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三十四話 あなたを呪います

 固まる村上さん達を尻目に、それまで微動だにしなかった影が、もぞりと動いた。


「さて、じゃあそろそろやっちゃおうかしら。あ、ちなみに死んだら化けて出るから、そこのところよろしくー」


 恨み言を遺すその発言とは裏腹に、ゼクスはとことん明るく言い放った。


 次の瞬間、それまで屋上の縁に腰かけていた身体が、ぐらりと前に向かって傾いだ。


「ちょっ、まっ……!!」


 完全に重心が前に寄ってしまっていた状態で、そんな制止の言葉の効果があるはずもない。傾いた身体は、すぐに視界から消え去った。


 ぐしゃり


 辺りに響き渡る、何か重いものが落ちて潰れたかのような湿った音。それと、微かに聞こえる呻き声。


「う、嘘、でしょ……!?」

「シャレになんないって……」

「と、飛び降りっそんな、そんなのっ……」


 三人は、口々に呆然と驚愕の言葉を零す。


 目を見開いて固まる三人だったが、意外にも最初に復帰した坂田さんが口を開いた。


「ね、ねえ。ホントに飛び降りた……ん、だよね?」

「だ、だって今マジで……!!」

「け、けど、うちら誰もあいつが本当に飛び降りたかなんて、わかんないじゃん!! 飛び降りたフリして、非常階段とかに着地したとか!!」

「それだ!! 絶対それだわ!!」


 叫んだ村上さんはフェンスに向かって走った。


 この学校は割と古いので、老朽化が目立つ。屋上のフェンスも例外ではなく、そこかしこに人が通れるほどの隙間が出来ているのだ。


 先ほどまでゼクスがいたはずの場所に一番近い亀裂からフェンスを抜けると、そのまま下を見た。


 そして、後悔したことだろう。


 なにせ、そこから見えるのは。真っ白なワンピースを深紅に染め、横たわるゼクスの姿だ。


 うつ伏せの身体に、空を向く首。そして、ギョロリとこちらを見据える目。およそ、助かるとは思えない姿となり果てた、ゼクス本人なのだから。


「あ、ひ……」


 予想とは違う光景に脳の処理能力が追い付かなくなったのか、村上さんは口から意味のない音を漏らしその場にへたり込んだ。

 その尋常ではない様子に村上さんが何を見たのかを悟ったのか、後の二人はこの世の終わりといった顔で後ずさる。現実から逃げようとする本能と、村上さんをこの場に残して行っていいのかという理性的な葛藤があったのだろう。


 だがたったの数秒で、その天秤はあっさりと本能の方へと傾いた。


「わ、わたし何も知らない見てないからー!!」


「ぜ、ぜんぶゆさちーがやれって言ったことだから!! うちのことは呪わないでお願いだからぁー!!」


 いっそ清々しいほどバッサリと村上さんを切り捨てた二人は、脱兎のごとくその場から逃げだした。


 呆けていた村上さんも、取り巻きの走り去る音で正気に返ったらしく、おぼつかない足取りながらも全速力でその場から離れて行った。




「ち、違う、違う、違うっ……!! あ、あたしはかかっ関係、ないっ……!! そうだ、原が自分の意思で、勝手に飛び降りとかしたから……!! あのまま死んでたって、あたしが悪いわけじゃ、そうだ、あたしは悪くない。あたしは悪くないんだ……!!」


 ぶつぶつと、壊れた独り言が部屋に垂れ流される。そこは、彼女の自室。


 村上さんは、ゼクスのことを間近で確認することすらせず、屋上から直接帰宅していた。そしてそのまま、一時間以上自室で毛布を被り恐怖で震えあがっているのだ。


 他の二人も、あのまま全力で逃げた。一度もゼクスの安否確認をしようとはしていない。もしかしたら、命は助かる状態だったのかもしれないのに。


 まあ、普通首が百八十度逆の方向を向いていたら、それがフクロウでもない限りは死んでいると思うか。


 それでも、確かめなかったのは最悪だ。やっぱり三人とも、度し難いクズである。


 これが、僕の得た解答だ。そして、ゼクスも同じ解答に至ったことだろう。


 コツン、と微かな音。窓に小石でもぶつけたかのような音に、村上さんは始めそれどころではない様子で反応を示さなかった。が、連続して何度も音が聞こえた辺りで、おかしいと思ったのだろう。


 部屋の隅のベッドで毛布を被り震えていた村上さんは、顔を上げて窓を見た。


 刹那、その顔を彩ったのは極大の恐怖と絶望。


 当然と言えば、当然だ。


 窓の外。そこに、半透明のゼクスが立っているのが見えたのだから。


 美しくつややかだった長い髪は、真っ赤な液体に染められガビガビに固まり見る影もない。もつれ絡まり合う髪は、紙よりも白い顔の周りに貼り付いていた。


 眼球は血走り、口の端からは血が今も滴る。足元まであるワンピースはボロボロに破れ、血が乾いたせいかどす黒い色へと変貌を遂げていた。


 村上さんと目が合った瞬間、ゼクスはニタリと歪な笑みを浮かべた。


「な、なん、で……あんた、さっき死んで、ぐしゃって……くくく、首、とかっ、変な方向向いてっ……!!」


 怯え後ずさるも、後ろは壁だ。下がる場所なんてない。


 恐怖のあまりにパニックになる彼女を、更に恐怖のどん底へ突き落とす事態が起きた。


 彼女のケータイが、突然この場に不似合いな最近人気のアップテンポの曲を大音量で流し始めたのだ。


 窓の外の光景から目を離さないまま、彼女は無意識のうちにケータイを手に取る。そして、画面に映る文字を見て、恐怖のあまり目を見開き唇を震わせた。


『原』


 たった一文字だけの簡素な登録名が、そこに現れたはずだ。


「う、うそ、でしょ。そんな、そんなことって……!!」


 目の端に大粒の涙を溜めながらも、彼女は現在起こっている現実から乖離したこの状況を打破するためか、その着信を受けた。


「も、もしもし!?」


 電話口に怒鳴ったのと同じタイミングで、窓の外のゼクスがゆっくりと血まみれの右手で電話を耳に当てた。


『もしもし』


 ノイズがかかって聞き取りにくいだろうが、その声は間違いなくゼクスのものだ。


 それを、彼女も理解したのだろう。血まみれで微笑むゼクスの姿に釘付けにされたまま、ぽろりと震える声が漏れた。


「あんた、死んだ、はず……」


『言ったでしょ? 死んだら、化けて出るって。私、有言実行するタイプなのよね。それに、嘘を吐くのも嫌いなの』


 声は明るく、表情は笑ってさえいるのに、ノイズと血まみれの姿のせいでそれはただただ恐怖の対象と化していた。


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