✴︎はじまりの章✴︎
雲一つない夜空にキラキラと無数の星たちが輝いている。
何も遮るものがないこの村からはその様子が一望できた。
特に今いるこの丘はとっておきの穴場だ。
ここに来ると心の中の濁ったものが全て浄化されていくような気がして、過去のことなんてどうでもよくなって。
心地良い風が吹いている。
草木の音に耳を傾けながら仰向けに寝そべり、しばらく星空を眺める。
そんな穴場を知っているのは俺と、もう一人。
「リース!ここにいたのね」
茶髪のロングヘアを風になびかせながらこちらに駆け寄ってきた女の子。
「もう遅いんだから帰らないと」
時間を忘れてぼうっとしてしまっていたせいか、この子ーールチルが呼びに来てくれたようだ。
ゆっくりと体を起こし立ち上がろうとすると、ルチルが何やら空の一点を見つめたまま動かずにいることに気がつく。
「なにかしら、あの光」
その目線の先にはここからはかなり遠そうだが、確かに星とは違う別の光が空を明るくしていた。
どこかの国が祭典でも執り行っているのだろうか。
やがてその光は強くなり、空に向かって一筋の柱となり静かに消えていった。
一体今のは何だったのか。
この時は深く考えず、ただ彼女がこちらを見て優しく微笑む。
「帰ろうか」
手を取り立ち上がるとニ人肩を並べその場を後にした。
君は気づいているのだろうか。
何度もその笑顔に救われていることに。
過去の記憶がないこの俺は心のどこかでずっと探していた。
自分の、生きる意味を。
景色がよく見えるあの丘から少し降りたところに家はある。
血が繋がっているわけではないが、気がついた時から俺はルチルと生活を共にしている。
それからもう一人。
ただいまと言いながら扉を開くと、少し古くなっている蝶番がキィと音をたてた。
「おじいちゃん、帰ったよー」
ルチルがひょこっと部屋に顔を出すと、白髭を伸ばしたお爺さんがそこにいた。
いつもならもう寝ている時間なのに、起きているなんて珍しい。
こちらを見るなり安心したような表情でにっこりと微笑みおかえり、と返事をしてくれる。
自分の帰りを待ってくれていたのだろうか。
だとしたら申し訳ないことをしたな。
彼の名はギルフォード。
ルチルのお祖母さんのお兄さんらしいが、彼女は本当のお祖父さんとして接している。
両親がいなかったりと、彼女もまた複雑な状況にあるのだが、細かいところまではさすがに聞けなかった。
今はこの三人暮らしだ。
寂しい、悲しいといった感情すら一切周りにみせない。
彼女をそこまで支えているものは何なのか。
それなのに、俺は。
「リース、また怖い顔してる」
その言葉にはっと我に返ると少しムッとした表情でルチルがこちらを覗き込んでいた。
「ごめん」
咄嗟に出た謝罪の言葉。
もう、と声を漏らしながらもまたいつもの笑顔に戻る。
「さあ、私はそろそろ寝ようか」
「ギルじいさんもごめん」
「なんのことかね」
ゆっくり椅子から立ち上がるとそのまま寝室へと歩いていく。
この村の長でもあるギルじいさんは本当に優しい。
言葉には出さないけど、心配してくれていることはちゃんと伝わってる。
その後それぞれの自室に別れ、俺は部屋の明かりも付けぬまま、早々に着替え終えるとそのままベッドに寝そべった。
静まり返った部屋。
ゆっくりと目を閉じる。
俺は幼い頃ギルじいさんに拾われたらしい。
その時のことは覚えてなく、ここで日々過ごしていく中で何となく身内でないことは気づいていたのだが、そう打ち明けられた時は幼いながらにいろんな思考が飛び交った。
両親は何処へ行ったのか?
何故血縁関係のない人の元へ引き取られたのか。
俺は捨てられた?
何かやむおえない事情があったのか。
どうしてその時の記憶がないのか。
そもそも自分は人間なのか?
今見えているものは全て幻で、空想の世界だとしたら?
生まれてからここにくるまでの約四、五年。
多少覚えていることがあってもいいはずなのに、思い出そうとしても何も出てこない。
ずっと頭のどこかで考えてしまう。
ルチルのように俺は出来ない。
何故記憶がないのか。
昔何があったのか。
ギルじいさんがそれ以上教えてくれない理由も知りたい。
いつか、真実を・・・。
そこで俺は眠りに落ちた。
その日、夢を見た。
水色のような透き通った髪に、人とは思えない長い耳。
女の子・・・?
いや、男の子か・・・?
人間・・・なのか?
閉じられていた目が開かれると、パチリと目が合う。
ガラスのようなその瞳は見ているだけで吸い込まれそうだ。
「僕の名はスペクルム。訳あってしばらく君の"中"に留まらせてほしいんだ」
何を言っているのだろうか。
俺の、中?
なんだ、この夢。
「これは夢じゃないよ。眠っている時に悪いけど、君にお願いしたくて」
「今、心を読んだのか?」
「ううん。僕にそんな力はないよ。君がそういう顔をしていたから言っただけ。ということで、これからよろしくね!」
「ちょっと待て、俺はまだ何もーー!」
天に向かって手を伸ばした状態で目が覚めた。
むくりと体を起こし辺りを見回す。
・・・・なんだ、やっぱり夢だったのか。
『おっはよーー!!!』
「うわっっ!!!!」
とんでもなくびっくりしてしまい、勢いよくベッドから転げ落ちる。
打ちつけた頭をさすりながら再び辺りを見渡すが、人の姿はない。
『ごめんごめん。君の"中"にいるから姿は見えないんだ』
急に血の気が引く。
夢じゃ、ない・・・?
自分の中に何かがいる。
考えただけでも気がおかしくなりそうで吐き気すらしてくる。
「お前、なんなんだ、急に勝手に人の体に!」
『は、話したじゃないか!君の中に留まらせてほしいって』
「俺は許可した覚えはない」
冗談じゃない。
これからずっとこんなのが続くっていうのか?
『本当に、困ってるんだ』
さっきまでハツラツとしていた彼の声がだんだんと小さくなり、少し言いすぎたかなと一旦心を落ち着かせるために深呼吸をした。
「理由は」
『それはまだ言えない』
前言撤回するか?
よからぬ言葉を言ってしまいそうになったがぐっとこらえ、話を続けた。
「スペクルムといったか?なんで俺なんだ。しばらくってどのくらいなんだよ」
『それはーーー』
「・・・」
返事がない。
寝たのか?
このタイミングで。
訳がわからないままだが悪い奴ではなさそうだし、追い出すことも出来そうにないのでとりあえずまた目を覚ますまでそのままにしておくことにした。
朝日が窓から差し込んでいる。
寝起きは最悪だが、村の畑の手伝いに行かねばならないので俺はいつものように身支度を終わらせて部屋を出た。
するとふんわりと甘い良い香りが漂ってくる。
ということはルチルのお祖母さんが来ているのか。
隣の家に住んでいて前はよくご飯を作りに来てくれていたのだが、最近は足の調子が良くなく自宅で休んでいるらしい。
「あ!おはようリース」
朝食の準備を手伝いながら、こちらに気づいたルチルはニコッと笑う。
「おはよう。レクアさん、お久しぶりです。足は大丈夫なんですか」
「ええ。今日は珍しく調子が良くて。さあ、座って。もう少しで出来上がるから」
白髪でふわふわのショートヘアをした可愛らしいお祖母さん。
その優しい口調と表情からどこかルチルを連想させる。
匂いにつられてかギルじいさんも部屋から出てくるとテーブルへとついた。
「いただきます」
カリカリのベーコンと半熟卵がのせられたパンケーキにミニサラダが添えられており、別で温かいスープも用意されている。
卵を割りそれらを一緒に口に入れればなんともその甘辛さが癖になる。
「今日は私が焼いたのよ」
美味しいでしょ?と言いたげそうにこちらの様子を伺うとギルじいさんとレクアさんは優しく微笑む。
「だいぶ上達したわね。最初は生地作りもままならなかったのに」
「お、おばあちゃんそれは言わないでってば」
「ふふ」
何気ない日常。
この光景はいつ見ても、なんというか。
不思議な感覚だ。
「レクアの調子が良さそうでなによりだが、何か話したい事もあるんじゃないのか?」
それまであまり話していなかったギルが口を開くと、レクアは少し困ったように目を合わせた。
「話したいこと?どうかしたの?」
「まあ、大したことではないのよ。少し悪い夢を見ただけ」
「夢?どんな?」
ルチルは気になるようでずいずい聞き込んでいるが、俺はなんとなく良くない空気が二人の間に流れているのを察した。
その理由がなんなのかはわからないが、口を挟むとレクアさんをさらに困らせてしまいそうなのでここはやめておくことにしよう。
もくもくと朝食を食べ、席を立つ。
「さ、俺はそろそろ出るよ」
「えっ、もう食べたの?!せっかくおばあちゃんが来てくれたのに」
残念そうにするルチルをよそにさっさと自分の皿を片付ける。
「いつでも会いに行ってあげればいいだろ。隣の家なんだし」
そういえばレクアさんは一人暮らしだが、俺らがいない時家事はどうしてるんだ?
足、悪いんだよな。
「ひどい、リース」
あれ、なんか、変なことを言ってしまっただろうか。
「まあまあ。また一緒に食べましょう。リースはソウおじさんの手伝いがあるから仕方無いわ」
むー、と膨れてるルチルを優しく宥め、レクアさんはこちらを見てにこっと笑った。
俺は二人に軽く会釈をすると、家のドアノブに手を掛ける。
すると、何やら外が騒がしいような。
「で、出てきたら駄目だーーー!」
ソウおじさん?
なにをそんなに慌てて・・・。
次の瞬間、勢いよくドアが開かれた。
目の前には見たこともない大柄な男。
その体は鎧で覆われており片手で斧を担いでいる。
思わず後退りをし、目線をゆっくりその男の顔へとやる。
「なんだあ〜?ちいせぇガキだな」
見下ろされると更に威圧感があり、この異様な空気感に思考が停止する。
そしてその男の後ろで血を流しているソウおじさんが目に入った。
なんでおじさんが・・・!
「ああ。なかなかこの村の長の居場所を教えてくれねぇからよ、一発殴っちまった。ってわけで、そこ、どいてくれねぇか」
まだ頭がよく回らない。
ここをどいたらギルじいさん達が危ない。
間違いなく、殺られるーーー。
「リース、道を開けるんじゃ」
ギルじいさんの声にハッとする。
でも、そしたらーーー!
その場を動けずにいると男は痺れを切らしたのか表情が段々と険しくなっていく。
「今日はあんまり手荒くする気はねぇんだけどなあ」
そう言うと男は拳を構え、俺の体ごと壁へと突き飛ばした。
背中に鈍い痛みが走り、耐えきれずその場で蹲る。
「リース!!」
「あんたがギルフォードか?」
男はづかづかと家に上がり込むと、ギルの目の前で立ち止まる。
「いかにも。さて、何の用かね」
「昨晩、どうやらスカイ・ネイルの封印が解かれたらしい。あんたなら何か知ってるんじゃないかと思ってね」
男の言葉にギルは目を見開いたが、動揺はせずゆっくりと言葉を返していく。
「残念ながら情報は何もない。去ってくれるか」
「それは困るなあ。こっちは夜も眠らずここまで来たってのによ。十五年前、神器を持つ輩を引き連れてたあんたなら何か知ってるだろ?解除したのが誰かとか推測つかねぇのか」
「悪いが封印した時点であの時のことは終わった。それ以外の事は何も知らん」
さっきからギルじいさんとこの男は何の話をしているんだ。
スカイ・ネイル?
封印?
十五年前って・・・、俺の記憶にはない、過去。
「チッ、つれねぇじいさんだな。じゃあもうあんたに用はねぇ」
それまで肩に担がれていた斧をゆっくりと地へ下ろす。
あいつ、まさかーーー!
今度は思考と体が同時に動き、気付くと俺は男の斧を持つ腕を動かすまいと阻止していた。
「鬱陶しいな」
「・・・っ!!」
しかしそれも虚しく、空いていた左手で襟元を捕まれると簡単に壁へと投げ飛ばされる。
「な、なんで、こんなことっ・・・」
「娘か。お前は俺達についてきな」
「い、いや・・・っ!」
ルチルの腕を強引に引っ張り上げる。
それを見かねたギルは止めに入ろうとするが男はそれを許さない。
「あんたには消えてもらう」
勢いよく斧がギル目掛けて振りかざされる。
もうだめだ、そう思った時。
急に部屋中に風が吹き荒れた。
ーーーーーザシュッッ
「ぐあっっ!な、なんだ!」
その風は男を容赦なく切り裂いていく。
ルチルを掴んでいた手が離れると、俺は慌てて傍に駆け寄った。
そして多分その風を操っているのであろう人影が家の出入り口に見える。
そいつは俺と同じくらいの年のように見え、俺と同じ金髪で。
綺麗な瑠璃色の瞳をしていた。
「急に痛ぇじゃねぇか」
重傷を負っているはずなのに何故か変わらぬ様子で金髪の男に向き直る。
こいつには痛覚というものがないのか?
斧を持ち直し頭上に大きく構えると今度はその金髪の男を目掛けて振りかざした。
しかし彼は相当身軽なようで、瞬時に後ろに下がると簡単にそれをかわしていく。
「ほう。これを避けるとは大したもんだ」
「・・・」
「・・・辞めだ。今日のところは引き上げる」
急に怒りが冷めたのか、斧を肩に担ぎ直すと男は再びこちらに振り向いた。
「俺の名はシェイド。じいさんよ、気が向いたらまた来るぜぇ」
そしてシェイドと名乗る男は去っていった。
終わった・・・のか?
一度ゆっくりと深呼吸をする。
自分の手が、今になって震えている。
「大丈夫か、ルチル」
床に崩れ落ちたままの彼女の肩もまた、小さく震えていた。
ーーー自分はなんて無力なんだろう。
ふとそんな言葉が頭を過ぎる。
「大丈夫、二人とも!」
先程まで物陰に隠れていたレクアさんがこちらに駆け寄ってきた。
「俺は、なんとか。ルチルが・・・」
あと、あの男の子は・・・?
立ち上がろうとした途端、背中に激痛が走る。
「無理をしたら駄目よ。すぐ治すわ」
「っ・・・治すって、レクアさん?」
俺の背中に手を当て、レクアさんは目を閉じる。
「ケリール」
レクアさんがそう唱えると白い光が放たれ、さっきまでの背中の痛みが嘘のように引いていく。
これって、魔法だよな。
しかも治癒系の。
「もう大丈夫よ」
「魔法、使えるんですね」
その言葉に対しての返事はなかったが、ただいつものように優しく微笑んでくれる。
「彼は、行ってしまったようじゃの」
「え・・・」
ギルは家の外を見つめ、小さく溜め息をついた。
「どうやらお前達に話す時がきたらしい。・・・レクア、ソウさんのことも頼めるか」
「ええ」
外で倒れていたソウおじさんのところへ向かうと、同じように呪文を唱え怪我を治していく。
しかし村のみんなはそれに対し取り立てて驚く様子もなくただそれを見守っている。
みんな、レクアさんが魔法を使えることを知っていたのか?
「ごめん、私も実は知ってた・・・」
目元にうっすら涙痕を残しながらルチルは申し訳なさそうに呟いた。
「でも、少しだけね。隠してたわけじゃないのよ、使ってるところを見たのは今が初めてなんだから」
「とりあえず皆席に着こう。リースも今日は休むといい」
やがて村の人達は解散し、レクアさんも戻ってくると俺達は朝食時のようにテーブルに着いた。
また少し重たい空気が流れる。
「・・・二人はスカイ・ネイルを知っているかね」
「いや・・・」
「私も詳しいことは・・・。ただ、昔それのせいで戦争が起きてたわよね?」
戦争・・・。
さっきあの男が言っていた十五年前の出来事だろうか。
「辛い過去を思い出させるようで申し訳ない。出来れば話さず、このまま去りたかったんだが」
「え、縁起でもないこと言わないでよっ」
ふう、とまた溜め息を吐くとギルじいさんは視線を下に落としたまま話し始めた。
あれは、今から十七年前のことーーー。
どこから流れてきたのか。
かつてわしが住んでいた国ではスカイ・ネイルの噂が広まっていた。
「なあ、スカイ・ネイルっていう石の話は知ってるか?」
「あったり前だろ。最近じゃどこもその話で持ちきりだぜ。ただ、あんまり大きな声では話せないがな」
「どうしてだ?」
「おま、馬鹿か?誰かに聞かれたら俺達まで狙われかねないからだよ」
「誰に」
「スカイ・ネイルを欲している奴らにだよ!手に入ればなんでも願いが叶うんだぜ?誰かに取られまいと血眼になっておかしくなってる輩もいるって話だ。中には必死に情報を集めてる奴もいる」
「自分の欲に埋もれて周りが見えなくなってるのか」
「そういうこと。だがそれだけじゃない。最近じゃその争奪戦に便乗してか小さな村が次々と襲われているらしい」
「代償はでかいってことか」
手にすれば何でも願いが叶う。
純粋な者が扱えば世の中は幸福に包まれるやもしれん。
しかしその逆の場合、どうなるのかわかったものじゃない。
その噂に怯える者もいた。
そしてわしの身近にもスカイ・ネイルの力欲しさに日々悩み続ける者がいた。
そいつは後に国を出てしまうのだが・・・。
ーーー「それで昔戦争が起きていたのか」
「でもさっきの奴、スカイ・ネイルの封印が解かれたって・・・」
「まあもう少し聞いてくれ。スカイ・ネイルの噂が世に広まった後の話じゃ」
わしの側近の中に内に神器を宿したという者が現れた。
どういうことか話を聞くとそれはある日突然の出来事で、目覚めてしまったスカイ・ネイルを封印してほしいとお願いされたという。
その話からどうやら"それ"とは会話もできるらしいが、基本的に本人以外には"それ"は見えないらしい。
神器が宿ったのは噂を知るよりも前だったために周りには言えずにいたみたいでな。
その後誰かがスカイ・ネイルの力を使ってしまう前に封印するべくわしも共に協力し事は動いていった。
「まあ、簡潔に話すと無事封印することは出来たんだがな。どうやらそれが解かれてしまったらしい」
「ねぇ、話は少しそれるけど私あまりその時のことは覚えていなくて。おじいちゃんに側近なんていたの?」
その質問に微妙な顔をしつつレクアに視線をやると話してあげなさいと言うような表情で小さく頷く。
「昔は国を背負ってた身じゃ。さっきの男、シェイドが言っていたように神器を宿す者と関わりがあったがために何かを企んでるんじゃないかと疑われてな。・・・国を守りきれなかった自分が情け無い」
その言葉で全てを悟ったルチルは言葉を失った。
スカイ・ネイルがギルじいさんの手に渡るんじゃないかと噂が流れ、手に入れようとしていた奴等が手を組み国を襲った、ということだろうか。
それで身を隠すためにこの地で生活を。
もしかしてルチルの両親はその時に・・・。
だが、何かが引っかかる。
「この村に住む大半の住民はその時の仲間でな。生き別れた者達は・・・もしかしたら国へ戻っとるかもわからん」
その言葉に少しの希望を抱きルチルははっと顔を上げた。
「ただわしももうこの歳じゃ。身を隠しあれから十五年、あの地まで戻るのは困難なことじゃ」
変な輩に見つかってしまったがな、とふうと息を吐きギルじいさんは力無さそうに笑う。
「そこへ行けば、お父さんとお母さんに会えるかな」
「可能性はゼロではない」
ある日突然、内に宿った神器。
本人以外に"それ"は見えない。
もしスペクルムがそうだとしたら。
さっきの奴らに知られてしまったら。
「それからね、今朝の夢の話なんだけれど」
レクアも少し話しづらそうに口を開く。
「さっきの男の子を見て、きっとこれはただの夢ではないことがはっきりしてしまったわ。あの子と、リース・・・二人が背を合わせて共に戦っていたの」
「俺と、あの子が?」
「レクアは時々予知夢を見る時がある。いつかその時が来るやもしれん」
予知夢・・・。
また会う時が来るのか。
・・・・・・それなら。
「・・・俺、行くよ」
静かにその場から立ち上がる。
「リース?行くってどこへ」
「決まってるだろ」
ここにいても、ギルじいさん達がまた狙われてしまうかもしれない。
それに、魔法を使っていたあの子が味方になってくれるのなら心強い。
「スカイ・ネイルの元へ」
「じょ、冗談でしょ?確かにおばあちゃんの夢は本当になるのかもしれないけど、またさっきみたいなのに襲われたら」
「・・・それでも、行くのか」
俺は深く頷いた。
ギルは難しい表情のまま腕を組み暫く考える。
「あ、わ、私も。私も・・・ついてく」
「ルチルは駄目だ」
俺だけが危ない目に遭うのは構わないが、ルチルまでまた危険に晒すことは出来ない。
それに、次は・・・守れないかもしれない。
ぐっ、と握っていた拳に力が入る。
「・・・わかった」
眉間にしわを寄せたままだが硬く組んでいた腕を解くと、ただし、とそれに付け加える。
「帰ってこい。必ず」
国を守りきれなかった彼のその言葉にどれほどの思いが込められているのだろう。
胸が熱くなっていくのを感じた。
「しかし今のままではスカイ・ネイルはおろか、そこへ辿り着くまでに力尽きてしまうじゃろう。まずはフランの国へ行け」
「フラン?」
「昔わしの元で使えていた者じゃ。そこで最低限の戦い方を教わるといい。・・・レクア」
そういうとレクアは椅子から立ち上がり、なにやら呪文を唱えだす。
「セモンド、カナルバ」
すると部屋が眩しい光に包まれた。
思わず手でそれを隠し目を閉じる。
光が薄れていくのを感じながらゆっくりと目を開くと、そこには。
どこから現れたのか、紫黒色の瞳にロングヘアの女の子。
その髪は後ろで一つに束ねられており、右手には大きな杖のような物を持っている。
今の時代には合わないような服装。
わかりやすく例えるならば、魔女のような。
「彼女は普段から私の身の回りの世話をしてくれているの。名はカナルバよ」
レクアさんは一体何者?
魔法でこの子を召喚したということなのか。
「まあ驚くのも無理はない。この子と三人で行けばフランの国までは心配いらんじゃろう」
三人・・・?
まさか、ギルじいさん。
「ルチルも連れてけっていうのか」
この先、何があるのかわからない。
本気で言っているのか。
「どうなんだね、ルチル」
その問いにまた言葉を詰まらせつつも、胸の前で両手をきゅっと握りしめると意を決したかのようにギルにしっかりと向き直る。
「私も、行く!」
「決まったようじゃな。さあ、支度をするぞ」
そういうとギルじいさんは俺達の荷造りを始めた。
どうしても不安が残るが。
「カナルバです。よろしく」
シャランと杖を揺らしながら無表情のままの彼女はこちらにぺこりと一礼する。
「ど、どうも」
自然と俺も一礼しレクアさんに視線を送る。
「感情がないように見えるけど、こう見えても思いやりがあるいい子なのよ。いざという時は助けてくれるわ」
レクアさんがそう言うのなら、きっと大丈夫なんだろう。
ここにいてはいけないと思い、咄嗟に出て行くことを決めてしまったが。
この先のどこかで見つけられるだろうか。
過去の記憶と。
自分の生きている意味を。




