蒲公英
―― 第四章 刻印 ――
——少しずつ葉を付けた木々は春風に揺られ、静かに音を響かせる。今年の春、高校生になる白石 心菜は友達とカフェを訪れていた。パンケーキとキャラメルラテを頬張りながら、楽しい一時を過ごしていた——
「ねぇねぇ心菜!明日から私達高校生だってよ〜早いね〜!」
「そうだね〜!そういえば、通う高校さ〜元々私が暮らしてた所の近くなんだよね〜」
「え!そうだったの!初耳〜!」
「また会えるかな〜……」
「あ!初恋の人〜?心菜、その人一筋だよね〜!マジどんな人か会ってみたいわ〜!」
「名前すら知らないけど……その人は私のヒーローだから!」
そう言うと白石はニコッと満面の笑みを浮かべた。
その後、友達と解散した白石は、これから通う通学路を確認すると同時に、懐かしの公園を横切ることにした。
公園を見ると子供達が楽しそうに遊んでいた。すると、子供達が男性に近づいていったのが見えた。
「ねぇねぇ旭にぃちゃん。これあげる!」
子供は手に一本の蒲公英の花が握られていた。
「え!くれるの?わぁ〜ありがとう!これ蒲公英?」
「たんぽぽ!旭にぃちゃんみたいだからあげる!」
「俺、蒲公英みたいなのか〜どうゆう所が旭にぃちゃんっぽい?」
「えっとね〜……黄色くて、強いところ!」
「へぇ〜そっか〜!嬉しいな〜!」
旭は嬉しそうに子供から貰った、蒲公英の花を髪に付けた。
「どう?似合ってる?」
「うん!」
「えへへ〜ありがとね〜!」
旭は子供の頭を優しく撫でた。
その様子を見ていた白石は、無意識に公園に吸い込まれて行った。一直線に旭の方に向かう。
「あ、あの!」
「ん?」
突然声をかけられた旭は子供を撫でる手を止め、白石の方を見上げた。
白石は、無意識に声をかけてしまったことに慌てて、謝罪する。
「えっと……突然すみません。少しお話しても……いいですか?」
「え……うん!良いよ〜。ごめんね、にぃちゃんちょっとこのお姉ちゃんとお話するから待ってて」
「うん!」
旭の話を素直に聞き、その子供は旭から離れて、ブランコに遊びに行った。
そして旭と白石は、公園のベンチに座った。
「突然、ごめんなさい!……あの……どうしても気になって……。」
「いやいや全然!……それで、気になることって何かな?」
旭は頭を下げた白石を宥めるように、そう問いかけた。
「こんなこと言うのも変だと思うんですけど……わ、私のこと……分かります……?人違いだったら、すみません」
「……え?」
旭が白石の発言に驚いていると、白石は過去の出来事を話し始める。
「ちっちゃい頃……お兄さんに助けて貰った事が、あるんです。六年前くらいかな……?」
「……六年前」
旭は白石の話を聞いて、表情が少し固くなった。
白石は続けて話をする。
「私、片親で……父親に育ててもらってたんですけど……虐待されてたんです。でも……ある日……お父さん連れていかれて……その後、施設で暮らす事になったんです。あの時……私、お兄さんに救われたんです!私に暴力を振るってくる最低な父親から助けてくれたんですから」
白石の話を聞き、旭は過去のことを思い出す。
「六年前で……虐待……。あ!もしかして!君、俺にお花くれたよね?」
「あ!はい!覚えててくれたんですね!」
旭の言葉に白石の表情は一気に明るくなった。
「そっか……いや〜よく俺って分かったね!あの時、真夜中で部屋中真っ暗じゃなかった?」
「いや〜何となくそうかなって思って(笑)」
「記憶力すごいね〜あの時は、十歳くらいだったよね?大きくなったね!」
「おかげで元気に育ちました!」
「ハハッ!子供の成長は早いね〜!」
「実はずっと会いたかったんです……。あの……お名前聞いても?」
白石はモジモジと恥ずかしがりながらも、ずっと聞きたかったことを旭に聞いた。旭は笑顔で答える。
「……旭だよ。君は確か〜……」
「|白石心菜です!」
「心菜ちゃんか」
「はい!また会えたら、お礼言いたくて!あの時は、ありがとうございました!旭さんは私にとってヒーローです!」
白石は笑顔で旭にお礼を言った。それを見た旭は一瞬、白石から目を逸らした。
「……ヒーロー……か……」
「……?どうか……しました……?」
「ん?いや……こっちこそ……君に救われた様なものだよ……」
旭は俯きながら、そう呟いた。白石は不思議そうに首を傾げる。
「え?そうなんですか……?」
「うん、詳しくは言えないけどね」
旭は何かを誤魔化す様にそう言った。
すると、白石は唐突にスマホを取り出した。
「あ、あのあの!連絡先……交換してくれませんか……?」
「……う〜ん……個人のは難しいけど……俺が助手してる探偵事務所の連絡先なら教えてあげる!」
「あ……はい!ありがとうございます!」
白石は少し残念に思ったが、少しでも旭のことを知てれた嬉しさもあった。
そして旭はスマホを取り出し、白石と連絡先を交換した。段々と日が暮れ、旭と白石はその場で解散した。
その日の夜、旭は自宅のベッドに仰向けに倒れ込んだ。あの時の少女、白石と再会したことで過去を思い出し、胸が苦しくなる。
旭は両手を天井に向け、その手を見つめながら白石の言葉を思い出す。
「ヒーロー……か……。俺は……あの子を救えたのか……。こんなにも汚れた手で…」
そう呟き旭は、目を閉じた。
そして昔の夢を見るた。神代は暗闇に包まれた、ボロアパートの前に居た。警戒しながら階段を上り、ある部屋の扉をこじ開ける。そこには、ゴミまみれの部屋が広がっていた。窓辺を見ると、家主と思われる男がベランダから身を乗り出し、逃げようとしていた。急いでその人物を引きずり下ろし、何かを喚く男をそのまま連行した。
その後、部屋にあった物を押収し、その場を後にしようとする。すると、押し入れの扉が開いた。そこには、少女が居た。神代はその少女と目が合ってしまった。
少女は神代に語りかける。
「ねぇ……お兄ちゃん誰?……お父さん……どこ行ったの?」
暗い部屋だったが、分かる。その少女の体はガリガリに痩せ細り、腕には痣があった。
「……お父さん」
「……お父さんを……お兄ちゃん達が、連れて行ってくれるの?」
神代は何も言えず黙っていると、少女は神代の前にゆっくりと向かって来た。
「ありがとう……」
少女はか細い声で感謝を伝えた。
突然、感謝されたことで神代は目を泳がせ、 戸惑う。
「……え……?な……んで……」
そう絞り出す声しか出なかった。
すると少女はゆっくりと拙い言葉で話し始める。
「……だって……お父さん、心菜のこといじめてくるの……。心菜が痛いからやめてって言っても……やめてくれないの……。だからお父さんのこと連れて行ってくれるんだよね……?心菜のこと、助けてくれたんだよね?」
少女の純粋な瞳に、ただ黙っていることしか出来なかった。
「ありがとう、お兄ちゃん……これ、お兄ちゃんにあげるね」
少女の手には小さな花が、握られていた。その花は、黄色い花を咲かせた蒲公英だった。
神代は少女の前でしゃがみ、その手から花を受け取った。神代は、その花を見つめると心の底から溢れだしてくる暖かい何かを感じた。その感情を神代は、初めて味わった。
すると、背後から柊が顔を覗かせた。
「あれ、子供だ……。その子どうする?しゅーくん?」
「保護施設に連絡を……。行きましょう……」
「え?あ、うん……」
神代は立ち上がり、少女に背を向ける。
その背中に向かって少女は、再び感謝を伝えた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
神代は一瞬動きが止まったが、振り返らずその場を後にした。
神代は車に戻ると、少女から受け取った花を見つめていた。その様子を見ていた葉月が、神代に話しかける。
「ん?何その花?」
「貰った……。子供から」
「へぇ〜……。嬉しそうだね」
葉月の言葉に神代は驚いた。何故、葉月はそう感じたのか、神代には理解出来なかった。
「何となくそう思ったの。まぁ、君はずっと無表情だけど……雰囲気が少し違う」
「……よく分からない」
「……そっか。まぁ、いずれ分かるよ」
そこで目が覚めた。どれくらい眠っていたのだろうか。スマホで時間を確認すると、朝の四時十三分だった。スマホを置き、ゆっくりと視線を壁に向ける。壁に張り巡らされた写真や新聞記事を見つめながら、旭は呟く。
「臥龍蛇……」
――次回へ続く――




