手がかり
――翌日の昼頃、御影と旭は小笠原の案内で小笠原千遥の自宅へと向かった。オートロックで設備が充実している大きなマンションの中に入り、小笠原千遥の自宅に到着した――
「着きました。ここが姉の自宅です」
「マンションの1階か〜……女性の一人暮らしには危険だな……」
御影はマンションの周囲を確認しながら、そう呟いた。
「そうなの?」
「まぁな……。空き巣とかにも会いやすくなる」
「へぇ〜……」
「……そんな事はいい。行くぞ」
「は〜い」
そう言うと御影がゆっくりとドアを開け、三人は中に入っていく。
「お邪魔します」
「お邪魔しま〜す……」
御影と旭は部屋の様子を見て回る。
そして、御影は写真と照合しながら一つ一つ丁寧に写真に収めていく。
御影はエナジードリンクの空き缶があった床のカーペットのシミがまだあるかを確認する。その部分を指でなぞると、カーペットの一部がベタついているのが確認出来た。
「……まだシミがあるな……。」
「そうだね〜でも、何の手がかりにもならなそうだよ?」
「確認だ、確認。大事だろ」
「まぁ、確かに?」
そう言い御影は、次に現場のクローゼットを覗いた。そこには服は一着もなく、クローゼットの中はがらんどうだ。
「ここで……。確かにここなら首吊りは、出来そうだな……」
御影はクローゼットを見渡しながら、あることに気がついた。そして御影はクローゼットのハンガーパイプを凝視しながら、旭を呼んだ。
「……旭、ちょっとこれ見てみろ」
「何〜?何かあった?」
御影の後ろから旭が顔を覗かせた。御影は、ハンガーパイプを指さしながら話し始める。
「これさ……。普通自殺だったら苦しくても、死ぬ瞬間あまり動かず、このハンガーパイプにはあまり傷がつかないと思うんだ……。だけど、これを見ると……だいぶ剥がれてるそれも広範囲に……」
そのハンガーパイプは、塗装が広範囲に剥がれている。自殺ならこの様にはならないだろうと、御影は考えた。
「あ〜確かに……。え?……ってことは……」
旭も御影の意図に気がついたように、御影の方に目線を移す。
「今から言うことはあくまで仮説だ……。小笠原千遥さんは……もしかしたら、殺されてからここに連れてこられた……?自殺に見せかけるために、遺体を引っ掛けた時に……揺れ動いたとしたら……?」
「俺も同じこと思ってた!」
御影はハンガーパイプの傷から仮説を立てた。少なからず、自殺ではないという証拠の裏付けになる。
御影はあることを思い立った。
「ちょっと実験してみるか……。旭、近くの店でロープとセロハンテープ、あと青色のマジックペン買ってきてくれるか?」
「わ、分かった!ちょっと待ってて!」
御影の指示で旭は急いで買い物に出掛けた。その間御影は、他に手がかりが無いかを隅々まで調べる。
「小笠原さん。このマンションの防犯カメラって何箇所あるか分かります?」
「えっと……。姉の部屋に向かう間にあるのは……エントランスと廊下辺りですかね。」
「なるほど……。あいつに頼むか〜……」
御影はそう呟きながら、来栖に電話をかけた。
「あ、もしもし?……頼みたいことがあるんだが」
「どしたの?何か分かったの?」
「あぁ。この前言ってた、小笠原千遥さんの家に今いる。それで時間があったらでいい、ここの防犯カメラの映像を確認して欲しい。住所はメールで送る」
「なるほどね、分かった。明後日、非番だからその日に行って確認する」
「悪いな、頼んだ」
「はいはーい」
「そういえば、昨日言ってたマル被は?」
「あ、そうそう!三日後に聴取する予定になってる」
「そうか、分かった。聴取終わったら教えてくれ」
「了解。じゃあ、そろそろ切るね」
「あぁ」
御影は電話を切ると、ソファに腰掛けている小笠原に話しかけた。
「そういえば、昨日小笠原千遥さんが働いていた職場に行ってみたんです」
「……そういえば、そうでしたね」
「はい。千遥さんの上司の七瀬さんという方に、お話を聞きました。千遥さんがどのような仕事をしていたか、どんな人物だったかを教えてくれました」
「それで……何か分かりましたか……?」
「えぇ……。千遥さんは、仕事熱心で真面目な性格。仕事は自前のPCで、いつも仕事をしていたそうです。そして、トラブルは無かったかと七瀬さんに聞いてみたところ、トラブルがあったとは聞いていないそうです」
「そうなんですね……」
小笠原は姉がトラブルに巻き込まれて、殺されたと考えていた。だが、姉の上司である七瀬からは、そんな話は無かった。
小笠原は御影の話を聞いて、顔を暗くした。
「でも、気になる点が二つ」
「気になる……点……?」
小笠原は御影の言葉に顔を上げる、そして御影は、ゆっくりと話し始める。
「一つ目は偏見かもしれませんが……私の経験上、ジャーナリストと言う職業で、トラブルが無いって言うのは少し不自然に思いました。七瀬さんが本当に知らないだけか……もしくは……何かを隠しているのか……。二つ目は千遥さんのPCです。さっきも言った通り、千遥さんは自前のPCを職場でも自宅でも使用し、仕事をしていたそうです。……ですが、職場にも自宅にも……PCがありませんでした。まぁ、有り得るのは遺族の誰かが持っているという可能性もありますよね。小笠原さん。お姉様のPCについて何か知っていますか?」
「え?……いや、何も……」
小笠原が一瞬、目が泳いだ事を御影は見逃さなかった。 だが、今はそれを指摘はしなかった。小笠原はPCについて、何かを知っている。そう御影は確信した。
「そうですか……。千遥さんのPCに何が入っているのかが分かれば、少しは調査に進展があると思ったんですがね」
するとドアが開き、旭が手に買い物袋を引っさげて帰って来た。
「戻ったよ〜!近くの店で、頼まれてたの買ってきました!」
「よし、良くやった。まず、ロープを貸してみろ」
「ほい!」
御影は旭からロープを受け取り、自殺に使われるロープの形に結び始めた。一瞬で結ぶと、旭は目を丸くした。
「よし、出来た。早速実験開始だ」
「え……手際良!?」
御影は旭のその反応を無視した。御影はそのロープを見つめ過去を思い出す。自分も下手したら、小笠原千遥と同じようになっていたかもしれないと。
そして御影は、結んだロープを塗料が剥がれていない部分のハンガーパイプに巻き付けた。
「これに体重をかける。それでこのパイプの塗料が剥がれたら実験成功だな」
御影はロープの輪の部分に腕を通し、体重をかける。そして一度ロープを離す。その後、ロープをかけた場所を見ると、ほぼ塗装が剥がれていないことが分かった。
「ただ単に体重をかけるだけなら、この通り。ほぼ剥がれない。けど……」
もう一度ロープをハンガーパイプにかけて、今度は左右前後あらゆる方向に揺らした。そして数秒後、ロープを外し確認する。
「やっぱりな……」
「うん……剥がれてる……」
二人の予想通り、やはり激しい外傷を加えると塗料が剥がれている。
そして次にエナジードリンクをこぼしたであろうカーペットを確認すべく、作業に取り掛かる。
御影は自分のスマホを取り出し、旭の買ってきたセロハンテープを貼り、そのセロハンテープに青色のペンで色を塗るのを何回か繰り返した。
「よし、出来た……」
「何?それ……」
旭は御影の方を覗き込む。すると御影は旭にそのスマホを見せた。
「簡単ブラックライトの完成だ」
「ブラックライト!」
御影が作っていたのは、どうやらブラックライトのようだ。旭はこんな簡単なブラックライトができることに感動していると、御影は早速実験を開始する。
「小笠原さん、この部屋の電気を消して、カーテンも閉めて真っ暗にしてください」
「は、はい!」
小笠原は電気を消し、カーテンも完全に締め切った。部屋が真っ暗になったことを確認した御影は、スマホのライトを点けた。
そしてライトをカーペットに向ける。すると、ある物が浮かび上がる。
「これは……!足跡だ……!それもこれは女性じゃない!男性の足跡……!」
カーペットにこぼれたエナジードリンクの成分が、ブラックライトによって浮かび上がった。まさかの手がかりが手に入った。カーペットのシミには、二十八センチメートルの足跡が残されていたのだ。
「おぉ!」
これらの事から御影の仮説の信憑性が上がった。そして御影は小笠原を見つめる。
「小笠原さん……」
「はい……」
「……小笠原千遥さんは、ここで死んでません。つまり、自殺では無く他殺。眠らされてから……あるいは死亡してから、ここで誰かが首吊りに見せかけた可能性が高いです」
御影のその言葉に小笠原は、一気に顔が青ざめた。
――次回へ続く――




