フラッシュバック
――御影が事務所を出て、下の階の自宅に戻って行ってしまった。その間、旭はのんびりと書類の整理などをして時間を潰していた。
その十分後の午前九時三十七分。外階段から足音が聞こえた。旭は御影が来たのかと思っていたが、勢いよくドアが開いた。息を切らしながら、男が現れた――
「突然ですみません!依頼したいのですが!」
「うぉ!びっくりした〜……こんにちは!とりあえず、ここに座ってください」
その焦った様子を見た旭は、驚きながらもいつも通りに対応した。
「失礼します……」
男をソファに座らせ、旭はお茶を出した。
「すみません、馬酔木は少し席を外してて〜今、呼んで来ますんでちょっと待ってて下さい」
旭は男にそう言うと、事務所を出て急いで御影を呼びに行く。外階段を降り、御影の家の扉を開ける。
「みかちゃーん!お仕事ですよー!」
旭は大声で御影を呼んだが返事がない。旭は返事が無いのを不思議に思い、家に上がる。
キョロキョロと辺りを見ながら、廊下を進む。
「何気に初めてだな、家入るの。おーい、みかちゃ〜ん……?」
旭は部屋の扉を開ける。そこには、写真を見つめている御影の姿があった。
「あ、居た〜……みかちゃん、お客さんだよ?」
旭が御影の肩をポンッと叩いた。それに驚いた御影は勢いよく振り返る。
「びっくりした……お前か……」
御影は手に持っていた写真を置いた。旭はその写真に目をやると、そこに写っているのは一人の女性。
暗めの茶髪に澄んだ目をした笑顔が眩しい女性。その女性こそ、橘日和だ。
「仕事だな……分かった、今行く」
「……本当に大丈夫?今日は休んだら?」
「いや、休む訳にはいかない……」
御影は仕事の頭に切り替えようとしているが、まだ表情は暗い。その左手の薬指には普段は着けていない、指輪がはめられていた。
それに気づいた旭は呟く。
「あ、指輪……」
「あぁ……この指輪は……お守り代わりだ」
御影はそう言い、左手を右手で握りしめた。
「お守り……あ、ところで聞いてもいい?」
「何を?」
「夢のこと……」
御影は少し沈黙したが、ゆっくりと口を開いた。
「……昔の夢、日和が目の前で亡くなったあの日の夢。ここ最近は見なくなったが……昨日、久しぶりにお墓参りに行ったからかな……」
旭は夢の内容に驚き、すぐに聞いたことを後悔した。
「ご、ごめん……辛いこと聞いちゃって……」
「いや……大丈夫だ。前よりはだいぶマシになった。……ほら、お客さん待たせてるだろ。行くぞ」
「う、うん……」
御影と旭は事務所に戻り、依頼者の元へ行く。
御影は事務所の扉を開け、仕事に切り替える。
「申し訳ございません。お待たせ致しました」
「あ、いえ……」
御影と旭が男性の正面に座り、話を始める。
「初めまして、馬酔木御影と申します。こちら名刺になります」
御影は挨拶もそこそこに、名刺を依頼者の男に渡した。
「ありがとうございます……」
「お名前を教えていただけますか?」
「前田 健士と申します……」
「では前田さん、本日はどんなご依頼でしょうか?急な依頼は内容によっては、お断りするかもしれません」
御影の厳しい言葉に、前田は重々しい表情で話し始める。
「実は……彼女が、何者かに攫われてしまったんです……」
前田の言葉を聞いた御影と旭は、一気に表情が険しくなった。
「……警察には、言ったんですか?」
「いえ……それが……犯人に警察を呼んだら彼女を殺すと脅されて……何も言えずに……なので、ここに依頼しに来ました……」
前田は俯き、不安気にそう言った。
「な、なるほど……」
御影は頭に拳を置き体調が思わしくない様子だ。それに心配そうに旭は御影の顔を覗いた。
「大丈夫……?」
旭は小さい声で御影に話しかける。
「あぁ……」
そうは言ったものの、大丈夫には見てない様子で小さく返事をした御影は、前田の方を向き直した。
「……その依頼、承ります」
御影は真剣な眼差しで前田を見つめ、依頼を受けると伝えた。前田は顔を上げ、少し安堵した。
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」
前田は深々とお辞儀をした。
御影は早速メモ帳を取り出し、被害者の情報を聞き出す。
「……では、誘拐された被害者の情報を教えていただけますか?」
「はい……誘拐されたのは俺の彼女の高峯 紗良、二十九歳。職業は美容部員です」
「なるほど……それで、誘拐されたのはいつですか?」
「……昨日の夜に家に帰って来なくて、連絡もしましたが全く連絡が付きませんでした。あと三日後には結婚式も控えてるんです。……そして今朝、彼女から電話があったんですが、電話の相手が彼女ではなくKを名乗る人物からでした……。」
「K……。その人物に心当たりは?」
「いえ、ボイスチェンジャーを使っていて声から誰か判断できませんでした……。でも、男性の声だと思います」
「なるほど……その電話の録音はありますか?」
「いえ……突然だったので録音できてません……」
「そうですか。では、その電話の内容を覚えている範囲教えてください」
「はい……えっと確か……お前の彼女を誘拐した。解放して欲しくば、身代金五百万円を持ってお前が一人でこの場所に来い。警察に言えば、すぐに彼女を殺す。……って言ってました……」
「身代金目的の誘拐ってところか……。だったら、なおらさに警察に言った方が……」
「でも……それが犯人にバレたら……彼女、殺されてしまいます……」
「……一理ありますね……」
御影は頭を悩ます。
もし警察に連絡し、犯人にバレたら彼女の身が危ない。かと言って、自分達だけで行動するのはリスクが高い。
すると旭がこっそり耳打ちする。
「……でもさ前、来栖さんに危険なことはするなって釘刺されたよね〜……」
「あぁ……だが、依頼を引き受けたんだ。やるしかないだろ。それに……大切な人を失ってしまう人間を……出来るだけ減らしたいんだ……」
御影は頭に手を添えながら、眉を顰めた。
すると突然、前田のスマホが鳴る。その音でこの場に一瞬にして緊張が走る。前田はスマホを手に取り画面を見ると、匿名のメールが一件入っていた。
「メール……?」
前田が不思議そうにメールを開くと、そこにはある動画が添付されていた。
「……あの、匿名でメールが来たんですが、動画が送られてきてます……」
「動画……?」
御影と旭も前田のスマホの画面を見つめる。そして前田は送られてきた動画を再生する。
「やぁ、こんにちは彼氏くん。Kだ。……警察には連絡していないみたいだね。だからこの通り、彼女さんは元気だよ……」
画面にはKと名乗る仮面を被った人物が映っていた。そして、Kは椅子に縛られ口にガムテープをつけられている女性を映した。女性は涙目で必死に助けを求めていた。
「……紗良……!」
映っている女性は間違いなく、高峯紗良だ。前田はスマホを持つ手が震える。
それを見た御影と旭は、体が強ばり画面から目を離すことが出来なかった。御影は強く拳を握りしめ、険しい表情を浮かべた。
――次回へ続く――




