初めての妹と初めてのデート
家を出て大通りを進み街へ向かう。ユフィと手を繋ぎゆっくり歩みを進める。
「ユフィ、疲れていないか?」
「うん! だいじょうぶ!」
金色に輝く小麦畑は風に揺られ、優しくサラサラと音を立てている。
日本じゃこんな景色中々見られない、秋に見られる田んぼの稲穂とも似ているけどどことなく違う。気候も環境も違うからだろうか。
温かな空気を運んで来る優しい風が心地いい。
この世界の環境は日本とかなり近い。日本との違いはこっちの世界は四季ではなく五季であり、春と夏の間に雨季がある。
雨季と言っても梅雨と大差はない。湿度が高く、雨の日が多い。ただそれだけ。
あとは一年を通して気温の差があまりなく平均20℃前後、寒くてもマイナス10℃程度、暑い日も35℃を超えることは滅多にない。この星の温暖化はあんまり進んでいないようだ。
エアコンが無くても不便しない生活とは実に幸せだ。
「町まであとどれくらい?」
「ユフィ、バンザイしてみて」
ユフィは両手を空に仰ぐ。
「こう?」
「そう、そしたら太陽を掴めるようになったらついてるよ」
ボクの言葉をあまり理解はできていなさそうだったが、あまりそんなことを気にしていない。今のユフィの頭の中はマカロンだけだ。
この間、マカロンを食べに行くという約束をユフィは一日たりとも忘れていなかった。
毎日、いつ食べに行く? なんて聞かれたら無視なんてできないだろう。
それに、ボクもユフィとはちゃんと話をしておきたいと思ったから。
この後、ボクはユフィと暫くの間。離れ離れになってしまうことを話さないといけない。すごい気が引ける……話したくない、というか離れたくもない。
ユフィが可愛すぎるんだよな、最高の妹だ。
健気で純粋で、顔も可愛い。将来は絶対絶世の美女であまりの可愛さにユフィを取り合っていつか戦争が起こる。まるで異世界のかぐや姫のように。
そして、その時にユフィはこういうんだ。
「私には兄さんがいるから」
って、もしそうなったら幸せだよな……。
ボクには分かるぞ。妹も弟ももう少ししたら社会を知って、純粋さをどんどん失っていって将来的には話も聞いてくれなくなって、不良っ子になっちゃうんだ……。
なんて未来に想いを馳せていたら街に着いた。
レンガ造りの建物が高く、視界いっぱいに建物が敷き詰められている。
ボクのいる田舎と王都の中間ぐらいの、人が住む上であまり不便の無い場所。
街の大通りには大道芸人が魔法で芸を披露して、屋台にはアクセサリーや食べ物が安価で並んでいる。
ボクの目的地は街の北西部。ウエスタン風の小さなカフェが今日の目的地。異世界の中の小さな異世
界、転生者御用達のカフェ田村。
数ヵ月ほど前、偶然見つけてカフェのマスターさんと話してみればマスターさんは元日本人のパティシエで、異世界転移してきたから異世界でカフェを開いたという。
転生者のほとんどはこの日本語で書かれた看板に半ば強制的に引き込まれる。異世界で日本語を見つけたら興味が湧かない訳が無い。
それにメニューは日本の慣れ親しんだものばかり。自然とリピーターになるのは当然の事だろう。
ちなみに、ボクのおすすめは生姜焼きのタレのかかった唐揚げ定食だ。
生姜焼きと唐揚げが融合したおかずと、白米とみそ汁。それとたくあん。
この異世界で今のところ一番うまいご飯だ。
なぜ、おしゃれなカフェに定食があるのか、とかはいったん無視してもらって……。
とはいえ、今回この店を選んだのは日本人の血が騒いだからではなく、全てはユフィの為だ。ここのマカロンはマジで美味い。一つ一つの大きさも規格外。
それでいて安い。子供のおこづかいでも十分食べれる量だ。
「ユフィ、好きなの選んでいいからね」
「マカロン‼」
即答、まぁ予想はしていたけど悩む時間すらない。
ボクはカフェオレとティラミスを頼み、ついでにユフィの分のホットミルクを頼んだ。
「お待たせしました」
注文してすぐにマスターさんがテーブルにケーキとマカロンを運んでくれた。
マスターさんは、おまけだと言いマカロンをいくつか多く用意してくれてウィンクをしてきた。
おまけは嬉しいが、おっさんのウィンクほどいらない物はない。
ユフィのウィンクなら大歓迎。ノルヒナは顔だけなら十分可愛いし、性格がもうすぐ丸くなれば歓迎できるのにな……。
テーブルに置かれたマカロンをユフィはパクッと口に運んだ。
サクッと崩れるカラフルなマカロンは口に合ったようで舌鼓を打っている。
ボクはティラミスを一口、食べる。
美味い。ビターだけど甘いティラミス。クリーム層とビスケット層が口の中にアクセントを作ってくれる。特別おいしい訳でも高級な味がするわけでもなく、ごく庶民的な普通の味。
けれど日本でしか味わえなかった味。
久しぶりに食べたこの味に涙が出そうになったが、ここで泣いたらユフィを心配させてしまう。
何とか涙をこらえて、ホットカフェオレを流し込む。
「おいしいね!」
「あぁ、そうだね。ユフィ、一つ分けてくれるかな?」
「はいどうぞ!」
「ありがとっ」
ユフィはここに来てからずっと嬉しそうに笑っていた。
ユフィの笑顔を見る度、最近心が痛む。本当に別れたくない。
けれど、あいつらとの約束をないがしろにもできない。
どちらかを選ぶためにどちらかを捨てないといけない。
とはいえ、ボクの本心は揺らぐことは無い。
何があってもボクはここを離れる選択をするけど、辛いんだよな。
「この後、どこ行くの?」
「ん? まぁヒミツかな」
どこに行くかも何をするかも大体の予定は決めてある。
どうせ予定通りに行くとは思えないけどな……。
予定は立てているけど、予定通りにいかないアクシデントも楽しもう。
……なんて言ったのはいいが、まさかマカロンを食べた瞬間満足して眠ってしまうとは……。これじゃこの後の予定、全部パーだ。
ユフィとちゃんと話すこともできない、かといって起こすのも忍びない……。どうしたものか。
ひとまず、ここにずっと居座るのも店の迷惑になってしまう。
ユフィをおんぶして、店を出た。店を出る時、店主さんはまた来いよ、って声を掛けてきてくれた。
背中で眠るユフィを起こさないように静かに歩きだした。
向かうのは街の大通り、屋台街の方向だ。
「勝手に起きてくれると嬉しいんだけどな……」
*
夕暮れ、オレはユフィを抱え日の沈む景色を眺めていた。
夜になれば、仕事を終えた父さんが馬車に乗って迎えに来てくれる。それまではこの景色を楽しんでいよう。
結局、ユフィはあの後から起きてくれなかったし、仕方なくずっとここに居た。
街を囲う石柵の向こうに見える山に川。腰ほどまで伸びた草花はよく見ればほんの少しの魔力を帯びていた。
最近発現した力。ボクには少量の魔力でも見える特別な目を開眼させた。
開眼したきっかけも、この目のことも何一つ分からない。
この目の力はボクにしかない物なのか、普遍的な物なのか、わからないが。
ボクには魔力の流れが青白い蛍の光のように見えていた。
今はまだこの目に慣れていないせいで常に見えている訳でもオンオフできるわけでもなく、時々いきなり見えるようになって、また見えなくなると言ったのが何度も繰り返される。
困ったことに発動条件もタイミングも分からないから気が付けばいきなり発動するから魔法の練習中に目の力が発動するといきなり目に向かって新品の懐中電灯を突きつけられたみたいに眩しい。
「あれ、ここは?」
「街の外れだよ、ここで父さんを待っているんだ」
背中のユフィがトントンと優しく叩いた、その場にしゃがんでユフィを下ろすと一目散に近くにあった屋台にすたたと走っていった。その後を追うと、屋台にはいくつかのアクセサリーが売られていた。
「どうした、ユフィ? これが欲しいのか?」
ユフィが眺めていたのは銀貨三枚で売られていた銀色の指輪。
この世界での物価はまだよくわからないが、銀貨三枚程度ならまだ全然余裕で買える。
妹に死ぬほど甘いボクは悩む間もなくそれを買おうとしたら、
「これ、兄ちゃんに似合う!」
なんて言うものだから涙があふれそうだ。ユフィは自分の事よりもボクの事を考えてくれていたのだ。
目尻に溜まる涙がこぼれるのを何とか堪えて、ユフィが似合うと言ってくれたものと、その近くにあったもう一つ、リングを手に取った。
そのリングを空に向ければ夕方の茜色の光に反射して輝いていた。
その輝きは光の当て方によって全然違う輝きを放っていた、右に傾ければ黄金色に、左に傾ければ虹色に輝く。まるで魔法のようだ。
「兄ちゃん、これは?」
「……これは兄ちゃんからユフィへのプレゼント、ユフィが選んでくれたこれと一緒にボクが帰るまで大切にしていてくれる?」
二つのリングをネックレスにしてもらって、ユフィの首にかけてあげる。
風にリングが揺れる度に淡い光を放つ。
ユフィはボクの言葉に少し動揺しているようだった。
「兄ちゃんは、これから遠くの場所で強くなる為の特訓をすることになったんだ、その特訓が終わった後も旅に出たいと思っているから、もうしばらくユフィとは会えないんだ」
ボクの言葉に次第にポロポロと大きな涙を流して泣きだすユフィに何も言えなくなっていた。
「だから、兄ちゃんのことを忘れないように、好きのままでいられるようにこのネックレスとリングを大切にしていてよ。また会う時にもう一度そのリングを一つ、兄ちゃんに返してくれるか?」
「やだ、兄ちゃんと別れたくないよ……兄ちゃん」
その声に心が締め付けられる感覚だ。
この世界に来てからずっと共にいた家族に最初は罪悪感で胸が一杯だった。ボクが転生したせいで、本当のミリヤを奪ってしまったんではないかと思う日が沢山あった。
けれど、この六年と半年。ボクが本当のミリヤになるには、ソティア家の家族の一員になるには十分すぎる時間だ。
ユフィの涙は家族の絆、その証だった。
「ボクもユフィと別れたくない。でも……」
「いや! 嫌なの!」
ボクの声は届かない。涙を流し別れを拒み続ける。何を言っても届かない。
どうしようもなくて困り果てていた時、遠くからパカリパカリと蹄の音が聞こえてくる。
「どうしたんだ、二人とも」
予定の時間通りに父さんはやって来た。
ボク達の姿を見るや否や、馬車から飛び降り駆け寄ってくる。
ユフィを抱っこしなだめ、しゃがんでボクと同じ目線に立って話を聞いてきた。
「ボクがユフィとしばらく会えなくなるって言ったら、こうなった」
「そっか、やっと話したんだな」
ユフィにはボクから話す。そう言ったのはボク自身だった。
けれど、勇気が無くて話出せなかった。
ようやく話せたと思ったらこの様だ。
「ここからは父さんの仕事だ。よく頑張ったな」
また、父さんはボクの頭をなでてくれた。
そして、手を引いて馬車に乗せてくれた。
「ユフィ、父さんの話聞いてくれるか?」
「いや、兄ちゃんと一緒で居なくなっちゃんじゃないの」
「いいや、違う。ただ、これはとっても大事な話だ」
父さんのいつもと違う真面目な雰囲気に、ユフィも涙を止めて真剣に話を聞こうとしていた。
もしかしたら怒られるかも、なんて思っているかもしれない。
「別れは確かに悲しことだけどよ、悲しいのはミリヤも同じなんだ。だからよ、困らせてやるなよ」
優しい言葉に、淡い夕陽に包まれた父親の姿がユフィの心にその言葉を残していた。涙はもう流れていない。そして今度は笑顔をボクに向けてきた。
「ユフィももう泣かない! 兄ちゃんも泣かないで!」
言われるまで気が付かなかった。ボク自身も泣いていた。
頬に生温い感覚が走る。
「一緒にまた会う時を楽しみにしてよ?」
その言葉に思わず、涙が止まらなくなってしまった。
夕闇の小麦畑を馬車に乗ってわが家へ向かっていた。




