✴︎旅する意味は✴︎
「じゃあ、行ってくるよ」
ギルじいさんが用意してくれた荷物を肩に担ぎ、俺たちは家を出る。
「リース」
名を呼ばれ振り返ると、袋に包まれた長細い何かを手渡される。
これって・・・。
「まあ、護身用じゃ」
「ありがとう」
おそらくこれは長剣。
見たこともなければ扱ったこともないが、きっといつか使う時が来るのだろう。
カナルバの後に続き、再び歩を進める。
旅が、始まるーーー。
リースらを見送った後二人はギルの自宅へと戻っていた。
我が子でないといえど長く生活をともにしてきたのもあり、さすがに喪失感に襲われる。
「・・・これも運命なのか」
国を出てここへ来てから彼等には一度も会えておらん。
あの時の光柱は確かに終戦を意味していた。
争いもなくなった。
それなのに封印が解かれてしまった。
またあの時のようになってしまうのか?
そして何故あの子なんだ。
肩を落としたままのギルを気遣いレクアは気持ちを落ち着かせてあげるかのように優しく背中に手を当てる。
「きっと、大丈夫よ。信じましょう」
「あの瑠璃色の瞳の男の子。彼のことも心配じゃ」
もしあの瞳が"それ"だとしたら。
そしてあの魔力の感じは・・・。
棚の隙間に隠すように挟まれていた一枚の写真を手に取る。
そこには夫婦であろう二人と大事に抱きかかえられた赤子が幸せそうに写っていた。
裏面には綺麗な文字で"スバル"、"フィアラ"、"リース"と書かれている。
「どうか、無事に帰ってきてくれ」
何もしてあげられない自分を恨み、暫くその場で震えていた。
ーーー
「ルチル、本当によかったのか?」
村を出て数分。
永遠と続いている草原の中に薄らと伸びている小道に沿って俺たちは歩いていた。
「だって・・・」
沈黙した後、少し小さめな声で。
「リースが行くっていうから」
その返答に目を丸くする。
そんな理由で?
また危ない目に合うかもしれないのに。
「でも、ルチルにとってあの二人は大切な身内なんだろ?」
「そうだけど」
「彼女にとっては、あなたも大切な存在のようですね」
さらりと何食わぬ顔で言ってみせるカナルバは相変わらずの無表情。
心の内を読まれた当の本人は顔を赤らめている。
「しっ、心配なのよ!それにリースだってずっと一緒に暮らしてきた、家族みたいなものなのよ」
「安心してください。あなた方に危険が及ぶ場合はこの身に変えてもお二人をお守りいたしますので」
「こ、この身に変えても?」
その言葉の意味がまだ理解できないようでルチルはキョトンとしている。
感情がないように見えるが相手の思っていることを察したり、主人に忠実なところを見ると、レクアさんの言っていたとおり心は持ち合わせているようだ。
「誰かを守れるくらいの、強さ・・・」
ギルじいさんに渡された長剣に目を落とす。
ギルじいさんも、昔はこういうのを扱って戦っていたのだろうか。
さっきまで頭上にあったはずの太陽がやがて西へと沈んでいく。
気がつけば辺りは真っ暗になっていた。
緩やかな風が吹いては草の合わさる音が心地よく聞こえ、長時間歩いた疲れを癒してくれるようだ。
いったいどれくらい歩いたのだろうか。
「ちょ、ちょっと休憩しない?」
さすがにルチルも体力の限界がきたのか膝に両手をついて立ち止まる。
それに合わせてリースとカナルバも足を止める。
「いいえ。この辺りは比較的安全地帯とはいえいつ盗賊等と遭遇するかわかりません。先を急ぎましょう」
相手の気持ちを察することはできるのにカナルバはなかなか容赦無いな。
「大丈夫か、ルチル」
屈んで顔を覗き込むが、やはりしんどそうだ。
ここはやっぱり少しでも休憩した方が・・・。
「・・・大丈夫よ」
そう言うとまたゆっくりと步を進める。
それを確認したカナルバは前に向き直ると変わらない足取りで先を歩いてゆく。
大丈夫なら、いいんだが。
しかしこの長距離。
休みなく歩き続けるのは結構しんどい。
いったいあとどれくらいで辿り着くのだろうか・・・。
あれから俺たちは足を止めることなくただひたすらに歩き続けた。
そしてフランという人の国へ辿り着いたのは辺りが少し明るくなりかけていた頃。
体力の限界はとうに超え、足の感覚はないし話す気力すらも残っていない。
ただ目の前には、大きく聳え立つ城。
その城を背景にカナルバがくるりとこちらに振り返ると、また変わらぬ表情で。
「お疲れ様です。無事到着いたしました。それではレクア様の元へ戻ります」
それだけ言い残し彼女は光と共に消えてしまった。
うそ、だろ。
やっぱりこいつに心なんてないんじゃないのか?
そんなことを頭のどこかで考えながら。
俺の意識はそこで途切れた。
ーーー
窓が開いているのか、遠くの方で鳥の囀りが聞こえる。
目を閉じているのに日の光が少し眩しく感じる。
あれ。
昨日窓もカーテンも開けっぱなしで眠ってしまったのか?
それにしても、ベッドがいつもよりふかふかしているような。
まだこのまま横になっていたい気分だ。
なんせ村から何時間も歩いてきたんだ。
もう少しくらい。
もう少し・・・。
「・・・・・・」
「ここはっ・・・?!」
勢いよく起き上がると、やはりここは自室ではない。
見たことのない部屋の装飾に大きな窓。
まるでファンタジーで出てくるかのような造り。
「よかった!目が覚めたのね」
声がする方に振り向くと、赤髪が綺麗な女の人が安堵した様子でそこにいた。
もしかして、ずっとついてくれていたのだろうか。
段々と記憶が蘇る。
歩き疲れて、城の前で気を失って。
「そうだ、ルチルとカナルバは?!」
「カナルバはレクアさんの元へ帰ったみたいよ。その、ルチルって子に聞いたわ」
そうか。
あの時光と一緒にカナルバも消えたのか。
「彼女も少し前に目を覚ましたところなの。二人とも、丸一日眠っていたのよ。もしかして休みなしにここまで来たの?」
丸一日?
そんなに眠っていたのか?
「・・・まるで俺たちがどこから来たのかわかっているような言い方ですね」
女の人は一瞬目を丸くしたが、すぐに柔らかい表情に戻る。
だって、と言いギルじいさんから渡された長剣に指を差す。
「あれ、ギルおじ様のでしょ?敵でないことはすぐにわかったわ」
「おじ様?」
「あー、一端広間に集まりましょうか。いろいろと説明するわ。あの子も一緒に」
そういうと立ち上がり部屋の扉へと向かう。
俺は慌ててその後を追いかけ、寝室だと思われる部屋を後にした。
それにしても凄い建物だ。
俺の住んでいる村からは想像もできない大きさ。
ここは今二階なんだろうが、これを人が建てたのかと思うとなんだか心の奥がくすぐられるようだ。
途中でルチルとも合流し、一階にある広間へと辿り着いた。
「す・・・ごい」
思わず語彙力がなくなる。
とてつもなく高い天井に、大きなアーチを描いた吹き抜けの壁がいくつも連なっている。
すぐそこは中庭・・・だろうか。
草花が太陽に照らされて美しく揺れている。
外装はわからないが、城内は白色をメインに使われているようで外の景色がまた映えている。
ここにいるだけで心が癒えていくようだ。
すると自分達が来た方から一人の男性が歩いてきた。
「ごめん、またせたね」
そう言って胸の前で軽く手を上げながら優しい表情でこちらに挨拶をする。
スラっとした身は紺色のジャケットにぴっしりと包まれ、襟元にはさり気なく金の装飾が施されている。
青髪ショートのサラサラヘアで、男の俺でも思わず見惚れてしまっていた。
「あなたがフラン・・・さんですか」
その問いに彼はまた優しく微笑んだ。
「よくわかったね。僕の名はフラン。フラン=コバルト・・・一応、この国の責任者」
その言葉にはっとし、俺とルチルは慌てて頭を下げる。
「すみません、申し遅れました。リースです」
「る、ルチル=カメリアです!」
「ははっ、やめてくれよ。僕はそういうの全然気にしないからさ。ほら、頭を上げて」
王子様・・・という表現が一番合いそうな彼は周りの空気さえも何故だかキラキラして見えてくる。
「フランは相変わらずね」
少し呆れ気味に赤髪の女の人はその様子を見て笑っている。
「そういえば私もまだ名乗ってなかったわね。私はソティア。フランの側近を勤めているわ」
「ソティアさん・・・そうだ、倒れたところ助けていただきありがとうございました。勝手にここまで来てしまった挙句看病まで」
「気にしないでいいのよ。何か訳があるんでしょう」
訳・・・。
そう、俺は。
「スカイ・ネイル」
口に出す前に先に言われ、思わず三人ともフランに注目する。
「三日前の夜、その封印が何者かの手によって解かれたらしい」
三日前の夜・・・?
あの丘で星空を眺めていた日か。
「ねぇ、もしかして、あの時の光って」
「君たち、光の柱を見たのかい?」
「はい。リースがなかなか家に帰ってこないものだから、外まで探しに。そしたら突然遠くの方で何かが光ってるのが見えて、その後その光は空まで伸びて消えていったんです」
なるほど、とフランは右手を顎に当て考えるポーズをとる。
「おじ様にはなんて?」
「いえ、俺が咄嗟に決めてしまったんです。スカイ・ネイルの元へ行くと。だから頼まれたわけでは」
「いや、そんな理由で君にあの剣は渡さないだろう。他に何か言ってなかった?」
もしかして、そんなに凄い剣なんだろうか。
護身用と言っていたけれど、二人はあの剣を見ただけでギルじいさんの所有物だと認識した。
あれを俺に渡した理由が他にあるのか・・・?
「おばあちゃんが、夢を見たと」
「夢?あなたのおば様は確か、レクア様ね。あの方は時々予知夢を見られるから、理由はそれじゃないかしら」
「話を割ってしまってすみません。あの、ギルじいさんたちとお二人の関係って・・・」
思い出したかのようにソティアは口に手を当て、ごめんなさい忘れてたわ、と謝罪。
「昔おじ様はカメリア国を率いる王様で、私たちはまあ・・・孫、みたいな」
「ソティア、その例えは余計にわかりづらいんじゃないかな」
あはは、と困ったように笑い「僕たちは血縁関係はないよ」と訂正する。
「ギルおじ様は、みんなの憧れだった。強くて。かっこよくて。誰一人欠けぬよう手を差し伸べてくれる心優しい人なんだ」
過去を思い出すかのようにフランは視線を下へと落とす。
「おじ様の城では自分の身を守るための戦闘技術や、城で働く為に更に難易度の高い訓練を受けることもできてね。その時にもいろいろお世話になったんだ」
「おじいちゃん、そんなに凄い人だったんですね」
知らない話ばかりのようでルチルは興味津々に話を聞き込んでいる。
「僕も彼のようになりたくて。・・・でも、王様にまでなるつもりはなかったんだけどな」
頭をぽりぽりかきながら、なんでこうなったんだろう?と首を傾げる。
「それはみんながあなたを認めているからでしょう。強くて決断力があって、おじ様のように誰にでも手を差し伸べる優しいところが。それなのに時々子供みたいな顔して・・・」
「仲良いんですね」
しまった。
国の偉い人たちだとわかっていながらも思わず本音が出てしまった。
「ま、まあ長い付き合いだから仲は良いわよ。当たり前じゃない!」
「すいません!失礼なことをっ」
照れ臭さを紛らわすためかソティアはわかりやすくコホンと咳払いをし、話を戻す。
「で、そのおば様が見た夢の内容は」
「ええと。俺と、俺くらいの少年が一緒に戦っていたと言っていました。確か・・・瑠璃色の瞳で」
その言葉にさっきまでの空気から一変。
急に二人の表情が険しくなり、重たい沈黙が流れる。
俺とルチルは訳がわからず一瞬お互いに目を合わせたが、やがて耐えきれなくなり恐る恐る口を開く。
「俺、また変なこと言いましたか」
「ああいや、ごめんね。過去にも同じ瑠璃色の瞳をもつ人がいてね。ちょっとびっくりしただけさ」
動揺したということだろうか。
理由はわからないが怒らせてしまったのではないかと冷や冷やした。
「ところでその子と君が一緒にいたということは、君はもしかしてーー」
とフランが何か言いかけたところでその声は他の者の声によってかき消された。
「フランさーん!少しよろしいでしょうか」
秘書・・・だろうか。
どこかか弱そうな彼はぱたぱたと小走りしながらこちらに駆け寄ってくる。
「どうしたんだい、レグ」
レグと呼ばれた青年は少し呼吸を整えながら、それがですね、と話を続ける。
「光の元がザンスカールであることがわかりました。おそらく、そこへ行けば何かつかめるかと」
光の元・・・。
あの時見た光のことだろうか。
「ザンスカールか・・・ここから随分遠いな」
「そうですね。行って戻ってくるまでどれだけの日数がかかるか・・・って」
レグは俺たちに気付いてか急に慌てて姿勢を正し、ぺこりと一礼した。
「お話を割って入ってしまい申し訳ございません。私はレグ=アートルムと申します。フランさんのお客様、ですよね」
「ああ、いや、俺たちは」
返答に困っているとその様子を見てフランはふっと笑った。
「彼はリースで、彼女はレクアさんの孫のルチル。ちょうどいい。君たちに頼みがある」
「頼み・・・ですか」
レグは目をぱちくりさせながら何でしょう、と問いかける。
「レグは二人に魔法を。ソティアはリースに剣技を教えてあげてくれないか」
唐突な提案にいきなり何を言い出すのかと皆一瞬動揺したが、ソティアは空気の飲み込みが早いようで直ぐに了承した。
一方レグはまたわたわたと慌てて不安そうにしている。
「僕、魔法は得意ではないし、本当に必要最低限のことくらいしか教えてあげられないんですが」
「必要最低限でいい。今はまだ、ね」
じゃあそういうことだから暫くよろしくね、と言われその後そのまま俺たちは解放された。
とりあえず明日までは自由にしてていいとのことで、俺とルチルは一旦城内を歩いてみることにした。
時折擦れ違う人に不思議そうに見られながらも、皆俺たちに会釈をしてくれる。
見たことのない奴が城の中にいたらそりゃそうだよな。
だけど会釈をしてくれるあたりフランさんの人柄が他の人たちにも反映されているのか、睨まれたり取り立てて噂を立てられることはなく。
警戒する様子も全くない。
なんというか、争いとは無縁のような。
平和な感じ・・・と言ったらいいのだろうか。
「なんだか展開に着いていくのに必死だわ」
城にいるのが落ち着かない様子でずっときょろきょろと辺りを見渡している。
「ルチルでも必死になることがあるのか」
その問いに少し驚いたようにこちらを見るなり、また直ぐに目線を上へと逸らした。
「まあ、すぐ慣れるわよ。それにリースもいるし」
「それ、あんまり答えになってなくないか」
「そうかしら」
ルチルは昔からそうだ。
自分の弱い部分を表には決して出さない。
どうやって感情を保っているのか、何故そうしているのかはわからないが。
だけどある意味では、俺は彼女のそういうところに救われているのかもしれない。
あの時・・・。
シェイドに襲われた時、あんなにも怯えて消えてしまいそうな彼女を初めて見た。
正直どうしていいのかわからなかった。
大丈夫かと、ただ声をかけることしか。
本当はここへ一緒に付いてくるべきではなかったのに。
またあの時のようにならないためにも、俺は強くなりたい。
戦い方を覚えて、君を何者からも守れるように。
強く。
ーーーそして俺たちは初の稽古の日を迎えた。
「ええと。今日は魔法についてやっていくね」
昨日のきっちりとした服装とは違い、動きやすそうな衣類に身を包んだレグは俺達にわかりやすいよう一つ一つ丁寧に話を進めていく。
「きっと不安はあると思うけど、一応魔力は誰しもが持っているものなんだ。だからそれを上手く引き出すことができれば君たちも魔法を扱えるようになるよ」
「初耳だわ。あなたに出会わなければ一生知らずに過ごしていたかも」
確かに村で生活する分には必要ないのかもしれないし、そういった機会がなければ教わることもない。
本当に自分が使えるようになるのかとまだ想像もできないな。
「魔法にはいくつか属性があってね。基本的には火、風、水、雷、地の五つ。あとは傷を癒す治癒魔法。それぞれ呪文がいくつかあって、難易度も簡単なものから難しいものまである。難しければ難しいほど魔力もたくさん消費されるんだ」
「魔力と体力はまた別なんですか」
「いい質問だね。魔力は体力とも連動している。つまり魔法を使い続けると疲れるし、重傷を負えば魔力は弱まってしまう。仮に魔力を使いすぎて力が出せなくなっても、それは"ゼロ"じゃない。瀕死にはならないってこと。そうなる前に使えなくなる仕組みになっているんだ。体を休めれば体力と共に力も回復する」
わかったかな、とレグは自分の話し方に不備がないか心配のようだが、俺はなんとなく理解出来た。
が横にいる彼女の頭にはハテナがいっぱい浮かんで見える。
「たくさん魔法使っても死にはしないってことですか?」
「そうそう。まあ、実践してみたほうがわかりやすいと思うよ」
そう言ってレグは右の手のひらを上にしたまま前に伸ばし、呪文を唱えてみせる。
「ファイア」
すると、ボウっと手のひらの上に炎が現れた。
「すごい!」
ルチルは目を輝かせながら小さな子供みたいにその様子に釘付けになっている。
「まず利き手を前に出してね、強くイメージするんだ。手のひらの一点に集中して、具現化させる」
俺達はレグと同じように利き手を前に出し、集中してみる。
これで力が溜まってきているのかは到底わからないが、今はやってみるしかない。
「ファイア!」
「・・・・・・」
唱えてみたものの、何も起こらない。
本当に俺に魔力なんてあるのか?
なんだか小っ恥ずかしくなってくる。
「ファイア!」
「えっ」
一瞬だが、光ったように見えた。
「おお!今の感じだよ。あとはまあ、属性によって得意不得意あるから得意なものから伸ばしていくといいかもね」
初の試みで希望を見出した彼女はとても嬉しそうに利き手である右手をじっと見つめている。
こういうのはやっぱ、遺伝もあるのだろうか。
「まあ僕自身魔法はあまり得意じゃないから本当に簡単なものしか教えてあげられないんだけどね」
そう言ってその後は初級者向けの呪文をいくつか俺達に教えてくれた。
それより上のは初級のをクリアしてからだと。
「じゃあ、最後に」
いろいろ試した後、レグは改まってこちらに向き直る。
「これだけは忘れないで。魔法は争いの道具ではない。自分を、大切なものを守るために使うものだってことを」
当たり前のことだとは思うが、何故彼が念を押すようにそう告げたのかはこの時はまだわからなかった。
ーーー
「さて、今日は剣技を教えるわね」
「お願いします」
城の反対側に位置する修練場には、俺たち以外にも剣や槍等を使い訓練する人たちがいた。
魔法を練習した時の場所とは違いかなり広いその場所は心なしか落ち着かない。
ソティアは練習用の剣を使いながら初心者の俺にわかりやすく説明する。
構えから足の動き、間合いの取り方、振り方など。
一通りやってみせると自分も見様見真似でやってみる。
「なかなか良い動きよ。あとはそうね、もう少し筋力を付けた方がいいと思うわ。今のままじゃすぐにバテてしまう」
そう言ってサラサラと即興で筋肉をつけるためのトレーニングメニューを紙に書いていく。
これ毎日やってね、とこちらにその紙を手渡すと俺はそれに目を通す。
内容はかなりハードなもので、本当にこれを毎日やらなければいけないのか?と冷や汗が出た。
ちらりと彼女の方を見ると、顔は笑っているがどこか逆らえない雰囲気を感じたため、すぐに目を逸らし了承の返事をした。
人は見かけによらないのかもしれない。
そんなことを頭のどこかで考えながら。
ーーー
「今日リースさんは初の剣技の稽古の日ですね。一対一にはなるけど、よろしくね」
「はい、お願いします」
二人は自分のお仕事の合間を縫って私たちにこうして教えてくれる。
何だか申し訳ない気持ちと、早くそれに応えなきゃという焦りも少しある。
幸い私はおばあちゃんの遺伝があるのか、順調に魔法を習得していた。
「フレイム!」
自らの手の上に勢いよく炎が燃え上がる。
その反動で熱風が頬をかすめた。
けど、我慢よ。
この炎を、あの的に向かって・・・!
手で掴んでいるボールを投げるかのように、設置されている的目掛けて炎を放つ。
しかしそれは届くことなく炎は後少しというところで途絶えてしまった。
「うーん、惜しいね。でも凄い上達ぶりだよ。ちょっと羨ましいな」
「いえ、そんな」
以前レグさんが言っていた魔力と体力は連動している。
この言葉の意味がわかってきた気がするわ。
初めて魔法を習った時に比べると少し息が上がってくる。
きっとこれがそういうことなんだろう。
でも私が今使っているのはまだ初級の呪文。
完全にコントロール出来るようになって、上級の魔法を使えるようになった時にはもっと疲労を感じるようになるのかしら。
「ん、どうしたの?少し休もうか」
的を見つめたままぼーっとしてしまっていた私にレグさんは心配そうに声をかけた。
「ごめんなさい、大丈夫です。あの、一つ聞いてもいいでしょうか」
私より背の高いレグさんは膝を屈めて目線を合わせると優しい表情のまま、どうしたの?と再び問う。
「攻撃魔法だけじゃなくて、その・・・治癒魔法も使えるようになりたいんです」
おばあちゃんが使っていた魔法。
戦いの中で私もリースの傷を癒せることができれば。
私が、守ってあげたいから。
「治癒魔法か・・・。生憎だけど、僕は治癒魔法を習得出来てなくてね」
「ご、ごめんなさい。無理を言ってしまって」
「いやいいんだよ、僕じゃなくてもっと魔法が得意な人がついてあげられたら良かったんだけど」
申し訳なさそうに謝りながらレグは腰の辺りから一冊の本を取り出した。
するとペラペラとページをいくつかめくっていく。
「やってみせることはできないけど、呪文くらいなら教えてもいいかな。君はレクアさんのお孫さんだったよね」
「は、はい。そうです」
「それならきっと直ぐに習得できるよ。彼女は治癒魔法を一番得意としていたみたいだから」
その言葉を聞いてなんだか嬉しい気持ちと、おばあちゃんのようになれるかもしれないという好奇心が入り混じる。
「治癒魔法は、彼のためかな?」
「あ、えと」
返答に困っていると小さな子を見るかのようにレグはにこにこと笑っている。
なんでだろう。
どこかふわふわとした空気をまとっていて、それなのにこう言う場では落ち着いている彼は全てを受け止めてくれるような気がした。
レグさんになら、話してもいいだろうか。
「彼・・・リースは、前はあんなに人と話せるような人ではなかったんです」
「それはどう言う意味?」
「いつ、どこでかはわからないんですけど、ある時おじいちゃんがリースを引き取ることになって。私の記憶に残っている昔の彼は正直生きているのか、死んでいるかもわからないような状態で。何も話さないし、ろくにご飯も食べなくて」
「・・・」
淡々と話す私の話をレグさんは真剣に聞いてくれた。
彼のそばにいてあげないと、どこかへ消えていなくなってしまうんじゃないか。
そんな気がして。
幼いながらに私はそんな状態だった彼を放っておけなくて、いつか話してくれるんじゃないかと一生懸命に声をかけ続けた。
ずっと。
ずっと。
「そしたらついに、話してくれたんです」
「彼はなんて?」
「何故、君はいつも笑っているのって」
レグははっとしたかのようにルチルの顔を見る。
私は俯いたまま話を続けた。
「その時、話してくれた喜びと驚き、それと同時にそう言われるまで気が付かなかったんです。彼にマイナスな感情を抱いてほしくなくて、自分のそういった面を無意識に隠すようになってました」
ぎゅ、と胸の前で手を握り締め、一呼吸おいてからレグの方に向き直る。
「ごめんなさい。自分の話をするつもりじゃなかったんですけど」
するとふわっと頭の上に温もりを感じた。
レグは何とも言えないような表情で私を見つめる。
何故、あなたがそんな顔をするの?
「僕が言うようなことではないかもしれないけれど、君は少し頑張りすぎてるみたいだから。辛い時は辛いって言ってもいい。君は一人じゃないんだから」
まだ出会って日も浅いのに、どうしてこの人はこんなにも心身になって話を聞いてくれるのだろう。
彼に言われるまで、自分が思っていたより心のキャパシティが限界に近かったことに全く気付かなかった。
頬に一筋の涙が伝う。
それを見てレグさんはまたいつものように慌てふためいたが、私はなんだかそれが可笑しくて笑ってしまった。
ーーー
建物に囲まれているというのに心地良く風が通り抜けていく。
月明かりだけがこの場を静かに照らしている。
こうして夜空を眺めるのはいつぶりだろうか。
「こんばんは。眠れないの?」
中庭の真ん中辺りに設置されているベンチに腰掛けていた俺は声のする方に振り返る。
「フラン・・・さん」
「隣、いいかな」
そう言ってすとんと彼は俺の隣に座った。
「一人の時はいつもこうして空を眺めているの?」
「はい。特に夜空は、いらぬ事を全て忘れさせてくれるような気がして」
「そっか」
フランも同じように空に目をやる。
少しだけ静かな時間が流れた。
「この前聞きそびれてしまったんだけど、今聞いてもいいかな」
「なんでしょう」
少し間を置いてからフランは俺の胸に指を差す。
「君の中に神はいるか」
ドク、と心臓が跳ねる。
何故俺の"中"にいるこいつのことを?
まさか魔力か何か漏れ出していたのか?
いや、そもそもこいつが何なのかまだわかったわけじゃない。
「神・・・って、どういう」
「いや、違っていたらごめんね。予知夢で君ともう一人一緒にいたと言っていたよね。きっと彼もそのうちの一人だと思うんだ」
いまいち話についていけず困惑していると、フランもまた首を傾げる。
「あれ、もしかしておじ様から聞いてない?神器の話」
「昔そういう人がいたというのは聞きました。でもそれって」
「それは一人ではない。おそらく五人いるはずなんだ」
そんなに?
ということは、もし俺の中のこいつがそうだとして、他にあと四人同じ状況の人がいるってことか?
「ただ僕も全てを知っているわけじゃない。十五年前も機密情報として扱われていたからね。そして今回また同じことが起こっているのだとしたら、その五人を集めて誰かが力を使ってしまう前に封印しなければならない」
「・・・光の柱を見た次の日、精霊のような子が俺の中にいたんです」
「それは本当かい?」
そっと自分の胸に手を当てる。
しかし"それ"はあの日から全く反応が無い。
「まだ確信はないです。でも、もしかしたら・・・」
「だとしたらあまり口外しないほうがいい。まだ噂が広まってないとはいえ、騒ぎになりかねないからね」
「機密・・・ってことですか」
「そうだね。今のところは僕らだけに留めておこう。国に影響が出るようなら僕から皆に話すよ」
わかりました、と返すとフランはまたいつも通り柔らかい表情に戻る。
「さあ、もう夜更けだ。君もそろそろ部屋に・・・・っ!」
それは、一瞬の出来事だった。
「フランさん!」
「しっ・・・」
月明かりでしか見えない彼の腕には何かが掠ったような痕。
今のは・・・弓?
声を潜め、フランは気を集中させる。
「ゲイル」
そう唱えると、鋭い刃のような強風がそこにいるであろう人物目掛けて飛んでいく。
しかし出てきたのは一匹の猫だけで人影は見当たらない。
猫はそのまま逃げていってしまった。
「召喚獣か・・・?コバルト国で今までこんな事は一度もなかったのに」
まさか、奴らが俺たちの後をつけて?
・・・さすがにそんなわけない、か。
「話、聞かれましたかね」
「可能性は大だ。明日から城を・・・国全体を厳重警戒させる。君も気をつけて」
念の為部屋までフランさんに送ってもらい、彼の怪我を心配しつつもこの日はもう部屋から出まいと寝床についた。
ーーー
「そういうわけで、今日からコバルト国周辺を暫くの間厳重警戒させる。不審な者が現れた場合はむやみに手を出さず先ずは報告するように。以上だ」
昨晩の件で急遽城内では緊急集会が行われ、初めての事に動揺する人も見られたが、任された兵たちはそれぞれの配置につくべく少しずつ解散していった。
「あのフランさんが狙われたって」
「この平和な国でそんな」
「・・・」
集会後俺とルチルは残るように伝えられていたため、そんな周りの人たちの声を耳にしながら少しの間その場に立ち尽くす。
フランさんは俺の名は一切出さなかった。
疑いをかけられないよう気を使ったのだろうか。
彼はいつもと変わらない面持ちでこちらに向かってくる。
「時間を取らせてごめんね。ここだと何だから、場所を移動しようか」
言われるがまま俺たちはフランの後を着いていく。
話があるのだろうが、この場で話さないと言うことは他の人に聞かれたら何かまずい理由でもあるのだろうか。
昨日の事をルチルにも説明するのか?
それとも・・・。
一つの扉の前でフランは足を止め、片手でその扉をゆっくりと開いていく。
そんなに広さはない空間。
入ってすぐ目の前には書類が少し散乱している机と椅子があり、すぐにここは彼の仕事場であることを理解した。
中に通され扉が閉じられる。
フランは椅子へと腰を下ろし机に両肘をつけ胸の前で手を組むと、真っ直ぐこちらに目線を向ける。
「君たちに頼みたい事がある」
どうやら内容は昨晩のことではないらしい。
部屋の雰囲気のせいか、どこか緊張感が高まる。
「例の男の子のことなんだけどね。今朝目撃情報が入ったんだ」
「それは本当ですか!・・・あ、いや。捜索、していたんですね」
突然大きな声を出したために横にいたルチルは少し驚きつつも、フランは変わらず話を続けていく。
「予知夢のこともあるけど、スカイ・ネイル封印には彼の力も今後必要になってくると思う。そこでだ。協力してもらうために会いに行ってもらえないかな」
「俺とルチルで、ですか」
「いや。一緒に行ってもらう人をつけるよ。さすがにまだ君たちだけでは心配だからね」
その言葉に内心ほっとしたが、実践経験もない自分はまだまだ未熟者なんだと思い知らされる。
いつまでも誰かに頼ってちゃだめだ。
こんなんじゃ、戦い方を覚えたって何も変わらない。
自然と拳に力が入る。
フランは扉に向かって声をかけると再びゆっくりと開かれていく。
ずっと外で待っていたのか、がたいのいい男性がづかづかと中へと入ってきた。
「わざわざ外で待つ理由あったか?話してくれんなら別に最初からいてもよかっただろーよ」
「まあそうだけど、いきなりいたら二人がびっくりするでしょ」
男は俺たちを見るなり頭をガシガシと掻き乱す。
「ガキの子守か」
は?
こいつ、何言って・・・。
「リース、怖い顔しないで。・・・私、ルチル=カメリアと申します」
そう言ってルチルはぺこりとお辞儀をする。
その後名乗らない俺を見かねたのか裾をちょんちょんと引っ張られ、渋々頭を下げる。
「・・・リース、です」
「フラン、俺は側近じゃないが暇じゃねーんだ。急用じゃないなら帰るぜ」
人の話を聞いていたのだろうか。
何故だろう、この人とは一生通じ合えない気がしている。
「まあ待ってよ。ケンも十五年前の惨事を忘れたわけじゃないだろう」
ケンと呼ばれる男は立ち去ろうとした足をピタリと止め、彼の方へ振り返る。
「どういう意味だ」
「スカイ・ネイルの封印が解かれた。また、あの時と同じ事が今起きようとしている」
「・・・」
フランが今までの経緯を説明し、今持っている彼の情報と俺の"中"にいるこいつの事も絶対に外部に漏らさないことを約束した上で話す事にした。
「なんでリース、言ってくれなかったの。ずっとそばにいたのに」
彼女は俺に起こった異変を最初に知ることができなかったのが余程ショックだったのだろうか。
知ったことで気持ち悪がられるかとも思ったがその様子はなさそうで小さく安堵する。
「つまりは五人中一人がこいつで、二人目のそいつを見つけりゃいいんだな」
「ああ。問題はその場所なんだけど
・・・迷いの森なんだよね」
「お前、そこは」
フランはこくりと頷く。
「一度足を踏み入れたら最後。二度と帰っては来られないというあの森だよ。まあここからはそう遠くないし、目撃したのは森の一歩手前のとこだ。中に入っていく必要はない」
「とは言ってもよ、あんなバカ広い森のどこを見張っとけばいいんだ?またそこに来るかどうかもわからねぇしよ」
「そこで、もう一つ手掛かりがある」
机に散乱していた書類から一枚ひらりと手元に取り出すとそれを俺達の方に見せた。
「十五年前、ステラという瑠璃色の瞳を持つ女性がいたんだ。まだ情報は少ないがかなりの魔力の持ち主だったらしい。僕の予想が当たっていれば彼もおそらく同じ瞳を持っている。力の理由が瞳にあるのなら、その気配を感じ取ることが出来るはずだ」
そういえばあの子も魔法を使っていたな。
それもかなり強そうな風魔法。
もし彼が神を宿していたとしたらあれが神器の技なのだろうか。
フランの言う手掛かりは場所を特定するにはあまりにも頼りない。
ケンは腕組みをしながら目を瞑りしばらく考え込んだが、いい案が思いつかなかったのかフランに向き直る。
「まあここにいたところで現状何も変わらねぇ。いっちょ行ってくるか」
「頼んだよ」
そんなこんなで俺とルチル、ケンというこの男と三人で迷いの森を目指すことになった。
準備が出来次第出発とのことで各自一旦部屋へ戻り支度を済ませ、再び広場へと集合する。
俺の腰にはギルじいさんから渡された剣。
実際に扱ったことはまだないが、いよいよその時がくるのだろうか。
コバルト国を出た俺たちは瑠璃色の瞳をもつ男の子がいるかもしれない迷いの森へと歩を進めていた。
が。
「・・・」
会話が、ない。
ルチルと二人の時や村の人たち、カナルバと行動を共にしていた時は特に何も思わなかったが、今は何故だか凄く・・・気まずい。
やはりガキだと思われているのか。
俺らくらいの年代が苦手なのか。
どちらにしろ、よく思われていないのは確かだろう。
道を知るケンを先頭に俺とルチルは黙ってその後を着いて行く。
「・・・お前、リースと言ったな」
いきなり話を振られ心臓が飛び跳ねる。
「そう、ですが」
「・・・」
また沈黙が流れる。
なんなんだ。
思う事があるのならはっきり言えばいいのに。
この人の考えてる事が全くわからない。
話している時の威勢は良いようだが。
「あの、言いたい事があるなら言ってください。その・・・逆に気になるんで」
前を向いたままの彼の表情はこの位置からだと読み取る事は出来ない。
返事はなく、また少し静かな時間が過ぎていく。
「リース、森が見えてきたわ」
目線を横へ向けるといつの間にか見渡す限り一面に木々が広がっていた。
高台になっているこの場所からでさえその森の終着点は見つけることができない。
微かに霧も出ているようだ。
これが、迷いの森。
このどこかにあの子がいるというのだろうか。
「お前、覚悟はできてんのか」
「え・・・っ!」
不意に返ってきたその言葉の意味を理解する前に目の前を何かが通過した。
直ぐにケンが反応し、彼の得意武器である斧を背から下ろし構える。
「誰だ!」
すると岩陰から誰かが姿を現した。
目を疑ったが、人・・・ではないようだ。
猫のような耳に尻尾が生えている。
手元には弓矢が握られていた。
しかし俺は何故だかこいつを知っている。
まさか・・・。
「あの時の?!」
「知ってんのか」
「フランさんを狙ったのはあいつだ」
その言葉にケンの威圧感が増す。
「見る限り召喚獣だな。俺らに何の用だ」
「お前を、待っていた」
そう言って指を差した先は。
「・・・俺?」
「コバルト国の警備が厳しくなったからここで待ち伏せしていたんだ。お前のそれ、寄越せ」
弓を構えると何故か俺ではなくケン目掛けて矢を放った。
すかさずそれを防ぐと俺達を守るように前へと出る。
"それ"ってこの剣のこと、じゃないよな。
俺の"中"のこいつのことを言っているのか。
「話し合いってわけにはいかねぇのか」
「それを寄越してからならいい」
そうか、と答えると一気にケンの魔力が上がり、構えていた斧を頭上へと高く持ち上げていく。
「それじゃあ仕方ねぇ」
ケンは地を強く踏みしめた後、凄い勢いで召喚獣の元へと飛んで行った。
高く持ち上げられた斧を振りかざしたが簡単にそれは避けられてしまう。
「っすばしっこいな。だがこの近距離じゃあ矢も放つことぁ出来ねぇだろ」
「そうでもない」
「なに・・・っ」
ケンの攻撃をまるで猫のように躱しながら召喚獣はケンの真後ろに視線を送り手を伸ばした。
すると矢の形をした光の物体が浮かび上がる。
そのままその光の矢は後ろにいた二人の方へと放たれた。
やばい、避けきれない・・・!
「ファイア!」
光の矢はこちらから放たれた火によって焼き尽くされていった。
「ルチル、お前・・・」
「魔法なら任せてよ」
そう言う彼女がなんだか頼もしく思えたが、同時にまた心の奥で黒ずんだ感情が沸々と湧き上がる。
結局俺は魔法を習得することはできなかった。
こういう時やはり有利なのは魔法。
だけど俺だって今まで何もしてこなかったわけじゃない。
背に担いでいた剣をゆっくりと引き抜き、体の前で構える。
ここで・・・やられるわけにはいかない!
けど、どうやって相手の動きを止めれば・・・。
召喚獣はそばにあった岩の上に飛び乗りながら空中で一発矢を放つ。
それがケンの左腕を掠め、思わずその場で立ち止まる。
「っ、静止してなくても当てれんのか」
だが矢を放った本人は微妙そうな顔をしていた。
「何故力を使わない?それともその気がないのか・・・」
何やらブツブツと呟いているようだが、さっきから何故あいつは俺を狙わない?
俺に用があるんじゃなかったのか。
それにしたってこの距離じゃ捕まえることも出来ない。
あそこまで走って・・・いや、ルチルの元を離れるわけには・・・。
そうこうしているとまた光の矢が目の前に現れた。
今度はルチルを目掛けて飛んでくる。
「火で消せるのなら怖くないわ!ファイア!」
先程と同様に光の矢は忽ち炎にのまれ消滅した・・・かと思われた。
消し去ったはずの光の矢が炎を擦り抜け彼女の体に突き刺さる。
「っ・・・!」
「ルチル!!!」
撃たれた反動で足を踏み外しそのまま迷いの森へと吸い込まれていく。
彼女の叫声だけが酷く耳に残り、目の当たりにした現実を受け入れられずにその場で立ち尽くす。
何が起こった?
間違いなく矢は消し去ったはずなのに・・・!
「もう一本矢を放ったんだよ」
「っ!」
「一本目の矢が焼滅し炎が弱まったところにもう一本飛ばした。簡単な話」
「てめえぇ!!」
いつの間にか召喚獣のいる岩の上まで登り詰めたケンは斧を振りかざしていく。
「小僧!行け!」
「行けって・・・」
「迷ってたら救えるもんも救えねぇぞ!」
「!!」
その言葉に俺は気が付いたら走り出していた。
後先考えず、もしかしたら自分がこのまま死んでしまうかもしれないのに。
ルチルの後を追うために急斜面の崖を勢いよく滑り落ちていく。
"覚悟はできてんのか"
覚悟なんて、正直わからない。
けど迷いが生じていた時点で出来ていないのかもしれない。
誰かを守るには覚悟が必要なんだと。
身を投げ出してでも、守り抜く覚悟が。
そうなってからじゃ遅いのに。
もう、失いたくないのに。
「ルチルーーー!!」
やがて底が見えてきたが止まれるわけもなくそのまま体ごと地面へと打ち付けられる。
全身に鈍い痛みが走り、しばらく動けずに蹲っていると聞き馴染んだ声が上から聞こえてくる。
顔をあげると、とても心配そうにこちらを見下ろすルチルの姿があった。
「待って、今治療するわ・・・・・・!」
俺は体を起こすと彼女を強く抱きしめた。
夢じゃ、ないのか。
「よかった・・・っ」
「ちょ、ちょっとリース」
「ごめん、ちゃんと守れなくて」
俺は何を迷っているのだろう。
何のためにここまで来て、戦い方を覚えたくらいで強くなった気になって。
何も変わっちゃいない。
「私は大丈夫だから・・・」
優しく包み込んでくれるような優しい声。
結局守られてばかりだ。
・・・俺は今、いつのことを思い出している?
「ほら、治癒魔法もレグさんに教えてもらって初級のは習得出来てるのよ。リースのも治すからそろそろ離して・・・」
「本当に大丈夫か?」
「え・・・?」
「無理、してないか」
返答に困っている様子を見る限り、やはりまだどこか痛むのか。
何故正直に言ってくれないのだろう。
一番近い場所で過ごしてきたはずなのに。
俺が、そうしてしまっているのか。
ルチルの優しさに甘えて今までしっかり彼女の思いを受け止めたことがあっただろうか。
「言いたくないなら言わなくていい。けど、しんどい時は・・・無理、するな」
少しずつ意識が薄れていく。
抱きしめていた手が解かれ、それにルチルが気付き急いで治癒魔法を使う。
「ケリール!」
白い光に包まれ、身体中の痛みが引いていくのがわかった。
これは、レクアさんが使っていたのと同じ魔法か。
治癒魔法も使えるなんて、やっぱり遺伝なんだろうな・・・。
頭の遠くの方でそんなことを考えながら。
「あれぇー?こんなところに迷い人はっけーーん!」
突然聞こえてきた幼い声に肩を飛び上がらせ、ルチルは恐る恐るその元へ振り向いた。
どこから現れたのか、好奇心に満ちた目で小さな少女がこちらを見ている。
「あ、あなたは・・・」
「私はアイリス!ねぇ、ちょっと遊んでよ」
そう言うと少女は人とは思えない跳躍で地面から木の枝へと飛び移った。
よほど身軽なのか、枝は折れることなく少女を支えている。
その様はまるで森全体を従えているかのような、どこか普通の人間とは違う雰囲気を感じさせた。
・・・いや、もしかしたら人間ではないのかもしれない。
直感的にそう思いながらも相手は小さな子供。
恐れることはないはずなのに。
少女の唱えられた呪文によって辺りは一面大きな泡で埋め尽くされた。
これって、魔法?
「待って、私はあなたとは戦わないわ!」
「違うよお、遊んでほしいの。その泡を割ってみて!すっごく楽しいから!」
なんだか上手く話しが伝わらない。
遊ぶっていったって。
絶対この泡、危険な気がする・・・!
「っ・・・これは、水魔法か」
「リース!」
まだ少し重たい体を起こす。
治癒魔法のおかげで大事は免れたがどうやら完全には治っていないらしい。
「ごめんなさい、まだ軽い傷しか治せなくて、リースも無理しないで」
「ルチルは」
「え?」
「痛むとこはないのか」
「私は、寸前でウインドを使って衝撃を抑えたから・・・。でも・・・少しだけ、射られたところが」
そうか、といいゆっくりと立ち上がるとルチルを背にしアイリスに視線を向ける。
「君が変わりに遊んでくれるの?ねぇ、その泡割ってみてよ」
「・・・割れば、いいのか」
「うん!」
にっこりと満面の笑みを浮かべる。
その表情に偽りはなくただ本当に遊んでほしそうなだけに見えた。
警戒しつつも剣を構え、目の前の泡に一撃を振るった。
するとーーー。
ーーバアアァン!!!
「!!!」
泡が弾けた反動とともに物凄い爆風と音が森に響き渡る。
敷き詰められていたせいか隣り合わせになっていた泡も次々と連鎖して弾けていく。
まるで簡易的に作られた爆弾のようだ。
これをもろに受けたらただでは済まないだろう。
これがあいつにとっての遊びなのか。
「きゃははは!!もっとやってみせてよ。バブル!」
唱えられると再び地からたくさんの泡が浮かび上がる。
その泡達が今度はそれぞれ意思を持ったかのようにリースへと飛んでいく。
「・・・っ!」
自らの体に当たらぬよう必死にギリギリのところで泡を切り裂いていく。
しかしこれでは切りが無い。
このままじゃ・・・!
ついに切り損ねた泡が自身にぶつかり強い衝撃とともに勢いよく弾き飛ばされた。
地へと投げ出され、治療して傷口は塞がっているものの崖から落ちた時に打ち付けた肩が酷く痛み思わず顔を歪める。
「ねぇ!お姉さんも遊ぼうよ」
っ・・・まずい。
「や、私はっ・・・」
痛む箇所を手で押さえながらなんとか膝立ちの体制になると、地を強く踏みしめた。
いくつもの泡が彼女を標的にする。
本当は心のどこかでは気付いてた。
ギルじいさんに引き取られてからも村を出る時も、君は俺を心配してずっとそばにいてくれてたこと。
「っ・・・!」
ふらつきながらも飛び交う泡をなんとか切り裂いていきルチルの元へと向かう。
こんな奴のことなんかほっときゃよかったのに。
それでもずっとそばにいてくれた。
「すごいすごい!じゃあこれはどうかなあー。カスケード!」
どこからか勢いよく水が噴き出すとそれはまるで滝のようになり、泡ともども飲み込んでいく。
俺にとってはそれが・・・・・・生きていくための、唯一の光だったんだ。
再びルチルを庇うように前に立つ。
滝のような水流がこちらに押し寄せてくる。
何よりも大切な人。
なんて言葉じゃ足りないくらい。
もう絶対に
君を、
傷付けさせやしない!!!
次の瞬間、二人の目の前に透明な壁のようなものが現れた。
アイリスから放たれた魔法はその壁によって防がれ、行き場を無くした水は地へと流れてゆく。
これはいったい・・・?!
『リース!僕の力を使って』
どこからか自分の脳内に話しかけてくる。
その声は・・・。
「スペクルムか?」
『遅くなってごめんね。僕もあの子と同じ水属性の魔力を持っているから、それを使って!』
使うったって。
俺は魔法を習得出来なかった。
なのに、扱えるわけ・・・。
『大丈夫だよ。今の君にはその剣と、僕がついてるから』
どうやらやってみるしかないようだ。
レグさんに教わった時のことを思い出しながら自身の魔力を一点に集中させていく。
この、剣に集めて・・・。
具現化させる!!
「カスケード!!」
唱えられると剣を中心に大量の水が溢れ出し、勢いを増してアイリスを襲う。
足元を救われそのまま水流に飲み込まれるとやがてその姿は見えなくなった。
やった・・・のか?
徐々に水が引いていくと地面に横たわったまま動かなくなっている少女がそこにいた。
「・・・!おいっ、大丈夫か!」
「ぷっはああ!お兄さんなかなかやるね!」
「!」
勢いよく起き上がると何事もなかったかのように満面の笑みを浮かべる。
「でも手加減しちゃダメだよお。本気でやらなくちゃ!次は私の番ねっ」
すくっと立ち上がるとアイリスは片手を空へと翳した。
まだやるというのか。
一瞬でも気を許してしまったことに反省しながらも剣を構える。
「そこで何をしている」
"遊び"を静止するかのように聞こえてきた声に皆動きを止める。
ここは迷いの森のはずなのにこんなにピンポイントで人が集まることがあるのだろうか。
と小さな疑問を浮かべながらその男の方へと視線をやる。
「リース!あの瞳・・・」
「!」
まるで宝石のような輝きをもつその瞳。
深沈としている金髪の男は紛れもなく探していた人物だった。
「レイ!」
アイリスが嬉しそうに彼の元へ駆け寄るとぴょんぴょんとその場で跳ねている。
どうやら二人は顔見知りらしい。
「そろそろ戻っておけ」
「はあーい」
言われるがままアイリスは森の奥へと消えていった。
聞きたいことは山ほどあるが。
「・・・外まで案内する」
くるりと方向を変えそのまま来た道を歩いて行く。
「ちょっと待っ・・・!」
ズキリと傷が痛み剣を地面へ突き刺してなんとか体制を保つが、そこから動く事が出来ない。
「リース!」
ルチルが寄り添うがまた彼女も傷を負っている。
こんな状態では国へ戻るまでに日が暮れてしまう。
ケンさんとも合流しないといけないのに。
「・・・」
その様子を見かねてかレイは再びこちらへ戻るとリースとルチルに右手を翳した。
「ルポア」
光に包まれ傷が癒えていくのがわかった。
けど、ルチルの時とは違う。
さっきまで感じていた痛みが嘘のようになくなり思わず手を閉じたり開いたりしてみる。
「傷は治した。着いてこい」
ルチルと顔を見合わせ、今度こそこちらに振り向くことがないレイの後ろをひたすらに着いて行った。
やがて長い森を抜けるとその場で立ち止まる。
足を踏み入れれば二度と出られないと言われる迷いの森を、一度も迷うことなく出ることができた。
「君はいったい・・・」
「もうここへは近付くな」
そう言い捨て立ち去ろうとする彼の腕を咄嗟に掴む。
「俺たちは君を探してたんだ。一緒に来てほしい」
直様掴まれた手を振り払うと鋭い目つきでリース等を睨んだ。
「俺には関係のない事だろう。それ以上構うようなら容赦しない」
殺意さえ感じられるその気迫に思わず足がすくむ。
しかし人を寄せ付けさせない空気を纏った彼はどこか孤独さも感じさせた。
『モニア!』
突然俺の"中"から飛び出し目の前に姿を現した彼の姿を見るのはあの夢以来だった。
完全に実体化したわけではなく体は向こうの景色が見えるほどに透き通っている。
ぎょっとした様子のルチルを余所にレイは顔色ひとつ変えない。
するとレイからも同じように半透明の人影が姿を現した。
さらりとした長い髪に美しい顔立ちの女性。
スペクルムを見るなり目を潤ませた。
『スペクルム!ごめんなさい、あの時は』
『もう気にしてないよ。それより』
スペクルムはレイの前へ行く。
『モニアから話は聞いてるよね。スカイ・ネイル封印のために君にも協力してもらうよ』
・・・ちょっと待て。
「俺はお前からまだ何も聞いてないぞ」
『あっ、そうだった!』
慌てる彼にモニアはくすくすと笑っている。
レイは深い溜め息を漏らすと改めて着いてこいとリース等を引き連れた。
森沿いに歩いて行った先に見えてきたのは、明らかに誰かが生活していたであろう痕跡が残る場所。
寿命によって倒れたのか人工的に切られたのか、人が座るにはちょうどいいサイズの切り株に何食わぬ顔でレイはすとんと腰を下ろした。
まさかここで過ごしてるのか?
そんなことを聞けるはずもなく。
『スペクルム、主に話してあげて』
モニアとスペクルムがまた姿を現すと落ち着いた様子で話し始めた。
『最初僕が君に言った留まらせてほしい理由は、さっきも言った通りスカイ・ネイルを封印するために力を貸してほしいからなんだ。封印は人間にしかできなくて、僕たちは協力してくれそうな主を選んでこうして行動を共にしてる』
「俺たちとお前らの目的は同じ。けど、今回誰かがその封印を解いたんだろう?そいつがスカイ・ネイルを持っているならいずれ力を使われるんじゃないのか」
『スカイ・ネイルの力を使えるのは強大な魔力を持つ者か僕らの選んだ主だけ。それ以外の者は基本的に扱えないようになってるからその心配はいらないよ』
「でももしその人が強大な魔力の持ち主だったら・・・?」
『そしたらもうとっくに使ってるでしょ。封印を解かれてからもう半月はたってる。ただ、僕らの元に辿り着けないよう結界を張っていたのに辿り着けてしまった。そして封印を解いた・・・。その人が何なのか全然わかんない』
頭を抱え項垂れるスペクルムをモニアは神妙な面持ちで見つめる。
「その、もし普通の人間が無理にでも力を使おうとした時はどうなるんだ?」
『その時は命を落とすわ』
「!」
皆ハッとしたようにモニアに視線を向ける。
『でも時にはそれでも叶えたいという者もいる。あの石は本当はあってはならないものなの』
『モニア・・・』
考えてみればその石のせいで過去に悲惨な戦争が起こっていた。
自分の欲望に塗れて重要なところを見落として、ただ手に入れたいがために周りを傷付け失って。
そんなこともう繰り返させない。
「俺たちはどうしたらいい?」
『神器は全部で五つあるんだ。まずはそれを探しだして、それからスカイ・ネイルの元へ行く。そしたら人目のつかないところで封印の呪文を唱えて僕らはまた眠りにつく。今度は誰にも見つからないようしっかりと結界を張ってね』
「・・・・・・と、言うわけだが」
チラリとレイの方を見るが、相変わらず目を伏せ腕組みをしたまま微動だにしない。
俺が言うのも何だがケンさんといいこいつといい、協調性にかけてるだろ!
「スペクルム・・・さんは、水属性の魔力を持っているのよね?」
『そうだよ!僕は水属性で、モニアは風属性』
「主が魔法を苦手としていても使えるようになるのね。さっきはびっくりしちゃって」
その言葉にリースの胸にちくりと針が刺さる。
『僕も主と一緒に魔力のコントロールをするからね。ただそれ以外の属性は扱えないけど』
「なるほど」
するとレイは急に立ち上がりどこかへと歩いて行く。
慌てて後を追いかけ呼び止めると足を止めたが、こちらに振り向く素振りはない。
「・・・どこ行くんだよ」
「お前らに同行する気はない。俺は一人でスカイ・ネイルの元へ行く」
は、何言ってるんだ。
「さっきスペクルムの言ってたこと聞いてなかったのか」
「だったら何だ」
「なにっ・・・」
「お前は何のために旅をしている。偽善者ぶって自分を満足させるためか?見ている限り周りを巻き込んでいるようだが、人一人守れないようなら早く元いた場所へ帰ったほうがいい」
こいつ・・・!
頭に血が上り背を向けたままのレイに拳を振り翳したが、それは大きな何かによって遮られた。
「何してんだ、ガキ」
その声は・・・。
「ケンさん!どうしてここに」
止められた拳を下へと下げられ何を言ってるかわからないといった様子で空いているもう片方の手で後頭部をボリボリと掻いている。
「こいつの溢れ出てる魔力を頼りにここまで来たんだよ。お前、怪我はねぇのか」
溢れ出て・・・?
俺にはよくわからない。
魔法を使いこなせていないからだろうか。
「怪我は・・・その子が治してくれました。ルチルも無事です」
「そうか。・・・そっちのガキは」
自分のことだと気付き少しだけこちらに視線を向けたがその目は今にも敵を仕留めてしまいそうなほど殺気に満ちていた。
それでもケンは特に臆することなく一つ溜息をつく。
「そんな怖ぇ顔すんなよ。まあ大丈夫ならいいさ。コバルト国の王からお前を連れてくるよう頼まれてんだ。一緒に来てもらうぜ」
「力が目当てか」
「子供の力を頼りにするほどやわな国じゃねぇよ。その様子じゃもう話はしたんだろ?そのことで話がしてぇんだと」
「・・・」
少し考えているのか、睨みつけていた目をゆっくりと閉じる。
そのまま行ってしまうんじゃないかと思ったが彼は黙ったままこちらへと歩を進めてきた。
「よし、じゃあ国へ戻るぞ」
あの子も早く呼んでこいと急かされ、俺は小走りでルチルの元へ向かった。
四人揃うとケンを先頭にコバルト国へ戻るため、迷いの森を後にし来た道を歩いて行く。
「あの、召喚獣はどうなったんですか」
「あー、どうもこうも、お前が崖を降りて行った後直ぐに身を引いちまってよ。・・・仕留められなかった」
珍しく活気のない声に悔しさが滲み出ているのがわかった。
フランさんに話したらどんな顔をされるだろうか。
あの時、俺がもっと動けていれば・・・。
「お前は悪くねぇ。俺があの時油断したのがいけなかった。言い訳はしたくないが、外でやるのは十年ぶりでな・・・。勘も体も鈍ってやがる」
平和なコバルト国で戦争は起きない。
誰にでも友好的な王を敵に回す人なんていないだろう。
でもきっと、今回のは俺が・・・・・・。
「ねぇ、誰か倒れているわ」
下から先へ目を向けるとそれは全く動く様子もなく地へ伏せている。
「さっき俺が通った時はいなかったが」
お互い顔を見合わせそのまま放っておけるはずもなく倒れていた男性に駆け寄った。
壮年くらいだろうか。
少し体を起こしてあげ、声をかけると彼は薄らと目を開けてくれた。
「おい、しっかりしろ。大丈夫か」
「ああ・・・少し道に迷ってしまって。・・・すまないが街まで送ってくれないか」
「なんていう街だ」
「デザイアっていうとこなんだが・・・」
「デザイアか・・・、少し距離があるな。なんてったってこんなとこで力尽きてんだよ」
眉間にしわを寄せつつケンは肩を貸してあげながら男をゆっくりと立ち上がらせた。
「いや情け無い。まだ人の手を借りずとも生きていかねばならないのに・・・」
「そんなこと言わないで。街まで送るので道を教えていただけますか」
「街はひとまずこの道を抜けた先だ・・・っとと」
男は借りていた肩から離れると足にうまく力が入らないようでバランスを崩した。
がそれをケンがすかさず支える。
「ったく、こいつを担いでなきゃおぶってやりたいとこだが。悪いがちっと辛抱してくれ」
そう言うと軽々と男を抱き抱えた。
抵抗する力もないようで大人しく身を預けている。
そういうわけでコバルト国へ戻る前にこの人を街まで送ってあげることになった。
黙々と後ろを着いてくるレイを気にしつつ、俺たちの目的はとりあえず達成し今こうして行動を共にすることができて安堵する。
ケンさんのこともまだよく知りもしていないが悪い人でないことは見ていればわかる。
この四人でならきっと、スカイ・ネイルまで辿り着けるかもしれない。
ーーー
「・・・・・・着いたようだな」
あれから結構な長い道のりを歩きデザイアという街の前で立ち止まる。
草花や木々の緑が時折風で揺らめき街を包み込んでいるような様子がとても美しい。
自然に溢れている街、という印象だ。
しかしどこか不自然だ。
こんなにも見惚れてしまうくらい素敵な場所なのに、人一人歩いていない。
住人がそもそも少ないのか?
それにしてもどこからも物音すら聞こえてこないなんて。
「私の家はそこを行った先だ」
ケンの肩から顔をひょこりとこちらに向けつつ小さくその先を指差した。
言われた通り彼の家を認識するとその街へ足を踏み入れた。
がしかしやはり何かが違う。
胸が騒つくこの感覚は何なのだろう。
「ちょ、ちょっと・・・!」
急にルチルが真っ青になって足を止めた。
みなどうしたのかと彼女の視線の先に目をやると。
「・・・!!」
思わずその光景に体が凍りつく。
街中の家の窓からこちらに向けられている視線。
それは紛れもなくここの住人達だった。
「んだよ、こりゃあ」
さすがに気味が悪く男に聞く前にいそいそと家の中へと入り込んだ。
「おい、どうなってんだこの街は」
「いや助かった。なに、気にする事はないさ。見慣れた光景だよ」
無事帰ってこれたことに安心したのかソファにぐでりともたれ掛かる。
「見慣れたって、どう考えてもあれは普通ではない気が」
「まあまあ。せっかく来てくれたんだしもう時期日が暮れる。今日は皆さん泊まっていきなさい。・・・といっても部屋は狭いしもてなす物もないが」
笑いながら話す彼をよそに一人を除いてこちらは全く落ち着かない。
断りたいところではあったが街へ繰り出すのも気が引け、疲れも溜まっていたために仕方無く一晩だけならと受け入れることにした。
だいぶ調子が戻ったようで夕飯も振る舞ってくれたが、お世辞にも美味しいと言えるものではなくお腹の半分も満たされない。
街とはこういうものなのだろうか。
活気がなく、こんなにも自然で溢れているのに彼の顔のやつれ具合から食事もまともに取れていないようだし。
気が付くとルチルは既に夢の中。
男は気遣って静かに部屋の灯りを落とした。
思い返せば国を出て召喚獣とアイリスという少女と戦い、迷いの森を抜けて更にここまで歩いてきた。
眠ってしまうのも無理はない。
自分もうとうとする中いつの間にか一人だけ姿が見えない。
閉じかけていた目を擦りながらそろりと音を立てないよう立ち上がる。
微かに緑の香りとともに何処からか風が吹き抜けてきた。
どうやらこの家には小さな庭があるようで、少しだけ開いていた戸を見つけるとゆっくりと開ける。
姿を消していた人物はやはりそこにいた。
こちらに気付いてはいるだろうが、夜空を見上げたままの彼は昼間のように何か言ってくる様子もない。
「・・・眠れないのか」
返事はない。
まだ警戒されているのだろうか。
それとも一人でいることを好んでいるのか。
・・・いや、そもそもまともに戦うこともできないのに旅をしているような奴と話をする価値はないとでも思われているのか。
「・・・」
「・・・お前に言われたこと、全部その通りだよ。俺には誰かを守るほどの力はないし、あのまま村から出なければよかったのかもしれない」
俺の中にスペクルムが宿り、咄嗟に発言してしまったがためにルチルを巻き込んでしまった。
だけど・・・。
「俺には生まれた時の記憶がない。当時のことを教えてくれる人は誰もいなかった。
考えないようにすればするほど頭のどこかでずっと自分が何者であるのかを探してしまう。
旅の先にその答えがあるのかはわからないが・・・・・・まっ、今のところお前に言われた通り、偽善者なのかもしれないな」
ふう、と一呼吸し空を見上げる。
日が差していた時と変わらず辺りは静まり返っている。
もしかしたらまだどこからか俺たちを見ている人がいるのかもしれない。
暗闇に包まれた今、それを認識することはできないが。
「・・・何者であるのかなんてどうでもいい」
「え?」
「この世界で生きていたところで、何の意味もない」
どこか遠くを見つめたまま、表情を変えるわけでもなくそう呟いた彼もまた抱えているものがあるようだ。
「でも俺はあの時お前が助けてくれなかったら死んでいたかもしれない。意味なくなんかないと思うけどな」
「・・・」
「俺たちと一緒に旅してればお前も見つけられるんじゃないのか。その意味を」
「・・・馴れ合うつもりはない」
「そっか」
部屋に戻るため静かにその場を後にする。
「・・・・・・偽善者は俺の方だ」
横になり目を閉じる。
レイ、といったか。
初めてちゃんと会話をしたかもしれない。
いつか普通に俺たちと話してくれる日がくるだろうか。
年も同じくらいだし、少しムカつくところはあるけど。
いつか、仲良くなれるといいな・・・・・・なんて。
「ーーーぐああぁっ!」
突然の悲鳴に目が覚める。
急いでレイの元へ向かうと、そこには胸ぐらを掴まれて苦しそうにもがく男の姿があった。
「なっ・・・どうしたんだ!」
「す、すまん!離してくれっ!息がっ・・・!」
掴んでいた手を離すと男は力が抜けたかのように地面へと崩れ落ちた。
むせ返りながら必死に呼吸を整えている。
何の騒ぎかと眠っていたケン達も目を覚まし目尻を擦りながら俺の背後から顔を覗かせた。
「何の真似だ」
彼の瞳は昼間自分達に向けられていたものと同じだった。
警戒と憎悪、物々しく張り詰める空気。
氷のように冷たく、青いーーー。
「お前のその目っ、その青く輝くようなその目!それにその耳に付けているのは魔力を抑えるための物だろう!間違い無くお前はブラン・ルミエールの持ち主!」
「・・・だったら何だ」
「頼む、この街に永遠の富を与えてくれないか!」
この男、まさか最初からレイに近付くためにあの場所で倒れてたんじゃ・・・!
勿論彼が男の要望を承諾するわけもなかったが、そのまま放っておいたら手を出しかねないと思ったのかすかさずケンが間に割って入った。
「おい、まず訳を話さねぇか。それとこっちの"力"についても知っているようだしな。・・・あんた、何を企んでる?」
「企んでなどいない!数年前からこの街の財源が尽きはじめ、見ての通りの生活だ。このままじゃみんな飢え死にしてしまう」
「こいつにそれをどうにかするための力があると?」
「何年か前にも同じ目をした女性がこの街に来たんだ。その人は光の力を使い、一瞬にして寂れ腐っていたこの街を緑豊かな地へと変えてくれた。・・・お前も使えるんだろう?その女神の力が!」
この街へ足を踏み入れた時の違和感はどうやらそれが理由だったようだ。
しかしレイの"中"に住む彼女に一つの土地の景色を変えるほどの力があるなんて。
・・・だとしたら、モニアはその時のことを覚えているんだろうか?
この街のことを知っていたのに何も情報を出さなかったのは何故だ?
「待って、モニアの属性は風じゃなかったの?」
「そこまで詳しいことは知らないが・・・。とにかくこの街は隣国の供給に頼り切っていたがためにこの有様だ!せめて食っていけるくらいには助けてほしいんだ」
「なんつーか、こう言っちゃ悪いが自分勝手すぎないか?お前らはもう少し自分達で生きていくために努力した方がいい」
どうやらスペクルムたちにはまだ俺らの知らない何かがあるようだ。
スカイ・ネイルを封印するための、秘められた力か何かが・・・。
男は要求を受け入れてもらえず肩を落とした。
「せめて作物を作れるくらいの知識があれば食には困らんのだが・・・」
その言葉に食いつくようにケンは笑みを見せる。
「それなら!おっちゃん、今日のところは一先ず寝て、また明日だ」
男は理解が追い付かないままケンに手を引かれ眠るよう促された。
よくわからぬままとりあえず一件が収まったのか、徐々に自分も強い眠気に襲われ真っ暗な部屋に戻っていく。
レイのことは気になったが、人は睡魔には勝てないようだ。
日が上り皆が目を覚ますとケンは早速俺たちを引き連れて家を出た。
相変わらず街は静かなままで木々の囀りだけが心地良く聞こえてくる。
きっとまたどこからか見られているんだろうと思いながらもそちらの方はなるべく目を向けないようにした。
ケンは良さそうな場所を見つけたのか男の家に眠っていたクワを手に取ると、慣れた手つきでどんどんとその場を耕していく。
「もしかしてケンさんの本職って・・・」
「あ?言ってなかったか?コバルト国の畑は全部俺が見てんだ。知らねぇ土地を耕すなんて滅多にないからな、腕が鳴るぜ!」
凄く意外だった。
思わず笑いが漏れそうだったが、久々の光景になんだか懐かしさを感じた。
「リースも村では畑仕事を手伝ってたのよ!私も時々見に行ってたし、力になるわ」
「なんだそうだったのか!おし、それなら案外早く出来そうだな。おっちゃん、この街から肥料になりそうなもん集めてきてくれ」
「は、はい!」
言われるがまま男はわたわたと走って行った。
休む間もなく、気がつくと頭上から強く照りつけていた日差しに止まらない汗を拭いながら。
時間を忘れ、それはどんどんと完成していった。
いつの間にか畑の周りに出来ていた人だかり。
そんなにも珍しいのか、今まで聞こえてこなかったざわめきが俺たちを包み込む。
必要な知識は一通り男に教え、これからは徐々に街の人たちにも広めていくようにと話を進めた。
「あとは水だな。この街の水源はどうなってる?」
「そ、それが水も今ギリギリの状態で。雨もここ数年降ってないんだ」
「おい、まじかよ。それでよくこの自然は保たれてんな」
肝心なところを見落とし頭を抱える。
水がなければ作物は育たない。
「・・・なあ、スペクルム」
『なあに?』
「お前、雨は降らせられるのか?」
そう聞くと彼はにっこりと笑った。
人目につくと注目を浴びそうだったので、そっとその場を抜け出し木の陰に身を隠す。
そこで俺は小さく唱えた。
「アクア」
すると傾き始めていた太陽は雲で覆われ一滴の雫が頬に落ちる。
それは次第に雨となりこの街を濡らしていった。
辺りからはどよめきが起こり空を見上げている。
「やったな!」
『んー、でもね、僕のは一時的なものだから今後はまた降らない日が続いちゃうかも』
「そう、なのか」
これでこの街で作物が育つようになると思ったが。
そう簡単な話ではないようだ。
『その心配はいらないわ』
『モニア!どういうこと?』
『彼が力を使ったから』
モニアはちらりと建物の陰に背を預けている人物に目をやる。
「レイが?どうやってそんなこと」
『私は光を司る女神なの。この世の者たち全てを幸福へ導くのが私の役目・・・。そして今の私の主は彼。簡単ではないけれど、レイが望むのであればそれは可能になるわ』
スカイ・ネイルを使うわけでもないのに可能なのか。
幸福へ導くためならば・・・。
過去のことをモニアに聞こうとしたが先程まであったレイの姿が突然消え、どうしたのかと急いでその場に駆け寄った。
倒れ込んで地に伏せていた体を慌てて起こしてやるが、呼吸が浅く意識が朦朧としているようだ。
『魔力の大半を消費したの。気候を操るのは容易ではないから。でも大丈夫よ、数日もすればまた元の状態に戻るわ』
「!・・・なんで、そんな」
「・・・・・・らない」
「え?」
「・・・わか・・・らない。ただ、お前を見ていると・・・無性に虫の居所が悪くなる」
な、なんだよそれ!
俺が何をしたっていうんだよ。
本当に何を考えているのか読めない奴だな。
「・・・お前は、他の奴らとは・・・違う。そう、思っただけだ」
「よくわからないが、だからってそこまで魔力を使わなくてもいいだろ!勝手に無茶するなよ」
本当に余程の魔力を消費したのかレイはそのまま眠りについてしまった。
このままだと風邪を引きかねない。
何とか自分の肩に腕を回させるとルチルたちの元へと向かう。
『これはもう一泊かな?』
『そうなりそうね』
いつしか雨音と街の人々の声で辺りは賑わっており、まだほんの少しだけ正直恐怖感はあったが話してみれば皆悪い人たちではなかった。
この男も最初はレイの力を狙っているのかと思ったが、生活が豊かになるのを望んでいるだけのようで俺たちのことも気に掛けてくれる。
ケンさんとルチルは俺たちを見るなり心配して駆け付けてくれたが、その後男の提案によって案の定もう一日泊めてもらうこととなる。
村にいた頃は毎日のように過去を頭の中で探っていた。
見つかりもしない記憶の断片を時間の許す限り、ぐるぐると暗闇の中を一人で彷徨うかのように。
けど今は何故だか前ほど深くは考えなくなっていた。
・・・いや、考える時間がなくなったという方が正しいだろうか。
周りに耳を、目を向ければそこにはいろんな景色が広がっていて。
全てが新鮮に思えた。
目まぐるしい日々。
自分でも知らなかった自分に出会えているような感覚。
空を見上げるのは癖みたいなもので、ふとした時に抜け殻のようになっているのかルチルはそれを気に掛けてかよくそばで寄り添ってくれる。
今日も変わらず夕飯は質素だったが、みんなの何気ない会話や笑い声が心を温かく癒してくれた。
この先も知らない地へと足を踏み入れいろんな経験をするのかもしれない。
剣を交えて戦うことだって。
早く残りの三人を見つけ、誰かがスカイ・ネイルの力を使う前に封印しないと。
彼らの旅はまだ、序章に過ぎない。




