三十八話 流星
「なんかさ、ずーっとこういうの憧れてたのよ。実を言うと、流くんが転校して来た時に話しかけに行ったのは、私のことを知らない転校生だったら友達になってくれるんじゃないかなって、期待したから。ごめんね、自分勝手で」
「最初は若干引いたけど、今はそんなこと全然思ってないよ。どっちかって言うと、本来の性格逆じゃない?」
普通、いじめっ子相手に気遣いなんて出来ない。少なくとも、僕には無理だ。だからゼクスは、自分勝手とは対極な位置にいると思う。
「流くんって、妙なところで正直よねー」
くすくす笑うゼクスは、やっぱり楽しそうだ。後ろ向きでもキッチリと電柱を避けながら、またくるりと回る。
「ありがとね、流くん。お蔭で、一つ夢が叶ったわ」
「夢?」
「そ。異世界に行くって夢。流くんが私のいた世界を壊してくれた。だから私にとって、ここはもうあそことは別の世界なのよ。つまり、この場所は異世界ってわけ」
こじつけのような気もするけど、ゼクスの顔を見る限りそれは本心なのだろう。
でもこの話を聞いて、僕も思うことがあった。
「なら、僕も異世界に来れたよ。ゼクスと出逢う前と出逢った後とじゃ、世界が全然違って見えるからね」
大半はゼクスに振り回されるだけだったけど、思い返してみれば楽しかったことは間違いない。だからここは、前よりもっといい世界だ。
「そっか。流くんって、いい人よね」
「いい人は、初めにゼクスから話を聞いた時に解決しようとしていたよ。それが出来なかった僕は、いい人じゃない」
「でも、なんやかんや言って結局助けてくれたじゃない」
「それは……結果だけ見ればそうだけどさ」
「確かに過程は大事だと思うけど。結果としては大成功なんだから、そんなの見なかったことにすればいいのよ! 都合が悪いことは無視!!」
「乱暴だなぁ」
でもま、ゼクスがそう言うんなら、いっか。
笑いながら話すうちに、いつの間にかゼクスの家の前に着いていた。そこに来て僕は、一つ訊かなければいけないことがあることを思い出す。
「あのさ、ゼクス。もし明日学校に行って、村上さん達が何があったか悟ってキレたら、どうしよう?」
あり得ないことではなかった。一応言質も取って録音したし、何なら僕が証人になればいじめは簡単に証明出来るだろう。だが自棄になった村上さん達の誰かが、ゼクスに手を出す恐れがないわけじゃない。僕は、それが怖かった。
僕の質問に、ゼクスはなんてことないって顔できっぱりと答えた。
「大丈夫よ。何があっても、流くんが助けてくれるでしょ?」
「ぼ、僕!? 僕にそんな力は――」
「力なんてあろうがなかろうが、どうだっていいのよ。流くんが私の味方でいてくれるなら、私はもう諦めない。どうでもいいやって投げ出さない。ちゃんと、真正面から世界に立ち向かうことが出来る。だから、大丈夫なの」
「ゼクス……」
ゼクスの顔を見れば、それが本気なことくらい容易にわかる。なんだか過大評価をされていてむず痒い。でも、ゼクスが僕のことを頼ってくれているのなら。それは怖いのと同時に、とても嬉しかった。頼ってくれるくらい、僕を信じてくれたってことだから。
「ありがと、ゼクス」
「? なんで流くんがお礼を言うの?」
「なんか、そんな気分だったから」
人から信頼されるって、すごく嬉しいことだって教えてもらったから。
「ふーん? まあいいけど」
ゼクスは不思議そうな顔をしていたが、追及をしてくることはなかった。訊くだけ野暮だとでも思ってくれたのだろうか。
さて、もう本気で帰らないといけない。ゼクスを送る途中僕の家の前を通ったけど、家の灯りは点いていなかった。まだ誰も帰って来ていないのなら、今のうちに帰っておきたい。根掘り葉掘り訊かれても困る。かなりグレーゾーン、いやブラックゾーンなことをやって来たのだから。
「それじゃゼクス、また――」
「あ、流れ星」
「え、どこどこ!?」
ゼクスの指さす方を慌てて見るが、そこには満天とは言えないまでも意外と綺麗な星空が広がっていた。だが流れ星らしき光は、欠片も見当たらない。
「お願いごとし損ねちゃった……」
「残念ね」
そう言うゼクスは、全く残念そうじゃない。ってことは、お願い事言えたんだろうか?
「ゼクスは何か願ったの?」
「いいえ。何も」
「なんで? もったいない。流れ星なんて滅多にお目にかかれないよ? 僕、一回も見たことないもん」
流星、なんて名前をしてるくせに、本物の流れ星を見た事はないのだ。
なぜかと問われたゼクスはとびっきりの笑顔を浮かべ、僕の手を取った。
「だって空なんて探さなくても、私の流れ星はここにいるもの」
「……」
その笑顔は、僕の視線を縫い止めるには十分過ぎた。
「それに、三回言わなくても叶えてくれるのよ? 流れてる間に三回言わないと叶えてくれないけちんぼより、よっぽどいいと思わない? ね、私だけの流れ星さん?」
その言葉が終わるかどうかの瞬間に。頬に温かくて、柔らかい感触があった。
心の底から楽しそうに笑うゼクスはまた明日ね、とだけ言うと、後ろを向いて走って家に入ってしまった。最後に見たゼクスの顔が、街灯の少ないここからでもはっきりわかるくらい赤く染まっていて。
……えっと、今のどういう意味?
その場に残された僕は、しばらくの間ゼクスの行動の意味を考えて立ち尽くしたのだった。




