三十五話 世界一醜い言い争い
「ま、待って!! お願い、殺さないで!?」
『あなた、私に何をしたのか覚えていないの?』
必死の懇願に、ゼクスは更に笑みを深めて答えた。
『うふふ。あなた、知ってる? 大切にしていた物を隠されたら、困るんだよ? 髪の毛引っ張られると、痛いんだよ? プールに突き落とされると、苦しいんだよ? なにせ私、小さいから端っこじゃないと足つかないの。あの時は、結構本気で死ぬかと思ったんだよ?
あー、そうそう、昔、階段から突き落としてくれたこともあったね。あれも痛かったなぁ』
「ごめん、ごめんほんとごめん!! 謝るから、お願いだからっ……!!」
『口先だけ謝るとか本気でやめてね? そんなことされても、私あなたのこと一ミクロンだって許せないもの』
「じゃ、じゃあどうしろって言うの!? あたしにも死ねって言うの!? あんたが勝手に飛び降りたんでしょ!!」
『今から私が言う事、大きな声で復唱してくれたら、もしかしたら許してあげちゃうかもしれないわね』
「言う言う言う!! なんでも言うから、だから許して!!」
もはや完全に泣いている彼女を見るゼクスの顔は、とてもとても楽しそうなものだ。まるで小さな子供が、遊園地に行くのを楽しみにしているような、そんな顔。
彼女の命乞いを聞き入れたのか、ゼクスは嬉しそうに復唱して欲しい言葉を告げた。
『私こと村上結沙は、原六をいじめました』
「わ、私ことむら、村上結沙は、原六をいじめ、ましたっ!!」
『もう二度と誰もいじめません』
「もうっ、二度と!! 誰もいじめません!!」
『もしいじめたら、このことをネットに流されても文句はありません』
「もしいじめ、たら、このことをネットにながさ、流され、ても、文句はありません!!」
彼女の宣誓が終わった次の瞬間、またもゼクスはニタリと笑った。
『その言葉、忘れちゃダメよ? 一生涯、ね』
「わわ、忘れない!! 忘れないからぁ!! もう許して、消えてお願いぃ!!!!」
指が白くなるほどケータイを握り締めながら彼女が叫んですぐ、窓の外で笑っていたゼクスの姿はプッツリと掻き消えた。時を同じくして、通話もぶっつりと。
しばらく、彼女は窓の外を見つめ固まっていた。
「今、のって……」
呆然と呟く彼女は、今起こったことをどうにか論理的に説明しようと悪あがきをし始めた。
「き、きっと、あいつは生きてたんだ。怪我とか大したことなくて、そうだ!! あそこはきっとコンクリに見えてめっちゃ柔らかかったんだよ!! 大げさにしてただけ!! きっとそう、きっと、きっと……!!」
突拍子がなさ過ぎる推理を展開していた彼女だったが、おもむろに何かに気付いた様子で立ち上がり、恐る恐る窓を開け放った。
「ここ、二階、だよね……?」
彼女の部屋は、小さな一軒家の二階部分。通りに面していない方にある。向かいにあるのは、今まで彼女がいじめて来た、そして幽霊となって復讐しに来た幼馴染の少女の家。手を伸ばせば届きそうなその家は真っ暗で、一つたりとも灯りは点いていない。
「な、何かのトリック、そう、手品みたいな、空中浮遊の……!! ひぃっ!?」
またもや一人の世界に入り込もうとしていた矢先、再びケータイ電話が鳴った。今度表示されたのは『原』の一文字ではなく、『ミミ(LINEの方)』という文字列。
「もしもし――」
『出た!! 出たんだよ原が!!』
電話に出るや否や、大音声が響き渡る。さっき握り締めた拍子に妙なところをタッチしてしまったのか、いつの間にかスピーカーモードになっていた。彼女はそれを戻す手間すら惜しみ、画面を見つめる形で会話を続行する。
「待って、詳しく教えて!!」
『詳しくも何も、いきなり窓の外にあいつが出て来て、化けて出て来るって言ったとか言って来て、笑ってて!!
うちマジ怖くて、頼むから帰ってって頼んだら、今から言うこと復唱してくれたら帰るって言ってて、それで言う通りにしたらホントに帰って、ねえ今のなに!? あいつ死んだんだよね!? ゆさちー見たんでしょ死体!!』
支離滅裂ながらも説明を終えた坂田美満は、電話の向こうで窓を開けたり閉めたりを繰り返しているのが伝わって来た。恐らく、本当にゼクスがいなくなったのか調べているのだろう。
話を聞き終えた村上さんは、ある仮説を思い付いた。
「ミミにも同じことが起こった……? しかも、同じこと言えって……もしかして、あいつ生きてて、あたしらを脅かそうとしただけなんじゃ……?」
『で、でも、ついさっきマイマイからも電話あって、同じことあったって……!!』
「マイにも? それいつ!? 着信の時間は!?」
『え、確かうちと一緒の六時二十七分……』
慌てて自分のケータイを確かめれば、ピッタリ同じ時間に着信が来ていることがわかった。
「三人同じ時間って、あり得ないでしょ、そんなの、絶対……だって原に味方するやつなんて、空閑くらいしか、クラスの連中は関わりたくないって……」
『じゃ、じゃあやっぱり原の幽霊が出たの!? うちら呪い殺されるの!? だ、だからあれだけやめようって言ったんだよ!! けどゆさちーが大丈夫って言い張るから、うち止めたじゃん!!』
「一人だけ助かろうとか卑怯過ぎでしょミミ!! あんただってノリノリでツインテ引っ張って遊んだりとかしてたじゃん!! あたしだけのせいとかマジないんだけど!!」
『でも最初にあいついじめようって小二の時言ったの絶対ゆさちーじゃん!! 自分ちあいつのせいで人来なくなかったからって!!』
「あんたらもやった癖して、自分だけ助かろうとかマジキモイ!! ってかミミだけじゃなくてマイもやったし、うちら一蓮托生でしょ!!」
『なに勝手なこと言っちゃってんの!? 止めたのだってマジじゃん!! ゆ、幽霊に取り憑かれて殺されるとか、最悪過ぎる死に方マジ勘弁してよぉー!!』
世界で最も醜悪な言い争いは、飽きることなく続けられた。




