28.最愛の番
戦いが終わり、イオと私、そしてアスダール軍の指揮官は、長い時間をかけて話し合いをした。
騎士団長でもあるという指揮官は、まさかの「かなり偉い人」だった。
「私の名はジャスティン。国王ラスティンの弟です」
「えぇ!?」
自己紹介を受けて思わず声がひっくりかえる私。
聞けば、彼とラスティン国王とは異母兄弟なんだって!
言われてみたら顔立ちも似てる。似てるのは外見だけで、性格は全然ちがうみたいだけど。
「我々人間と竜神の間には、いつのまにか大きな誤解が生まれていたようです。意図的に歪められて伝えられた歴史もあったのでしょう」
ジャスティンは、そう言って片方の拳を握った。
もしかしたら……彼は知っているのかもしれない。イオの出自について。
仮にそうだとして、もう口にはできないだろうけど。
「今こそ歩み寄る時です。竜は人を喰らわず、奇蹟を起こすこともできる。ここにいる皆が証人です。兄には私から掛け合いましょう」
王弟ジャスティンは嘘をつかず、その約束は守られた。
折れた剣の先や鎧兜に花を咲かせて、兵士たちは森を去って行った。そして、二度と攻め入ってくることはなかった。
――ここからは、後日談。
竜との共存をめざすジャスティンに乞われ、イオと私は森を出て、人が住む土地に赴くことになった。
「めんどくせー」
「そういうこと言わないの。私も一緒に行くから、ね?」
「お前、短期間で俺の扱いが上手くなってるよな、チカ……」
渋々だけど、イオは森を出てくれた。
あ、ちなみにイオは頑なに竜の姿のままだった。私以外の人の前では、なるべく人間バージョンの姿を見せたくない、って言って。
はじめ、人々はイオを見て思いきり怯え(当たり前だと思います)、子供なんかは泣き叫ぶのでイオも傷つく(どっちもかわいそう)みたいな光景が各地で繰り広げられたわけだけど。
イオが傷んだ大地を修復して、かつてない実りをアスダールにもたらしていくと、彼に対する評価は一変した。
いま人々は、イオをこう呼ぶ――竜神様、と。
「共に暮らしましょう、竜神様」
「どうかこれからは我らを近くでお守りください……!」
そんな声を背中で聞いて、イオと私は森に戻った。
人間社会が嫌だとか、そういうことじゃない。
イオには、かつてその力を戦争の道具として利用された苦い過去がある。
今度は人間を助ける立場になったとはいえ、必要以上に関わることは避けるべきという彼の判断を、私は尊重したいと思った。
それに――信じることにしたのだ。
『邪竜』という、ありもしない呪いから解き放たれたアスダール王国の人たちは、自らの手で幸せを掴んでいけるだろうと。
だから、その先に起こった数々の出来事に、私たちは手を出すことはしなかった。それらは全て、良くも悪くも予想を遥かに超えていたけれど。
アスダール王国に何が起きたかって?
まず、私と袴田さんを異世界から召喚し、結果的に両方を竜の生贄に差し出した国王ラスティンが、その地位を失うことになった。
もともとラスティンは暴君として恐れられ、嫌われていたみたい(でしょうね、としか言えない。問答無用で生贄にされた私としては)。
自身の敷いた悪政のせいで国が疲弊しているのに、邪竜のせいにして何もしなかったことを追求する声が高まり、国民の不満が爆発。
廃位を求める国民が王宮に押し寄せ、国王の椅子を追われてしまったのだ。
彼の代わりに国王に即位したのは、あの王弟ジャスティン殿下だった。
優しく理性的な王族として、国民の人気が高かったというジャスティン。彼が王座に就くことで、王家に対する人々の負の感情は雪がれ、なんとか混乱がおさまったというわけ。
結果的に新国王になってしまったジャスティン殿下も、ここまでの事態は想定していなかったようだけど――実際、彼は兄の命まで奪うことはせず、幽閉という措置を選んだ――それもこれも、アスダール王国の人々が選択した道ということなんだと思う。
もちろん、イオは革命には、いっさい関わらなかった。
さらに言うまでもないことだけど、何の意味もない「異世界からの聖女召喚」なんて儀式も、綺麗さっぱり廃止されたそうだ。
ちなみに、これらの出来事をイオと私の住む森まで伝えに来てくれるのは、あの赤毛の少年、ロニーだったりする。
ロニーってば、ジャスティン新国王によって「竜神連絡官」っていう役職に任命されたんだって。
はじめのうちは誰もがイオを怖がっていたから、押し付けられた感が無きにしもあらず。
でも、連絡官就任をきっかけにロニーは勉強の機会を得て、それはそれは頑張ったらしい。
今では身長も伸びて、すっかり立派な青年文官になっちゃってるんだから。
ほんと、運命ってわからない。
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「報告は以上です、竜神アイオライト様。何か必要なものはございますか? 次回お伺いする際にお持ちいたしますよ」
竜の姿のイオに尋ねているのは、小奇麗な制服に身を包んだロニー。
彼は今年、二十歳になった。穏やかで丁寧な口調に知性が滲む。文官としての働きぶりも、とても優秀だそうだ。
「特にねえし。とにかく静かに暮らしたいだけだ。そっちこそどうしても助けてほしいときだけ言ってこい、ただし争いごと以外な。俺はもう戦はやらねえよ、殺し合いたきゃ人間どうし勝手にやってくれ」
「承知いたしました。では聖女チカ様、お望みの品などは……」
「聖女様って呼ぶのはやめて!」
ロニーの言葉を遮る私。ほんとに恥ずかしい、この呼び名。
「しかし、アスダールの者は皆そうお呼びしておりますので」
「このやりとり、何回目? 普通に『チカ』って呼んでくれればいいから」
隣でイオが欠伸を我慢しながら言う。
「人間てのは勝手だな。竜神様だの聖女だの、少し前まで邪竜と生贄って呼んでたくせに」
「耳が痛いお言葉ですね」
ロニーは苦笑い。
「しかし竜神様、今の我々は、あなた様に感謝しかありません。そして竜神様とのご縁を繋いで平和をもたらしてくださったのはチカ様です。聖女と呼ばれるのも当然かと」
「ふーん」
いつもながら塩対応のイオ。
「皆、竜神様と聖女様に会いたがっております。祭りなども計画されておりますから、その時だけでも国民の前にお姿を見せてください。お願いいたしますよ」
にこにこと去って行くロニーを見送って、溜め息。
「あの呼び方だけはやめてもらわないと。恥ずかしい……」
長い首を高く上げて、イオは遠くを見ている。
使者の一行が森を出たのを確認すると、彼は人の姿に戻って言った。
「好きにさせとけよ。案外妥当な呼び名かもしれないぜ? チカがいなかったら俺は今でも『邪竜』のままだったろうしな」
「聖女なんて柄じゃないでしょ、私、別に美人でもないし」
「まだ言ってんのか。俺には、お前が世界いち可愛いんだよ、チカ」
イオが、後ろから私を抱きしめる。
全身を包むイオの体温。
私と一緒のとき、彼は大概、人間の姿でいてくれる。
「竜のままだとチカに接吻できないだろ?」って。
出逢ってもう長い時間が過ぎたのに、彼は毎日、私に触れたがる。
そして二人で暮らす森を、いつも美しい花で彩っていてくれる。
そう。
イオと番になった私は、人間とは違う時間軸で生きることになった。
夫であるイオと同じ速さで、同じ時間を生きる。彼の寿命が尽きるまで。
彼が死ぬとき、私も一緒に命を終える。それが竜の番になったものが背負う運命なのだ。
その事実を私に告げたとき、イオはすまなそうな表情をしていた。
「自分の寿命がどのくらい残ってるのか、俺にもわからない。ただ、人間と比べて短くはないはずだ」
彼は本当なら、想いを確かめ合ってから私を伴侶にしたかったという。
だけどアスダール軍との戦いの中で私の命を守るため、何も言わずに番の儀式を行ったのだ。
たしかに、あの時は説明する余裕なんかなかったもんね。
「悪いな、チカの意志も聞かないで番にしちまって。長く生きると人間界ではバケモノ扱いされるんだろ」
「それはいいよ。イオこそ私に飽きないの?」
「俺は誇り高い竜だぞ。人間みたいに簡単に相手を変えたりしねえんだ」
「じゃあ……ずっと一緒にいてね、イオ」
「言われなくても、一生離してやらねえよ」
竜人はとても長生きなのだとイオから聞いたとき、同時に悟ったことがある。
人間の私は、イオを置いていく。彼はまた長い間、ひとりで時を送ることになるかもしれないと。
それを思うと悲しくて、残される彼の未来が心配だった。
番のしるしを得たことで、私はイオと同じ速度で年をとっていくことができるのだ。
結構長く生きることになるのかな。ここから百年とか……に、二百年とか?
たぶん想像より大変だよね。いいことばっかりあるわけじゃないだろうし。
でも、頑張ろうと思う。
イオを再び孤独にさせたくないから。彼のことが、大好きだから。
『イオ、チカノコト大好キダネー』
『イオ、大人ニナッタヨネー』
今日も今日とて妖精ちゃんたちが茶々をいれる。
「相変わらずうるさいな。俺はもともと立派な大人だ、何せ二百九十ニ歳だぞ。……ん? 二百九十一だったか、それとも二百九十三……」
『ドッチ?』
『ワカンナイノ?』
『ドウシテ? 大人ナノニ?』
「細かいことはいいんだよ。とにかく俺は大人だっての!」
いまだ変わらずやりあう妖精ちゃんたちとイオ。なんだかんだ仲良しなんだから。
「陽が沈む前に戻るぞ」
「うん。帰ろう、イオ」
イオが私の顎に手をかけて上を向かせる。
そして私の唇に、彼の唇が降りてくる。
出逢った頃と変わらない笑顔をみせたあと、イオは体を離し、竜へと姿を変えた。
頭を低くしてくれる彼の背に乗る。
キャーキャーと歓声をあげて、妖精ちゃんたちも続いた。
みんなで辿る家路は、しばしの空中散歩。贅沢で幸せな毎日の日課。
こんな穏やかな日々が、ずっと続きますように。
百年でも、二百年でも、イオとなら一緒にいたい。
運命なんてものが本当にあるのか、私にはわからない。
でも――イオに会えただけで、私が巻き込まれた異世界召喚事故には意味があった。今は、心からそう思える。
だって、私にとっても彼は「最愛の番」だから。
「しっかり掴まってろよ、チカ」
イオが大きな翼を広げた。
「うん、離れないよ」
いつものように返事をして、黒い鬣に体を埋める。
イオの翼が風を叩き、晴れた空へと舞い上がった。
私たちの暮らす森は今日も、千の花々の甘い香りに包まれている。
お読みいただき、ありがとうございました。
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またいつか、別の物語でお会いできますように。




