近接戦闘と魔法(1)
「ミリヤは将来的には魔法使い、とか魔導士になりたいんだよな?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、どうして近接戦を学びたいと思ったんだ?」
父さんはボクの目の前でストレッチをしながら聞いてくる。
今日はいい天気だ。青空がいっぱいに広がり白い雲が心地よさそうに漂っている。
そんな平穏な時間の中でボクと父さんは向き合っている。
少し前にボクが、父さんにあるお願いをしたから。
「今ボクは無詠唱でいくつかの魔術を発動できるようになったけど、全魔術を無詠唱で行えるわけじゃない。魔術の詠唱の隙、それを見逃す程戦いの世界は甘くないと思うんだ」
ボクの言葉にほほうと唸る。
父さんは、木刀を一本ボクに投げ渡してくれた。
「まったくもってミリヤの言う通り、だからこそのパーティーだ。剣士とタンクみたいに前衛職がいて、魔法使いが後ろから戦う。けれどミリヤも分かっていると思うが魔法使いだって時に一人で戦わないといけないときがある。それはどんな時だ?」
「敵に分断された時、もしくは仲間が全員殺された時だよね?」
「ん、そうだ」
父さんは少し驚いたように目を見開いた。
ボクが間違えた所を訂正しようと思っていたんだろうな。すまんね、お父様。
ボクは息を吸うように、ゲームをしてアニメを見ていた。知識だけでいえばあるんだ。
それを実行する体力とセンスが無かっただけで。
「もし、一人になった時に死なない為にも、ほんの少しでも生存率を上げるためにも最低限、近接戦は学んでおいた方がいい」
父さんが持っていたもう一本の木刀を軽く振る。
たった一振りだ。本当に軽く振るった一振りだ。
空を切った、一文字。
空気を振るわせて、風を起こす。草木を揺らして数メートル離れたボクの元まで風が届く。
ブンッと低く鈍い、硬い音が周囲に響く。
刀を振るうという簡単な動作だけで、父さんがこれまでどれだけの努力を重ねてきたのか、父さんの底の見えない実力のその一端。氷山の一角を見せられた気がする。
「いずれミリヤには教えてやるつもりだったがまさか自分から教えて欲しいって言われるとは思っていなかった。お前は魔法一筋だと思っていたからな。……さてと、ひとまずミリヤお前がどれだけ戦えるのか見せてくれ」
父さんは腰を落とし、低い姿勢で構える。
魔眼に写る魔力のオーラとは違う、目には見えないけれど、父さんは確かに剣士のオーラを纏った。
目を閉じ、一瞬俯き、深呼吸をする。
カッと目を開いた時、その時に既にボクはビビっていた。
目の前に立つのは、父さんではなく敵だ。
貫くような鋭い敵意。メンタルを削る気迫に満ちた圧。
ボクは思わず吐きそうになった。向けられたプレッシャーに心も身体も持たなかったのだ。
喉の奥まで出かかったゲロを無理矢理飲み込んでボクも戦闘体制に入る。
木刀を離さないようにしっかりと握る、手に伝わる感覚はずっしりと重い。
「魔法も使っていい?」
「あぁ、大丈夫だ。お前の本気が見たいからな」
姿勢をぐっと低く構える。地面に生えた草花がボクの体を撫でるぐらい低くだ。
二人は向き合い、独特な緊張感で周囲を満たす。
ぶわっと強い風が吹いた時、父さんに向かって突っ込む。
足音を立てて、地面に敷かれた緑の絨毯をなびかせて距離を潰す。
風魔法で木刀を押し、足りないパワーをプラスする。
刃と刃がぶつかり合う。
その時間はとても短い瞬きの間。
バチンと音を立ててボクの刃は弾かれる。
アクションゲームでよく見るパリィを父さんが発動した。
ジャストガードにも似た高等技術。弾かれ体ごと吹き飛ばされて、体が宙に浮き、身体の自由のほとんどが制限される。
「まだまだ!」
それでも何とか体を捩り、空中で横凪をぶつける。
踏み込みができない分、威力はさっきの半分以下に落ちるけど、当たればダメージは入る。
回避か、防御か、どっちを選んでも追撃は出せない。
父さんが選択したのは、防御。さっきと同じパリィだ。
まだ弾かれる。そして、吹き飛ばされる。今度は遠くまで吹き飛ばされて地面を転がされる。
口の中に嫌な土の味が広がる。
もう一度走りだし距離を縮める。剣を振るえば、切先が届いてしまうほどの距離。
父さんは何もしてこない。ボクの実力を確かめるために最低限の攻撃しかしないようにしているのか。
それとも父さんはカウンター重視の戦い方を好むのか、それは分からないけれど動かないというなら好都合だ。
【魔法:土属性】【魔法:風属性】
魔法の同時使用。土魔法で周囲に砂を撒き、風魔法でそれをとどめる。
ボク達の姿は砂嵐によって完全に消える。視覚は潰される。
周囲からは常に風の音が響き、聴覚もつぶされる。
前世で読んだラノベから発想を得たボクの技。
ボクも父さんもこれで完全に互いの場所を認識することはできない。
ただ、それは互いに動き回っていた場合なのだが……。
父さんはこの戦いの中で一歩も動いていない。
そして、この砂嵐は父さんを取り巻くように発動してある。
つまり、この砂嵐の真ん中を貫くように攻撃を放てば……勝てる!
ガキン‼
とうてい木刀からは聞こえるはずのない音が鳴り、もう一度、パリィが起きた。
父さんの放つ斬撃は風を切り、砂を散らす。
見えなかったはずのボクを睨み刃を振り切った父さんの姿が露わになる。
振りぬいた刀を切り返し、今度は攻撃の意思を纏った刃をに走らせた。
燕返しの一撃が、ボクの脇腹を襲う。
瞬間的に水魔法で衝撃の逃がしたがそれでも死ぬほど痛い。
姉さんがやっていた技を見て盗んだが、うまくいかなかった。
「母なる大地よ、敵を貫け! 【魔術:大地の棘】」
地面は波打ち、次の瞬間無数の棘が地面から突き出てくる。
無理に詠唱を簡略化したせいでいつもより弱くなっているがそれでも十分だ。単純な攻撃が通じないなら、複雑にすればいい。
始めの攻撃から繋がる、二の手、三の手を作り出せばいい。それだけだ。
【魔術:流水の弾丸】
第一の刃は、地面から襲い掛かる敵意。地面から離れなければ棘が襲い、体中穴だらけになってしまう。逃げ道はただ一つ、空中だ。
本当はこの第一の刃で終わればいいが、父さんの実力からしてこんなんじゃ止まらない。
だからこその第二の刃。第一の刃の本当の目的は陽動だ。
攻撃を躱すために地面から足を離させること。それが第一目標。
空中にいれば、機動力は大幅に落ちて、回避は難しくなる。
そこで防ぐことのできない高速の攻撃が降り注げばどうなる?
攻撃を受けるほかないのだ。
ボクの思い描いた作戦は完璧だ。
父さんの実力を考慮しなければの話だが……。
父さんは岩石の塊をいともたやすく切り裂いた。木刀は斬れない刀だと思っていたが違うらしい。
しかも切り裂いた岩石を盾にして、刀を投げつけてくるんだからたまったものじゃない。
あぁ……ダメだ。こりゃ負けだ。
ここから勝てる要素がボクには見つけられない。諦めなければ勝ちは転がってくるなんて言うけど、それは圧倒的な実力差には適用されないみたいだ。
「残念、勝負ありだね」
眼前で刀は止まった。自分で投げた木刀に追いついたと言うんだ。
とんだ化け物野郎だ。あと十年は勝てる気がしない。
これでも怪我の後遺症で全盛期の動きができないとか頭おかしいんじゃないんですかねぇ……。
「実戦経験無いのに、かなり巧い戦い方するな」
父さんはその場に座って話し始める。
よく見れば、父さんの左頬に小さな切り傷ができていたのを見つけた。
もしかしたら、ボクが付けた傷かもしれないけれど、まぁこれは自慢にもならないし、前提としてボクは負けている。下手に喜んだり、調子に乗らないようにしないと。と、心を落ち着かせる。
「魔法の使い方、魔術の使うタイミングも巧い、ただ近接戦においては五十点ぐらいかな。基礎が全くできていない。仕方ないがな……」
そりゃ誰だって最初は基礎もクソも無いでしょうに……。
魔法も初めは基礎からだ。教会からよこされた魔導書は基礎の部分書いてなかったが……。
「父さんは海神流を使っているけど、ミリヤはどの流派がいいとかあるか?」
「そもそもどの流派があるとかわかんないんだけど……」
話は変わり、父さんは剣術の話を始めた。
さっきまでの敵意はすっかり消えている。
「あぁ、そうか。この世界には三つの流派がある。サクラギ流、山神流に海神流だ」
一撃必殺の早業と守りの剣術からなるサクラギ流。一撃必殺の早業ってのは考えるに居合切りとかだろうな、考えるに……。
サクラギは日本によく似ているようだからいつか、この世界の侍や忍。烏天狗みたいな妖怪とも会えるかな。会えたら幸せだよなぁ……。
山神は圧倒的破壊力で攻撃と武器破壊の攻撃流派。
守りを捨てた超攻撃型特化の「攻撃は最大の防御」を体現したかの流派らしい。技の中には武器を使わない格闘技の技もあるとかないとか。
海神は流れるような連撃で攻防一体のオールラウンドな流派、一番人が多い流派らしい。
他の流派と違って、守りに長けた技が幾つもあって、パリィは海神流の専売特許なんだとか。
これは余談だが、山神と海神はとても仲が悪く、時々争いが起きているようだ。
「父さんはメインは海神と言うだけで基礎だけならどの流派でも教えられるぞ。仕事で覚えさせられたからな」
ボクの魔法といちばん相性がよさそうな流派はどれか……。
ボクが近接戦を習おうとした一番の理由は単純に魔法の詠唱の隙をなくすため。
その隙に攻撃されてもいいようにするためだ。
そうなれば、当然一撃必殺のサクラギ流はいったん無しとして、山神流と海神流の二つになる訳だが、魔法の中に強い守りの技術がある訳ではない。使い方によっては防御もできなくはないが、それでも魔術は基本的に攻撃手段の一つだ。
暫くの熟考、どの流派との組み合わせがいいか、メリットとデメリットの二つを比べ答えを出す。
この答えの結果とはこれからの長い長い人生の中で、同じくらい長い付き合いになるんだ。そう簡単には出せそうもない。
とはいえ、どれだけ考えても守りの脆弱性は問題として残っている。
なら、答えはもう決まったようなものだ。
「海神流が良いな、多分ボクに一番合っている」
父さんと同じ攻防一体の剣術流派海神流がボクの習う流派だ。
「そうか、そうかぁ……いいだろう、父さんが本気で教え込んで最強の剣士にしてやるよ」
父さんは少し嬉しそうに、感慨深げに声を上げた。
自分の息子が自分と同じ流派を選んだらそりゃ嬉しいか。
「ボクが目指すのは剣士じゃないんだけどね……」
「それでもオレは構わない」
剣術訓練の日々がその日から始まった




