四十話 ウソではない
一応は納得してくれたのか、大島先生は何か不穏なものを感じながらもそこは追及しなかった。ただ、教師としても立場上完全にスルーするわけにもいかないのか、こんなことを言って来る。
「ならいいんだが……ケンカはよくないぞ、ケンカは」
「はぁい」
大人しく返事をする僕とゼクスとは違い、村上さん達はゼクスと先生の間を視線を往復させるだけだ。どっちに何を言うべきなのか、判断がつかないのだろう。
「ちなみに、ケンカの原因はなんなんだ?」
え、結局訊くの?
見れば先生は村上さんの後ろにいる少女の一人、坂田さんに視線を送っていた。さっきから泣きそうな顔で口をパクパクさせているので、放っておいていいのか決めかねたようだ。
ったく、こんな時も面倒しか起こさないんだから。せっかく丸く収まりそうだったのに。
どう言い訳しようと思案し始めた直後。ゼクスが、とんでもない爆弾を放り込んだ。
「いえその……実は流くんが、二股をかけているという噂を耳にしまして」
「ふわぁっ!?」
な、なぜに僕のこと!? 僕なんかした!? ああっ、なんか周囲の目があからさまに冷たくっ!?
慌てる僕をよそに、ゼクスは悲しげな表情で僕の袖を掴む。
「私はこんなに流くんのことが好きなのに……流くんったら、村上さんに告白されたからってほいほいOKしちゃったとか。それでちょっと、話をしてたんです」
「それは……」
先生まで僕を見る温度が絶対零度となっていた。なんで僕がこんな目に……!?
が、そこまで話したところで、ゼクスの表情が嬉しそうなものに一変する。
「でも、もう解決しましたから大丈夫です!! 色々誤解だったみたいで……村上さんは、全然全く流くんのこと好きじゃないのよね?」
「え、あ、うん」
いきなり訊かれ、村上さんは反射的にそう答えていた。この場面で嘘を吐く理由も心の余裕もないので、間違いなく本心だ。そもそも村上さんと僕が付き合う云々の話は、村上さんがゼクスへの嫌がらせになるんじゃないかと思って始めたことである。僕にバレた時点で、嘘っぱちの交際なんて続ける意味はないのだ。
村上さんが肯定の返事をしたことにより、空気が幾分マシなものなる。あとみんなの僕を見る目も。
「という訳なので、先生のお手を煩わせるようなことは何もないです。安心してください」
完璧に優等生の仮面を被ったゼクスの言い分を、先生は疑う様子もなく鵜呑みにしてうんうん頷いた。
「そうか、ならいいんだが。空閑、まだ中学生だし色々思うところもあるかもしれないが、くれぐれも人の道を外すようなことはするんじゃないぞ」
「はぁ……」
どう返事していいかわからず微妙な反応になってしまう。だって、僕が二股かけたとか事実無根もいいところだし、それ以前に村上さんと付き合ったことはあってもゼクスと付き合ったことはない。
僕の生返事に先生が何か言いたそうな顔をした気がしたが、腕時計を見てその考えを改めたようだ。用事でも思い出したのだろう。
「それじゃみんな、寄り道せず真っ直ぐ帰るように」
大島先生はそれだけ言うと、スタスタとその場を後にした。
そして残った僕達と野次馬。野次馬の方は本当の事情を知っているからか、みんな気まずそうな顔でこそこそと離れて行く。
「邪魔者はいなくなったわけだけど。まだ話続ける?」
わざとらしい笑顔で問うゼクスに圧倒されたのか、村上さんは力なく首を横に振る。後ろの二人に関してはその気力もないのか、項垂れたままだ。
「それじゃあみなさん、お元気で」
ニコニコと完全無欠の笑顔で言い放ったゼクスは、掴んだままだった僕の袖を引いてその場を去ったのだった。
「ゼクスって、もういっそのこと子役とかやればいいんじゃないのかな? アカデミー賞も夢じゃないよ?」
学校であった逆転劇のことを思い返していた僕は、呆れ半分本気半分にそんなことを言っていた。
さっきの余裕っぷりといい山で会った時の肝の座った男の子のフリといい、放っておくにはもったいない才能じゃないだろうか。
だがゼクスは、肩を竦めて否定した。
「今更子役は遅いわよ。それにドラマとか興味ないし。あ、でも声優ならちょっとやりたいかも」
真面目にやったら売れるかな……? と真剣に検討を始めたゼクスを見て、本当に全部丸く収まったんだなぁと実感した。そうでなければ、ゼクスがこんなにも暢気なことを考えていられなかっただろうから。
「ていうか、何であんなに嘘が上手いのさ? メチャクチャ堂々としてるし」
「何言ってるの流くん」
回転を止めてこちらを向いたまま歩くゼクスは、とても不本意と言いたげに頬を膨らませていた。
「私、一度も嘘なんて吐いてないわよ?」
「いやいやいや。自分のことを男子だって言ったり、まるで僕と付き合ってるみたいに言ったりしたでしょ」
「よーく思い出してみなさい? 私はあなたに向かって自分が男子小学生だって言ってないし、付き合ってるって言葉を使ったこともないわよ?」
「え……?」
言われた通り、よーく思い出してみる。




