なくしたもの
——七月二十六日の昼頃、御影は来栖と今回の依頼についてお互い報告を兼ねて探偵事務所に集まることになった。来栖は事務所の扉を開き、そわそわした様子で部屋に入る——
「お邪魔しま〜す」
「はい、どうぞ」
「何気にここ来るの初めてじゃない?」
「確かにな……。ほら、コーヒー」
御影はアイスコーヒーを来栖の前に差し出した。
「お、ありがとう〜」
すると来栖は出されたアイスコーヒーに、テーブルにあったガムシロップと砂糖を全て入れ始めた。それを見た御影は呆れたように溜め息をつきながら言い放った。
「お前、相変わらずだな……」
「何が?」
来栖は、ガムシロップと砂糖たっぷりのアイスコーヒーを飲みながら、不思議そうに聞き返す。
「それだよそれ。相変わらず甘党だな。そろそろ控えないと糖尿病になるぞ」
御影はアイスコーヒーを指さしながら、来栖の体を心配した。すると来栖は口を尖らせた。
「うるさいな〜……あんたは私のお母さんか!」
「誰がお母さんだ!……まぁいい、そろそろ報告会するぞ」
「はいよ〜」
「じゃあ、こっち件から話してくか……」
御影は小笠原千遥の部屋を収めた、写真や情報をまとめた資料をテーブルに広げた。
「まず、俺達は七月九日に小笠原千遥さんの自宅にお邪魔した。そして、千遥さんが亡くなっていたクローゼットのハンガーパイプを見たら、不自然な傷があったんだ」
「不自然な傷……どうゆうこと?」
「千遥さんのクローゼットのハンガーパイプは、大きな外傷を与えると塗装が剥がれるのが分かったんだ。普通の自殺ならそんなに動く訳が無い。だが、千遥さんが首を吊っていた場所の塗装は……広範囲に傷がついていた」
「つまり、激しく抵抗した……?」
「確かにそれも考えた……けど、小笠原さんの証言では、彼女の首には索条痕はあっても吉川線がなかった。つまり抵抗はしていない……。それにもう一つ、他殺だと考えられる証拠がある」
「な、何ですって!?何……その証拠ってのは……」
「それはエナジードリンクだ」
「エナジードリンク……?」
「あぁ、写真で見た時カーペットのシミが気になったんだ。小笠原さんに聞くと、そのシミはエナジードリンクの零れたシミだった。それをブラックライトで照らすと……二十八センチの足跡が浮かび上がってきたんだ」
「えぇ!?それ本当!?」
「あぁ、小笠原千遥さんの靴のサイズは二十五センチ。妹の由綺さんは二十四センチ。最近、家に訪れた人のものではない。つまり……俺は千遥さんが自宅では無い場所で殺された後、何者かによって自宅のクローゼットで首吊りをしているように見せかけた……そう考えてる」
「なるほど……。さすがね……馬酔木……」
来栖は御影の推理に呆気にとられた。
すると、外の方から足音が聞こえて来た。
「やっほ〜みかちゃ〜ん!いい情報が〜って……あれ?来栖さん!もう来てたんすか!」
勢いよく扉が開き、旭が元気よく部屋に入って来た。
それに気がついた来栖は、笑顔で手を振る。
「お、旭く〜ん!ちょっと早めに来て、馬酔木の話聞いてたんだよ」
「そうだったんすね〜!で、どこまで話したの?」
「俺の推理で、他殺じゃないかって所まで」
「そっかそっか!」
「ところで旭、さっき何か言いそびれてなかったか?」
「あ!そうそう!」
旭は手をパンッと叩き、さっき話そうとしていた事を思い出した。
「えっとね〜、小笠原千遥さんの自宅と同じマンションに住んでる人からの情報でさ。千遥さんが死亡した日くらいかな?配達業者の二人が来たみたい」
旭の話を聞いた御影は、眉を顰める。
「宅配業者か……それは怪しいな……」
「そうそう、あの足跡の人かもって思ったんだよね。それにその宅配業者、結構大きい荷物だったみたい。近所の人が覚えてるくらいだから、まぁまぁ大きいよね。……でもさ、そんな大きい物って千遥さんの家に無かったよね?」
「そうだな……。遺品として持っていかれてたら別だが、確かに俺達が行った時は無かったな……」
「だよね〜……。それがちょっと気になってさ〜」
「そうだな……その業者について他に手がかりが無いか、後で調べてみよう。ところで来栖の方はどうだ。マル被とは会ったか?」
「そうそう、この間事情聴取してきた」
「どうだった?詳しく教えてくれ」
来栖はメモ帳を取り出し、事情聴取の内容を話し始める。
「マル被の本名は武内光、二十八歳。あの掲示板サイトでシャイニングしいたけと言う、ハンドルネームを使ってた。武内は被害者とDMしていた事を認め、何故DMをしたかと聞くと被害者の心を少しでも和らげたかったと供述。被害者の死亡推定時刻に何処で何をしていたかと覚えている範囲聞いてみたところ、七月八日の二十一時頃から明方まで、新宿のBARやクラブに入り浸っていたことが、その店の店員や防犯カメラからもアリバイが認められた。怪しい部分はあるが武内光が犯人である可能は低いと考えてる」
来栖は事情聴取の内容を淡々と話していった。先程までのおちゃらけた雰囲気の彼女とは思えないくらい、仕事モードに切り替わった彼女を見て旭は驚いていた。
「来栖さん……」
「ん?何……?」
「さっきとまるで雰囲気が違いますね!仕事モードって感じ」
「あぁ……いつもの感じで報告しちゃった」
来栖は話し方が戻り、ちょっと照れくさそうに笑った。
「あ、あと馬酔木に頼まれてたやつ。ちゃんと持ってきたわ」
そう言うと来栖は、PCを取り出しある映像を見せた。
「忙しいのに悪いな。ありがとう」
「これも捜査の一環だから大丈夫よ」
「これって……千遥さんのマンションの防犯カメラ映像?いつの間に!」
「俺が、来栖に頼んでたんだ」
「おぉ〜!ナイス〜!」
「じゃあ、映像再生するよ……」
来栖は防犯カメラの映像を再生した。
小笠原千遥が亡くなったであろう日、六月二十九日の映像再生すると……そこには何も映っていなかった。
「何も無いな……」
「……そうなのよね。死亡推定日の映像再生には、小笠原千遥さん出掛けた様子とかも無いのよ……」
「う〜ん?でも、死亡推定時刻は二十二時〜一時くらいなんだよね?その前に全く家から出ないって有り得る?」
「まぁ、有り得なくもない。千遥さんは、亡くなる一週間前は有給を取っていた……。家で何をしていたのか」
「まぁ、全部見てから考察しましょう」
来栖は次に小笠原千遥が亡くなる翌日、六月三十日の映像を再生した。すると、旭が言っていたように宅配員が小笠原千遥の自宅に向かっていた。そして帰っていく様子が映されていた。
それを見た旭は指をさしながら興奮したように言った。
「あ!ほらほら!ご近所さんが言ってた宅配の人!」
「本当だな……。荷物を置いて行ったって事は、この日までは千遥さんは生きていた……どうゆう事だ……」
「これって……」
「千遥さんの死亡推定時刻は、六月二十九日だよな……?」
「……うん」
「それなら……死亡推定時刻が間違っているな……」
「そうみたい……」
三人の頭は混乱していた。宅配を受け取ったのであれば、千遥は六月三十日まで生きていたことになる。
御影は確認のため、六月三十日の映像を何度も再生した。すると御影はある事に気がついた。
「これ……何かおかしくないか……?」
「え?」
御影の発言に、旭と来栖は声を合わせ驚いた。御影は、映像の時刻を指さしながら話し始める。
「宅配員が来た時刻が十八時二十七分、次の瞬間宅配員が部屋から出て来た時間は十九時十二分……時間が……飛んでる……」
「本当だ……」
「つまり……これって……」
「あぁ……意図的に、切り取られた部分があると言うことだ」
御影の言葉に旭と来栖は驚き、目を丸くする。
「マジか……」
「この後、終わったら色々と調べてみるわ」
「あぁ、頼んだ」
「……あと最後に……もう一つ映像があるの」
「ん?なんだそれは」
来栖は最後に小笠原千遥が遺体で発見された日、七月一日の映像を再生した。十時三十七分、小笠原由綺が自宅に入って行く様子が映され、その三十分後に警察官二名と鑑識三名が自宅に入っていく様子も移されていた。
「この日って由綺さんが千遥さんの遺体を発見した日……」
その後、警察が帰って行く様子が、映像に映されていた。十二時十九分、小笠原由綺も自宅から出て来た。よく見るとその手にはある物が——
「PC!!!」
御影と旭は驚きのあまり、大声を出していた。小笠原由綺の手には、姉である小笠原千遥のノートパソコンを手にしていた。
――次回へ続く――




