温かな手
―― 第二章 タイムリミット ――
冬が終わり、春の陽気が漂い花々が段々と咲き始めたある日。御影はある人の墓参りに来ていた。
その墓石には橘家と刻まれている。御影はその墓の前にしゃがんだ。
「……日和……」
そう呟いた御影は、普段の御影からは想像も出来ないほど悲しげな表情をしていた。
御影はただそっと静かに墓に花を添え、墓石を撫でるように拭いている。線香をあげ、長いこと手を合わせる。そして、ゆっくりと瞼を開く。
「またな……日和」
そう言いながら立ち上がり振り返ると、木の影に隠れた旭が居た。それを見つけた御影は目を丸くした。
「……!……お前、何でここに居るんだ!」
「えっと〜……気になって来ちゃった!」
「気になってて……どうやって?」
「たまたま通りかかったんだよ。珍しく花買ってどっか行くのかなって思って、ついて行って〜……少しの間眺めてた!」
「はぁ……そうかよ……」
御影は呆れたようにため息を零す。
「ねぇねぇ、このお墓誰の?知り合いの?」
「……別に……」
御影は、はぐらかして帰ろうとする。そんな御影の腕を掴み、引き止めた。
「いいじゃん?少しくらい話してくれても?そんなに話したくない事なの?」
御影は少し悩んでから口を開く。
「お前は気になったらすぐ嗅ぎ回る奴だからな……分かった……話す……」
旭は嬉しそうな顔をして、掴んでいた御影の腕を離した。
「このお墓は……俺の……婚約者のお墓だ」
「こ、婚約者……!みかちゃん婚約者居たの!?」
旭は意外にも御影に婚約者がいたことに驚いた。旭のその様子を見た御影は、不服そうな顔をする。
「……そうだよ。……何で驚くんだ」
「いや〜驚くでしょ?だってみかちゃん……無愛想だし、言葉キツいし……」
「……なんだその言い方……。俺にだって……大切な人はいる」
「それはそうだね。……ねぇねぇ!この人の名前なんて言うの?」
「……橘 日和だ」
「日和さんか〜!あぁ〜!前に施設の渡辺さんが言ってた人か!」
「そうだ……よく覚えてるな」
御影は旭の記憶能力の高さに関心していると、旭は墓の前にしゃがんだ。
御影は旭のその様子を不思議そうに見つめる。
「初めまして日和さん!犬飼旭って言います。みかちゃんにはいつもお世話になっています!半年前からみかちゃんの探偵事務所で働いてます。これからよろしくお願いします!」
旭は優しく微笑みながら、日和に挨拶をした。
それを見た御影は少し驚いた表情を見せたが、少し嬉しそうだ。
「……お前、そうゆう所あるよな」
御影は穏やかな表情でそう言った。
その言葉を聞いて旭は御影の方を見上げた。
「え、何それ〜?嫌味ですか〜?」
「……いい意味だよ」
「どゆこと〜……?……てかさ、みかちゃん最近俺がみかちゃんって呼んでも怒らなくなったね」
「あぁ……いちいち怒ってちゃリキないし……それに……」
御影は少し言葉を詰まらす。それが気になった旭は御影に問いかける。
「それに?……何〜?」
「それに……懐かしいんだ。みかって呼ばれるの」
「懐かしい?……俺以外にも呼ばれてたの?」
「目の前にいる人だよ」
旭は墓の方に向き直し、目を丸くする。
「え!日和さんにみかちゃんって呼ばれてたの!?」
「厳密に言えば、ちゃんじゃなくて、くん付けだな」
御影は少し顔を赤くして、恥ずかしそうにそっぽを向く。
「へぇ〜!」
旭はニヤリと微笑みながら、御影を見る。
旭のニヤニヤ顔を見て、御影は引きつった顔をする。
「……なんだその気持ちの悪い顔……」
「気持ち悪いってなんだよ〜!……いや〜みかちゃんにもそんなイチャイチャ話があったなんて〜!このこの〜隅に置けませんな〜!」
旭は立ち上がり、御影の横を肘で小突く。
「や、やめろ!……ほら、仕事だ仕事!依頼者が来るからさっさと帰るぞ!」
「はいは〜い」
「はいは一回だろ」
「は〜い……」
そして御影と旭は、日和が眠るの墓を離れた。二人が離れた墓には、静かな風と共に御影が供えた美しい花々が揺らいでいた。
――その日の夜、仕事を終えた御影は事務所のソファに横たわる。顔を手で多い、大きくため息をついた――
「あぁ……疲れた……」
そう呟いた御影は少し目を瞑ると普段の疲れがドッと押し寄せ、すぐに眠りに落ちた。
眠りについていた御影は夢を見た。それは昔のあの事件の記憶。
その事件は御影の誕生日の前日に起こった。煙が漂い、悲鳴が鳴り響くスクランブル交差点。まるで地獄の様。御影は逃げ惑う人々をかき分け、日和を見つける。日和は買い物袋を手に店から出て来た。それを見た御影は、少し安心したようにほっと胸を撫で下ろし、日和の方に向かった。
すると突然、物凄い爆発音と共に目の前が煙に包まれた。御影は咄嗟に防御態勢に入る。訳も分からず少し呆然としてしまうが、すぐさま我に返り日和の名前を大声で叫ぶ。
煙を払い、日和の居た方に向かうとそこには、血まみれの日和が倒れていた。御影は日和に駆け寄り、声をかけたが返事がない。脈は辛うじてあったが呼吸が出来ていない様子だった。
それを見た御影は絶望した。手の震えが止まらない。 震える手で御影は日和を抱きしめた。
すると御影と日和を包んだ煙が少し晴れ、周りが少しずつ見えてきた。その先には黒い服にフードを深く被った人物が居た。その人物は振り返り、御影に背を向け走っていく姿を御影はスローモーションで捉えた。
御影の頭は怒りで煮えたぎる。理性なんてものはなく、持っていた拳銃でその人物の脇腹を撃ち抜いた。御影はその人物が犯人だと何故か、確信していた。
そして再び、御影の前に煙がかかる。次に視界が開けると犯人と思しき人物は居なくなっていた。
手から拳銃が滑り落ちる。力無く日和を包み込むように抱きしめる。何度名前を呼んでも返事をしない日和。日和……日和――
「み……ちゃ……みか……ちゃん!」
微かに名前を呼ぶ声が聞こえる。御影は体を揺すられているのに気づき、ゆっくりと瞼を開けた。
ぼんやりとした視界が、ハッキリすると目の前には旭が居た。
「みかちゃん!やっと起きた!」
「……旭……?」
「みかちゃん……大丈夫?」
旭は御影の様子がおかしい事に気がつき、御影を起こした。
御影は大粒の涙を流し、魘されながら寝ていたのだ。
御影は顔をゆっくりと両手で覆った。その手は少し震えていた。
「……まただ……。また嫌な夢……」
「嫌な夢見てたの?大丈夫?」
「ウッ……!」
御影は夢を思い出し一気に顔が青ざめる。そして口を手で抑えながら、トイレへと急いで駆け込んだ。
「だ、大丈夫!?」
旭の心配する声は、御影には届いていなかった。
その数分後、暗い顔をした御影がゆっくりとトイレから出て来た。泣き腫らした目で、床の一点に見つめていた。
「……ぁぁ……ダメだ……。俺は……何も……守れない……」
小さな声でそう呟いた御影。
その様子を見た旭は心配そうに駆け寄り、御影の背中を摩った。
「みかちゃん!大丈夫……?」
「悪い……。ちょっと一人になりたい。……下に居る……何かあったら来い……」
「……わ、分かった……」
旭は御影から一歩離れる。
御影はおぼつかない足取りで、壁を伝いながから事務所を出て、下の階にある自分の家に戻った。
その背中を見送った旭は、呟く。
「みかちゃん……どんな夢見たんだろ……?」
――次回へ続く――




