三十六話 二次元ぽい
「ただいまー」
「帰って来れたんですねー」
僕が帰宅するや否や、出迎えた人間が二人いた。
一人は、後輩の中野さん。後ろの方でだるそうに大欠伸をしていた。
そして、もう一人は。
「おかえりなさい、流くん」
にんまりと楽しげな笑みを浮かべる、ベリーショートまでザックリと髪を切ったゼクスだ。
「その様子だと、二人共上手く行ったみたいだね」
洗面所を経由しうがいをしてから自室へ戻ると、すでに待機していた二人に声をかける。
「もっちろん!! 完璧よ完璧!!」
「まー一応。少なくとも合格ラインは突破したと思いますよ」
ゼクスはとても楽しそうに。中野さんはかったるそうに。それぞれ作戦が成功したことを告げて来た。
ホッと一息吐いて、テーブルに着く。絨毯に置かれたミニテーブルを囲むように座っているのは、奥にゼクス、右に中野さんで僕が左。この部屋の主は僕なのに、ゼクスはやたらと馴染んでいた。
「にしても、流くんもなかなかえぐい作戦考えるよねー」
ケタケタと笑うゼクス。こんな風に楽しそうに笑うゼクスは久しぶりで、これだけでもう無茶を通してよかったと思える。
「ホント、私も意外でしたよ。りー先輩ならともかく空閑先輩発案とか。結構腹黒ですよね」
「なんで僕ディスられてんの?」
今回の作戦、自分としてはよかったと思ってるんだけどなぁ……
今日の一連の事件。それは僕が発案して実行された、村上さん達いじめっ子への復讐劇だったのだ。
まず、ゼクスが三人を呼び出す。この時点で難しいかと思っていたのだが、ゼクスが三人のメアドを知っていたことで簡単に解決した。三人共アドレスを変えるのを面倒がるタイプだったようで、昔まだゼクスと仲が良かった頃のメアドのままだったのだ。
そして首尾よく三人を呼び出した後が肝心だった。
屋上でいじめっ子達と話していたのは、ゼクスだ。だが、あの縁に腰かけていたのは、ゼクスではない。というか、人間ですらない。あれはゼクスが苦労して作り上げた、ゼクスそっくりの人形だ。ゼクスの髪がバッサリと短くなっている理由はこれで、人形の髪の毛をその切った髪の毛で作ったのだ。
僕はそこまでするつもりはなかったのだが、ゼクスが
『こんくらい本気出さなきゃダメでしょ!!』
と、実に楽しそうに生き生きと言って来たので、一任することになったのだ。というか、僕はすでに髪切ってからそれを知ったから、超驚いたんだけど。
会話は人形の背中に偽装して仕込まれたスピーカーから発されており、最初からあの場所で地面に寝っ転がるようにして出番待ちをしていたゼクスが、マイクとイヤホンを通じて行っていたのである。
人形を落とす役目は、斜め横の非常階段で待機していた僕が担当した。
座らせた人形をテグスを使って引っ張り、三人から死角になる位置に隠す。そしてタイミングを見計らっていた中野さんが、これまた死角からスイカを地面に叩き付けて音を出していたのだ。
村上さん達の誰かが下を覗くかどうかは賭けだったが、ゼクスは絶対に下を見ると確信していたらしい。
『だって、村上さんって疑り深いもの。詰めは甘いけど。最低でも、上から死体は確認する』
てのがゼクス談。
ゼクスが読んだ通り村上さんは下を見た。もしかしたら直接脈拍くらい取られるかと、テニスボールを脇に挟んで脈をとりづらくしていたのだが、それすらせずに三人共逃げたのだ。
怯える三人が自宅に帰り震えて過ごすのは、自明の理。
そしてここを狙って、復讐劇第二部が始まったのだ。
村上さんは僕。坂田さんがゼクスで、菅田さんは中野さんがそれぞれ担当した。
連絡を取り合いながら、全く同じタイミングで三人に映像を見せた。ゼクスがお得意のメイク技術をフルに活用したゾンビメイクを施したうえで撮影しておいた、幽霊ゼクスの映像をだ。
どうやって会話をしていたかというと、ケータイにパソコンからマイクを繋いで、あらかじめ録音しておいたゼクスの声を流すだけの、割かしお手軽な方法を使った。何パターンも録音しておいたので、向こうが何を言って来るかに合わせて台詞を変えればあら不思議。ちゃんと会話が成立するのだ。
もし会話が望まない方へ向かいそうになったら、狂ったような高笑いで話を一旦リセットすることになっていたりもした。
超楽しそうにノリノリでゼクスが演じた幽霊は、ホラーが苦手と言っていた村上さん以外にも効果抜群だったらしい。悪タイプの癖に幽霊苦手で助かった。
ちなみに、この準備に一週間以上かかっていたりする。一番大変だったゼクスが一番ハイテンションでやっていたから、僕としてはよかったんだけど。
こうしてケータイ越しとはいえ、本人達の声でのいじめを認める言質が取れた。これさえあれば、もう三人がゼクスをいじめることもないだろう。この録音を持っている限り、ゼクスは村上さん達相手に絶対的な優位に立ち続けることが可能なのだから。
「ま、いいじゃないの。頭脳キャラってことにしておけば。ありがとう流くん。それと、お疲れ様」
微笑むゼクスに、僕はうっかり見惚れてしまう。この笑顔の為だったら、腹黒扱いでも別にいいかと思ってしまったから始末に負えない。
顔が赤くなりそうなのを誤魔化すためにも、僕は話題を逸らすことにした。
「で、でもさゼクス。隠しカメラとかマイクとかを仕掛けるのは、流石にまずかったんじゃないかな?」
村上さんの行動を僕が逐一リアルタイムで確認出来ていたのは、その隠しカメラとマイクのお蔭だ。実は三人がいない間にこっそりと、窓の外の部屋からは見えにくいところに二つを仕掛けさせてもらったのである。
普通に犯罪だから、バレないうちに回収しないとな……いやまあ、ゼクスが外からこっそり塀とかベランダによじ登って仕掛けたので、回収するのもゼクスになるだろうけど。ていうかゼクス、ホントなんでも出来るな。本人曰く、ただの器用貧乏らしいけど。
内心ビクつく僕とは違い、ゼクスはケラケラと笑っていた。
「大丈夫よ。ていうかそれを言ったら、あいつらがやっていたことは暴行、傷害、器物損壊に名誉棄損、ああ階段から突き落とされたのもプールに落とされたのも、殺人未遂になるわね。 まあ向こうがより大きな罪を犯しているからって、私達が悪くないわけじゃないんだけど。
けど流くんさ、あなたそれも全部飲み込んだうえであの作戦立てたんでしょ? だっていじめをやめさせるだけなら、いじめの確たる証拠を掴んで提出すればいいだけだもの」
「そりゃあそうだけどさ……」
「先輩はきっと、恐怖に怯えて泣き叫ぶ女子を好む性癖があるんですよ。うわぁ引く」
「勝手に人の性癖ねつ造したうえ引くとか酷過ぎるよね!?」
もはや名誉棄損クラスだよ!!
「じゃあなんで?」
「あ、私も気になります。なんでですか先輩?」
「それは、その……」
ニヤニヤと笑うゼクスは、十中八九わかっている。それでも訊いて来るのは趣味が悪い。いや、意地が悪いのかな。でなければ、敢えて言葉にして欲しいのか。
「……だってゼクス、二次元っぽいのがよかったんでしょ? だったらここは、とことん派手にやるべきかなーって思ってさ」
あと実は、僕としても楽しかったからってのもある。なんかちょっと文化祭みたいで、わくわくしてしまった。後悔はしてないけど。




