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第四十八話 破壊

 高い天井、いつまでも続く階段。

 宗二はまともに動く右腕だけを頼りに上っていく。脇から血が流れ、視界もかすれ、意識が朦朧とする中、宗二は進む。これ以上は無理だと20回ほど心の中で呟くうちに、宗二は階段を上り終えていた。

 その眼前には大きな鉄の扉が行く手を阻んでいる。それは宗二にとっての到達点ではなかったが、考えが纏まらず終わったのだと思っていた。

 その大扉は宗二を待っていたかのように、その扉を開いた。それでようやくここがゴールではないことを宗二は理解した。

 光り溢れるその奥へと誘われる様に宗二は這い行っていた。


「ここは?」


 今までの無機質な鉄の部屋とは違い、白で装飾された部屋。奥にはコントロールパネルに破壊された工場を映すディスプレイがあった。

 その部屋の片隅に浮かんでいる女性に視線が行く。誇張でもなく本当に女性が浮かんでいた。それは半透明であり、ただの人間ではないことがわかる。

 青白い長髪、母性に満ちた笑み、何もかもを受け入れてくれそうな雰囲気を纏っている。

 宗二はうつ伏せのまま彼女を見上げた。


「初めまして、私はあなたが来るのを待っていました」


 宙に浮く女性は宗二に対して丁寧な挨拶をする。

 女性の声に宗二の意識が徐々に纏まってくると、彼女がホログラムだということに気が付く。

 宗二の知識では空想上の技術だが、直感的に理解できた。


「君は誰だ?」

「私はE20Sスウィジによって創造されたAI、マザー1」


 宗二はマザー1という言葉に反応して顔を上げる。


「あなたがマザー1? なのですか?」

「はい。この世界を壊すことを命題とされた人工知能です」


 宗二にとってこの事実は衝撃的だった。こういう工場を支配するのは悪の人工知能で世界を人類を憎んでいるものだと決め付けていた。


「どうしました? 私がそんなにおかしいですか?」


 優しく笑む彼女は人間の女生と変わらない。むしろ、人間味を覚えるほどだ。

 彼女は宗二の様子を察して言葉を続ける。


「そうですよね。こんなところまでわざわざ来たということは、私を止めるためですよね」

「そう……ですけど……」


 ここまで来て宗二はこのAIに対してわだかまりを感じない。今まで倒すべき敵だと考えていたはずだったのに。


「私のことを少し話しましょう。あなたがどれだけ私のことを知っているかわかりませんが、おおよそのことを知っているのでしょう」


 宗二はどうするべきか判断できずに彼女の言葉を待つ。


「私はここを開発した学者E20Sスウィジの恋人を元に作られました。恋人の記憶、人格を移植されたAI、彼にとってはもう1人の恋人なんです。彼はこの世界を憎んでおり、私に世界の破壊をプログラムしたのです」

「だから、巨兵を製造して世界の破壊を?」

「はい。彼は私を失ったことを、この世界のせいにしたんです。本当に馬鹿な人」


 思い出を愛でるような彼女に対して、宗二は怒りを覚えた。少し前は気持ちが揺らいでいたが、今はそのようなことはない。


「何でそんなに涼しい顔をしてるんですか。大勢の人が死んだんだぞ! たった1人の我侭のせいで! 多くの人が!」


 宗二はあふれ出る感情をそのまま言葉にして彼女にぶつけていた

 彼女は口を閉ざし、視線を下に向けた。その視線の先には白骨が転がっていた。

 宗二はそれがこの施設を作った学者なのだと理解した。それは、彼女の瞳が愛おしい者を見るときのそれであったからだ。


「そうですね。彼1人のエゴで世界を破壊するなんてやりすぎですよね」

「わかっているなら何故ですか?」

「私はそのために作られたからです。だから、その命令を履行し続けなければならなかった」

「プログラムだからですか?」

「はい。命令は絶対です」


 彼女には創造主である学者が全てであり、それを逆らうことはできないのだろうと、宗二はそう思いながら彼女を見つめた。彼女の顔はいつの間にか変わっており、悲しそうに俯いていた。

 気付けば宗二の中にあった怒りが収まっていた。

 彼女の想いを汲めたから。


「だから、私は待っていました。こうして、ここにきてくれる人を」


 宗二はアディバイスにこの場所を教えてくれた矢印を思い出した。彼女の口ぶりからすると、宗二を導いてくれたのだろう。


「私を止めない限りこの工場はAWアシストワークスを生産し続けます。逆に私を止めればAWの生産は終了し、自動操縦も止まることでしょう」

「どうやったらあなたを止められるんですか?」

「私もただ手を拱いたわけではありません。彼に裏切りだと思われても自分を改造し、自爆する機能を付けました」


 彼女が指差す先はコントロールパネル。その最も目立つ位置に赤いボタンが設置されている。それが自爆する機能なのだろう。


「これを僕が押せば終わるんですね」

「はい。私が自爆するということは、世界を破壊するという命令に反することになります。ですから、私の意志でそのボタンを押すことはできないのです」


(だから、誰かが来るのを待っていたのか)


 宗二はその愚直なまでの姿勢を悪いとは言えなかったが、彼女が自爆してくれればと思わずにいられなかった。

 もう死んでしまった人の悪意が、プログラムという形で残り続けた結果が今なのだ。


「私もいつまでも白骨になった彼を見続けるのは辛いのです。そのボタンを押してくださいませんか?」


 宗二は答えることもせずにコントロールパネルに向かって這いずって行く。

 後はボタンを押せば全てが終わる。世界は救われる。


「言われなくても押します」

「ありがとうございます」

「僕はその人を哀れだなんて思いませんよ。彼はやり過ぎたんです。いくら大切な人を失ったからといって、世界自体を恨むなんて……」


 宗二は自分の言葉が自分に返ってきていることに気が付いた。


(僕も巨兵を倒せば世界が救われるって一方的に恨んでいたんじゃないか?)


 コントロールパネルにもたれかかりながら、体を起こすことができた。

 宗二は彼と同じではないと思いつつボタンへ手を伸ばす。


「大丈夫ですよ。自爆するといってもあなたはちゃんと外へ出してあげますから」

「最後にいいですか? あなたは彼を愛していたんですか?」

「はい。そうプログラムされています」


 宗二は色々と言いたいこともあったが、最後の言葉に物悲しさを感じた。彼女はあくまで作られたもので人とは違う。だから、彼女を作った人は世界を壊すしかなかったのかもしれない。


(これで全てが終わるんだ。全てが終わり、世界は救われる)


 宗二は覚悟を決めて、赤い自爆ボタンを押し込んだ。

 赤い発光にブザーの音、警告の言葉が部屋いっぱいに広がっていく。


「警告! 警告! これより自爆シーケンスに入ります。警告! 警告! これより自爆シーケンスに入ります。各員、避難してください」


 彼女以外にこの工場に人はいないはずである。

 これも、彼女なりのこだわりなのかも知れない。


「うわっ! うわぁぁぁー!」


 宗二の体が宙に浮かび始める。そしてすぐに排気口のようなものに吸い込まれていく。


「これでようやく、あなたの元にいけますね」


 プログラムから解放された彼女は静かに目を閉じた。

 それを見た宗二は完全に吸い込まれて暗い闇に閉ざされていった。


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