73話 甘いひととき
歴史博物館を後にすると、オルガがニャイの異変に気付く。
「う〜……」
「大丈夫か?」
ニャイは疲労感を露わにしながら額の汗を拭った。
「えへへ、ちょっと話し疲れちゃったニ……」
「なら少し休憩しよう。そこの喫茶店が良さそうだ」
オルガは目に入ったカフェを指差すと、ニャイは小さく頷き二人は店内へと入っていく。
「いらっしゃいませ! こちらがメニューです! ご注文が決まりましたらお声掛けください!」
二人を出迎えたのは小柄な女性店員だ。
巻いた角と口元の形状から、羊系の獣人である事が伺える。
店員が下がると、オルガとニャイはテーブルへ置かれたメニューに目を通す。
「うーん、どれも美味しそうで迷っちゃうニ!」
「そうだな……」
オルガは、嬉しそうにメニューを眺めるニャイの顔に見惚れていた。
すると、視線を感じたニャイが顔を上げて慌てだす。
「ウ、ウチの顔に何か付いてるかニ?」
「い、いや。何も付いていない。ただ、かわいい……と思った、だけだ……」
「そ、そんな面と向かって言われたら恥ずかしいニ……」
「す、すまない……」
二人は顔を赤らめながら静かに俯いた。
すると、タイミングを見計らったように店員がオーダーを取りに来る。
「ご注文はお決まりですか?」
「あっ……こ、これをお願いしますニ!」
「じゃ、じゃあオレも同じものを……」
ニャイは咄嗟にメニューを指差し、オルガも釣られて同じメニューを注文した。
すると店員は笑顔でオーダーをメモし始める。
「畏まりました! “カップルフロート”ですね。少々お待ちください!」
店員は手際良くメモを取り終えると、足早にカウンターへと戻っていった。
「「えっ!?」」
ニャイとオルガは目を丸くしながら、ゆっくりとニャイの指先のメニューへと視線を向ける。
「カップル?……」
「フロート?……」
二人が注文したのは、メニュー左上の“カップルのお客様限定”と書かれたデザートだった。
「にゃああああ! カ、カップルなんて! とんでもないものを頼んでしまったニ!」
「オ、オレもよく見ずに同じものを頼んでしまった!……」
「い、今ならまだ間に合うかも知れないニ。別のメニューに……」
「お待たせしました! カップルフロートでーす!」
ニャイが顔を真っ赤にしながら注文をキャンセルしようと立ち上がった瞬間、二人のテーブルへカップルフロートが運ばれてきた。
「「はっ、早い!?」」
カップルフロートとは巨大なパフェだった。
フローズンのような下地の上に大量のクリームが乗せられ、縁に沿って様々なフルーツがふんだんに盛られている。
極めつけは一つのスプーンと二本のストローが刺さっていることだろう。
「こ、これは……凄いのが来たんだニ」
「ど、どうやって食えばいいんだ……」
二人は唖然としながら眼前に鎮座するそれを眺めている。
そうしている間にも中の氷が溶け始め、ゆっくりと上部が沈み始めていた。
「このままだと全部溶けちゃうニ……」
「そうだな、まずは飲まなければ……」
オルガは恐る恐るストローに手を伸ばした。
すると、ニャイも釣られてストローへ手を伸ばす。
二人は同時に口元へとストローを運ぼうとし……
「アイタッ!」
「うおっ!?」
手元に気を取られた二人は互いに額をぶつけ合った。
「ご、ごめんニ。よく見てなかったニ……」
「いや、オレの方こそすまない……」
二人は謝りながら顔を赤らめ、再びストローに手を掛けるとジュースを飲み始める。
チューと音を立てながら一気に飲み干し、ゴゴゴゴと空を告げる音が鳴ると二人は顔を上げる。
「ふぅ。まずは飲み終わったニ……」
「ああ。だが、まだ上が残っているぞ……」
下地のジュースは飲み終えたが、未だ大量のクリームとフルーツが残されている。
「もう、ウチは覚悟を決めたニ!」
「な、何をするつもりなんだ!?」
ニャイは素早くスプーンを手にすると、フルーツを掬い無言でオルガの口へと運んだ。
するとオルガは困惑し、一瞬ニャイへ視線を合わせた。
だが、ニャイの意図を理解すると目を逸らしながら口を開く。
「美味しいかニ?」
「……美味い」
オルガは顔を真っ赤に染めながらフルーツを嚥下すると小さく頷いた。
ニャイは嬉しそうにスプーンを置くと、今度はオルガがクリームを掬いニャイの口元へと運ぶ。
「……美味しい」
「それは良かった」
二人は赤い顔のまま、交互にスプーンを手にすると互いの口元へ残りのフロートを運んでいく。
暫くして“カップルフロート”は無事に平らげられた。
「はぁ。やっと食べ終わったニ……」
「ふぅ。意外と量があったな……」
二人は一息吐きながら背もたれに寄りかかると、無言で天井を見上げた。
幾許か二人の間に静寂が訪れた後、ニャイが徐に上体を起こす。
「えっと……さっきはごめんニ」
「ん? どうしたんだ、急に……」
「その……歴史博物館がウチ一人でずっと喋り続けてて、オルガさんを蔑ろにしてしまったニ……」
「なんだ、そんな事か。オレに歴史の面白さはわからないが、語っている時のニャイの笑顔は好きだ。夢中になれるものを持っているのは良いことだとオレは思う。寧ろオレの方こそすまない、ニャイの話にただ頷く事しかしていなかった……」
「オルガさん、そんなっ……いや、ウチはオルガさんと出会えて良かったニ。えーと……これからもよろしくお願いしますニ!」
「ニャイ……ああ。こちらこそよろしく頼む!」
ニャイはテーブルの上にそっと両手を差し出すと、オルガは優しくそれを握りしめた。
「「ふぁ〜ぁ」」
直後、二人は揃って大欠伸を披露した。
「じっ、実は緊張し過ぎて昨日は一睡も出来なかったニ……」
「実はオレもそうなんだ。ずっと天井を眺めていた……」
「あはは。なんだかウチらは似た者同士だニ!」
「ははっ。そうだな! 俺達は似た者同士だ!」
二人は再び互いの手を強く握ると顔を綻ばせ合った。
※ ※ ※
一方、ドラムとラビはカフェの看板を眺めていた。
「おや、ここは……」
「むむ? この店に何かあるのであるか?」
「いや、その……この店はカップル御用達で有名なんだよ。つまり、ここに入るって事は……」
「我輩達もカップルとして見られてしまうというわけであるか……」
「そういうことだね。アタイは別に構わないけど、ドラム。アンタはそういう目で見られるのは嫌なんだろう?」
「うーむ。我輩もラビであれば嫌ではない。ここでいつまでも立っているより、取り敢えず入るのである!」
ドラムは一瞬戸惑うが、ラビの手を引いて店内へと入っていった。
ラビはドラムの思わぬ行動に目を丸くするも、どこか安心した表情でドラムに続く。
「よし、この席ならば間のテーブルのおかげで二人に見つからないのである!」
「おや、良い席を選んだじゃないかい!」
ドラムとラビは、オルガとニャイのテーブルから1列挟んだ席に着いた。
店内は多くのカップルで賑わい、ドラム達の視線を上手く搔き消している。
「いらっしゃいませ! こちらがメニューです! ご注文が決まりましたらお声掛けください!」
ラビとドラムは、羊系の獣人店員がテーブルに置いたメニューを覗き込むと表情が硬直する。
「な、なるほどね。こりゃあカップル御用達になるわけだよ……」
「うーむ……しかし、このメニューはあんまりなのである……」
大多数のメニューは“カップルのお客様限定”で占められ、右下へ申し訳程度に“ざんねんなお一人様の為のメニュー”の欄があった。
「え、えーと、じゃあアタイは“ざんねんなお一人様ケーキ”にしようかね……」
「待つのである!! ラビよ、我輩達はカップルとしてこの店へ入店したのである! ここは堂々と“カップルのお客様限定”メニューを注文するべきなのである!!」
「そ、そうかい? アンタがそう言うなら任せるよ。好きなものを頼めばいいさ」
「うむ。では“大きめカップルケーキ”にするのである!」
「ご注文はお決まりですか?」
やはりタイミングを見計らったように店員がオーダーを取りに来た。
「これを頼むのである!」
「畏まりました! 大きめカップルケーキですね。少々お待ちください!」
ドラムはメニューを指差すと、店員は手際よくメモを取り、足早にカウンターへと戻っていった。
すると、ラビが微笑みながらドラムの眼前で手招きをし始める。
「ほらほら、二人を見てみなよ!」
「むむ? ……なんと! 一つのパフェを二人でつついているのである!」
ラビが指差したのは、オルガとニャイが互いの口へとスプーンを運んでいる光景だった。
ドラムは、顔を赤らめながらフルーツを頬張るオルガの様子に驚愕している。
「ふふっ。初めての共同作業ってヤツだねえ!」
「オルガの奴、なかなかやりおるのである……」
二人がニャイ達を眺めていると、店員が注文の品を持って現れた。
「お待たせしました! 大きめカップルケーキでーす!」
「「えっ!?」」
店員が皿をテーブルに置くと、ラビとドラムの動きが止まる。
「いやいや、確かに大きめとは書いてあるけどさ……」
「流石にこれは大き過ぎなのである……」
まるで小型のウエディングケーキの如く、3段に積まれたホールケーキが運ばれてきた。
最下段は肩幅ほどもあり圧迫感が凄まじい。
更に、例によってフォークは一つしか付けられていない。
「こ、こんなに食べたら太っちゃうじゃないかい……」
「そもそも、これはどうやって食べるのである?……」
唖然と驚愕の表情を浮かべる二人だったが、暫しの沈黙の後にラビの手が動いた。
徐にフォークを持つと、ケーキの上段に突き刺す。
「どうもこうもないさ! 一つのフォークで食べろってことだろう? 気持ちを切り替えてさっさと食べないと、あの子達が出て行っちまうじゃないか! ほら、あーんしなよ、あーん!」
「う、うーむ。仕方ないのである……あーん」
ドラムは指で頬を掻くと、渋々口を開けた。
すると、ラビがドラムの口へケーキを入れる。
「味はどうだい?」
「うむ、美味い!」
「そりゃあ良かったね。どれ、アタイも一口頂こうかね……んん! ちょっと甘過ぎるけど美味しいねえ! ほらドラム、アンタもどんどん食べなよ! はい、あーん!」
「わ、我輩は一人で食べられるのである……」
「遠慮するんじゃないよ! ここではアタイらは“カップル”だろう? こんな機会もう無いんだから、しっかりと味わいなよ! ほら、あーん!」
「むう、上手くラビに言い包められているように思うが……あーん」
ラビは偶に自らの口へケーキを運ぶも、殆どはドラムの口の中へと次々にケーキを運んでいく。
暫くすると3段のケーキは綺麗に二人の腹に収まった。
「はあー! 美味しかったよ。たまにはこういうのも良いね!」
「うう、食べ過ぎて苦しいのである……」
ラビがニャイ達へと視線を向けると、二人は立ち上がりオルガが会計を済ませようとしている。
「おや、あの子達もう出ていくみたいだよ! ほら、ボサっとしないでアタイ達も追うよ!」
「まっ、待つのである! 我輩、まだ……動けないのである……」
ラビは満足気な表情で立ち上がり、ドラムは苦悶の表情を浮かべながら会計を終えると、二人もニャイ達を追って店を後にした。
※ ※ ※
オルガ達を屋根伝いに尾けながら、不気味に嗤う魔物が一体。
「グフフフ……」
怪しげな小瓶を手にして上空から二人を監視している。
「さよならの時間だじぇ……」
魔物はオルガ達へ黒い液体を垂らそうと小瓶を傾ける……
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