俺は、日和の代わりに死ぬべきだった……でも死ねなかった……!俺が今生きてるのは、ただの偶然。俺は……死に損ないだ」
「……あんたが今生きてるのにはきっと意味がある」
「意味なんてない……」
そう呟く御影の胸ぐらを来栖は思いっきり掴んだ。
その行動に御影は、驚き唖然とする。
よく見ると胸ぐらを掴んでいる来栖は、静かに肩を震わせていた。
「……来栖……?」
「お願い……あんたまで……居なくならないでよ……」
そう呟いた来栖の目には、涙が溢れていた。
来栖の握る力が、ギュッと強くなる。それと同時に御影の心も握り締められる様に痛む。
「……馬酔木……あんたまで居なくなったら、私の傍に誰も居なくなるじゃない……私を……置いていかないでよ」
来栖は絞り出すようにそう呟いた。そして御影の胸に、コツンと頭をつけた。
御影は目を逸らし、ただ黙っていることしか出来なかった。
「……馨も何処にいるのか分からない……生きてるのかさえも分からない……私の前から……大切な人が消えてくのは……もう嫌なの」
その言葉に御影の決心が揺らぐ。来栖を置いて行くことに気が引けた。
来栖が口にした馨という人物は、来栖の幼なじみで御影とは警察学校で同期だった皆見 馨という男。警察学校を卒業後、御影との交番勤務をしていたが、ある日忽然と姿を消した。幼なじみである、来栖にすら連絡を一切せずに。
皆見が姿を消して約十年。来栖は、ずっと皆見のことを探している。それは御影も同じだ。だからこそ、来栖の言葉が重くのしかかった。
「皆見は……きっと何処かで生きてる」
「……それなら何で……連絡くれないのよ……会いに来てくれないの……」
「あいつにも事情があるんだろう……だから……」
「だから……?……馨が生きていたからってあんたが、死んでいいなんて言ってない!」
御影の言葉を遮るように、来栖は叫んだ。
「……私は……また、あの時みたいに……三人で一緒に笑いたいの……だから……誰も欠けて欲しくないの」
「……来栖……お前の気持ちも分かる……だが、俺は……やらなきゃいけない。俺は……その為に生きているんだ。俺は復讐の為だけに、今を生きてる様なものだ。他に何もない……俺を必要な人間なんて……居ない」
「……そんなこと……言わないでよ……。じゃあさ……私があんたを必要とする」
「……は?」
御影は来栖のその言葉に驚きを隠せない。
「私が……!あんたにしか出来ない仕事あげる!」
来栖は御影の目を真っ直ぐに見つめながら、そう言い放った。
――次回へ続く――




