三十七話 説得力はある気がするけど
僕の答えに、ゼクスはとても満足そうに頷いた。
「さっすが流くん。超見直したわよ」
「どうもありがとう」
知ってる。ゼクスの中で、ほんのちょっとでも僕の好感度が上がったことくらい。だって帰って来てから、僕のことを『流くん』って呼んでいるのだから。
「あ、私そろそろ帰らないと激マズな感じです。八時近いんで」
「もうそんな時間? 流くんのご両親も、九時には帰って来るのよね?」
「うん」
今日、二人は結婚記念日ということで外食に出かけている。本来なら僕も行く予定だったのだが、
『明日は登校日で朝早いから、外食に行くと寝る時間減っちゃうでしょ? だからたまには、夫婦水入らずで行って来なよ』
てな感じで説得した結果、僕は家に残ることに成功した。この日なら僕の家が会議の場として使えるので、都合がよかったのだ。
ゼクスの家は村上さんちから見えてしまうので、電気が点けられなかった。中野さんちは普通に両親共いるので却下。てなわけでうちに二人が来たのだが、両親が帰って来る前にはそれぞれ家に帰さなくてはならない。女子をこんな時間に、それも二人も家に上げていたとなれば、絶対に面倒なことになる。それは避けたい。
そんなわけで、一度三人で家を出た。
「そうだ、中野さんこれ、約束のブツ」
そう言ってゼクスが持っていた鞄から取り出しのは、なんて言うかその、男同士でいちゃつくような系統のゲームだった。男子としては、目に入るだけでMPがガンガン削られてく気がする闇のアイテムである。
ゼクスに渡されたそのゲームを見た瞬間、それまでのだるそうな雰囲気はどこへやら。キラキラと瞳を輝かせてゲームを受け取ると、掲げるようにして両手に持ち、くるくるとその場で回り出した。
「やった、やっと手に入りましたよ初回限定生産のドラマCD付きスペシャル特装版!! マジでこれ貰っちゃっていいんですよねりー先輩!?」
そんなに喜んでいるうえに胸に抱えるように抱き締めていたんじゃ、例えダメでも今更あげないとは言えないと思う。
ゼクスも似たようなことを思ったのか、苦笑を浮かべていた。
「ええ、大丈夫よ。中野さんに手伝ってもらうに当たっての、正当な報酬だもの。やっぱなしとかしないから、安心して」
どうしてゼクスと馴染みの薄い中野さんがこの計画を手伝ってくれたかと言えば、ひとえに報酬として用意されたこのゲームソフトのためである。よく知らないが相当のレア物らしく、ネットオークションに出せば定価の数倍はするものなのだとか。
ゼクスがトラックの前に飛びこもうとしたあの日。思いつきの計画をゼクスに話したのだが、大き過ぎる問題があった。
それは、僕達には味方がいないことだ。
計画には、最低三人必要だった。が、僕にもゼクスにも、そんな当てはない。学年全員が一致団結して、転校生でよそ者の僕は事実を隠されたのだ。三年生は全員敵と見てよかった。
だとすると二年生以下の知り合いに限られるが、ゼクスの場合先輩後輩関係なく煙たがられていたらしい。これについてはゼクスが行っていた奇行が原因だ。まあこの奇行はいじめによるストレスの発散といった側面もあったようなので、一概にゼクスを責めることは出来ない。
なのでゼクス繋がりでの協力は絶望的。なら頼みの綱は僕の交友関係になるのだが、これだって相当浅い。というか僕に友達らしい友達なんて、長崎しかいない。その長崎は村上さんが本気で何をするかわからない狂人だと怯えていたので、協力なんてしてくれるはずもなく。しかも聞くところによると長崎と村上さんは幼稚園の頃からの幼馴染らしいので、村上さんの性格をよく知っていたのである。
となると他の知り合いが、マジで中野さんしかいなかったってわけだ。
さて、白羽の矢を立てられた中野さん本人は当初、僕達への協力を拒んでいた。
『私にメリットないんで。ってか塾あって忙しいんで、他当たってください』
と、すげなく断られたのだが、ここではいそうですかと引き下がれるなら最初から頼んでない。
ゼクスに相談した結果、ゼクス本人が中野さんと交渉することになった。連絡先については、文芸部で交換したので僕が知っていた。
そして中野さんと交渉の際にゼクスの家に招待したところ、
『なんですかこの激レアゲーム!? こんなんどっから手に入れたんです!? ってかサイン入りじゃないですか!! うっわ初めて見た!!』
超絶ハイテンションであのゲームソフトを見詰めていたため、ゼクスがなんの気なしに手伝ってくれたら報酬としてあげると言ったところ、二つ返事で快諾された次第である。
「あ、私ここでいいんで。これ以上近くなると、親に見つかってうざいことになるかもですから」
中野さんが立ち止まったのは、アパートが点々と並ぶ区画の少し手前だ。そのどこかのアパートが、中野さんちなのだろう。
「わかった。じゃあ、今日はありがとう」
「本当にありがとうね、中野さん。感謝してるわ」
「いえいえ。ま、報酬貰ったんで。報酬分くらいは働きますよそりゃあ。それじゃ」
とことんビジネスライクに言い切った中野さんは、ひらひらと適当に手を振って手近な角を曲がって姿を消した。
「さて、それじゃ私達も帰りましょうか」
「そうだね」
僕の家に近いゼクスの家ではなく先に中野さんの家に行ったのは、なんだかゼクスが二人きりで話したそうにしていたからなのだけど……疑問を挟まなかったってことは、合ってたのかな?
そんな僕の心中を見透かすように、ゼクスが切り出した。
「流くんにしては、気が利いてたわね。二人で話したかったの、察してくれるとか」
「なんか棘があるなぁ……」
僕、ゼクスからどう思われてるんだろう。……どう思われても仕方ないっちゃ仕方ないんだけどさ。
瞬く星を見上げながら、ゼクスはとても楽しそうにくるりと回る。
「ま、いいじゃないの。私、すっごく楽しかったわ、今日。いや、今日だけじゃないわね。流くんが村上さん達に仕返ししようって提案してくれた時から、とても楽しかった」
「そりゃよかった」
「この世界も捨てたんもんじゃないなーって思ったわ」
本当によかった。これならもう、この世界が嫌だと死にたがることはないだろう。
器用に後ろ向きに歩くゼクスの顔は、とても穏やかだった。
「こうやって全部終わってみると、あの時の私どうかしてたわ。自分で思っていたより、追い詰められてたのかしらね?」
「かもしれないね。でなけりゃいくらなんでもトラックの前に飛び出したりしないでしょ」
「いやわからないわよ? だって私だし」
「……」
なんだろう、なんか謎の説得力が……




