27.文句なしの運命
風が渦を巻く。
空気の渦はイオと私を包み込み、たちまち大きな流れになった。
兵士たちが悲鳴を上げる。
けれど、その悲鳴はすぐに驚嘆の声に変わった。
足もとを絵の具で塗り変えるように、緑が広がる。花が咲いていく。
地面だけじゃない。頭上を覆う樹という樹も、色とりどりの花びらで彩られていく。
重く垂れこめていた雲が霧散して、太陽が顔を出す。
灰色に枯れた死の森は、瞬く間に緑あふれる美しい空間へと変わった。
「これは……竜の力か?」
指揮官が茫然と呟く。
その指揮官が手にした剣の先に、ぽん! と弾けるように大きな花が咲いた。
兵士たちの弓や、兜の上にも次々と花が開く。
「イ、イオ……ちょっとやりすぎじゃない?」
腕の中のイオに声をかける。
彼はぐったりしたままだ。意識もないように見える。もう力をコントロールできてないのかも。
聞こえていないかもしれないと思いながら、耳元に唇を近づけて囁いた。
「ありがとう、イオ。お願いを聞いてくれて」
人生でいちばん身勝手な望みを、彼は叶えてくれた。
最後の力を、人を傷つけるために使わないでほしい。
千の花が咲く森が見たい。
私に希望を教えてくれた、あの日と同じ美しい景色の中で、彼と一緒に最期を迎えたい。
いやまさか、自分がこんな異世界で死ぬとは思ってなかったけど。
生贄として捨てられたとき、一度は死を覚悟したんだ。
イオを助けてあげられなかったのが、本当に悔しい。だけど……あの時に比べたら、このラストシーンは、ものすごく幸せだ。
私たちめがけて、もうすぐたくさんの矢が飛んでくるだろう。
衝撃を受けてもイオと離れずにすむように、めいっぱい強く彼を抱きしめる。
ところが。
――聞こえてきたのは、風を切る弓音でも怒号でもなかった。
人々の口から、次々に漏れる言葉。
「奇跡……」
「奇跡だ……」
その声は最初は小波のように、やがて大きなうねりとなって森に響きわたっていく。
「なんと美しい……!」
「我々は奇跡を目にしている……」
「奇跡だ!」「竜神様のお力だ!!」
何百何千の畏怖の籠った眼差しが、私たちへと注がれる。
いちばん最初に剣を捨てたのは、指揮官だった。意を決した表情で兜を脱ぎ、膝を折る。
「竜神よ。これまでの無礼を、どうかお許し願いたい……!」
彼に倣うように、兵士たちが次々に跪いた。
もう誰も武器を持っていない。放り出された剣や弓が青々とした草に埋もれ、見えなくなる。
太陽の光の下、広がっていく緑の波。
イオが振り絞った力が、森を超えて遠い土地まで潤していく。
彼がくれた奇跡が、戦いを終わらせてくれたのだ。
互いに攻撃することをやめたら、話し合いができる。きっと歩み寄れる。
「なん、だよ……襲って来るんじゃねえのか」
かすれた声でイオが呟いた。
「イオ! よかった、生きてる!!」
思わず叫ぶと、イオが薄く目を開けて私を見る。
彼の頬に生気が戻りつつあるのがわかって、泣きそうになった。
「もう大丈夫だよ、イオ。もう戦わなくていいの。あなたのおかげ、あなたがみんなの気持ちを変えてくれたの」
「へえ……人間てのは、ずいぶん勝手だな。ま、いいや。チカが無事なら」
彼が手を伸ばし、私の額に触れる。
『イオ―! 放リ出スナンテヒドイヨー!!』
『チカ! チカ!』
『ヨカッター、二人トモ生キテルー!!』
大騒ぎしながら、妖精ちゃんたちが戻って来た。
みんな泣いてる。と思ったら、私を見て怪訝な表情になる。
『アレ? チカ、ソノ顔……』
「私の顔がどうかした?」
『見テー?』
そう言って、水を操るチコリちゃんが、すぐそばの地面に水溜りを出現させた。
鏡のように澄んだ表面を覗くと、青空を背景に私の顔が映りこむ。
「え? これって……!?」
私の額に、金色の小さな紋様が浮かび上がっていた。
イオの額にあるのと同じ印だ。
仰向けのイオが、ハハッと声を出して笑った。そして満足そうに目を細める。
「悪いけどソレ、一生消えねえから。お前と俺は番になったんだ」
「番? 何それ」
「人間でいうと、アレだ。その……夫婦ってやつ」
「もしかして、さっき言いかけたのって、このことだったの?」
「そうだ、文句あるか。運命だと思って諦めな」
番って、竜人用語かしら。
なんだかくすぐったいけど、聞けてよかった。すごく嬉しい。
「文句なんて、あるわけないでしょ」
そう答えたら、イオは安心したように微笑んだ。
青い空から、優しい陽射しが降り注ぐ。
緑の森に、イオと私に、大喜びではしゃぐ妖精ちゃんたちに、そしてアスダールの人々の上にも。




