匿名
――その日の夜、旭は自宅へと帰宅した。玄関の鍵を開け、誰も居ない暗く静かな部屋の椅子に旭は腰掛ける。旭は昼間の御影の様子に疑問を抱いていた――
「……みかちゃん……あんなに情緒不安定なとこ初めて見た……。あ……そうだ……」
旭は何かを思いついた様子で、誰かに電話をかける。
「はい……?」
「……久しぶり」
旭は普段の明るい雰囲気とは裏腹に、いつもと違う口調や声色で話し始める。
電話相手は、声からして二十代の女性だろう。
「……え?神代……?」
電話の相手は、旭のことを神代と呼んだ。
「……あぁ」
「……元気してた?」
「……変わらず」
「最近はあの探偵さんの所にいるんだっけ?私の情報が役に立って良かった」
「あぁ、本当助かった……」
「なら良かった。……なんか声色、昔と違うね……今、楽しい?」
彼女の言葉に旭は、一瞬言葉を詰まらせた。
「……分からない……。けど、昔よりは息がしやすい」
「それを楽しいって言うんだよ。……まぁ君が元気なら良いや」
「……それで……一つお願いがある」
「……もぉ〜久しぶりに連絡くれたと思ったら……内容によっては、対価が必要だよ?」
「それでも構わない。……福島の爆発事件、そっちにも話来てるだろ」
「あぁ〜それ?……君もよくやるよね、休職扱いでこっちから金出ないのに……」
「……別に……金の為にやってない」
「じゃあ、何の為?」
旭は彼女の問いかけに、何も答えなかった。
「ま、いっか。……それで?例の爆破事件がどうしたの?」
「……その事件で事情聴取した警察官が、犯人の男が匿名掲示板を利用していたことが分かったそうだ……。それで、その掲示板がどの掲示板か、そして犯人の書き込みを知りたい」
「……ふ〜ん。そんなことか……。良いよ教えても」
「……本当か」
「……ただし!対価を要求する」
「……何だ」
「……美味しい物奢って!」
「……そんなことで良いのか」
「えぇ、これくらいで十分よ。そんな簡単なこと、隠してたって意味無いし」
「簡単なこと……。まぁ、葉月にとっては、これくらい造作もないことか」
旭は彼女のことを葉月と呼んだ。
すると葉月は、自信に溢れた返事をした。
「まーね!じゃあ、後で送るわ。最近評判のお店の情報と一緒にね。必ず奢ってよ〜?」
「……あぁ、分かった」
「やった!じゃあ、明日会おうね〜!」
旭は電話を切ると椅子から立ち上がり、自室に入っていった。
——電話口の葉月は、久々に旭(神代)と電話出来て少し安心している様子。電話が終わり、葉月はPCの画面を見つめながら懐かしんでいた――
「いや〜本当久々に声聞いたな〜!」
「……さっき神代って聞こえたが……あの神代か?」
葉月に大柄の男が話しかけてきた。
「そうなんですよ!あの神代が、久しぶりに電話してきたんです!マジびっくりしました〜(笑)」
「それは良かった。……それで、何だって?」
「この前、神代が関わった事件の犯人について、情報が欲しいそうです。代わりに明日、美味しいご飯奢ってもらうことになりました!」
「ほんと食い意地お化けね〜。PCカチカチしてるだけなのに」
すると眼鏡をかけた長身で細身の女性が、葉月に毒を吐いた。その言葉に葉月は、頬を膨らませる。
「誰が食い意地お化けですか!まぁいっか……さっさと送って帰ろ。お先に失礼しまーす!」
「良いな〜僕もしゅーくんとお茶したいよ……」
その横で話を聞いていた天然パーマの男が、そう呟いたのを無視し、颯爽と荷物をまとめて葉月は部屋を出て行った。
――翌朝、旭は事務所の扉を勢いよく開けた――
「みかちゃーん!おっはようございまーす!」
「……朝からデカイ声出すな……」
御影はあまり寝てないのか、怪訝そうな顔をしながら旭を睨んだ。
「ねぇねぇ!いいニュースがあるんだけど、聞きたい?」
旭は御影に駆け寄り、聞いて欲しそうな顔をした。御影は不思議そうに聞く。
「いいニュース……?何だそれ……」
「……実はね〜……みかちゃんが探してた掲示板……見つけました!」
旭の言葉に御影は目を丸くし、驚いた。
「は!?……ど、どうやって……?俺でも見つけられなかったのに……」
「いや〜知り合いにそうゆうのに詳しい人が居てさ。相談したら、調べてくれたんだよ!」
「……マジか……。すごいな……。それで、その掲示板は?」
「え〜……っとね……。ほい!これ!」
旭は御影にスマホの画面を見せた。御影は旭のスマホを手に取り内容を確認してる。
掲示板には、梶と思われる人物Kと他の匿名ユーザーがチャットで会話している。その中に気になる人物を見つけた御影。
「……シャイニングしいたけっていう奴と良く会話してるな……」
「そうそう……。こいつ怪しいよね〜……」
「そうだな……ふざけた名前だ……。梶が使っていたの爆弾は時限爆弾と拳銃……。こいつが所持していた物を梶に売ったのか……?……こいつの特定は?」
「えっとね〜……。あ、ネカフェのPCから書き込みしてて特定は出来ないみたい。けど、使っていたネカフェの店舗は〇〇の〇〇店のって所」
「なるほど……。でも、その情報は警察もきっと握ってる……。防犯カメラの確認をしているだろうな」
「だね〜……。どうする?」
「……とりあえず、このシャイニングしいたけって奴がまた書き込みがあるまで、俺はこの掲示板を監視する」
「OK〜……。あれ、今日って依頼ある?」
「いや、ないが……。何かあるのか?」
「ちょっと出掛けても良いかな?」
「あぁ……良いけど」
「サンキュー!じゃあ、ちょっと出掛けて来マース!」
そう言い旭は出掛けてしまった。それを見送った御影は少し不思議そうに旭を見送った。
「……珍しいな、出掛けて来るなんて言うの……」
――旭は葉月と待ち合わせをしているカフェに着いた。辺りを見渡すと手招きをしている旭とあまり歳の変わらない桃色の髪をした女性が居た。旭はその女性の目の前に座った。彼女が葉月だ――
「……待たせたな」
「あ、来た〜!久しぶり」
「久しぶり。……例の情報助かった」
「全然良いよ〜。はいこれ、先頼んどいた」
「あぁ」
テーブルには旭が来るタイミングを見計らった様に、湯気の立ったコーヒーが置かれていた。旭はそのコーヒーを啜る。
「いや〜まさか君の方から連絡来るなんてね〜……まぁでも、要件はただのパシリだったけど(笑)」
旭は葉月の言葉をただ黙って聞いた。
その様子を見た葉月は、口を尖らせる。
「相変わらず、私達に対しては口数少ないよね。……子供達や彼の前ではおしゃべりな様だけど?」
「別に……話す事が無いだけだ」
「うわ、ひっどーい!せっかくのふわとろパンケーキが不味くなっちゃうじゃん!」
そう言った彼女の前には、パスタやピザの食べ終わった皿が多く並んでいた。
「……相変わらずよく食べるな」
「当たり前よ!食わなきゃやってられないよ!……君はちゃんと食べてるの?」
「……食べてる」
「ふ〜ん……まぁ昔と変わらず、体鍛えてるみたいだね。あれから傷は痛まない?体調に変化は?」
「……特に変化はない。それに……体を鍛えるのは、いつなんどき何かあるか分からない。怠る訳にはいかないから」
「そっか〜さすが、しっかりしてるね。……あ!ところで一緒に居る探偵の彼はどんな感じ?」
「……どうして言わなきゃならない。別に普通だと思う……。時々口悪いけど……優しい……とは思う」
旭の話に相手はニヤケながら、相槌をうった。
「へぇ〜……」
そんな葉月の顔を無言で見つめる旭。
「……君が人に懐くの珍しいね。私達にでさえ、中々心開かなかった一匹狼だったなのに」
「……。御影は俺にとって特別な人だから……」
「……それもそうね」
――旭と葉月が話をしてた頃。その一方で、御影は少しの間、自宅に戻っていた。
御影は黙って、左手の薬指にはめた指輪を外し日和の写真の前に置いた。そして静かに手を合わせた——
「……日和……。今回は……救えたよ」
そう呟いた御影は、日和の写真を見つめながら微笑んだ。
―― 第二章 タイムリミット [完] ――




