第9話 鬼畜の前ではケダモノは無力 ~現実世界編~
ちょうど能登家の狭くて暑い玄関では、女子二人がきゃあきゃあと盛り上がっていたところだった。
来客は何度か能登家に遊びに来たことのある江藤飛鳥ちゃんという、中背のあどけない顔つきをした黒髪ツインテール少女で、たちまち俺の胸はときめいた。
彼女は大人びた紫色のワンピースを着ていて……あぁ、もう我慢できない!
欲情した俺は「飛鳥たんラブ!」と叫び、彼女に抱きつこうとした――が、それを穂乃香に阻まれる。
「こぉらぁ! ケダモノか、己は。少しは自制ってもんを覚えなさいよね」
あばら骨への強烈な肘打ち、腹部への華麗なる正拳、スネへの致命的な足蹴り――。
再起、不能。
「ぐふっ……瀕死ぃ」
たまらず俺は床に倒れ、痛みに悶えた。
そんな俺に哀れみのまなざしを向けるのは、誰であろう飛鳥ちゃんだった。
「大丈夫……? わたしのお父様、金色病院の理事長だから。そこで診てもらうー?」
天使か、あなたは。
「ダメダメ、ダメよ、飛鳥。こんな害虫は、これだけ痛めつけても元気いっぱいなんだから」
「そうなのー?」
そんなわけあるか! お前は鬼畜なのか、穂乃香よ。
そう思ったが、口には出さずにしておいた。
じゃないと、第二波の攻撃を受けそうで恐ろしかったからだ。
俺の苦悩とは別にして、穂乃香と飛鳥ちゃんの会話はまだまだ漫才のように続いた。
「そうそう。前なんか、殺虫剤をかけても、数秒後には嬉しそうに白目をむいて泡を噴いてたんだからね」
「えー! 何それぇ、変態なのかな」
「それも失禁しながらよ」
「やだぁ、いやらしい~」
「こいつは隙あらば、変態なことをするのよねぇ。良い子で可憐な妹としては、ほんと困ったわ」
「譲くんも男の子だから、仕方ないとは思うけど、でもねぇ」
「もうちょっとしっかりしてくれれば、アタシも素直になれるんだけど、今のようなゆず兄には心を開けないかな」
「あ、そっか。そういえば、穂乃香ちゃんはお兄さんのこと……そういえば、そうだったよね」
「うん、恥ずかしくもそうなのよ」
……ムクリ。
「なんの話だね、可憐なるおにゃのこたちよ」
「あら、復活したのね、ゆず兄」
「譲くんったら、偉い偉いー」
俺はシャキーンと立ち上がると、一礼。
「この譲、死してもなお健在な模様」
歯を見せてキラーンと笑うと、穂乃香から思い切り嫌な顔をされた。
「歯にニンジン、挟まってるわよ」
「ふふっ、歯磨きしてきたら~?」
「……そうしまふ」
赤っ恥をかいた俺はスゴスゴと退散して、しょんぼりと洗面所で歯を磨くことにした。




