✴︎五つの神器✴︎
「んじゃあ、ありがとな、おっちゃん」
街を後にし、ケンは見送りに来てくれた男に振り返る。
なんだかんだあれからもゆっくりしてしまい結局長居する形になってしまったけれど。
「なに、また気が向いたら作物の様子でも見に来ておくれよ」
にこやかに話す彼の雰囲気からもやはり根は優しい人なのだろう。
ちょっとでも疑ってしまって申し訳なかったな。
これから先、食には困らないようになるといいんだが。
「それから、君」
男は何かを心配するかのようにレイの方を見る。
「その耳飾りは大事にした方がいい。私がこう言うのも何だが、過去に会った女性は常に何かに狙われているようだったから。昔はそういう代物もなかったからね。命を大切に」
返事こそしなかったが、目だけ合わせると男を背にし先へと歩いて行く。
あの日のことを許したわけではないだろうが彼なりに言葉を受け入れたのだろう。
「それじゃあ、また」
軽く会釈するとコバルト国へ戻るため俺たちもレイの後に続いていった。
ーーー
旅人を送った後男は街へ戻るなり、とある人物の元へと足を急がせた。
その人物は男がきっとこの後自分のところへ駆け付けてくるだろうと予測していたのか、宿泊していた家の前で微動だにせず立ち尽くしている。
「あなたの言うとおり、今回もあの瞳の持ち主が訪れたことによって街が豊かになりました!雨が降るなんて誰が予想できたことか」
「だから言っただろう」
フードで隠されたその顔はこちらからは認識することができない。
ただ声色から男性であることだけがわかる。
「それじゃあ約束通り、僕はこれで失礼するよ」
「もう行ってしまわれるんですか。全然ゆっくりしていただいて構わないのに」
しゅんとする男を見かね、フードの人物はふっと口元を緩ませた。
「事が済んだらまた来るよ。急用が出来てしまったからもう行かないと」
「はあ・・・、ところで、あなたは何処から来られたお方で?」
「悪いけどその質問には答えられないな」
手をひらひらさせながら軽く質問を受け流すとフードの男はそのまま街を出てしまった。
ぽつんと取り残された男は考えてもその人物が誰だったのかわかるはずもなく、ただこの先実るであろうたくさんの作物に期待を寄せながら自宅へと帰ってゆくのであった。
ーーー
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど」
歩きながら俺はちらりとレイの方を見る。
視線に気が付いたのか、出会った時のような威圧感はもうそこにはなかったが横目で睨み返された。
彼に愛想というものはないらしい。
「ブラン・・・なんとかっていうのはなんなんだ?モニアに関係あるのか?」
「・・・はぁ」
え、今溜め息ついたか?
そんなことも知らないのかって呆れたような感じだな。
すると半透明の姿のモニアが目の前に現れた。
「うおっ、なんだ?!」
突然のことにケンは咄嗟に身構えたが、初めてレイに会った時に彼女がルチルのそばにいたのを思い出し冷静になる。
『ブラン・ルミエールは神器の名よ』
「神器の?」
『私が所持する神器は"瞳"。その名をブラン・ルミエール。これを手にした者は瞳の色が瑠璃色になるの』
「!」
デザイアにいたあの人、そういえばレイの目の色のことを何か言っていたな。
『・・・それから、とてつもなく強大な魔力を手に入れることができる』
「おっちゃんが言ってたな。過去に会った女性は常に何かに狙われていたと」
こくりとモニアは頷く。
そうだ。
同じ瞳を持つ女の人が前に訪れたことがあるとも言っていた。
あの時は理解しきれていなかったが、その人はきっと前のモニアの主。
『強い力を持つ者にはそれに引き寄せられて強い力を持つ者が現れる。互いが望んでいなくてもそれはどうしても避けられない。この武器の唯一の弱点ね』
「そこまで強い力を持っているのにモニア達だけでスカイ・ネイルを封印することは出来ないのか?」
『封印するには人間の力が必要なの。私たちだけでは・・・』
いつの間にか姿を現していたスペクルムと顔を見合わせモニアは両手を胸の前できゅっと握りしめた。
「それなら、モニアの前の主にもお願いして一緒に協力してもらえれば」
『それは、できないの』
俯いた彼女は重たそうに口を動かした。
『前の主・・・、ステラは・・・・・・死んだの』
「え・・・?」
死ん、だ・・・?
それって、なんで・・・。
『戦いの最中。相手の激しい攻撃に耐えきれず・・・命を落とした』
現主の彼は黙ったまま。
なんと声をかけたらいいのかわからなかった。
その空気を変えるかのように話を切り出したのはルチルだった。
「ねぇ、スペクルムは?名前とか、その・・・」
『僕の神器の名はスペクルム。僕自身名前がないから、みんな僕のことをそのままスペクルムって呼んでるんだ』
「そ、そうなの?名前がない神様もいるのね」
『僕は気にしてないけどね』
そろそろ先を行こう、とスペクルムに流されるように俺たちは再び歩き出した。
神を内に宿すのは危険と隣り合わせなのかもしれない。
そんなことを考えながら。
「それは大変だったね。長旅で疲れただろう?レイ、と言ったかな。君の部屋も用意してあるからゆっくり休むといい」
コバルト国に着いたのは夕日が沈み始めた頃。
フランさんにこれまでの出来事を全て話した後、今日のところは一先ず解散することになった。
「ねぇ、私ずっと考えてたんだけど」
急にどうしたのかと思ったら、用があるのは俺ではないようだ。
それを察したのかスペクルムは俺の"中"で返事をする。
まあ、この状態ではルチルに声は届いていないが。
「あなたの名前。スペクルムってちょっと長いから、スーラっていうのはどうかなって」
「スーラ?」
「そう!リースの名前に寄せてみたの。どうかしら?」
城の人目を気にしてかその後も姿は現さなかったが、どうやら本人もその名前が気に入ったようだ。
「こいつも喜んでるよ。スーラ・・・いい名前なんじゃないか」
「よかった!じゃあ私は先に部屋で休むから。スーラもまたね」
そう言ってルチルはこの場を後にした。
『ねぇ、僕からも話があるんだけど』
珍しくスーラから話を振られ、小声でちょっと待てと告げると足早に自分の寝床である部屋へと向かう。
ここへ帰ってくるのは何日ぶりだろうか。
ベッドへ腰を下ろすと半透明の姿をしたスーラが目の前に現れた。
「話ってなんだ」
『スカイ・ネイルのこともそうだけど、まだ言ってなかったなと思って』
「・・・お前の神器の話か」
『ピンポン!なんでかてっきり話した気でいたんだけど、まだだったよね?』
前から思っていたが、なかなか適当なところあるよな、こいつ。
俺の中に居座る時も、レイを引きつれる時も。
「で、その名前がスペクルムって言うんだよな。どんな力があるんだ?」
『僕が持つ神器は鏡。全てのものを跳ね返すことができるんだ』
「・・・それだけか?」
『それだけって!最強でしょ!モニアがちょっと特殊なのー』
不満そうな顔をすると、スーラは両手を上げて子供のようにぷんすかと怒り出した。
モニアの場合は瞳の色が変わったり、周りに気付かれるほど強い魔力を手に入れたりと特徴があったのに。
『もしかして覚えてないの?』
「何が」
『僕の力が君を守ったこと』
スーラの力が?
そんなの、いつ・・・。
水魔法以外力を使った覚えはないが。
『・・・まさか無意識?君、本当に魔法苦手なんだね。あの森で少女と戦った時、大切なものを守りたいっていう強い思いがシールドとなって現れたんだよ』
「あの時の・・・!必死すぎてあまり気にしてなかったな。あれはスーラの力だったのか」
『うん。だけど使ったのはリースだよ。まあ扱うには特訓が必要みたいだけど』
特訓か・・・。
またレグさんに基礎から教わった方がいいだろうか。
「そういえば、あとの三つは?」
『あとはねーー』
言いかけたところで部屋の戸を叩く音が聞こえてくる。
返事を返すとその戸はゆっくりと開かれ、ひょこりと赤髪の女性がにこやかな表情で顔を出した。
「ソティアさん!」
「お疲れのところごめんなさい。少しいいかしら?」
慌てて立ち上がり椅子へと移動しようとしたところそのままで大丈夫よ、と止められる。
「どうだった?その剣を握ることはあったのかしら」
なんて返せばいいのか。
ソティアさんからは本当に一からいろんなことを教えてもらったのに、何一つ生かすことができなかった。
下を向いて気まずそうな顔をしていると、彼女はまた頬を緩ませた。
「最初は誰でもそんなものよ。落ち込む必要はないわ」
「そう、でしょうか」
「そうよ。それにその剣に関しては身に付けているだけでも意味があるのだから、ちゃんと肌身離さず持っていることね」
どういうことかわからず首を傾げると、知らなかったの?と壁に立てかけてある長剣に目を移す。
「おじ様が使っていた剣・・・シグハルトには、扱う者の魔力を増加させてくれる石が埋め込まれているの。あなたの事を心配してきっとそれを託したんじゃないかしら」
「・・・」
知らないところで助けられていた。
あの時水魔法を使うことができたのはこの剣のおかげだったのか?
「焦らなくて大丈夫よ。剣も魔法も、次第に体が覚えていくから」
「・・・ありがとうございます」
「それじゃ、そろそろ行くわね」
お腹空いてきちゃった、と言いすっと立ち上がると部屋を出て行った。
ソティアさんは優しい人だ。
言葉に出さずともこちらの考えている事がわかるのかそっと汲み取って支えてくれる。
いつか自分もあんな風になれるのだろうか。
『リース、惚れたの?』
「ばっ!何言ってんだ!そんなんじゃねぇよ」
帰ってきた安心感からかだんだんと空腹感に襲われ、ソティアさんの後に続くように夕飯を済ませるため部屋を後にした。
その日の夜。
何気にこの城で気に入っている中庭のベンチに俺はいた。
ここはよく星空が見えるから。
そっと腰を下ろすと先約がいることに気が付く。
「なんだ、眠れないのか」
木にもたれかかる彼の瞳が微かに揺れる。
「・・・室内は落ち着かない」
「お前、ずっとあんな生活してたのか?家出でもしたのか?それとも・・・」
「お前には関係ない」
そう言い捨てレイは暗闇の中に消えていった。
「・・・んだよ」
少しは心を開いてくれたような気がしていたのに、それは気のせいだったようだ。
一呼吸し空を見上げる。
なかなか人の心に入り込むのは難しい。
「あ、やっぱり君だった」
「・・・こんばんは、フランさん」
今日はこの時間によく人と会うな。
あの日と同じように彼は俺の横に座った。
「また考え事かい?よかったら聞いてもいいかな」
「・・・なかなか、上手くいかなくて」
「それは戦闘技術?それとも、人間関係?」
先程の会話を聞かれていたのか、何かを察しているようにフランは問いかける。
ソティアさんといい、二人は何故こうも簡単に隙間に入り込むのが上手いんだろう。
「最近は思い悩む事が少なくなったんです。きっと、彼等に出会ったから」
「それは良い事だね」
「けど、わからないんです。どう接したらいいのか」
相手の敷地に足を踏み入れようとすると、入ってくるなと言われているかのように分厚い壁を張られてしまう。
「君にこう言うのもなんだけど、ありがたい事に僕は小さい頃から剣と魔法を上手く扱うことができてね。そのせいか周りからは妬まれ、よくいじめられたんだよ」
「フランさんが、ですか」
そう、というと目を細め遠い空を見つめる。
「その度に幼馴染のケンとソティアが助けてくれてね。その時はみんなが何故僕をそういう対象にするのかわからなかった。僕にとってはそれが普通だったから」
「・・・」
「けどね、だんだんとそれは違うって事に気が付いた。みんながみんな、同じように出来るわけじゃない。そうしたくても出来ない人だっている。僕は彼らを理解し、一緒に頑張ろうと手を伸ばした。けど、彼らは僕を理解してはくれなかった。僕はここにいない方がいいんじゃないのか、なんて考えたこともあった」
淡々と話す彼はまるで人との繋がりに思い悩む一人の子供のように見えた。
「正解は、僕にもわからない・・・」
冷たい夜風が辺りをすり抜けていく。
「人は自分より恵まれた人間が目の前に現れると羨ましいと思うと同時に妬みの感情が芽生える。何故自分ではないのか、何故彼ばかり優遇されるのか・・・。
でも、そう思ってしまうのは仕方の無いことで、心理的欲求は抑えることはできない。そういうふうに作られているからね。
だが一歩間違えばそれは大きな穴となり落ちたら二度と戻れない。・・・悲しいと思わない?
僕はそんな世界、望まない」
フランさんの目が俺を捕え、強く訴えかける。
心理的欲求・・・。
いったい普通とは何なのか。
自分の思っていることは、相手からしたら違うのかもしれない。
その差が壁を作ってしまうのか。
「でもきっと、自分を信じていればいつかきっと返ってくるって僕は思うよ」
「フランさん・・・」
「ごめんね、上手く言えなくて」
俺は首を横に振った。
「ありがとうございます」
「うん。・・・さ、そろそろ戻ろうか」
冷たかったはずの風はいつしか俺たちを温かく包み込むかのように緩やかに吹いてゆく。
フランは立ち上がりそっと手をこちらに差し出した。
その手を何も言わず取ると俺自身も立ち上がる。
こうやって彼は自分自身を信じ続けここまで生きてきた。
彼を恨む人がはたして今この世にいるのだろうか?
何が正しいのかはわからない。
「どうしたら話してくれるか・・・」
何かきっかけがあればいいのだが。
ーーー
「今日ここへ集まってもらったのはね、君たちにちょっと依頼したいことがあって」
俺とルチルとレイはフランさんに呼ばれ城の広間にいた。
何事かと思ったが、どうやら今回はスカイ・ネイルとは関係がなさそうだ。
「プロスペリティにある薬屋で注文してた物を受け取ってきてほしいんだど、お願いできるかな」
「三人で・・・ですか?」
「今回は比較的治安の良い街だから君たちだけで問題ないだろう。あとはまあ、好きにしてもらって構わない。あそこはいろんな店が立ち並んでいるからね」
「プロスペリティ、聞いたことあります!私一度行ってみたいなと思ってて」
そう、だったのか。
だけど・・・。
もう一人の方に視線をやる。
「俺は外させてもらう」
「まあそう言わずにさ。きっとこれから先行動を共にする時間が増えるだろうから、お互いを知るためにもいい機会かなと思うんだけど。それに、戦う上では信頼関係も大切だよ」
「・・・」
返答に困っている様子のレイにフランはにこりと笑う。
「それじゃあ、お願いね」
流されるかのように俺たちはプロスペリティという街へと来ていた。
聞いていたとおり多くの店があるようで、街中は人々で溢れ随分と賑わっている。
デザイアとは全く真逆の雰囲気だ。
一先ず俺たちは頼まれている物を受け取るために薬屋を目指した。
目的地へと辿り着くとそのこじんまりとした建物の扉をそっと開いていく。
中へ入るが人の姿が見えず、店の奥まで届くように声をかけると一人のおばちゃんがのそのそとこちらへやってきた。
「あら!可愛らしいお客様だこと。ごめんなさいね、何をお求めだったかしら」
「あ・・・ええと、俺たち、コバルト国のフランさんから頼まれて来たんですけど」
「なんだフランさんとこの!待ってなさい。すぐ持ってくるわ」
そう言うと再び店の中へ行き、手のひらサイズに包まれた薬を手にするとこちらへと戻ってきた。
「はい。いつものね。早く良くなるといいわねぇ」
「すいません、私たちこの薬が誰のために使うものなのかまでは知らなくて」
「あら、そうなの?もう随分と長く体調を崩されてる方がいるみたいで・・・あまり話さない方がよかったかしら?まあ、お大事にと伝えてくださいな」
おばさんと話している感じからしてずっとここで薬を受け取っているのだろう。
そんなに体を悪くしている人が城にいたのか?
だけどそんな話、コバルト国へ来てから一度も聞いたこともないが。
「ありがとうございました」
おばさんはにこやかな表情で見送ってくれた。
それに対し軽く会釈をしつつ俺たちは店を出る。
さて。
頼まれていた物は受け取ったが、今からどうしようか。
こういうところは初めてでどこから見て回ればいいのかさっぱりだ。
フランさんには信頼関係を・・・と言われたが、相変わらずこれといった会話はしていない。
「ねぇ、あなたは何か見たいところとかないの?」
そんなルチルは彼に対して一切恐怖心を抱いていないのか、特に気を使う様子もなく何食わぬ顔で問いかける。
「ここへは何度か来たことがある。行き先は任せる」
「そうだったの?それじゃあ・・・」
ルチルは当たりをきょろきょろ見渡し、目当てのものでもあったのかぱっと笑顔になると店の方へと駆けて行く。
「おい!逸れるぞ・・・ったく」
まあでも、あんなに楽しそうにしているのも滅多に見ない。
初めてのことだし今日くらいは好きにしてもいいかもしれないな。
なんだか当初の目的を忘れてしまいそうなくらい平穏な時間だ。
「・・・ほら、お前も行くぞ」
レイの方に振り返り、このまま俺たちに着いてきてくれるか心配なところはあったけど。
「言われなくても」
表情を変えることなくルチルが向かった所へ足を進めた。
フランさんに言われたからか?
いつもなら勝手にしろとかって言葉を言い返すのに。
本当に考えている事が読めない奴だ。
その後いろんな店を見てまわった。
村にはなかったものがたくさんあり、さすがに興味をそそられた。
そんな中とある店の前で足を止める。
「これ・・・」
売られていたそれに手を伸ばすと、横からもう一つの手が伸び軽く衝突する。
誰かと思いきやそれはルチルだった。
「わっ!ご、ごめん。リースもそれ気になったの?」
慌てて手を引っ込めた彼女の顔はどこか赤らんでいるように見えた。
が、リースは特に気に留めることもなく再びそれに手を伸ばす。
「実はちょっと頼まれててさ。このレモンティー」
「頼まれてるって、誰に?」
「ソティアさんに」
それを聞いたルチルは一瞬固まるが直ぐに頭を横に振った。
「な・・・仲良いのね」
「いや、本人がここに来る時はいつも買ってるらしいんだけど、今回はついでにお願いって言われて。いろいろとお世話になってるし、これくらいお返ししないとな」
「なあんだ、そういうことね!あ、私もなんか買っちゃおっと」
急にもやが晴れたかのようにぱっと明るくなり、次々と商品を手に取っていく。
「ルチル、どうかしたのか」
その様子を見ていたレイはまた呆れたように溜め息を漏らす。
「なんだよ、何の溜め息だよ」
「お前には一生理解できないかもな」
「どーゆうことだよそれ」
そうこうしているうちに会計を済ませたルチルは俺たちにそれぞれ簡単にラッピングされた菓子袋を手渡した。
「これは・・・」
「チョコレートよ!私たちの村ではほとんど見かけなかったからつい買っちゃった。それは二人にあげるわ」
確かにあまり目にしたことはない。
袋を開けてみると丸型や星型など形の違ったチョコがいくつか入っていた。
「食べていいか?」
「もちろん!」
早速一粒口に放り込むと徐々にチョコレートの甘さが口の中に広がっていく。
なんというか、幸せな味だ。
「うまいな」
「ねぇ、レイも食べてみてよ」
さらっと名前で呼ばれ当の本人は少し動揺したが、一先ず袋を開けてみる。
「・・・」
「・・・もしかして、初めて?」
「食にはあまり興味がなかったからな」
そう言いながら手に取り口に入れる。
「・・・」
「どう?美味しいでしょ」
黙ったまましばらく手元のチョコを見つめる。
それから、もう一口。
「・・・・・・甘い」
とてもわかりづらいが、彼の中で相当衝撃的だったようで完全にチョコに心を奪われているようだ。
「もしかして感動してるのか?お前のその顔、はじめて見た」
そう言われて我に返ったのかいつもの無表情に戻る。
「なんだよ。さっきのが断然いいのに。・・・と、俺も会計済ませてくる」
紅茶を手にその場を離れ、残されたルチルはにこにこと笑っている。
「何が可笑しい」
「ううん。嬉しいの。リースがああやって周りに目を向けるようになったのが」
「・・・記憶がないと言っていたな」
「リースから聞いたの?・・・なんだ、思ってたより仲良しなのね」
意味がわからないといった様子で顰めっ面になる。
その返しにも慣れたのかルチルは変わらず優しく笑う。
「あとはもう少し、笑ってくれるといいんだけど」
リースの後ろ姿をもどかしそうに見つめ、またこちらに顔を向ける。
「あなたもね」
その包容力に溢れた眼差しにどう反応したらいいのかわからず、思わず目を逸らしてしまった。
きっと彼にとって彼女が心の支えになっているのだろう。
・・・俺はこんなところで何をしている?
気がつくと、反射的に体が動いていた。
遠くの方で自分を呼ぶ声が聞こえる。
あいつらは他の奴らとは違う。
力目当てで近づいてきたんじゃない。
けど・・・。
<あなたなら一人で生きていける。
許して、レイ>
俺は、いない方がよかった人間だ。
最初から。
俺さえいなければ。
すると突然強い力で後ろから腕を引かれた。
振り返るとそこには息を切らしているリースの姿。
「どこ行くんだよ!やっぱり何考えてるか、全然わかんないなっ、お前」
ルチルも後から追いつき同じく肩で息をしている。
何故そんなに必死になっている?
こちらからしたら二人の行動の方が全くわからない。
「俺がいなくてもスカイ・ネイルは封印できるだろう。やはり別行動にする」
「はあ!?今更何言ってるんだよ!そんなに俺たちじゃ頼りないのかよ」
「・・・そうだな」
「っ!」
それに対しリースは言い返せるわけもなくただ先を行くレイを見つめることしかできなかった。
しかしそのレイの目の前に突然フードを被った人物が現れた。
深く被られていることから顔は認識することができないが、口角が上がっているのだけは確認できた。
「君たち、スカイ・ネイルって知ってる?」
ーーー
「レグ、ザンスカールへ向かったみんなはまだ戻らないのか?」
積まれた書類を片付けながら、横で黙々と書物を整頓していた彼に声をかける。
「はい。城内の者達も薄々勘付いてきているように感じます。噂が広まるのは時間の問題かと」
「そうか・・・」
小さく溜め息をつく。
できれば気付かれずに事を進めていきたかったが、やはりそれはなかなか難しそうだった。
この国のほとんどの人が十五年前を経験しているとはいえ、噂が広まれば少なからずスカイ・ネイルを目指す者が出てくるだろう。
混乱は招きたくないのだが・・・。
すると部屋の戸がノックされ、返事を返すと入ってきたのは僕の幼馴染だった。
「ソティア」
「どうしたの、何か悩み事?」
長い付き合いだからか顔に出さないようにしていても彼女にはわかってしまうらしい。
事情を話すと納得したようで、こちらの不安を和らげるかのようにふわりと笑った。
「大丈夫よ。きっとここの国の人たちは暴動なんて起こさない。あなたについてきた人たちなんだから、そんなことは望まないと思うわ」
「そう、だね」
ソティアにそう言われると不思議とそう思えてくるが、こんなことで考え込んでいるようではまだまだだ。
もし今後何が起きようと臨機応変に対処し、皆の安全を第一に僕が先陣を切っていかねば。
あの時のようにならないように。
「そういえばソティア、僕に用があったんじゃないのか?」
「えっ?あ、用・・・というか、様子を見に来ただけというか」
語尾がどんどん小さくなり、察したレグは笑いをこぼした。
「たっ、大変です!!!」
いきなり扉が開かれ、一人のコバルト国の兵士がフランの元へ駆けつけてきた。
「どうした?」
「国の西側に複数人の侵入者です!!その内の二人は召喚獣を引き連れており、攻撃を仕掛けられ怪我人もでています!」
「っ・・・!」
ガタリと椅子から立ち上がり、焦る気持ちを落ち着かせる。
召喚獣・・・あの時の猫か?
警備配置していたのにも関わらず仕掛けてくるなんて。
これ以上中に入られては住民のみんなが危ない。
「フラン!」
そばに置いていた剣を手に取ると僕らはその兵士とともに西側エリアへと急いだ。
ーーー
「知ってると言ったら?」
フードの男は腰辺りから鋭く光る刃物を取り出すとそれを勢いよく切り付けた。
ヒュン、と風を切るような音がしレイの頬から赤い液体が滴り落ちる。
直様距離をとり体制を整え、ぐっと傷口を拭う。
男を睨みつけると、前髪の隙間から憎しみに溢れたその瞳が薄らと覗かせた。
"「いるよね、君の中に。ハルモニアっていう精霊のような姿をした人が。僕はそちらに用があるんだけど、会わせてくれないかな?」"
それに答えず姿を現さないモニア。
どういう理由があるのかはわからないが、彼はモニアに相当の恨みを持っているようだ。
『リース!水魔法であの男の動きを止めるんだ!』
脳裏から聞こえてきたその声に反応し、俺は身に付けていた剣を手にすると呪文を唱えた。
「カスケード!!」
剣から放たれた滝のような水流が渦を巻き、みるみるうちに男を飲み込んでいく。
やったか・・・!
やがて水で動きを静止させられその場で立ち尽くす男が目に入る。
「・・・君も不思議な力を持っているね。彼と同じものか」
しかし男の方が力が上手なのかそれは簡単に解かれてしまった。
「本当なら・・・今すぐにでも殺してやりたいが。姿を現さないんじゃ"側"を傷付けるだけだ。やはりお前は幸福の女神でもなんでもない」
男はナイフを戻すとそのまま話を続けた。
「君らの中に彼らがいるってことは、やはり封印は解かれたんだろうね。・・・まだ希望は捨てたわけじゃない。だが、俺はお前を絶対に許さない。次に会った時には、必ず・・・」
そこまで言いかけると男は俺たちの前から静かに去っていった。
その後もモニアが言葉を発することはなくスーラからも反応がない。
「レイ!」
先を行こうとする彼を呼び止める。
それが意味のないことだというのはわかっていた。
自分より強いことは十分に理解しているが、それでも一人でこの地を彷徨うのはあまりにも危険すぎる。
またいきなり襲われでもしたら。
「どうしても、行くのかよ」
それに対しての返事はなく、こちらに振り向くこともなかった。
いったいどこを目指して歩いているのか。
ただその後ろ姿をじっと見つめながら胸の奥を締め付けられているような感覚に襲われる。
「リース・・・」
心配そうにその様子を見ていたルチル。
彼が決めたことなら、仕方が無い。
「・・・帰ろう」
そう言って俺たちもまた歩き出した。
ーーー
大きく振り翳された剣を、重心を後退させギリギリのところで躱わしていく。
相手もそれに反応し直様こちらに刃を突きつける。
咄嗟の判断でそれを自らの剣で防ぐと金属の擦れる音が辺りに響き渡った。
「お前たちの目的は何だ」
「・・・っは、わかってんだろ」
リーフグリーンの髪色をした彼は剣を交えたままうすら笑いを浮かべた。
「神器とやらを持つ少年がこの国にいるだろう。そいつを差し出せばこれ以上手は出さねぇ」
「差し出したら・・・どうするつもりだ?」
男は大きく溜め息をついた。
重なっていた剣を力強く薙ぎ払われ、すぐに互いに距離をとると体勢を整える。
「わかってることをいちいち説明するの、面倒なんだけど」
どこか気怠そうにしながらも彼は次にこう告げた。
「スカイ・ネイルを手に入れるために決まってんじゃん」
その言葉に辺りがざわつき始める。
「スカイ・ネイルだって?!」
「やっぱりあの時の光は・・・」
「神器って何なんだよ」
・・・まずいな。
今ここに彼らがいないことだけが幸いだ。
こいつらが狙っているのはおそらくリースではなく神器本体。
しかし、このままでは国の混乱を招きかねない。
ここの主力メンバー達はザンスカールに行ったまままだ戻らない・・・。
まさかこんなことになるなんて。
「フラン!どうする、人数はこっちのが有利だけど、相手と彼らとじゃ力の差がありすぎてる。このままだとここを突破されるのは時間の問題だわ!」
「っ・・・」
「話が通じねーなあ。あんたならすんなり受け入れてくれるかと思ってたけど。これ以上犠牲は出したくねぇんじゃねーの?」
そう言って空いていたもう片方の手でダガーを取り出し、こちらの焦りを誘うかのようにチラつかせる。
「・・・彼は、ここにはいない」
「は?わっかんねー奴だな。この国のどっかにはいるんだろ。早くしねーとそこの部下殺っちまうぞ」
男と目が合った兵士は小さく悲鳴を上げ、肩を震わせながら後退りする。
「おい、ライア。必要のないことはするなよ」
ライアと呼ばれた男の後ろの方でその様子を見ていたもう一人が見かねたように声をかけた。
「ジェオルジ・・・、んなことわかってるよ」
「ニィ」
主であるジェオルジに呼ばれ、耳をパタつかせた召喚獣は察したかのようにフランに弓矢を向ける。
「目当ての物を入手したらすぐに退散する。なんせ俺らは盗賊だからね。無意味な命にまで手はかけたくないんだ」
左手を差し出すと、熱気とともに炎が現れた。
フランより一回りくらい歳が上だろうか。
どこか落ち着いていて余裕のある様は逆に恐怖心をも掻き立てる。
「・・・っ」
「・・・返答はなし、か」
しょうがない、と息を吐くと手のひらで揺らめいていた炎が一気に威力を増す。
同時にニィの手から矢が放たれ、フランはそれに反応し剣で二つに切り裂いていく。
しかし今度は大量の光の矢が次々に生成され容赦無く彼らを襲う。
すかさずソティアも細身の剣で対応し、レグもなんとかそれを防ぐべく力を尽くすが破壊し損ねた矢がついに彼の左肩を掠めた。
痛みに顔を歪ませるがそれでも相手を目で捉えたままぐっと堪える。
「スズ!」
ライアがそう呼ぶともう片方にいた召喚獣は指の間にいくつものナイフを挟み持つと、目に見えぬ速さで標的らに狙いを定める。
コバルト国側の兵士たちはすぐに防御態勢をとるがその刃の速度に間に合わず彼らに的中し、無惨にも血飛沫が辺りを赤く染める。
何が起こったのかわからない兵士らは崩れ落ちるようにその場に倒れ込んでいく。
「みんな・・・!!」
「よそ見はよくないねえ」
その隙に距離を詰めていたジェオルジはフランに猛炎の火を放つ。
「くっ・・・!」
だめだ、避けきれない・・・!
「アクア!!」
突如放たれた水流はジェオルジごと飲み込むと炎をも鎮火していった。
この魔力の感じは・・・。
「・・・来たか」
「リース!!逃げるんだ!」
「フランさん!これは、いったい・・・」
国へ戻るなり城のどこを探してもフランさんが見当たらず、城内の人に聞くと西側エリアに向かったというのを教えてもらい来てみたら。
辺りを見渡すと恐怖で怯える人や傷だらけで倒れ込む人たち。
それを必死になって治癒魔法で癒そうとする魔導士。
もしかして、俺のせいで・・・?
心臓が煩く音を立てる。
なんで。
俺は、また・・・・・・!
突然酷い頭痛に襲われ、思わず俯き痛む箇所を抑える。
それを見かねたルチルが心配して直ぐに寄り添った。
「リースっ?どうしたの?」
「・・・いや」
だんだんと呼吸が浅くなっていくのを感じながら、前方に目を向けるとあの時の召喚獣、ニィが俺の前に立ちはだかっていた。
「今度は、君に当てる」
弓を構えるとニィはまた光の矢を出現させる。
『リース!神器を使うんだ!僕の後に詠唱して』
詠唱・・・?
「っ・・・わかった」
ニィの弓矢を握る手に力が入る。
ルチルは呪文を唱えようとするが、俺の周りを不思議な魔力と光が包み込んでいく。
『アンヴォカシオン』
「・・・アンヴォカシオン、
スペクルム!!」
突如目の前に出現した大きな物体。
それにより相手の姿が確認できなくなった。
相手は直後に光の矢を放ったようだが、何かに弾かれたかのように甲高い音だけが辺りに鳴り響く。
まだ痛む頭のせいで思考が上手く回らず何が起こったのか理解するまでに少し時間がかかった。
これは、もしかして・・・。
「鏡・・・・・・か?」
ガラスのようなフレームに囲われているそれは宙に浮いたまま、俺を守るようにしてそこに存在していた。
「やっとおでましか」
これが・・・・・・神器。
スペクルムーーー。
『いい?リース。よく聞いて。この鏡は君の意思によって動かすこともできるし、実体をなくすこともできる。君の思う鏡でできることはきっと全部可能だよ!』
は・・・、何言ってんだ。
『いつも魔法を使う時みたいにイメージするんだ!』
後頭部あたりから語りかけてくる声に少々呆れながらも、ゆっくりと鞘から剣を引き抜く。
「・・・んとに、いつも説明が足りてないんだよ」
俺の意思によって鏡の実体が消え、同時に召喚獣との距離を詰めるために勢いよく飛び出した。
やはりケンさんが苦戦しただけあって彼女のスピードについていくのがやっとだ。
このままじゃ先にこっちの体力が底を尽いてしまう。
それなら・・・。
「カスケード!!」
唱えるとどこからともなく滝のような水流が出現し、大きな渦を巻いてニィに襲いかかる。
しかしそれはいとも簡単に交わされてしまい彼女はつまらなさそうな顔をする。
「これは、余裕」
「・・・・・・そうか」
行き場を失った水流には目もくれず、その隙をついて俺は再びスペクルムを出現させた。
鏡は相当頑丈なのかびくともせずに水を捉えると勢いそのままに跳ね返す。
ニィがそれに気付いた時には既に彼女の視界を水が覆っていたのだが、それを打ち消すかのように猛火の炎が辺りを一気に灼熱の色に染めた。
「そのくらいにしといてくれないか」
召喚獣を守るようにして現れたのは、主であるジェオルジ。
彼は確か、フランさんとやり合っていたはずじゃ・・・・・・っ!
目の前の出来事に気を取られているうちに何かが頬を切り裂き痛みが走る。
足元を見るとどこから飛んできたのか小型ナイフがそこに転がっていた。
「呪文は必要ないが認識しないと発動しないみてぇだな」
「ライア、無駄な行動は控えろと言っただろう」
「何でさっきのはよくて今のはダメなんだよー」
むくれるライアを他所に、ジェオルジはリースの前まで来て手を差し出した。
「俺たちと来てくれないか。そしたら今後一切彼らに手出しはしない」
今後一切・・・?
俺がついていけば、もうフランさんやコバルト国のみんなが傷つくことはないのか?
信用していいのかどうか、思考が揺らぐ。
ジェオルジたちの後ろには今も必死に戦う兵士たち。
きっと彼等には家族がいて、大切な人もいるはずだ。
自分の生きてきたこの地を、危険を伴ってでもみんなを守るために・・・・・・。
俺がここへ来てしまったせいで。
それなら、いっそ・・・・・・。
「リース!!」
ルチルの声に我に返り、自分は何を考えているんだと頭を横に振った。
「俺は、お前たちのところへは行かない」
その返答にもちろん納得がいかず困ったように差し出した手を戻す。
「それじゃ、イエスと言ってくれるまでやるしかなくなっちゃうねぇ。手ぶらで帰ったらシェイドの奴、機嫌損ねるだろうから」
シェイド・・・?
まさか、村を襲った・・・・・・あいつのことか?!
ジェオルジは呪文を唱えると炎を纏う。
あまりの熱さに身構えつつも対抗すべくこちらも魔法を放った。
「カスケード!!」
「何度も同じ魔法は通用しないよ」
水流はすぐに炎に打ち消されてしまいそのままこちらへと向かってくる。
まずい・・・!
このままじゃ・・・・・・っ。
思わず固く目を瞑り覚悟を決めた・・・が、体を焼かれることなく俺はその場に立ち尽くしていた。
熱風は変わらず吹き続けており、そっと目を開いていくと違う魔力を纏った炎が俺を守るようにして防いでいてくれていた。
これは、いったい誰の・・・?
『リース!これ、神器だよ!』
「えっ?」
何を言ってるのかわからずその魔法の元を探すべく辺りを見渡すと、明らかに他とは違う力を纏っている人物に目がとまる。
その人物は・・・・・・。
「フラン・・・さん?」
「ごめん、隠すつもりじゃなかったんだけど」
いつもとは違う大剣を手にした彼は申し訳なさそうに小さく謝罪した。
俺のように呪文を唱えるとこもなく意思で炎を操れるのか、みるみるうちに侵入者たちの周りを包み込んでいく。
「これ以上は、この国の王である僕が許さない」
ジェオルジに剣を向けそう告げると彼はふっと笑いを溢した。
「君は相当魔力のコントロールが上手いらしい。全く気が付かなかったよ。・・・・・・ライア、一旦引こう」
「はあ?!正気かよ!」
両手を上げ、皆に戦いを止めるよう促すとフランもそれを受け入れ神器の魔法を解いた。
召喚獣も降参の意を示すためか獣の姿に戻り主の元へと帰っていく。
「またいずれ会おう」
ジェオルジはこちらに背を向けそう一言だけ言い残し、彼らはこの場を去っていった。
急に全身の力が抜けその場に崩れ落ちる。
『魔法を使えない君が神器の力を使ったんだ。結構ヘトヘトなんじゃない?』
それもそうだが、連続して魔法を使ったこと自体今までなかったから。
今はすごく、体が重い・・・。
「リース!大丈夫っ?」
駆け付けたルチルに問題ないと伝え、肩を貸してもらうとゆっくり立ち上がった。
その後はみな城へ戻り、怪我を負った人たちは今も治療を受けている。
ルチルも力になりたいからと手伝いに行き、俺は一人ベッドで寝転んでいた。
『まだしんどい?』
半透明の姿をしたスーラが心配そうにこちらを見下ろす。
「いや、もうだいぶいいよ」
まさか三つ目の神器の持ち主がフランさんだったなんて。
あの大剣が、きっとそうなんだろう。
炎を司る神、か。
水、光、火・・・。
残り二つは何なんだろう。
「・・・・・・今頃どこにいるんだろーな」
『モニアのこと?』
「まあ、そうだけど」
スーラは顎に手を当て考えるポーズをとる。
『んー・・・、スカイ・ネイルを封印するためにはどのみち神器を宿している五人を集めないといけないし。また会えるでしょ!』
「・・・軽いな」
額に手を乗せ、一つ息を吐く。
窓の外に目を向けると既に日は沈み空は真っ暗になっていた。
すると部屋の扉が叩かれ、体を起こし返事を返す。
「ルチル。・・・治療は終わったのか?」
「うん。あとは城の人たちに任せて休んでいいって。・・・リースも疲れてるのに、ごめんね」
「気にしなくていいよ」
少し遠慮気味に部屋へ入ってくると俺の横に座り、少しだけ静かな沈黙が流れた。
「・・・レイのこと、だけど」
ルチルも彼のことを気にかけていたのか、気まずそうに話を切り出した。
「俺に、もっと力があれば・・・」
レイと同じくらい・・・いや、それ以上の力が自分にあれば。
もっと対等に話ができたかもしれない。
「リースのせいじゃないわ。私があの時、ちゃんと引き止めていたら・・・」
ぎゅっとシーツを握り締め、若干言葉を喉奥に詰まらせながらもルチルはリースの方に顔を向けた。
「リースは・・・・・・いなく、ならないでね」
何を言い出すのかと思ったが、さっきのことも気にしているのだろうか。
一瞬ではあったが敵側へ行くことを選択してしまいそうになった。
自分のせいで誰かが傷付くのは見ていられなかったから。
それで戦いが収まるのならと、全て解決出来るような気になってしまっていた。
俺は、一番大事なことを忘れそうになっていた。
「ごめん」
守ると決めたのに。
どんな時も一番そばにいてくれたのはルチルだった。
今だって、こうしてーー。
絶対に弱さを見せない彼女は、いつも笑顔だった。
何がそんなに楽しいのか。
"笑う"とはなんなのか。
言葉さえ発しなかった俺に君はずっと声をかけ続けた。
そしてついに俺はこう言ったんだ。
"「何故君はいつも笑っているの」"って。
そしたら君は少し困った顔をしたけれど、すぐにいつもの表情に戻ったんだ。
今ならわかる。
あれは、俺に心配かけないように・・・、不安にさせないようにするために笑ってくれていたんだって。
もしかしたら、また間違った選択をして君を困らせることがあるかもしれない。
だけど・・・・・・。
ふわりと彼女の頭に手を置くと、どうしたのかとこちらに顔を上げた。
「ルチルをおいてどこかへ行ったりなんかしない。・・・・・・約束する」
俺は頬を緩ませ笑ってみせた。
その言葉を聞いて安堵したのかルチルもまた優しく微笑んだ。
・・・のだが、だんだんと彼女の顔が林檎のように赤らんでいく。
「ルチル?どうした・・・」
「わっ!私っ、部屋に戻るね!また明日っ」
そう言って慌てるように部屋を出ていってしまった。
「・・・俺の顔、なんか変だったか?」
『君って人は・・・』
空中で寝転びながら肘をつき、手に顔の重心を預けたまま呆れたように見下ろすスーラ。
少しでも不安を取り除くことができたのならいいのだけれど。
ーーー
カーテンの隙間から差し込む光。
心地良い布団の温もりを感じながら、まだ重たい瞼を持ち上げる。
ここでの生活にも大分慣れたが、いつになってもこのベッドで眠るのは最高に気持ちが良い。
もう一眠りしたいところではあるがその気持ちを堪え、体を起こすとまだ夢見心地のまま閉じられていたカーテンを全開にする。
結局昨日はフランさんに薬を渡せなかったな。
昨日の事を思い出しながらぼーっと外の景色を眺め、ミニテーブルに置かれたままだった薬のことを思い出す。
のそのそと服を着替え、いつものように城のダイニングルームで朝食を済ませ終えるとその薬を届けるべく城内を歩く。
心なしか周りの目線が自分の方に向けられているような気がして、それが良いものでないことは目を合わせなくとも何となくわかった。
原因はきっと昨日の出来事のせい。
これで俺とフランさんが神器所持者だということが知られてしまったわけだが、これから先はどうするのだろう。
スカイ・ネイルのところへ行くとなれば、当然フランさんは国を離れることになる。
長期間国を空けることは本人もきっと望んではいないだろうが、もしそれが出来ないとなると神器は五つ揃わない。
何かいい方法はないのかーー?
「よお。こんなとこで何してんだ?」
ふと誰かに声をかけられ、足を止めるとその主の方へ顔を上げる。
この威勢のいい感じの声は・・・。
「久しぶりです」
「それほどたってねぇだろ」
軽く会釈をするとケンはいつもの調子で言葉を返す。
「ケンさんこそどうしてここに?」
「俺は収穫した野菜なんかを厨房まで運んでたんだ。そんでついでにフランの顔を見にな」
畑仕事だけじゃなく運搬まで・・・。
本当に彼の本職は農業なんだな。
「普段城にはいないんですか?」
「言っただろ。この国の畑は全部俺が見てる。こっちにいる時間のがみじけぇよ」
少し誇らしげに話している様子からも心の底から楽しんで取り組んでいるのがよくわかる。
なんだか羨ましいな。
「んで、お前は何してんだ?ぼーっと考え込んでたみてぇだけどよ」
「俺はーーー」
言いかけたところで、どこからかふわりとカモミールの香りが鼻をくすぐった。
普段は束ねている髪を下ろしているからだろうか、一瞬誰だかわからず返事が遅れてしまい慌てて腰を四十五度曲げ敬礼する。
「おはようございます!」
「ん、おはよう」
その光景に顔を引きつらせ、得体の知れない何かを見るような目でソティアを見る。
「おい、お前何教えてんだ」
「何も教えてないわよ!彼が私に忠実なだけ」
そっか、この二人は確かフランさんと幼馴染なんだっけ。
ソティアさんにこの調子で話す人なんて他に見たことないからな。
「なあに、悩み事?」
「あ、いえ。フランさんを探してて」
ああ、フランね。と言い、通りの先にある部屋を指差す。
「彼ならいつもの仕事場にいるわ。一緒に行きましょうか」
「ありがとうございます」
「んーじゃ、俺は行くな。またな」
軽く頭を下げ、ソティアさんが先を行こうとしたところを一度引き止める。
不思議そうにこちらに振り返ると俺はもう一つ渡さなければならなかった物を腰辺りから取り出すと彼女に手渡した。
それを見るなり目を輝かせ、嬉しさのあまり心の声を漏らしながら目を細めてにこりと微笑んだ。
「ありがとう!このレモンティー大好きなのよ。あなたはいい弟子だわ」
「いつもお世話になっていますので。それに、それは元々ソティアさんに頼まれていた物ですし」
「頼んでも忘れて帰ってきちゃう人もいるのよ。そしたらその度に予定が空けられなかった自分を恨むの」
私が行けば絶対にあの店に寄って帰るのに。と言葉を続けながら本来の目的を思い出し、大事そうに受け取った紅茶を手にしながら先へと步を進めた。
扉の前まで来ると数回ノックをし、ゆっくりと開ける。
静かな中フランさんとレグさんはそれぞれ書物や書類の整理をしていた。
こちらに気付くと当の本人は視線をこちらに向ける。
「すいません、朝早くに忙しいところ」
「構わないよ。どうしたのかな?」
「昨日はいろいろあって渡せなかったので・・・」
薬を取り出すとそれをフランさんの机の上にそっと置く。
「ありがとう。助かるよ」
「あの、その薬って・・・・・・」
聞いてもいいのかわからないが、どこかずっと気になっていた。
プロスペリティにある薬屋までわざわざ足を運んで購入する理由。
他の物は全て国へ輸送されてくるのに、これだけはどうして・・・?
「・・・・・・構わないですよ、話しても」
それまで作業を続けていたレグは手を止め、口を噤んでいたフランにそう告げる。
「・・・栄養剤だよ。もうずっと、寝たきりでね」
「寝たきり・・・・・・?」
ソティアさんはもちろん全てを知っているようで黙って話を聞いている。
「それは、僕の母親のなんだ。・・・何年も目を覚まさなくて。本人は望んでいないのかもしれないけれど・・・、僕の要望でこの城で延命治療させてもらってて」
この手の話は慣れているのか、それとも作り笑顔なのか。
レグは淡々と話す。
想像もしていなかった理由になんて返していいのかわからず口が開きかけたままになる。
「・・・もう、長くはないだろうけど・・・・・・」
ぽそりと溢れるように呟く彼の言葉を掻き消すかのようにフランは音をたてて立ち上がった。
「そんなことはない!きっと君の母親は目を覚ます!絶対に・・・っ」
「・・・・・・ありがとうございます」
レグは力なく笑って見せる。
フランさんの様子からかなり手は尽くしているのだろう。
もしかして、レグさんのお母さんも十五年前が関係しているのか。
何かの代償で昏睡状態に・・・?
すると再び扉が叩かれる。
入ってきたのは防具に身を包んだ一人の青年。
「お取り込み中のところ失礼致します。コバルト国騎士団隊長オルト、只今ザンスカールより戻りました」
フランは取り乱した場を戻すべく一呼吸した後、椅子に座り直すと真剣な表情でオルトを迎える。
「よく戻ってくれた。それで・・・・・・向こうの状況は」
「はい。報告します。ザンスカールに辿り着き調査しようとしたところ住民が敷地一帯を囲っていたために中へ入ることは出来ませんでした。
何故そうする必要があるのか問うと、ネオンという男が中へ入れるのは神から受け伝えた宝器を持つ者のみ。それ以外の者が入ろうものなら雷の制裁を下すと告げられたそうです」
「雷の制裁・・・・・・?」
『・・・リース、もしかして』
俺の"中"からスーラの声が聞こえてくる。
どうしたのか。
今の話で何か気がつくことがあったのだろうか。
「どうやら彼らはその神の力を持つ者たちを探しているようです。どういった理由かはわかりませんが、一つわかったことは何か強い力がザンスカールに隠されている。
それがスカイ・ネイルなのか、他の何かなのかまでは特定できませんでしたが・・・」
「そうか・・・・・・」
神の、力・・・。
スカイ・ネイル・・・・・・。
もしかして、その雷の制裁というは四つ目の神器が関係しているのか?
それともただ雷属性の魔法でそうすると言っているだけなのか。
スーラの様子を見る限り前者の可能性が高そうだ。
でも、だとしたら。
モニアのように周りに気づかれてしまうくらい雷の神器も相当強い魔力が宿っているのか?
そうでないとしたら、その力の正体は・・・・・・。
「周辺も偵察しましたが、力に引き寄せられてか変な輩が数名うろついていました。中には無理矢理足を踏み入れようとして戦闘が繰り広げられ、その後は見るも無惨な状況。治安は最悪と言えます。
ある程度の戦闘経験がない者があそこへ近づくのは困難。最悪命を落しかねないかと」
話を聞き終え目を瞑り、しばらく考え込んだ後またゆっくりとフランは瞼を持ち上げた。
「やはり、そこに行く必要がありそうだね」
「っ!ザンスカールへ行かれるおつもりですか」
それまで緊張感で張り詰めていた頬を糸が途切れたかのように緩ませると眉を落とし彼を見上げた。
「僕がそんなにひ弱に見える?」
「とっ、とんでもございません!そんなつもりではっ・・・」
あたふたするオルトを見て思わず笑いを溢しつつ彼を安心させるように優しい口調で話を続ける。
「冗談だよ。・・・大丈夫。僕はザンスカールの人たちに制裁も与えさせないし、その男と話すこともきっとできる」
「それって・・・・・・」
そこまで言いかけるとリースの中から飛び出すように半透明の人らしきものが姿を現した。
突然の出来事にオルトは驚いた様子で少しだけ後退りし、今目の前で起こったことが現実なのかと実感するのに少し時間がかかった。
それもお構いなしにいつもの調子で彼は話を進めていく。
『ここからは僕が説明するよ!リース、ルチルも呼んできて』
水色に透き通った長い髪を揺らしながらくるりとこちらに振り向き、そう言われるがまま主人である俺は早々に部屋を出るとルチルを呼びに行った。
「・・・・・・なるほど。フランさんは火の神、リンドブルムのドラゴン・ソードを宿しているからザンスカールの人たちに制裁は下されないと仰ったのですね」
スーラから一通り全ての説明があり、改めて状況を把握する。
「そしてまだ見つかっていない神器は雷、地・・・・・・。その、ネオンという男が雷の神器を所有している可能性が高いというわけか」
ザンスカールは今現在神器保持者以外は中に入れない状況にある。
それがもしスカイ・ネイルの力を使うことに関係があるのならば話をしてもこちら側の要望が受け入れられない可能性もある。
コバルト国からかなり距離があり、神器を持っているとなると多少なりともリスクも考えなければならない。
彼の取っている行動の理由が俺たちと同じで、心良くスカイ・ネイル封印に賛同してくれるのであればいいのだが・・・。
するとオルトが誰かを探すようにきょろきょろと辺りを見渡す。
「ところで・・・・・・その、光の神器を持つ者の姿が見えませんが」
心臓が少しだけ音を立てる。
恐る恐るフランさんの方を見ると目が合ったが、何と無く事を察しているようだった。
レイのこと、その寸前にフードを被った男に襲われたことを話すとそうか、と言葉を漏らす。
「これは推測だけど、その男は多分、ステラの身内じゃないかな」
「身内・・・?」
「そう。例えば、兄弟・・・とかね」
なるほど。
確かにそれなら納得がいく。
だけど、またあの時のようにレイ自身が狙われなければいいのだが・・・。
「大丈夫。彼は相当強いよ。それに君たちのことも受け入れようとしていた。・・・きっと大丈夫」
また、話してもいないのに。
どうして考えていることがわかってしまうのだろう。
・・・・・・そうだ。
わかってる。
レイは俺なんかよりもずっと強いことなんて。
信じていれば、きっとまた会えるって。
「・・・・・・フラン、本当に国を出るの?」
心配そうな表情を浮かべるソティア。
腕を組み椅子の背もたれにもたれかかると難しい顔をする。
「問題はそこなんだよね」
国の王が暫くの間席を空けるというのはいかがなものだろうか。
もし何かあった時にその場にいなければ自分はどうすることもできない。
それは裏切り行為になるのではないのか?
せっかく着いてきてくれたみんなを。
平和を築き上げてきたこの国を。
・・・・・・オルトたちを頼りにしていないわけじゃない。
けど、何かあったら。
どんな顔をして戻ればいい?
もう、あの時のような・・・・・・。
『大丈夫だよ!』
半透明の体をくるくるさせ、ぱっと両腕を開き満面の笑みを見せる。
「スーラ?」
『実は神器所持者同士なら意見が合致した場合のみ、所有者ごとその神器を他人へ譲渡することができるんだ』
「えっ、そうなのか?なら俺が代わりに」
『ただリスクはあるよ。一人の人間が二つの神器を手にすると今の二倍分魔力を背負うことになるから、場合によっては正気を失ったり力が暴走することもある』
「正気を失うって・・・・・・」
それならば魔法が得意ではないリースが受け継ぐわけにはいかないだろう。
渡す側も賛成するはずがない。
「何か他にいい案はないの?」
んーーー、と人差し指を額に当てながら考え込むと何か思いついたのか、ピンとフランに指を向けてもう一つの提案を繰り出す。
『君の写し身を作るってのはどう?』
「ちょっ、フランさんに向かってそんな!」
「それは、スーラの力を使ってってことかな?」
スーラはこくりと頷く。
「でも、フランさんが二人いるのはまずいんじゃないでしょうか」
『それなら今の君の姿も変えちゃえばいいよ!なりたい姿があれば鏡に見せて。さっ、リース!呪文を唱えて!』
半分話についていけぬまま、リースは言われたとおり呪文を唱えスペクルムを召喚する。
「アンヴォカシオン・・・・・・スペクルム!」
すると神々しい光とともにそこまで広くはないこの部屋の中央に大きな鏡が出現した。
『ものは試しだよ。何かなりたい姿はないの?』
なりたい姿・・・。
急に言われても思いつかないが、ちょうど引き出しの奥の方に青年時代の写真が眠っていたことに気がつきそれを手に取るとスペクルムに映した。
『それじゃあ、いくよ』
リースはすっと鏡に片手を翳す。
「かの者の姿を写せ」
再び辺りが白い光に包まれていく。
やがてそれは徐々に薄れ、皆がフランの方に目をやると彼の横にもう一人。
どこから現れたのかリースらと同じくらいの男の子がそこにいた。
その子もまた状況が把握出来ていないのか、自らの容姿を不思議そうに眺めている。
「君は・・・・・・」
「フランっ!!!」
突然の大声に肩を飛び上がらせる。
どうしたのかと思ったら何やらソティアの様子がおかしい。
明らかに。
「まさか、そんなことってあるの?なんて破壊力」
「そ・・・ソティア、さん?」
手を震わせながら青年のフランに見惚れていたソティアははっと我に返り恥ずかしそうに小さく縮こまった。
『成功したみたいだね』
大人であるフランと、青年のフラン。
互いに顔を合わせるとそれが自分の写し身であるという事実にまだ脳が理解に追いつかない。
「スペクルムはこんなこともできるんだな」
『言ったでしょ。鏡で出来そうなことは何でもできるって』
「だけど、この国の人たちの中には子供の頃のフランさんの顔を覚えている人もいるんじゃないかしら?それはそれで見つかったらまずいんじゃ・・・」
「この国では、ね」
青年のフランが口を開く。
「ここを出てしまえば問題はないだろう。・・・・・・この写し身は、信用していいんだよね?」
元の自分の姿である写し身に目をやると、彼は口角を緩め縦に頷いた。
『もし写し身に何かあったら僕の元に情報が飛んでくるから、その時はまた伝えるよ』
「・・・・・・」
その何かが起こらないのが前提であってほしいのだが、他に術がない今それを了承するしかない。
「あの、フランさん・・・」
「この姿の時にその呼び方はよそう。フランで構わないよ。それから敬語も」
「そ、それはさすがに!」
フランはソティアとオルトの方に向き直る。
その顔付きは一つの国を率いる王に他ならない。
青年の彼は間違いなくこのコバルト国の頂に立つ人物。
「いつ戻るかわかない。暫くの間、君たちにこの国を任せる。・・・・・・必ず帰ってくる」
「はっ!」
「了解」
「・・・本当なら、五つ揃ってからここを発ちたかったけど」
「申し訳ありません、情報を入手することが出来ず。・・・・・・この話、他の隊の者たちには」
「悪いが君までに留めておいてくれ。なるべく混乱は避けたい」
「・・・・・・わかりました」
その後明日には国を出て残りの神器を探しつつザンスカールを目指すという流れで話は纏まり、皆は解散していった。
ソティアを除いては。
「僕なら大丈夫だよ」
何も言わない彼女に優しく声を掛ける。
「まだ何も言ってないわ」
「言わなくてもわかる。ソティアは昔から優しいから」
胸の前できゅっと手を握り、不安そうにフランを見つめる。
「・・・いつかあなたがスカイ・ネイルの元へ行かねばならない時がくるんじゃないかって思ってた。でも、今まで長い時間離れるなんてことなかったから」
「もう守られてばかりの僕じゃない。心配ないよ」
「・・・・・・わかってる」
物心ついた時からずっとそばにいた。
彼は何をやるにも優秀で、周りからは妬まれ目をつけられていた。
それに納得がいかず私とケンはいつも対抗するかのようにフランの前に立ちその輩たちを追い払っていた。
相手にする必要は無い。
だって何も悪いことはしていないんだもの。
なのにどこまで心が広いんだか、その相手にさえいつかきっと理解してもらえるその日を信じてずっと挫けず前だけをみて歩んできた。
間違いなくあなたの中には大きな傷ができてしまっているのに。
そして今では国を率いる王となった。
権力も、戦力も、信頼もきっと誰にも負けないくらい。
あなたはもう一人じゃない。
心配することはない。
あなたの傷はこの先も私とケンが開かぬよう支え続けていくから。
だけど・・・・・・。
「ソティア?」
今はまだ、言う時じゃない。
「ううん。・・・きっと帰ってくるって信じてるわ」
「うん。あと、ケンにも伝えてくれると助かる」
「もちろんよ」
寂しい、って言ったら。
あなたはきっとまた優しく笑いかけてくれるんでしょうね。
ソティアは部屋を出ると城に差し込む陽の光を少し眩しそうにしながら、遠くの方で揺れる影に目を向けることなく赤髪を風に靡かせてその場を後にした。
ーーー
一夜明け、それぞれに支度をし終えたリース等は誰かに見つからないよう城を抜けて国の外まで来ていた。
「それじゃあ、行ってくる」
見送りに来てくれたソティアとレグは小さく手を振り、三人が見えなくなるまでその場を動かなかった。
フランはやはり心配なのかいつもより表情が曇っている。
「・・・コバルト国は、平和な国ですよね。きっと大丈夫なんじゃないでしょうか。一昨日はその・・・・・・俺のせいで、あんなことになってしまいましたが」
「敬語」
「え、あっ!す、すいま・・・・・・ごめん」
「ふっ」
一々言葉に戸惑うのがなんだか可笑しくてつい笑ってしまった。
「空気を悪くしてごめんね。それに一昨日のはリースのせいじゃないよ。急に襲ってきたあいつらが悪いから」
「でも・・・」
「フランさんの言うとおりよ。気にするのは良くないわ。ところで、とりあえずプロスペリティに行くのよね?」
ああ、と返し歩を進めながら今後の行き先を確認する。
「側から見たら僕たちは三人の子供だ。なるべく野宿は避けたい。ザンスカールへは街や村を転々としながら行きたいんだけど、まずは治安も良くて一番近いプロスペリティが最適かと思って」
オルト等が通ってきたルートは必ずどこかでキャンプする必要があり、いろいろ考慮した上で人がいる場所に拠点を移して進んでいくという方針だ。
プロスペリティ・・・・・・。
行くのはあの日以来だが、当然レイはそこにはいないんだろう。
心の奥に後悔を滲ませながら進んで行く先を強く見つめる。
俺は、弱い。
多少は進歩しているのかもしれないけど、全然足りない。
もっと、もっと強くなって・・・・・・あいつに頼りないとか言われないくらいに。
強くなって。
そしたらきっと対等に話せるはずだ。
「・・・・・・」
硬い表情のリースに二人はなんとなく察しがつき、そのことには触れず今後の話を進めていった。
やがてプロスペリティへ辿り着くとそのまま宿屋へ向かい、特に怪しまれることなくそこで一晩を過ごすことになった。
「明日はここを出たらカムルへ向かう」
そう言われても全くピンとこなかったが、そこは周りから静寂の街と言われているらしく過去に大きな闘争もなければ街が発展することもなく、ただひっそりと存在しているらしい。
ほとんどの物は地産地消なのか外との交わりも無いに等しく謎が多い地であるようだ。
いったいどんな場所なんだろうか。
夜が明けるとその地へ向かうため俺たちは早々にプロスペリティを後にした。
ーーー
しばらく歩いていくと岸壁沿いに建ち並んでいる街が見えてきた。
何故か少し寂れたような雰囲気はどこかデザイアを連想させる。
しかしここは緑も少ない。
歴史が長いからそう感じるだけなのか、辺りには年季の入った建物がいくつもあり、一昔前の時代にタイムスリップしたかのような感覚に襲われれる。
一先ず宿を探しつつリースたちは街を歩いていく。
プロスペリティのような賑わいさえないが、住民の表情を見る限り皆穏やかな印象でたわいもない会話をしていたり、商いで談笑したりと何不自由ない生活をしているようだ。
「あら、旅のお方?随分と若いのね」
ふと一人の女性が物珍しそうにこちらを見ながら声をかけてきた。
「僕たち、北の方にある街を目指していて」
「北の街・・・?ステイブルのことかい?」
「いえ、もっと北の・・・・・・」
「ザンスカールのことじゃない」
いつの間にそこにいたのか、ウサギのぬいぐるみを大事そうに抱きかかえた少年がじっと三人を見つめている。
「あんたはまたそんなことを!」
慌てるようにその子を叱る女性はどうやらこの子の母親のようだ。
いったい何を知っているのか、それとも知りたいのか。
親の叱責に動じることなく男の子の瞳には変わらず三人が映されている。
「・・・・・・あの、ザンスカールっていうのは?」
「あ、ああ。ええと。私も良くわからないんだけどね。うちの子ったら時々おかしなことを言い出すものだから」
「お兄さんたち、石を探してるんでしょ。願いを叶えてくれる石」
「・・・・・・」
やはりこの子はスカイ・ネイルのことを知っている。
俺たちは北の街を目指しているとしか話していないのに、何故目的がそれだとわかった?
「・・・あの、そこへ行けば願いが叶う石が手に入るんですか?」
「や、やだね!こんな子供の言うことを信じるのかい?・・・・・・ほらっ、あんたはもういいから。家に帰ってなさい!」
そう言われると返事を返さぬまま男の子は自らの家へと歩いていく。
「そうだ、うちは宿屋をやっててね。よかったら泊まっていかない?」
「それは助かります。ちょうど探していたところで」
俺たちはその人の営む宿へ案内してもらうことになり後をついていく。
ようやくそれに気付いた住民らがこちらに目を向け囁くように噂を立て始めた。
「旅人だ」
「この街に何の用だろう」
「・・・」
特にそれに反応することもなくそのまま街中を進んでいくと、彼女が営んでいるという宿が見えてきた。
二階建てだがそれほど大きくはなく、落ち着いたウッド調であるその宿はどこか温かみを感じる。
中へ通されると扉を閉めるなり女性は肩を落として息を吐いた。
それから思い出したかのように顔を上げるとリースらを空いているソファへ腰を下ろすように促す。
「ごめんなさい、まだ名乗っていなかったわね」
先に帰っていた先程の男の子が物陰からひょこりと顔を出し、どうしても三人のことが気になるのか相変わらず痛いほどの視線を向けている。
「私はナギ。それからそこにいるのが、うちの息子のユノ」
「リースです。で、こっちにいるのがルチルと・・・・・・フラン、です」
互いに会釈をし簡単な挨拶を交わす。
すると奥から一人の男性が現れた。
その人は軽く頭を下げ笑顔で俺たちを迎え入れてくれた。
「うちの主人よ」
「ラウドといいます。小さな宿ですがどうぞゆっくりなさってください」
「ありがとうございます」
「さっきはごめんなさいね、うちの子が変なことを言って」
「いいえ。・・・・・・あの、話を聞かせてもらってもいいでしょうか」
「は、話って?何の話かしら」
だが、どうも歯切れが悪い。
この人も何かを知っている。
何か言えない理由があるのか?
「・・・・・・若い旅のお方。あなた方はきっと乱暴はなさらないでしょう。ナギ、話してもいいんじゃないかな」
「え、ええ・・・」
ラウドの思いもよらぬ言葉に困惑しているとそこに割って入るかのようにユノはリースらに歩み寄った。
「・・・石を探してるの」
こちらに問いかけているのか、それとも自分のことを言っているのか。
やはりいまいち考えがつかめない。
頬に手を当てながら、ナギは少しずつ話し始めた。
「いつの頃だったか、この街にとある噂が流れてきてね」
「とある噂・・・?」
「ええ。・・・・・・どんな願いも叶えてくれる石があるっていう話はきっとご存知よね?その石が発見されたとかって、私も最初に聞いた時は耳を疑ったわ」
やはり、この人も。
ラウドさんも知っているんだ。
スカイ・ネイルのことを・・・。
リースらは黙ってナギに注目する。
「でもこの街の人たちは皆平和主義というか、面倒ごとは嫌っていてね。とくに争いを起こしたり街を出ていく人はいなかったわ。・・・・・・もう、十年以上前の話だけれど」
「・・・その噂が、最近になってまた流れはじめた」
はっとしたようにナギとラウドはフランを見る。
「やはり、そうなのね」
「・・・やはり、というのは?」
問いかけると二人は互いに目を合わせまたこちらに顔を向けた。
「言ったでしょう。この街の人たちは面倒ごとが嫌いなの。私たちも同じよ。・・・でも、ユノが生まれて・・・・・・最近になって、どこで聞いてくるのかその話ばかりするようになって」
「もしかしたら、また各地でその石を取り合うために争奪戦が起き始めているんじゃないかと予想していたんだ。・・・・・・あの石は災いの元だ。情報収集だとか言っていつまた物騒な輩が街に押し入ってくるか・・・」
ふとリースの頭にギルの顔が過ぎる。
この人たちも、同じ状況なんだ。
険しい表情の両親をユノはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま見つめる。
「昔からここは大きな争いなんかは起こっていないから、きっとこの街にいれば安心だって思っているんだけどね。それなのにこの子ったら外で余計なことばかり」
するとユノはようやく口をへの字に曲げ納得いかない様子で母に視線を送る。
「その・・・・・・俺たちがもし、ザンスカールを目指していると言ったらどうしますか」
「すぐにでもここを去ってほしいわ」
即答で返されるとその勢いにリースは少しだけたじろいだ。
ルチルは何言ってるのよ、と言わんばかりに視線をリースに向ける。
「・・・けど、あなた方はきっと大丈夫ね。今はうちの大事なお客様。そうだったとしても、今夜はどうぞくつろいでちょうだい」
「あ、ありがとうございます」
どんな人であろうと快適に寝泊まり出来るようにもてなすのがうちの仕事だからね、と言ってそれまでどこかよそよそしかったナギさんは初めて笑顔を見せ心から俺たちを受け入れてくれた。
その後今晩の夕食まで用意してくれることになり、日が沈むまではまだ時間があったため街を少し歩いてみることにした。
身軽になるため一度荷物を置き部屋を出ると、物陰からどこへ行くのかとリースたちを興味津々に見つめるユノの姿。
「ユノくんも一緒にくる?」
膝を曲げルチルはユノに目線を合わせて片手を伸ばす。
すると嬉しそうにこちらへ駆け寄り彼女の手を取った。
綺麗に均された道。
空を飛び交う鳥たち。
建物の隙間から顔を出す僅かな緑が風に揺れどこか心を掴まれる。
狩りの帰りなのか、大きな動物を担いだ人たちが称賛の声を浴びながら目の前を通り過ぎていった。
「この街はほとんど自給自足・・・なんだよな。あそこまで大きいのを仕留めてくるなんて、相当慣れてないとできないぞ」
「外交はほとんどないはずだからね。各々が得意分野を活かしながら共に生活しているんだろう。それにしても、よくここまで規模を広げたものだな」
辺りを見回しながら感心していると、ユノはルチルと繋いでいた手を離し一人の男性に駆け寄った。
「あんたら、ラウドさんとこの客か」
短髪で筋肉質の体つきから、何か力仕事をやっている人のようだ。
「もう噂が広まっているんですか」
「噂というか、さっき偶然ナギさんの後ろを歩いているのを見かけただけだよ。宿屋にはいろんな人物が出入りするからな。今度はどんな奴が来たのか気になって」
ユノはこの人に慣れているのか服の端っこをきゅっと掴んでいる。
男もまたユノの頭にぽん、と手を置きくしゃくしゃと撫でてやる。
「タクト兄ちゃんに聞いたの。石がザンスカールにあるって」
その言葉を聞いた瞬間男の目付きが変わる。
「・・・この街に何の用だ」
急に張り詰めた空気に息を呑んだが、フランは相手の気に押されることなく前に出る。
「僕たちが"北の街を目指している"と話したら、この子が勘違いしちゃったみたいで。安心してください。僕らは束の間の休息を一緒に過ごしているだけですので」
「・・・・・・あんた、随分と達者な言葉使いだな」
「それほどでも」
にこりと笑ってみせるとタクトと呼ばれた男は警戒心を解き、こちらも胸を撫で下ろす。
「ねぇ。他にはお話しないの?石はどんな石なの?きらきらしてる?」
「っ・・・お前なあ。子供じゃなかったら街から追放されてるとこだぞ。ここにいれば苦労せずに生きていけるんだ。あんな災いの元でしかない話を仕入れてどーするんだよ」
「だって、気になるから」
上目遣いの純粋な瞳がタクトを怯ませる。
きっと彼は子供が好きなんだろう。
ユノも相当懐いているようだし。
そうでなければスカイ・ネイルの話も、ましてや相手にすらしないだろうから。
「タクトさんはどこからか情報を仕入れているんですか?」
「え?ああ、いや。ただ流れてくる噂だよ。まあ、この街にはあまり関係のないことだが・・・」
「タクトーー、ちょっといいかしらー」
家の奥から彼のことを呼ぶ声がする。
「悪い、母親が足を怪我しててな。家の事を手伝ってたとこなんだ。ユノ、話の続きはまた今度な」
そう言ってタクトは家の中へと消えていった。
つまらなさそうに頬を膨らましながらユノは持っていたウサギのぬいぐるみに顔を埋める。
それを宥めるようにルチルは背中を撫でてやり、そろそろ戻ろうか、と手を引いて歩き出した。
宿へ戻ると、良い香りが外まで漂っていた。
テーブルに並べられた豪勢な夕食を目の前に空腹を抑えきれず、各々席に着く。
ナギさんは遠慮なくどうぞ、と言ってくれたのでリースらはその言葉通りいただくことにした。
「夕食、とても美味しかったです」
「お口に合ってよかったわ」
お皿を下げながらナギさんは嬉しそうに微笑んだ。
「どれもこの街で作られているんですよね。よろしければその工程や方法など、わかる範囲で教えていただけないでしょうか。今後国が発展していく上でとても参考になるかもしれないので」
「は、はあ」
「おい、フラン。ナギさん困ってるぞ」
夕食を終えたユノはぴょん、と椅子から降りるとルチルの元へ駆け寄った。
優しく頭を撫でてやるととても心地が良いのか口元を緩ませている。
「ユノは随分とあなたに懐いたようだね」
「そうみたいですね」
なんだか弟ができたみたいで可愛い。
口数はそんなに多くないけれど、感じたことはちゃんとこうやって顔に出してくれるのね。
「ユノくん、今日は私と一緒に寝ようか」
「!、うん、寝るっ」
そうしているうちに日はすっかり沈み、窓の外は暗闇に包まれていた。
その後はそれぞれ交代で入浴を済ませると部屋へ別れ、明日に備え早目に寝床に就いた。
・・・・・・・・・一人を除いては。
「・・・」
自分の横で眠る彼女を見てにこりと笑う。
カーテンの隙間から微かに月明かりが差し込んでいる。
窓は空いていない筈なのに、ふとその布が靡かれたような気がした。
不思議とそれが何なのか気になった。
起こさないようベットから出ると、自身の宝物であるウサギのぬいぐるみを手に取り静かに部屋を出た。
「・・・・・・・・・ユノ、くん・・・?」
「ルチルとユノくんがいない?!」
それを知ったのは朝日が昇り朝食を取り終えたあとだった。
なかなか部屋から出てこない二人を起こすためナギさんが様子を見に行ったのだが、そこに姿はなかった。
ただ荷物もそのままだし、いったいこれはどういうことなんだ?
「散歩に行っているとか・・・?」
「それだと私たちが気付いてるはずよ。家の出入り口は厨房から見えるもの」
だとしたらナギさんとラウドさんが起きる前から既にいないことになる。
どこかで休憩しているうちにそのまま眠ってしまったとか・・・?
少し、あり得る。
「俺、探してきます」
リースは椅子から立ち上がると宿を出た。
続いてフランも立ち上がり、二人に軽く頭を下げてその後を追った。
「どこまで歩いて行ったんだ・・・」
街中を見渡すがそれらしき人は見当たらない。
まだ朝ということもあってか人通りもそれほど多くはなく、家の前を箒で掃いていた女の人に尋ねてみるが見ていないという。
「何か、あったのかもしれない」
まさか、と思ったがそう考えざるを得なかった。
フランに言われて気持ちに焦りが出始める。
気が付くと昨日訪れたタクトという男の人の家の側まで来ていた。
偶然にも彼は花壇の手入れをしているところで、こちらに気付きどうしたんだと声をかけられる。
事情を説明すると、眉間に皺を寄せ疑いの目をリースらに向ける。
「まさか、ユノを拐ったんじゃ」
「ルチルは絶対にそんなことしない!!」
突然大きな声を出したがために周りの人たちは騒然とした。
「リース、今は落ち着いて」
「っ・・・・・・」
フランに肩を叩かれ我に返る。
それを見てかタクトは一旦一呼吸した後、二人の話しを聞こうとまず昨日会ったルチルのことを思い出してみる。
「・・・まあ、あの娘が人を拐うような子には見えなかったな。・・・・・・お前たち、本当に行方を知らないのか」
「わからない・・・。今朝起きたらいなくなってて」
まさか夜中に拐われたのか?
誰にも気づかれずに?
でも、やっぱりそれはおかしい。
いったいどこにーーー?
「この地にタクトという人物はいるかーー」
突然背後から周りに呼びかけるような声が聞こえてきた。
振り返るとそこには白色の鎧を身に纏った男を先頭に、数十人の兵が誰かを探すように辺りを見渡していた。
そしてその中にはーーー。
「ルチル!!」
「ユノ!!」
向こうもこちらに気が付き、はっと顔を上げた。
「リースっ!」
鎧を着た男もそれに気付きこちらに歩み寄ってくる。
タクトは男の前まで出て行くと眉間に皺を寄せ相手を睨みつけた。
「俺に何の用だ」
「君がタクトか・・・。我が名はザノス。スカイ・ネイルのことは知っているだろう?それがザンスカールにあることも」
こいつら、スカイ・ネイルを狙っているのか?
だからって何で二人を人質にとる必要がある?
「夜が明ける前、この街の前を通りかかった時に偶然にもあの子供らと鉢合わせてね。君ならいろいろ知っていると言ったんだ」
そう言ってユノの方に視線を向ける。
「・・・・・・そういうことかよ」
小さく溜め息を漏らしながら話してしまったことに多少後悔しつつ、この後起こるであろうことを頭に過らせながらも話を進めていく。
「で、情報を仕入れるためにわざわざ人質を取ってまでしてここへ来たのか」
「その通り。現在ザンスカール周辺は住民達が道を塞いでいるがために街へは入れなくなっているらしい。強行突破も考えたが、こちらの被害を最小限に抑えるために街へ入るためのキーを探すことにしたんだ」
「キー?」
「そう。伝説の石、スカイ・ネイルより作り出されたとされる神器のことだよ」
リースらはその言葉に反応する。
オルトたちのようにザンスカールへ偵察に行く者たちは当然いるだろう。
既にそこまでの情報は各地へ出回っているらしい。
「ただその神器がどこを探しても見つからなくてね。君なら知っているんじゃないかと思って訪ねに来たのさ」
タクトはぐっと拳を握り締め、一度唾を飲み込んだ。
「・・・悪いが、それに関しては俺も知らなっーーー!!」
言い終わる前に、彼の体がザノスの放った一撃によって道端へと投げ出される。
「隠す必要はない。知っていることを全て話してくれればそれでいいんだよ」
ザノスは淡々と話を進め、タクトの顔の前まで来ると足を止めた。
奥歯をぎゅっと噛み締めながら地に伏せていた顔を上げ、視界はなんとか男を捉える。
「っ・・・この街に、情報を集めてる奴なんかいない。全部噂だ。俺が知っていることは他の奴らもみんな知ってる!だから、神器がどこにあるとかってのは・・・ぐあっっ!!!」
タクトの左肩に剛鉄に覆われた足が落とされる。
メリっという音と共に苦痛にもがく悲鳴が聞こえてくる。
「タクトさん!!」
このままじゃ、タクトさんが・・・・・・!
これ以上のことは知らないと言っているのに、どうしたら引き下がってくれるんだ?
それに、ルチルたちも解放してもらわないと・・・・・・!
こんな時にいつも持ち歩いているシグハルトを置いてくるなんてっ・・・。
「ふん。せっかくこちらから出向いたというのにつまらんな」
肩にめり込んだままの踵をまるで動物の死骸を踏みちぎるかのように押し付けていく。
ゴリゴリと骨の擦れるような音と同時にうめき声が耐えきれず漏れる。
「それともあの子供を殺せば話すか?」
「っ・・・やめ、ろ・・・!」
それにしても、何故誰もタクトさんを助けようとしない?
力で勝てそうにないことはこの状況を見れば一目瞭然だが、心配する声すらないなんて。
"この街の人たちは面倒ごとが嫌いなの。"
静寂の街、カムルーーー。
過去に大きな争いは一度もないと言われているらしいが、こういうことなのか。
自分が巻き込まれないよう、対象の物、人物を差し出してこの街から出て行くまで差し障りないよう対応する。
そうすればそれ以上被害は大きくなることはないし最小限に抑えることができる。
何が平和主義だ。
何が各々得意分野を活かして共に生活しているだ。
こんなの、絶対にーーー!
一歩前に出たところで、建物から女性の細い声が耳に入ってきた。
「タクトーー?どこへ行ったのー?」
「っ・・・」
ザノスは何かを察したようで不敵な笑みを浮かべる。
「お前の母親か」
「・・・って、めぇ」
タクトの元を離れ声のする方へ向かって行く。
片手を出すと何やら呪文を唱えはじめ、手のひらには炎が現れた。
「この私に情報を出さなかったこと、後悔するといい」
「っやめろーーー!!」
声のする家に向かってザノスは躊躇なく火を放つ。
いくつもの火種が建築物を襲い、それは徐々に焼け焦げていく。
中にいるであろうタクトの母親はようやく異変に気がついたのか壁づたいによろよろとした足取りで表に姿を現した。
「タクトっ、これは、いったい・・・・・・!」
「出てきたら駄目だ!!」
空気をも焼き尽くすかのような熱気に思わずむせ返る。
巨大な炎が今度はタクトの母を襲う。
すると突然地面が隆起し、彼女を守るようにして大きな壁が生成された。
「リース!さすがにこのままだとまずい。この場は僕が収めるから、ルチルに二人の手当てをお願いできるかな」
「えっ、急に何を・・・・・・」
フランはその場を勢いよく走り出すとザノスの前に立ちはだかった。
「神器なら僕が持ってる」
予想もしていなかった一言に辺りはざわつき始める。
それを欲していた当の本人も興味をフランに示し口角を上げた。
「フラン!!」
「話なら街の外でしよう。人質も解放してくれ」
すると男は笑いを溢しはじめ額を手で覆った。
パチパチと木材が燃えてゆく音に共鳴するかのように鼓動がだんだんと早まっていく。
「こんな子供が?・・・いいだろう。それならば先にこちらによこしてもらおうか」
「人質を解放するのが先だ」
「ほう」
ルチルを拘束していた兵士が鋭く光る刃を取り出すと彼女の首に突き付けた。
「っ神器はあると言っているだろう!」
「こちらの要望が受け入れられないのであれば彼女の命はない」
「っ・・・!」
『リース!』
脳裏から自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
どうする、早く・・・・・・早く何とかしないと!
でもあの剣がないと、俺は・・・っ。
ぎゅっと右手を握り締める。
「・・・っスーラ、俺に、出来ると思うか」
その問いに彼はきょとんとしながらもいつもの調子で言葉を返す。
『決めるのは主であるリースだよ。どうしたいか、どうすればいいのか、その答えに僕は従うだけ』
ザノスは腰に下げていた鞘から剣を引き抜きフランに狙いを定めた。
「実に面白くない。何の情報も得られなければ神器を持っているだの子供の戯言に付き合わされ、とんだ時間の無駄だったようだな」
その剣が、高らかに掲げられる。
お願いだ・・・・・・。
俺に、力をくれ・・・・・・・・・!!
「アンヴォカシオン・・・・・・
・・・・・・スペクルム!!!」
片手を前に差し出し、煌めくような光が放たれる。
同時にリースの目の前に切先から柄までガラスでできた剣が出現した。
「なんだ、この魔力は」
ガラスの剣を手にするとリースは直ぐにザノスとの距離をつめ勢いよく剣を振り翳していく。
それが相手の剣によって防がれると甲高い音が辺りに響き渡った。
通常のガラスなら簡単に割れてしまうのだろうが、よほど頑丈らしくびくともしない。
「変わった形の剣を使うな。今、魔法でそれを召喚したのか?」
「そう、だと言ったら・・・っ?」
ギリギリと互いの剣を押し合い、このままだと力の差で振り下ろされる事を察したリースはなんとかそれを薙ぎ払い一旦後ろに下がる。
「まさか、それが神器か?・・・・・・試してみる価値はあるか」
ザノスが合図を出すと、後ろで控えていた兵士たちがリースに向けて一斉に矢を放った。
「リース!!」
「っ・・・スーラ!!」
『まかせて!!』
リースの前に透明の壁が張られると弾かれるように矢はあらぬ方向へと飛んでいく。
「なんだその魔法はっ?見たことがない!地や氷魔法で攻撃を防ぐのは何度か見たことがあるが、そんなのは初めてだ!やはりそれは神器なのか」
「っルチルたちを解放しろ!」
「はっ・・・いいだろう。しかしそれをよこしてからだ」
「っ・・・」
駄目だ、このままだと埒が明かない!
だったら・・・・・・。
「きゃあああっ!」
「ルチル?!」
細身の剣が二人の首元にひたりと当てがわれ、彼女は既に正気を失っているようだった。
ユノは自分の置かれている状況をやっと理解してきたのか瞳からは涙が溢れ落ちる。
「っ二人をどうするつもりだよ!」
「不思議な事を聞く。ああしなくては人質の意味がないだろう。成立しなければもちろん命はない」
「っ・・・!」
どうしたらいい。
神器は絶対に渡すわけにはいかない。
それに、タクトさんとタクトさんのお母さんも安全な場所へ移動させないと・・・!
「二人なら問題ない!」
振り返るといつの間に救出したのかタクトとその母親がフランの肩に腕を回した状態で力なくそこに座り込んでいた。
「家屋の火は水魔法で鎮火しておく。リースはルチルとユノくんを!」
「っわかった!」
再び剣を構えるとスペクルムで出来そうな方法を考える。
自分一人が動いたところでルチルたちを守れるかどうかわからない。
人数的にも絶対に不利だ。
この場から一歩も動かず、相手の動きを止める方法・・・・・・。
柄を握る手に力が籠る。
「一瞬でいい。上手くいってくれ。・・・・・・スペクルム!」
ずっとそこに存在していたかのようにリースの背後にはガラスのフレームに囲われた大きな鏡がふっと音もなく現れた。
皆がその物体に注目する。
鏡は煌めきを増し、途端に強い光が彼らの目を襲った。
その隙に二人の元へ走り、拘束していた兵士が持っていた剣をガラスの柄を使って叩き落とすと先ずはルチルを救出する。
「っ・・・貴様あぁ!」
目を押さえながらザノスは後を追ってこちらに刃を向ける。
まずいっ・・・・・・!
「エレクトリック!!」
フランの魔法がザノスの体に命中すると彼は突然その場に倒れ込んだ。
「これはっ・・・」
「雷魔法。彼の体を麻痺状態にしたから、これで当分は動けないよ」
「っ・・・あんたら、いったい・・・・・・」
ザノスが抵抗できない状態である事を確認するとフランは残された兵士たちに体を向ける。
「君たちの主導者は戦闘不能だ。今すぐここから立ち去るか、それともまだ・・・殺り合う?」
彼らは互いに顔を見合わせどうしたらいいのかわからない様子で、ユノの拘束を解くと自分達の主人を回収し忙しなくこの場を去っていった。
悪者がいなくなった事を確認したユノはおぼつかない足取りでリースの元へと駆け寄った。
助けられなかった事に後ろめたさを感じつつもリースはそっと手を伸ばすと、またボロボロと涙を流しはじめ胸元に抱きついた。
「ごめんな、遅くなって」
小さな体は微かに震えていたが首を横に振った。
それにつられるように腕の中にいたルチルも泣き出してしまった。
「ちょ、もう大丈夫だから。泣くなって」
こういう時どうするのが正解なんだろうか。
かける言葉すら思い浮かばない・・・。
「お疲れ、リース。・・・と、言いたいところだけど」
「ま、まだ何かあるのか」
「うん。二人を手当てしなくちゃ」
そうだ。
タクトさんは肩をやられて、お母さんの方は足が悪いって言っていたな。
それに、家の方も・・・。
「応急処置は出来るんだけど、完治するまでに相当な時間がかかりそうなんだ。治癒魔法で癒せればだいぶ短縮できそうなんだけど。このままだと生活に支障が出てしまう」
それに反応してかルチルは涙を拭い顔を上げた。
「それなら、私がっ」
場所をタクト家へ移すと、ルチルは早速呪文を唱えてみせる。
「ルポア」
タクトの左肩に白い光が集まり、ぶら下がっていた状態だった腕が次第に動かせるようになった。
「こんなことってあるのか」
嘘のように先程までなくなっていた指先の感覚に感動を覚え次に肩を回してみる。
「い゛っ!!」
「まっ、まだそんなに動かしたら駄目です!暫くは安静にしないと」
「そ、そうだな。嬉しくて、つい」
「・・・ほんとなら、これで完全に治るはずなんですけど、まだ見習いで」
この街ではあまり魔法を目にする事がないのか、二人ともルチルの治癒魔法に対しても興味津々な様子でその光景を目の当たりにしていた。
「いや、十分だ。なんとお礼を言っていいか・・・」
「そんな!巻き込んだのは俺たちの方なのに」
タクトはまだ熱を帯びている肩をさすりながらじっとリースの方を見る。
「そういや、お前・・・・・・リース、といったか。持ってんだな、神器とやらを」
「えっ、あ・・・いや。あれは、その・・・」
「隠さなくてもいいさ。・・・・・・もう、やめる」
言っていることが理解出来ず返しに困っていると、気が抜けたかのようにタクトは表情を緩めポツポツと話し始めた。
「実は、俺も探してたんだ。スカイ・ネイルっていう石を」
「それじゃあ」
「ああ。だけど、お前たちが思ってるような有益な情報は持っていない。これは本当だ。・・・・・・どうしても、母さんの足を早く治してやりたくて探し始めた。けど、その名前を出すだけで目の色を変える奴が大半だった」
それはそういう代物で裏で狙う奴らはたくさんいる。
知れば知ろうとするほど危険に巻き込まれる確率は格段に上がっていく。
武器も持たず、ましてや扱えないような奴が手を出していい物ではなかったことは身をもって知らされた。
「・・・・・・でも、お前は違うんだろ」
「俺は・・・、力が目当てじゃない。誰が封印を解いたのかはわからないが、悪用される前に再び封印する。それが、俺たちの目的だ」
タクトはふっと笑った。
その横でルチルは何か言いたげな表情でタクトの母を見つめていると、どうしたのかと問いかける。
「あの、よかったらお母様の足の方も治癒魔法で癒しましょうか?完治はその・・・できないですけど」
「ありがとう。気持ちはとても嬉しいわ。けどその魔法、だいぶ体力も消耗するでしょう?私の方は頑張って治していくから大丈夫よ」
「え、何故それを・・・」
「私たちだって何も知らないわけじゃないのよ。それくらいの知識くらいはあるわ。だから、心配しないでちょうだい」
息子にはまだ暫く助けてもらわないといけないけどね、と言い申し訳なさそうにタクトの方に顔を向ける。
「俺の母さん、こう見えても頑固なんだ。あんたの気持ちはありがたく受け取っておくよ」
「そ、そうですか・・・」
しょんぼりする彼女の肩をリースが軽く叩いてやる。
「すみません。家の修理も手伝いたいんですけど、そろそろナギさんたちのところへ戻らないと」
「いいのよ、そんな気にしなくて。二人でこれから直していくわ」
すいません、と頭を下げリースたちは椅子から立ち上がり家を出ようとするとタクトの一声によって引き止められる。
「ここを出たら、どこへ向かうんだ」
返答に困っているとフランが間に入り話を返す。
「見ての通り僕たちはまだ子供。安全をとって街を転々とするつもりだけど」
「そうか・・・・・・。じゃあ、お前たちはもう情報も集まってんだな」
「いや、それがまだで・・・。僕たちもいろいろ試行錯誤しながらその場所へ向かってるとこなんだ」
「そうなのか?だったら、ノワール国へ行くといい。あそこの城の一家なら心良く教えてくれるだろう」
ノワール国・・・・・・?
ルチルとフランがいた国の名前とは違う。
「ステラの故郷か」
「さすがにそこまでは知っているか。まあ、進めといて何だが、ここ数年国民同士の小競り合いや外への警戒心を強く持っているみたいでな。もし行くなら気を付けて行けよ」
「でも、何故それをタクトさんが?」
人差し指で頰をかきながら目線を逸らし、実は過去に一人でこっそりノワール国へ足を運んだことがあることを明かした。
それを聞いた彼の母は聞かされていなかったようで心底驚いていたが、取り乱すことなくただその場に留まっていた。
「まさかあのノワール国があんな状態になってるなんて思わないだろ。俺が行った時も城の人に助けられて命拾いしたんだ。・・・・・・っと、まあ、そういうわけだ。あとは自分の目で確かめるんだな」
じゃあな、とだけ言いタクトはリースたちと別れを告げた。
ノワール国・・・・・・。
瑠璃色の瞳をした強力な魔力の持ち主だったとされるステラがいたという場所。
聞いた話だと国の中で争いが起きてるみたいだが、"あのノワール国が"ってことは昔じゃ考えられなかったってことだよな。
その国も、スカイ・ネイルの存在によって変わってしまったのだろうか・・・・・・。
宿へ向かいながら聞いた話を頭の中で整理していると脳裏からまた声がする。
『リース、今日は平気なの?』
周りにはこちらに視線を向ける住民。
横にはユノ。
どう考えたって今ここで一人話していたらおかしいだろう。
もう少し状況を見てくれよな・・・・・・。
心配してくれるのは、嬉しいけど。
「・・・・・・」
俺は黙ったまま胸の前で小さく人差し指と親指をくっつけてみせた。
その意味を理解したのかスーラは安堵したようだった。
『リースの力は強くなってるね』
言われてみれば前ほど体は疲れていない。
スペクルムの力しか使ってないとはいえ、ギルじいさんにもらった剣なしでも戦うことが出来た。
成長・・・・・・しているんだろうか。
「そういえばユノくん、ウサギさんのぬいぐるみはどうしたの?」
ルチルの唐突な質問に数秒間黙り込んだ後、顔色を伺っているのか恐る恐る口を開いた。
「・・・外に出た時に、落としちゃった」
「そっかあ・・・。私が後を追った道には見当たらなかったけど、真っ暗だったから見落としちゃったのかしら。ユノくん大事にしてたのに、残念ね・・・」
「・・・うん」
そうこうしていると見えてきた宿。
その前にはナギさんが立っていた。
・・・・・・のだが、なにやら様子が変だ。
腕組みからの仁王立ち。
眉間いっぱいに皺を寄せている。
もしかして、俺たちの帰りが遅すぎて機嫌を損ねたのか?!
怒りのオーラに押されつつなんとか目の前まで足を進め無事連れ帰ったことを報告すると、その目はギロリとルチルの後ろに隠れる小さな子供を捉えた。
「いったいどこ出歩いていたの!もう少し周りの迷惑を考えてちょうだい!」
「ご、ごめ・・・なさ・・・」
母親を直視出来ず俯いたまま服の裾をきゅっと掴むユノ。
なんとかナギさんの熱を冷ますため今まであったことを全て話したが、それでも原因はユノにあると言う。
「あなたたちには本当になんとお詫びをしたらいいのか・・・」
「いえ!私たちはそんな。ユノくんが無事で良かったんですから」
「・・・一先ず中へ入ってちょうだい。かなり遅くなってしまったけど、あなたの朝食も用意してあるから召し上がっていって」
「ありがとうございます」
ようやく宿へ戻ることができ、既に朝食を取り終えていたリースは一人ベッドへと身を預けた。
『なーんかあの人、優しいんだか怖いんだかよくわかんないね』
「んー・・・」
俺には親に育てられた記憶がないし、代わりとなってギルじいさんが面倒見てくれていたからかあんな風に言われたことはなかったからな。
あれが普通なのかどうかもわからない。
一言くらい心配の声をかけてもいいんじゃないかとは思ったが、人の家庭に口を出すのもどうかと思うし・・・。
けど、心の奥はなんだかモヤモヤしている。
ユノは無事だったけど、内側は問題無いのだろうか?
・・・・・・考えすぎかな。
その後出発するために支度をし終えた俺たちはまた宿の入口付近に集まっていた。
「ここを出たら、予定を変更してノワール国へ向かう。多少距離はあるけど今日中にはたどり着けるはずだ。ただ、僕も初めて足を踏み入れるし情報も少ない。気を付けて行こう」
「わかった」
「了解よ」
厨房や奥で作業していたナギさんとラウドさんに挨拶をすると、それぞれ手を止めて見送るためにこちらへと来てくれた。
「もう行かれるのですか」
「はい。慌ただしくしてしまってすいません。ありがとうございました」
そこにユノが駆け付け、寂しそうに三人を見つめる。
耐えれずルチルは腰を落とし両手を前に差し出すと、小さな手は遠慮気味にそれを握り返した。
「ねぇ、やっぱりもう一泊しない?」
「うーん。僕もそうしたいところなんだけどね。先を急がなくちゃ」
僅かな期待も数秒で打ち切られ互いに肩を落とす。
「また会いにこればいいだろ。この旅が終わったらさ」
「・・・・・・そうね!ユノくん、それまで待っててくれる?」
「・・・うん!待ってる」
優しく頭を撫でてやると初めてユノは笑顔を見せた。
「この子ったら、ちゃんとわかってるのかしら」
「大丈夫ですよ。ユノくんはちゃんと理解しています。まだ僕も子供の一人に過ぎませんが・・・、ナギさんが心配しているよりも、ユノくんは相手のことをちゃんとわかってる。ただ・・・・・・」
言いかけると、ナギとラウドはフランと目を合わせた。
「もっと、笑ってあげてください。ユノくんは二人ともっと一緒にいたいはずなんです。・・・そしたら、僕らがまた会いに来るまでの間、寂しくないよね」
フランもまた膝を曲げそう言うとユノは嬉しそうに頷いた。
「何故だか、あなたに言われると不思議と説得力があるわね。・・・・・・まあ、ここ最近噂のせいかお客さんが来られるたびに周りから痛い視線を受けていたのもあって、ちょっとストレスが溜まっていたのよね」
「悪い事は悪い。だが、良い事は良いと口にしなくなっていた。どうしてかそれが当たり前になってしまって・・・。今後はもう少し家族の時間を増やすよ。いやすまないね」
改めて別れを告げ、リースらは宿を出る。
とはいってもやはり寂しいのかユノはナギと共に宿の前で立ち尽くし、去ってゆく彼等の背中から目が離せないのであった。
ーーー
「悪い、母さん。俺が下手な真似したせいで巻き込んじまって」
足の怪我で立ち上がるのも一苦労な私は椅子に腰掛けたまま自分の息子であるタクトの顔を見上げた。
「私を気にしてくれてのことでしょう。謝ることないわ」
気まずそうに俯く息子を本当は優しく包み込んであげたいけれど、時が経つのは早いもので日々街の建築や運搬作業をこなしている彼の腕はいつの間にか逞しくなっていた。
これくらいの歳であればさすがに嫌がられるだろう、そんなことを頭の片隅で考えながらそっとその腕に触れる。
いつだって相手の心を読み解き、たとえ結果が悪かったとしても受け入れてくれてしまう母をタクトは昔から尊敬しまた心配もしていた。
そのこともタクトの母はわかっていた。
「しんどかったらすぐ言ってくれよ。家族なんだからさ」
「もちろん。ありがとう」
夫が出て行ってしまったことでたくさん苦労をかけてしまった。
自暴自棄にならないか不安な時期もあったけど、ここまで成長してくれたのは神様がこれ以上私たちが離れ離れにならないよう結びつけてくれていたのかしらね。
目元を細め笑って見せるとそれを見て安心したのかタクトもまた表情を緩めた。
「そういえば、母さんはなんで階段から落ちたんだ?そんな急でもないだろうに」
「あら、話してなかった?あの時はその・・・・・・・・・、なんでだったかしら」
「おいおい。まだそんな歳でもないだろ」
変ね。
思い出そうとすると靄がかかったように記憶が霞んでしまってはっきりと思い出せない。
「そうだわ。ウサギのぬいぐるみ。タクト、玄関に置いてあったウサギのぬいぐるみ知らない?」
「ウサギのぬいぐるみ?」
確か怪我をする前、偶然家の側に落ちていたのを見つけて何故かそのまま持ち帰っちゃったのよね。
すっかりそのことを忘れていたわ。
誰かの落とし物だといけないと思って後日持ち主を探すために家を回ろうと思っていたのだけれど。
どうして忘れてしまっていたのかしら?
タクトはそれについて心当たりがないようで首を横に振った。
「もしかして・・・・・・。いや、そんなわけないわよね」
この世には不思議なことがたくさんある。
あれがそうだったとしても、私はきっとこの先も大切にしていく。
だって今目の前にかけがえのない存在がいてくれているのだから。




