Secret
――警察庁本部庁舎――
加賀美総司郎警視総監は警察長長官に呼ばれ、長官室に向かっていた。急な呼び出しに加賀美は、緊張で胃がキリキリと痛みを抱えながら、長官室の扉をノックした。
「失礼します」
「加賀美君、来てくれてありがとうございます。さぁさぁ、どうぞ」
「ありがとうございます、失礼します」
笑顔で出迎えてくれたのは、この国の警察をまとめる警察庁長官、犬飼光崇。犬飼に促され、加賀美はソファに腰かけた。
「それにしても最近、ますます調子がいいじゃないですか」
「いえいえ、とんでもないです。変わらず、公務を全うしてるだけですので」
「そうご謙遜なさらず、コーヒーでもどうぞ」
「ありがとうございます、頂きます」
加賀美は出された、コーヒーを啜った。そして、犬飼も加賀美の正面のソファに腰掛け、話を始める。
「最近は物騒な事件が多い。いつもすみませんね、君にも色々と迷惑をかけてしまって」
「いえ、何ら問題無いです」
「あ、そういえば、加賀美君のご子息は、機捜隊に配属されたんですよね」
「えぇ、そうです。お恥ずかしながら、手のかかる倅で……。機捜には昔、世話していた部下が居まして、その部下が相棒として、面倒を見てくれているんです。そこで色々学んでくれたらなと」
「素敵じゃないですか。息子さんも頑張ってるんですね」
「いやぁ……この前あった事件で、危なく冤罪をかけそうになったので……。本当……気が気じゃないですよ。」
そう言うと加賀美はため息をつく。
加賀美が言う、冤罪事件とは小笠原由綺が死亡した事件。ニュースには全く報道されておらず、警察内部でもこれは他殺ではなく、ただの急死として処理された。
「まぁ、まだまだ慣れない部分があるんでしょう。仕方ないですよ。ですから、そう悲観せずに。息子さん達が駆けつけた事で、早期発見に繋がりましたから」
「……その場に居た男性も驚いたでしょうね。まさか突然家に招いた女性が、目の前で亡くなるなんて」
「……えぇ、そうですね。亡くなられた小笠原さん、司法解剖されたみたいですが……急性心筋梗塞だったみたいですね」
「えぇ……被害者には、あまり重いものではなかったみたいですが、持病があったみたいですし」
「可哀想に……まぁ、加賀美君の息子さんには、この件を踏まえて色々と頑張って欲しいですね」
「はい……あ、犬飼長官にもご子息が居ましたよね。今はどちらに?」
「あぁ……うちの息子は、今は内閣情報調査室国内部に務めていますよ」
「それは凄いですね……!さすがは、長官のご子息」
「ハハッ、それ程でもないです」
場が和やかになっているこのタイミングで、加賀美は以前から気になっていた事を犬飼に問いかける。
「……あの、長官のお子様ってお一人でしたよね?」
「……えぇ、息子一人だけですよ。どうしてですか?」
その質問に犬飼は一瞬、間を置いてそう答えた。
「あ……いえ、以前に長官と同じ苗字の人物と会ったのもので……気になりまして」
「なるほど……。犬飼と言う苗字は、あまり多くは無いですが、私達以外にも居ますからね。別の犬飼さんだったのでは」
「そう……ですよね。すみません、無駄話が過ぎました。それで……」
加賀美は話題を変えようとしたその瞬間、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
犬飼は立ち上がり、扉を開けた。
「どうしたんですか?」
扉の前には焦った様子の女性警察官が居た。
「長官、お話中のところ大変申し訳ございません。少々お時間よろしいでしょうか……」
「分かりました……。少し待っていて下さい」
犬飼は振り返り、加賀美の方を向いた。
「すみません、加賀美君。急用で少し席を空けます。ここで少しお待ち頂けますか」
「はい、大丈夫です」
「では、失礼します」
そう言いうと犬飼は扉を閉めた。加賀美は沈黙の後、立ち上がり辺りを彷徨く。
景色を見ようと窓に近づいた。すると犬飼のデスクが目に留まる。PCが立ち上げられたままになっていた。
加賀美は少し魔が差してしまった。マウスを手に取り、開かれていたファイルを確認する。そのファイル名はACTORS。
その中には五つのファイルが入っていた。それは人事データだった。そこには過去の経歴などは一切書かれていない。書いてあるのは、顔写真と名前と生年月日と性別、そして所属。
「所属が……公安……特殊捜査……制圧部隊……?」
警視総監である、加賀美ですら聞き馴染みのない部隊だった。
そして次の画像を表示させる。すると身に覚えのある人物の顔が、画面に表示される。それを見た加賀美は、目を疑った。
「こいつは……!」
加賀美は思わず、スマホで画像を撮影した。
だがその瞬間、PCの画面が真っ暗になった。おそらく自動で閉じるシステムが組み込まれているのだろう。
ゆっくりとソファに座り直した。加賀美は衝撃を受け、手が少し震えていた。
すると扉が開き、犬飼が戻ってきた。そして、ゆっくりとソファに座る。
「……すみませんね。急に席を外してしまって」
「……いえ、お気になさらず。それで……お話というのは?」
「……実は加賀美君。君に相談したい事がありましてね」
「……相談ですか」
犬飼のそのゆったりとしているが、重々しい口調に、一気に緊張が走る。
そして犬飼は、ゆっくりと話し始める。
「えぇ相談です……。もう、あれから四年ですかね。スクランブル交差点爆破テロ事件覚えていますよね。……あの時は色々と大変でした……」
「そうですね……。惨い事件でした……」
「えぇ……。それにあの時巻き込まれたのが、氷室 正昭先生。とても優秀な方で、衆議院議員選挙でも有力候補だった彼が、巻き込まれた事により一気に混乱が起こりました。他にも亡くなられた方や怪我をした方が大勢いました。……私は……こんな事が二度とないようにしたいのです」
スクランブル交差点爆発テロ事件。多くの人が被害に会い、議員である氷室が演説中に巻き込まれ死亡した、痛ましい事件。
犬飼は、暗い表情で事件のことを話した。
「えぇ……。仰る通りです……」
「私はもう、あの様な事件が起こって欲しくありません。そこで……加賀美君にも今後、色々と手伝って頂きたいのです」
犬飼の突然の提案に加賀美は首を傾げる。
「っと……言いますと……?」
「今は詳しくは言えませんが、協力が必要な時に手伝って頂けるのであれば、それ相応の対価をお支払いします。例えば、息子さんの警察庁でのポストを用意する……とか」
犬飼の話に加賀美は、心惹かれる。加賀美の息子である加賀美慎一郎のキャリアの保証が付くのだから。
「それは……本当ですか……?」
「えぇ、勿論。加賀美君の誠意が見られれば、色々とこれからも支援していきますよ。加賀美家に」
犬飼は笑顔を加賀美に向けた。だが加賀美には、それが少し不気味に思えた。
とりあえずその場では、感謝を述べることにした。
「あ、ありがとうございます……」
「まぁ、話というのはこれだけです。あとは、久しぶりに君と雑談をしたかったというのも本音。そういえば加賀美君の下の娘、○○大学に入るんですね。立派ですね」
「あ、はい。そうなんですよ。昔は色々と手間がかかる娘で……」
その後は雑談が続き、三十分後に加賀美は部屋を出た。
部屋を出た後、加賀美はPCで見た資料についてや犬飼が持ち出した相談が気になっていた。
——長官の相談……あれはまるで取引の様な言い方だ……。俺に何かをさせたいのだろうか……。それに長官のPCにあった特殊捜査制圧部隊と言う部隊……警視総監の俺ですら、聞いた事がない……。もしかしてあいつは……——
―― 第三章 動機不明 [完] ――




