13.死の森ふたたび
そんなわけで無事に回復した私。
イオと妖精ちゃんたちに付き添われ、久々に外に出て――
驚いた。
もう、めちゃくちゃに驚いた。
「ねえ……どうしちゃったの、これ!?」
周囲の景色が、一変していた。
あんなに美しく咲き競っていた花が――イオが咲かせてくれた「千の花」が、すべて枯れている。
木々は白く乾いて枝だけになり、絡み合いながら上空へ向かって骸骨の腕のように突き出していた。
その上の空には、暗雲が低く垂れ込めている。
空気は重く、不気味なほど静かだ。
聞こえるのは、乾いた梢が風に鳴る寂しげな音だけ。
「森が死んでる……」
まるで、最初にここへ来たときみたい。
いや、それよりも酷い光景が、イオのお城を取り囲んでいた。
呆然とする私の横で、イオは初めて気づいたみたいな顔で周囲を見回した。
「ああ、そういえば。こんなことになってたか」
「そういえばって、心当たりがあるの?」
「まあ、うん」
何故か気まずそうにイオが首をすくめる。
「じゃあこれ、イオの仕業!?」
『ソウダヨー』
『イオネー、ズットネー、泣イタリ怒ッタリシテタヨネー』
『チカガ眠ッテテ、サミシカッタンダヨネー』
『ソウシタラ、スゴイ嵐ニナッチャッテネー……』
妖精ちゃんたちの無邪気な告げ口に、イオはますます小さくなった。
「べ、別に呪いとかそういうんじゃねえぞ!? チカがいなくなっちまうかと思ったら、俺……何もかもどうでもよくなってさ」
「え?」
「で、俺しかいないなら、もう何も要らねえなって……」
「そんなこと思っちゃいけません!」
「わかった、悪かったよ! そんな怒るなって!」
どうやら竜人というのは、そのメンタルが周囲の環境にまで影響を及ぼしてしまう生き物らしい。
私が死の淵を彷徨い、イオが自暴自棄になっていた七日間、城の外では酷い嵐が吹き荒れていたというのだ。
そして、美しかった森が、この惨状。
って、なんだかすごく責任を感じるんですけど……。
(この森は、イオの心をそのまま映してるのね)
彼は、ある意味、とても正直だ。
その心は私が思うより脆く、傷つきやすいのかもしれない。
「ねえ、綺麗だったときの森に戻してくれる?」
「チカが喜ぶなら、すぐやる!」
めずらしくイオが素直に頷いた。
「見てろよ!」
地面に両手をつき、目を閉じる。
すると、その手もとに鮮やかな緑が芽吹いた。そして見る間に若草の絨毯が広がっていく。
雲が切れ、太陽が顔を出した。光の下で色とりどりの花が開く。
魔法のように美しい姿を取り戻していく森を見ながら、思った。
(……やっぱり、彼は人間とは違う)
しかも、強大な力を持っているのに、そのことを今ひとつ自覚していなかった節がある。悪気がないのもわかるけど、それってけっこう大変なことだ。
イオが「邪竜」と呼ばれるようになってしまった理由。
それは、彼が長い間ひとりぼっちだったことと無関係ではないはずだ。
人と関わらないから、他者が嫌がることがわからない。
自分に価値を感じていないから、自分の居場所を大切にできない。
ゆえに衝動的な行動をとってしまうことになって、ますます孤独が深くなる――
『俺しかいないなら、もう何も要らねえなって』
イオの口から出た自暴自棄な言葉は、とても悲しく響いた。
だけど。
「見ろよ、チカ! 花! いっぱい咲かせてやったぞ、嬉しいか?」
子供みたいな笑顔でイオが私に問いかける。
本当の彼は、こんなにも優しい。私を喜ばせるために一生懸命になってくれるようなひとなんだ。
ワクワクした表情で言葉を待っているイオに笑顔を返す。
「うん。嬉しい」
こんなふうに誰かに笑いかけるのも、ありのままの気持ちを示すのも、この世界に来てからできるようになったこと。
人といることに疲れて、誰も信じられなくて、人生に絶望しかかっていたのに。
私は、変わった。
本当の私になれた。イオのおかげだ。
イオだって、変われる。
――そう、思ったとき。
イオが急に立ち上がった。
彼の足元から無限に伸びていくように見えた緑の絨毯が、ぴたりと止まった。
それどころか、いちど咲いた花さえもが見る間に萎れていく。
ふたたび広がっていく、白く枯れた景色――。
「……イオ?」
荒れたままの森を背景に、イオが振り向いた。
そして、
「やっぱり、やめた」
呟いた顔は、冷たいほどに無表情だった。




