74話 黒い液体
※異世界では、人間と獣人を総じた際に“人”と呼称しており、オークなども獣人として分類される場合があります。
オルガとニャイはカフェを出ると、池の畔を散策していた。
「ふぅ。美味しかったニ! あんな大きなフロートなんて初めて食べたんだニ!」
「そうだな。オレはフロートというヤツを初めて食べたが美味かった。また今度食べに行こうな!」
ニャイは大きく頷くと、二人は手を繋ぎながら再び歩き出す。
池の周囲には店舗が点在し、その光景は風情が漂う。
そんな二人を遠目からドラムとラビが追い続けている。
「うーむ。二人の様子は映えるのである!」
「ほんと、あつあつのカップルって感じだねえ!」
跡を尾ける二人は、オルガ達の様子を目を細めながら眺めていた。
だが、ドラムは屋根伝いに飛び移る不審な影を目にする。
「むむっ!? 忙しない奴が居るのである……」
「どうしたんだい? 小難しい顔をしてさ」
「ラビよ、あれを見るのである……」
「あれって何さ? ……んん!?」
ラビはドラムに怪訝な表情を向けると、ドラムは不審な者が立つ屋根に指を差す。
そしてオルガ達の頭上で止まると、二人へ向け何かを落とそうとし始めた。
「……凄く嫌な予感がするのである!」
「まずいよ! アイツ、ニャイ達に何かしようとしてるよ! と、止めないと! でも、ここからじゃどうする事も……」
「我輩に任せるのである!」
ドラムはラビの前に手を出し静止すると、目を閉じ思念通話を放つ。
《オルガよ! 上から何か降ってくるのである!!》
《何っ!?》
思念通話に気付いたオルガは直ぐに上を見上げると、不審な影に気付き咄嗟にニャイを守るように蹲った。
「ニャイ!」
「ニャニャッ!?」
直後、頭上から黒い液体が降り注ぎ、オルガの背を濡らす。
するとオルガの体から煙が立ち上り、皮膚は爛れ真っ赤に腫れ上がった。
「がああああああっ!!」
「オルガさん!?」
オルガは断末魔の如く悲鳴を上げると、言葉を絞り出すようにニャイに告げる。
「ニャイっ……逃げ……ろ!!」
オルガはニャイを突き飛ばすと、その場に倒れてしまう。
屋根に立つ者は、焦るように姿を消した。
「「オルガ!!」」
ドラムとラビがオルガの急変に駆け寄る。
ニャイはオルガの背に付いた液体を払おうと慌てて手を出そうとするが、突如何者かによってニャイの腕が掴まれた。
「待て! その液体に触るでない!」
「ま、魔王様!?」
ニャイの手を掴むのは、この国の魔王シェリー・スカイラインだった。
シェリーは空を見上げるが、不審者の姿は既にない。
「くっ、逃したか……」
シェリーは忌々しく歯噛みするとニャイへ視線を向ける。
「此奴は儀式で転生者の能力を共有しておる。そんな規格外の身体を持つ者が悲鳴を上げているのだ。並の者がその液体に触れれば……死ぬぞ!」
「死っ!? そ、そんな…………」
ニャイは顔を青くするも、オルガを見守る事しか出来ない。
するとシェリーはオルガの腹部を強力な脚力で上空へと蹴り上げると、翼を羽ばたかせた突風でオルガを池に飛ばす。
「ま、魔王様! 何をするんですニ!!」
「良いから黙って見ておれ!」
オルガは水飛沫を上げながら池に落ち、暫くすると水面にオルガの姿と生物の死骸が浮き上がる。
「これは厄介だのぅ。やはり奴が浴びたのは毒じゃ。それも致死性の高い強力なものじゃな。妾も迂闊には近付けぬ……おい!」
シェリーは背後に控える兵士へ目配せすると、兵士は王城へと戻っていった。
そしてシェリーはドラム達の姿に気付く。
「なんだ、お主も居ったのか。トールはどうした?」
「うむ。トール様は……今この世界には居ないのである」
「そうか……まあよい。お主らも後で事情を聞かせて貰うからのぅ」
暫くすると兵士が戻り、湖面に魔法を唱え、何かを放り込んだ。
「もう少しじゃ……オルガよ、もう少し耐えるのじゃ!」
「魔王様! オルガさんは……どうなるんですニ!?」
「うむ。毒の解析をさせ、池に中和する薬を入れたところじゃ。奴の体表に付いた毒は消せるが、体内へ染み込んだ毒はまだ判らぬ。後は奴の体力次第じゃ……」
「そんな……オルガさん! なんで、こんな……うぅっ」
ドラムとラビが固唾を飲んで見守る中、ニャイは膝を抱え泣き出してしまう。
そうしている間にも、オルガは兵士達によって救助され、城内の医務室へと運ばれていった。
シェリーはその様子を見届けると、ドラム達へ口を開く。
「お前達も城へ来い! 詳しく聞かせて貰うぞ!!」
三人は頷くと、シェリーに連れられ王城へと入っていった。
※ ※ ※
「シェリー様!」
「……うむ、そうか」
城内を進んでいると、シェリーの元へ兵士が耳打ちをする。
「オルガの応急処置は済ませた。幸い命は助かったようだが、未だ意識は無い。……さて話を聞かせてもらおうかのぅ」
四人は席に着くと、シェリーは事の顛末を問う。
だがニャイは茫然自失であり、ラビは緊張のあまり硬直し、話す事が出来るのはドラム一人だ。
「我輩が説明するのである……」
ドラムはシェリーに経緯を話す。
ニャイとオルガのデートをラビと尾けていたこと。
不審者を目撃し、オルガへ思念通話を飛ばしたこと。
そしてオルガがニャイを庇い、液体を浴びたことを。
「事情は理解したのじゃ。しかし屋根伝いに飛び移る不審者とは並の人ではないのぅ。暗殺者に狙われたのは間違いないのじゃ」
シェリーは頬杖をしながら思案を巡らす。
すると、ラビが恐る恐るシェリーの顔色を伺った。
「ま、魔王様……」
「なんじゃ? 兎の娘よ」
「はっ、はい! 実はアタイ、不審者の顔を見たんです……」
「ほう! どれ、話してみぃ……」
シェリーの鋭い視線を浴びたラビは、跳ねるように姿勢を正すと申し訳なさそうに語り始める。
「ええ……アタイの見間違いかもしれないんですがね、あれは“人”ではなかったんですよ……獣人と言うには悍ましい姿で、魔物という方がしっくり来たんです」
「つまりお主は魔物による犯行じゃと言いたいのか?」
「はい、いや、その……見間違いかもしれないので、何というか……」
「何じゃ、しっかりせい!!」
ラビはシェリーに叱咤されると、借りてきた猫のように大人しくなってしまった。
すると見兼ねたドラムが口を挟む。
「我輩も奴が獣人とは思えぬ! 魔物と言われる方が辻褄が合うのである」
「そうか。お主も魔物を疑っておるのか。だが、魔物が絡むとなると、ちと厄介じゃのぅ……」
シェリーは暫し頬杖を突くと徐に立ち上がる。
「ドラムよ。お主ならば魔王の側近として話しても良いじゃろう。魔物とはどの様な存在なのかを……」
そしてドラムへ魔物についての説明を行う。
魔物とは基本的に人とは相容れぬ存在であり、知能が低い故に自らの欲に忠実に動き、多種族との協調を拒む傾向にある。
その生息域は魔王によって管理され、魔物が人の居住区へ出没する事はあまり無い。
だが、稀に高い知能を持った個体が発生し、人との関わりを持つようになる。
更にそういった魔物は知能のみならず戦闘力も高く、人に危害を加える事が多い。
並の兵士では太刀打ち出来ない為、討伐隊が編成される……という事を。
「……これが大まかな魔物の生態と扱いじゃ。今回の犯行は、恐らく高い知能を持った変異個体じゃろう」
「うーむ。だとすれば、なかなかに厄介な相手なのである……」
「トールと儀式を交えたオルガやドラムならば魔物に遅れをとることは無いじゃろう。……だが、お主が目を付けられれば無事では済まぬぞ。犯人の目処が立たぬ以上、暫くの間お主はこの城で匿うこととするのじゃ」
「……はい。よろしくお願いしますニ」
ニャイは、か細い声で頷いた。
ラビは、そんなニャイの背を摩りそっと抱きしめる。
「ラビさん……ウチ、これからどうすれば良いんだニ?……」
「大丈夫。魔王様が付いてるんだ。オルガもアンタを守ってくれるさ。もう何も心配する事はないんだよ!」
ニャイはラビの胸に顔を埋めると、感情を押さえ込むように静かに涙を流し続けた……
暫くすると兵士が入室し、シェリーに耳打ちする。
「シェリー様!……」
「……うむ、わかった。おい、オルガが目を覚ましたぞ!」
シェリーの言葉に三人の背筋が伸びる。
「オルガさんの容態はどうなんですかニ!?」
「直ぐに病室へ行くのである!!」
「気持ちは解るが、そう焦るでない。準備が整い次第、面会に向かうのじゃ!」
シェリーが三人を宥めると、暫くして四人は医務室へと向かうのだった。
※ ※ ※
とある会議室。
堅牢な室内に石造りの立派なテーブルが設えられている。
「サキ様っ! も、申し訳ないですじぇ! 例の獣人を殺せませんでしたじぇ……」
「……そうですか。仕留め損ねましたか」
サキはグリルの報告を聞き終えると、徐に懐から瓶を取り出した。
そしてテーブルに置くと瓶の上で拳を握る。
すると、指の隙間から黒い液体が滲み出し、まるで水飴の如く粘質の液体が、ねっとりと、そしてゆっくりと、瓶へと滴り落ちていく……
「お、お、お許しを……」
グリルが怯えるのを余所に、瓶の半分程まで液体が注がれると、サキは瓶から拳を離しカッと目を見開き眼力を放つ。
すると液体が泡立ち、辺りに強烈な刺激臭を漂わせ始める。
やがて液体は瓶を溶かすとテーブルに広がった。
サキは静かに目を閉じると、グリルへ命令を下す。
「テーブルを片付けておきなさい」
「じぇっ!? し、しかし……」
「毒性は薄めてあります。死ぬ事は無いでしょう」
「わ、わかりましたじぇ……」
グリルは恐る恐るテーブルに広がる液体を拭き取ると、手から煙が上がり始める。
「ぎっ! ぎゃぁぁぁぁ!!」
「我慢なさい。失敗の代償は自らの身体で支払うのです」
グリルは咄嗟に飛び退くが、サキに鋭く睨まれると、顔を蒼褪め手を爛れさせながら再びテーブルの掃除を進めた。
「グリル、次はありませんよ。いいですね?」
「はい……わかり……ましたじぇ……」
「では、ワタクシは少し出てきます」
グリルが顔を歪ませながら頷くと、サキは部屋を後にする。
「うぐっ……ぐぁぁぁぁ……」
部屋には異臭が広がり、グリルの掠れた叫び声が木霊していた。
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