✴︎不穏の導✴︎
「もうすぐ日が暮れるな・・・。結構歩いてきたけど、二人とも大丈夫?」
「ああ」
「問題ないわ。こういうのにも慣れてきちゃったみたい」
木々の隙間を風がすり抜けていくと同時に、すうっと三人の目の前に半透明の姿をしたスーラが現れた。
リースらの歩幅に合わせて彼もまた同じように移動する。
『リース、力を使った後あれから体は大丈夫だった?』
「え?・・・ああ。そういえばシグハルトの剣なしに神器を使ったが、今のところなんともないな」
前はあんなに疲労を感じていたのに、今回は不思議と何ともない。
「それってつまり、リースの力が強くなってるってことよね!」
嬉しそうに話すルチルに本当にそうなんだろうかとリース自身は疑問に思ったが、そうであることに僅かな希望を抱き今は素直に喜ぶことにした。
「さあ、ノワール国はもうすぐのはずだ。あと少し頑張ろう」
フランの一言に自然と進む足が軽くなる。
元々ノワール国民はコバルト国のように温厚な人が多く、どの人種とも友好関係にあったため争いとは全く無縁の国だったらしい。
しかしタクトによると近頃は状況が一変。
気を付けるよう忠告されたわけだが・・・・・・。
「スカイ・ネイルまではあとどれくらいで辿り着けるのかしら」
どうやらルチルも同じことを考えていたようでまだまだ道のりは長いんだろうなと小さく息を吐く。
「そういえば俺たち、スカイ・ネイルを封印するためにこうして旅をしてるんだよな」
「そうでしょ。どうしたの急に」
「いや・・・、その封印はどうやってすればいいんだろうなーって。もちろんスーラはわかってるんだろ?」
『もちろん!僕を何だと思ってるのっ』
腰に手を当て堂々と上から見下ろすスーラに対しリースは首を傾げる。
「そういえば、なんだっけ?」
『・・・・・・』
また説明不足だったかと徐々に不安になり、助けを求めるべくフランの方にちらりと視線を送る。
それに気付いたフランは事を察すると笑みを返した。
「彼らはスカイ・ネイルによって生み出され、それぞれに神器が与えられるとその所有者となりスカイ・ネイルを守る守護神として存在しているそうだ」
「・・・なんでフランが代わりに話すんだよ」
「まあまあ」
「で、封印のやり方は」
『それはーーー』
言いかけたところで前方に人の気配を感じたため足を止めた。
『リース?』
他の二人も何かに気が付いたのか同じく足を止めると微かに感じる気配に気を集中させる。
風が木々を靡かせると、目の前を静かに木の葉が舞っていった。
「こんなところで会うなんて奇遇だなあ」
言葉とは裏腹に明らかに誰かを待っていたであろうその男は姿を現すとわかりやすく腕を頭上に上げ固まった体を伸ばしていく。
「お前は確か、炎使いと一緒にいた・・・!」
「へーえ。俺のこと覚えててくれたんだ」
道を遮るように塞がれ、先を行くにはこの男を倒さなければならないことを察したリースはそっと剣に手をかけた。
「確か、ライアと言っていたかな」
「光栄だねぇ。けど、そっちの炎の神器持ち主が見当たらねー。こんな子供だけで出歩かせるなんて、コバルトの国も終わってんな」
「っ!フランさんはそんなっ・・・!」
言い返そうとしたところをフランに肩を掴まれ止められる。
「だってよお、現状そうじゃん。・・・まあいーや。んじゃ、ちょっくらやるか」
軽く肩を回すと不適な笑みを浮かべ、リースとフランはそれに警戒し剣を構えた。
次の瞬間、素早い動きであっという間に距離を詰められるとリースの腹部に強い衝撃が走る。
反動で地に投げ出され、それを庇うようにフランはすかさずライアに切りつけにかかった。
行動を読まれているのかそれをダガーで防がれるといとも簡単に弾かれてしまった。
「左が利き手なのかっ・・・」
「んーにゃ。利き手は右。長らく盗賊やってりゃあ自然と筋肉は付いてくんの」
右手をひらひらさせわざわざ説明するあたり彼にとって三対一であるこの状況は満更でもないらしい。
よそ見をしている隙にリースが剣を振り翳すと今度は右手にダガーを持ち替え防がれる。
「なあ。前みたいに神器で戦えよ」
「っ・・・断る!」
金属の甲高い音が辺りに響き渡り互いに距離を取るとリースは剣を構える。
「カスケード!!」
突如現れた激しい水流がライアを襲う。
しかし足をかすめただけで命中することはなく、行き場を失った水たちは雨のように地面を濡らしていった。
「今のは危なかったな。・・・まあ相手は子供。やられやしねーけど」
「お前たちの狙いは神器だろう。他の奴らはどうしたんだ」
「なんでそんなこと話さなきゃいけねーんだよ。俺が一人出歩いてちゃ悪いかよ」
「・・・・・・」
目的は変わらないはずだが本当に一人で奪いに来たのだろうか。
まさか、まだどこかに仲間が隠れているんじゃ・・・・・・。
周りを確認していると突然体が宙に浮き、手首を掴まれた感覚と同時に視界が急回転する。
体を打ち付けられることを予測したリースは咄嗟に空いていたもう片方の手を地につけると後ろ回転でなんとか体制を整えた。
「よそ見してんじゃねーよ」
右手にいくつもの小型ナイフを挟み持つとリースに狙いを定める。
「ウインド!」
フランの放った風魔法が男の頬をかすめ、それが気に障ったのかライアは狙いをフランへと変更する。
「優男はそこで休んでなっ」
勢いよくナイフが放たれそれを避けようとするが、あまりのスピードに間に合わずフランは奥歯を食いしばった。
だがそれは彼に的中することなくもう一人が使った魔法により小型ナイフは無惨にその場に落ちていった。
「ふぅん。なかなかやるじゃん」
ルチルはフランの元へ駆け寄ると傷がないことを確認し胸を撫で下ろす。
「フラン、このままじゃまずいわ。一度体制を整えて三人で一気に攻撃しましょう」
「フラン・・・?」
ルチルに言われた通り一度体制を立て直すとリースたちはライアに剣を向ける。
「お前、コバルト国の王と同じ名前なんだな」
「それがどうした」
「・・・・・・・・・やめだやめだ。おーわりっ」
「?!」
急に興味が無くなったか、こちらに背を向けるとライアは片手サイズの袋を取り出した。
「今日のところはこれくらいにしといてやるよ」
にっと笑うライアにリースははっとし、腰辺りにあった金貨袋がなくなっていることに気が付いた。
「お、お前っ!返せ!」
「盗って返す盗賊がどこにいんだよ」
じゃーな、といい残し去っていくその後ろ姿を見てリースは魔法で攻撃を仕掛けようとしたがそれをフランとルチルに止められた。
「なんで止めるんだよ!お金が盗られたんだぞっ」
「命はお金にかえられない。・・・・・・今はこのまま逃そう」
「っ・・・!」
ぐっと堪え冷静になると、リースはその場に留まった。
それにしても、何故急に戦うことをやめたんだ?
最初から金が目当てだったのか?
・・・・・・いや。
さっきあいつはフランの名を聞いて戦闘をやめた。
「まさか、フランの正体がバレたんじゃ・・・」
「いや、さすがにまだ確証は無いはずだ。それに知られたところで・・・・・・」
何か思い出したのかフランは視線を泳がした。
「フラン?」
「・・・・・・いや。なんでもない」
「心配なら一度国へ戻ってもいいのよ。私たちはノワール国で待ってるから」
「大丈夫。国にはスーラが作り出した写し身がいる。それにソティアやオルトたちも・・・・・・。誰かがスカイ・ネイルの力を使ってしまう前に、僕らで止めないと」
行こう、と言って足を先へ進めた。
ーーーが。
「っ危ない!!!」
鋭く光る何かがフランの足元へ突き刺さる。
よく見るとそれは誰かが放ったであろう矢だった。
「やっぱりあいつの仲間が近くにいたのか!」
「・・・・・・いや、どうやらそうじゃないらしい」
そろそろと木の影からいくつか姿を見せたのは、どこかの住人だろうか。
村人にしては値の高そうな衣服を着ている。
まさか、彼らは・・・・・・。
言うより先に、フランはまた一歩前へ出た。
「フラン!」
よほど警戒されているのか彼らは手にしていた武器を一斉にこちらに向ける。
「あなた方はノワール国の住民ですね。無断で敷地内に入ってしまったようで申し訳ない。僕らはそちらに危害を与えるつもりは一切ありません。どうか要件を聞いてもらえないでしょうか」
流暢な口調で話すフランに対しひそひそと相談するような声が聞こえてきたが、一人の男がそれを許さなかった。
「どうせ王女様の噂を聞きつけてやってきたんだろう!お前らみたいなのはノワールへ入る資格はない!」
「王女様・・・?」
「そうだ!お前らみたいな奴らのせいで、ステラ様はっ・・・・・・!」
男が持つ弓矢の手に力が込められると、咄嗟にリースはスペクルムのシールドを張ろうと詠唱する。
「やめないか!武器を下ろせ!」
しかしそれは突然の一声により止められることとなった。
声のした方へ向くと、始めてフランに会った時のような高貴な装いをした男が一人そこにいた。
その人物を見るなり言われた通り彼らは武器を下ろしたが納得いかない様子で不満を男に漏らしている。
それに対し何か言い返すわけでもなく、男はリースたちに自分に着いてくるよう促した。
その場にいた住民らを気にしつつも前を通り過ぎ、先へ進めたことに安堵する。
「あ、あの!ありがとうございます。・・・でも、どうして・・・・・・」
「・・・・・・すまない。突然のことで驚いただろう。・・・彼らはノワールの住民だ。数年前から国に近寄る者たちを悪人だと決めつけ、一方的に追い返しているみたいでね・・・。話なら私が聞こう」
背中を追うような形で後ろにいた三人は互いに顔を見合わせると、フランが小さく頷き口を開く。
「・・・・・・あなたは、ステラさんを知っていますか」
その問いに男はぴたりと足を止めた。
握られていた拳が微かに震えている。
ああ。
きっとさっきの人たちが言っていたように、この人も何度も同じ言葉を浴びせられてきたのだろう。
「王女・・・・・・ステラは・・・、この世の誰よりも優しかった。・・・まさに、このノワール国にとって女神のような存在だった・・・」
悲しみと怒りが入り混じったその声は虚しく空気の中へと消えていく。
「ステラは、俺の姉なんだ」
「姉、ということは、あなたは・・・・・・」
こちらへ振り向くと、男は軽く頭を下げた。
「申し遅れてすまない。私の名はフィーユ。王女ステラの弟であり、この国の第一王子に当たる者だ」
「そっ、そんな方が助けてくださってたなんて!すみません、何も知らず心の傷をえぐるようなことをっ・・・」
慌ててルチルは頭を下げたがフィーユは顔色を変えぬまま話を続けていく。
「・・・いや、いい。それで、君たちは?ステラのことを聞いてどうするつもりだったんだ」
ここからが本題だ。
場合によってはこのままノワール国へ入れてもらえない可能性だってある。
彼ははたして俺たちの言うことを信じてくれるだろうか?
少しの緊張感が何故だか異様に時を長く感じさせた。
「俺たち、コバルト国から来たんです。俺はリース。隣にいるのがルチルで、その隣がフラン」
「コバルト国・・・・・・?・・・ああ。名前だけは聞いたことがあるな。確かまだ若い青年が国を確立させたと」
「・・・それで、訳あって今こうして三人で旅をしていて・・・。信じてもらえるかどうかわかりませんが・・・・・・いるんです。ステラさんと同じものが、俺と、フランの中に」
眉をぴくりとさせ、先程までなかったフィーユの表情が険しくなる。
「それは・・・もし嘘だった時、君たちの安易な発言のせいでコバルト国の信用が無くなりかねないけど。もちろん、話をした上で出てきているんだよね?」
首を縦に振ってみせるとフィーユは少しの間考え込んだが、どうやら信じてくれたようで体を方向転換させ足を前に進めた。
「・・・勘違いしないでもらいたいんだが、元々ノワールは争いを好まない。よほどの理由がない限り相手に手を出すことはない。・・・・・・ただ、あまり姉の名は口にしない方がいい」
「・・・・・・わかりました」
「着いてこい。城へ案内する」
その後は特に会話を交えることもなく、ただ先を行くフィーユの後ろをひたすらに着いて行った。
ふと道端に咲いている白い花が目に止まる。
小さく俯くような形をしたその花は行先の至る所に咲いていた。
城の誰かが好んで育てているのだろうか。
その様はまるで謙虚な成り立ちで俺たちを受け入れてくれているかのようで。
先程までの緊張が静かに溶けていくような気がした。
そんなことを考えているうち見えてきたのはコバルト国とは比にならないくらい大きな城。
目の前にすると圧倒され首を痛めるくらい見上げたが、第一王子はそれを待ってくれず見失う前に早足で後に続く。
暫く城内を歩いて行き、一際大きな扉の前で立ち止まるとフィーユはそっとその扉に手をかけた。
ギィィと音を立てながら開かれたその先には王座に着く一人の男の姿。
「バルデ様、コバルト国より三人の若者が訪ねてこられましたが少し話していただけますか」
フィーユの声に反応すると、その男は重たそうに瞼を持ち上げ瞳だけをこちらに向けた。
「・・・コバルト国・・・・・・?」
「初めまして。僕たち、南の方にあるコバルト国から来ました」
いつものようにフランは一歩前へ出る。
「ここへ来る途中で以前ノワール国へ訪れた際、国の者に襲われ城の人間に命を救ってもらったタクトという男に出会い、ここに来ればスカイ・ネイルに関することを教えてくれるのではないかと聞いたのでここへやってきたんです」
バルデは表情を変えぬまま、視線は横にいた王子へと向けられる。
「・・・・・・其方たちに話せることは何も無い。フィーユ、彼らを元の場所へ帰してやりなさい」
「っ!待ってください!もう少しだけ私たちの話を・・・」
王女の名を出さずどう口を開いてもらえばいいのだろうか。
今の言い方だと俺たちはただスカイ・ネイルを欲している厄介な旅人にすぎない。
スーラの姿を見せて納得させるか?
・・・・・・そもそも、この人はどこまで"こいつら"のことを理解しているんだろうか。
確か、ステラさんに宿っていたのはモニアだったよな。
レイと同じ状況にあったのならば、ステラさんも相当強い魔力を手にしていたはず。
そして彼らから最初に告げられるのは、スカイ・ネイル封印の手助け・・・・・・。
スカイ・ネイルの力を狙う人々からすればその役目は邪魔でしかないから、周りに知られないよう機密情報として扱い密かに封印のために動いていた。
ギルじいさんも神器を宿す人と関わりがあったと言っていたが、どこかで情報が漏れたのか後に国自体が襲われてしまった。
争奪戦に便乗して関係のない村が襲われていたとも言っていた・・・・・・。
あの時・・・・・・。
家に押しかけてきた奴らも、金を奪っていったあいつもきっと・・・・・・っ。
「・・・・・・違う」
「リース・・・?」
「俺は・・・"こいつ"が現れるまで石のことを何も知らなかった。過去に何があったのかも。・・・・・・自分に、その時何があったのかすら・・・・・・」
そうだ。
俺は、何も知らない・・・・・・。
何も、思い出せないんだ・・・・・・。
「石の力を欲する者と何が違うというのだ。あれはむやみに手を出していいものではない。忘れているのなら、その方が幸せであろう」
「そう思うのが普通なのかもしれない。・・・・・・けど、俺は知りたいんです。過去に起きた、スカイ・ネイルによる悲劇を。もう二度と・・・・・・繰り返さないためにも」
「・・・・・・」
バルデはしばし黙り込んだ後、体を前に起こすとゆらりとその場に立ち上がった。
「今、この世は再び同じ過ちを犯そうとしている。・・・其方らの目的は、それを止めることだというのか」
「その通りです。どうか、話していただけないでしょうか。何かヒントになるかもしれないんです!」
過去を思い出すためにも・・・・・・!
「・・・バルデ様。彼らは亡き王女と同じものを内に宿しています。こちらとしてもこれは良い機会なのではないですか」
「・・・・・・薄らと感じ取ってはいたが、やはり・・・そうか」
「それは、どういう・・・?」
一つ間をおいてからバルデは後方にある窓際まで歩いて行く。
日の光が夜闇に飲まれ、まだほんの微かに明かりが残る空に目を泳がせた。
「ステラに力が宿ったのは、ある日突然のことだった・・・・・・」
それは、よく晴れた日の出来事だった。
いつものように書物の整理をしていた私は突如現れた非常に強い魔力の波動を感じ、まさかこのノワールに敵襲かと急いでその力のする方へと向かった。
しかし、その場所は何の変哲もない・・・。
我が娘がただ一人、部屋に佇んでいただけだった。
話を聞くと自分の中に精霊のような女性が現れ、スカイ・ネイルを封印するよう頼まれたという。
「残りの主が私を迎えに来るそうです」
小さい頃からそういったことに全く動じなかったステラは表情一つ変えることなく私にそう言ったのだ。
だがその力はあまりにも強大で、城の者だけでなく国民の間でも心配の声が広まった。
そうなることをわかった上でなのか、我々に気を使ってなのかはわからぬが、単独行動せぬようステラがここでとどまるようにそう告げたのかもしれん。
するとある日ステラから提案が上がった。
「私、ずっとやりたかったことがあるんです。お父様はきっと反対されるでしょうけど・・・」
それは迎えが来るまでの間、精霊が所持する神器を使い人助けをするということだった。
周りによく気が回るステラは困っている人を放っておけない性格で、出来ることならば全てを解決したいと心から願っていた。
今ならそれができるというのだ。
だが、それがどういった力なのか。
またスカイ・ネイルについての話も聞かされると私は娘を止めていた。
今すぐそいつを追い出せぬのかと。
ーーー
「・・・ステラさんには光属性のハルモニアが宿っていましたよね」
「ああ。・・・強大な力を手にしたとはいえ、どれ程の力を消耗し、身を削るのかと考えると私は賛成出来なかったのだ」
「モニアの神器は・・・・・・」
「ブラン・ルミエール。瞳がそうだと言っていた。けど、その神器の力って・・・・・・」
デザイアでレイが使っていた・・・・・・あの力?
モニアは数日すれば元の状態に戻ると言い、レイは一晩休んで動けるほどには回復していたが・・・。
「その力って、例えば連続して使ったり、毎日使い続けた場合って・・・・・・」
「それはどの神器も共通事項ではなかったのか。・・・・・・無論、体がもたなくなり死に至る」
「っ・・・!」
「だが娘は止めたところで大人しく留まるような子ではなかった。また自分の力が原因で人々を不安にさせてしまい、その心配を取り除くと同時に悩める者は幸福へ導くと自らの元へ招き入れた。・・・・・・やがて彼らは、ステラを幸福の女神だと讃え始めた」
幸福の女神・・・・・・。
・・・・・・フランの言う通り、やっぱりあの時俺たちを襲ったフードの男はきっとノワール国の住民。
これで納得がいく。
モニアがステラの前に現れなければ、彼女はきっと今も健在していただろう・・・。
「・・・・・・その後、王女様の元へ他の神器所持者がお迎えに来たのですか?」
「聞いていた通り暫くして訪れたよ。本当に行かねばならぬのかと問い詰めたが、ステラは"仲間"とともに出て行ってしまった」
その後のことを思い出しながら遠くを見つめるその様子は、どこかギルじいさんを思い出させた。
大切な人を手放す怖さは俺だって体感している。
ましてや見ず知らずの人たちと旅を共にするなんて・・・・・・。
「その迎えに来た方々のお名前は今でも覚えていらっしゃいますか?」
「名は・・・そうだな。確か、アレン・・・、ナット・・・、それともう一人いたな」
「四人ではなかったんですか?」
「ああ。迎えに来たのは三人だったよ」
それじゃあ残りの一人はその後に合流したということか。
ギルじいさんは神器所持者と関わりがあったと言っていたが、一体誰のことを言っていたんだろう。
「・・・リース、僕、そのうちの一人を知っているよ」
「えっ・・・」
「アレン。彼はカメリア国の住民だ。よく鍛錬場にいるのを見かけていた」
「なに、其方はカメリア国を知っておるのか。・・・・・・しかしその年で見かけていたというのはいささか信じ難いが」
バルデの指摘にフランは一瞬動揺したが直ぐに自分はカメリア国王の遠い知り合いに当たると誤魔化した。
それでも辻褄が合わないような気がしている国王にルチルは慌てて助け船を出すとなんとか話を切り抜ける。
「おお、そうだ。思い出したぞ」
そう思ったのも束の間。
まさかコバルト国のフランを知っていて、ここにいるフランと同一人物だと言うことがバレたのか・・・?
そうなれば一気に信用が無くなりここを追い出されかねない。
いや、いっそのこと一から全て説明すれば納得してくれるんじゃ・・・・・・?
「あ、あの!決して俺たちはっ・・・!」
「スバル。彼はそう名乗っていた」
「え・・・・・・?」
どうやら心配はいらなかったらしい。
目をぱちくりさせているとバルデは再び記憶を辿らせていく。
「三人ともカメリア国の王の元、ステラを迎えに来たと話していた。国王ギルフォードが主導となって動いていたようだが・・・・・・その国にいたのならば、後にどうなったのかは存じておるであろう」
一つの国が壊滅してしまったことはそうある話ではない。
だからきっと他国にまでそのことは知れ渡っているんだ。
・・・・・・ギルじいさんのことも、周辺の人たちはみな知っているのだろうか。
「あの時・・・、城にいた僕らでさえ神器のことは何も知らなかった。おじ様が石について動いていたことは何と無く察してはいたが・・・。それにしても何故あんなにも周辺の反感を買ってしまったのかがずっと疑問なんだ」
「・・・・・・誰かが、外部と繋がりを持っていたとしたら」
「!」
フィーユの言葉にフランは顔を上げる。
「まさか。あのカメリア国に・・・・・・」
「まさか、という人物がそうであったかもしれない。・・・今でさえ皆平和を願っているが、なかなか全員が全員そういうわけにもいかない。・・・・・・私だってそう思いたくはないが、人間というのはそういう生き物だ」
「・・・・・・」
「そんな・・・」
もし本当にそうだとしたら。
まだ、この世のどこかで生きているとしたら、おそらくそいつは見つかり次第即刻牢行きになるのだろう。
機密情報を聞くことのできる立場の人間で、尚且つそれを流出させ国を壊滅させたとしたら・・・・・・、その人の命は・・・・・・。
「まだ確信はないだろう。・・・・・・さて、今日はもう遅い。話はまた明日するとしよう。其方らはここで体を休めるといい」
「え・・・いいんですか」
「問題ない。・・・・・・フィーユ、頼めるか」
フィーユは頷くとリースたちに着いてくるよう促す。
「あっ!で、でも俺たち、その・・・・・・支払える対価を持ち合わせていないんですが・・・」
すると急に扉が開かれ美しい容姿をした一人の女性が中へと入ってきた。
「そちらも問題ないわ。このノワールでは気使い不要よ」
「エシャロット様・・・。公務お疲れ様です。今日はもうお部屋で休まれては・・・・・・」
「もう。そんな堅苦しい話し方はよしてって言ってるじゃない。・・・・・・彼らは私が案内するわ」
彼女はどうやら王妃様のようだ。
だけど何故そんな人がわざわざ俺たちを?
「さあ、着いてきなさい」
先を行くエシャロットに言われるがまま後に続いていく。
本当に対価なしに泊めてもらっていいのだろうか?
行先の城の通路には見たこともない大きなガラス窓がいくつも連なり外の景色がよく見えるようになっている。
やがて城内のランプに灯りが灯されるとその温かな光が行く道を照らす。
初めてコバルト国に訪れた時も同じような緊張感を味わったが、ここにきてまた同じ思いをするとは予想もしていなかったな。
「対価はいらないと言ったけども、一つ聞いてもいいかしら」
「はい。なんでしょう」
「彼女・・・・・・。ステラと共にいた子は、今も健在なの?」
「・・・それは、ステラさんの中にいた精霊のことでしょうか」
「ええ。・・・あの子、力を使っている時は念願叶ったみたいでとても幸せそうにしていたから。少々無理はしていたみたいだけど」
「・・・・・・恨んで、いますか」
その問いにエシャロットは少し黙ったが、特に怒るような様子はなく少しだけ目線を落とした。
「恨んでない、と言えば嘘になるかもしれないわね。・・・・・・でも、ステラの願いを叶えてくれたことには感謝してるわ。私にはしてあげられなかったことだから」
「・・・・・・ハルモニアは、今も石を封印するために新たな主のもとにいます」
「そう・・・」
客間の前まで来ると俺とフランは同室、ルチルは隣の部屋へと案内された。
「次彼女に会う時があれば伝えてちょうだい。ステラがこの世を去ったのはあなたのせいではない。・・・・・・あの子は、生涯を全うしたのだと」
「・・・はい。必ず」
エシャロットはその返事に笑顔を見せる。
「夕食もどうぞ食べにいらっしゃい。ダイニングルームは一階にあるわ」
「ありがとうございます!」
そう言って彼女は俺たちを残しその場を去っていった。
国王と王子はどこか接し難い感じがしたが、王妃様は優しそうな人だ。
「・・・・・・いったいいつから話を聞いていたんだろう」
「え・・・何が」
「・・・・・・いや。後で話そう。・・・さて、どうしようか」
あんなに心良く案内してくれたのに、何か気になることでもあるのだろうか。
フランの言うことが気になりつつもどこからか聞こえてきたか細い音に互いに顔を見合わせる。
自分ではないと首を振ると、恥ずかしそうにお腹を押さえているルチルが目に入り自然と笑いが溢れた。
「ご、ごめんなさい。夕食の言葉を聞いたらつい・・・」
「今日もだいぶ移動してきたからね。さすがに僕もお腹空いたよ」
「それじゃあ、少し休んでまたここに集合しよう」
「そうね。ちょこっとだけゆっくりしてくるわ」
その後それぞれ部屋に別れ中へ入ると、その広さにまた驚きつつ、如何にも座り心地の良さそうなソファを見つけると直ぐにそこに腰を下ろした。
「歴史があるとこうも違うもんなんだな・・・・・・。あ、このあたりは参考にさせてもらおう」
興味津々に部屋をぐるりと一周し感心するフランに真面目だな、と思いつつもいや、もはやそういうのが趣味なのか?と思考が巡る。
・・・・・・これがいわゆる職業病ってやつなのか。
「・・・さっき言ってたのって、どういう意味なんだ?」
探索中申し訳ないがフランが言っていたことが気になる。
思い出したようにこちらに振り向くと好奇心に満ちていた目は直ぐに冷静さを取り戻し、俺の向かいにあったソファに座った。
「そのことなんだけど・・・。エシャロット王妃を疑っているわけじゃないが、話の内容からして普通は外に聞かれないよう結界を張っておくものだと思うんだ。治安が悪化してる最中にスカイ・ネイルの話をしているとなると更に混乱を招くと思わないか?」
「それは・・・身内の魔力を感じ取って結界を解いたんじゃないのか?その、王女様のことも把握していたわけだし。考えすぎじゃないか?」
「そう、だろうか」
もやが晴れない様子のフランにこれ以上なんと言って納得させればいいのか思いつかない俺は、体を前のめりにしわかりやすく話をそらした。
「フィーユさんが言ってたこと、あれは本当だと思うか?」
「えーと。カメリア国に情報を外に流していた人物がいたかもしれないって話?」
頷いて見せると、また彼は難しい顔になる。
「僕は、信じたくはないけど。おじ様に使えていた人の中に裏切り者がいたなんて。・・・それに、そんな人は考えても思いつかない」
・・・・・・この人は体も含めちゃんと休息を取れているのだろうか。
話を振ったのは俺だが、なんだか急に心配になってきた。
その若さで国を立ち上げ、全てが上手く循環するようにそれぞれに役割を割り当て、みんなが不自由なく生活していけるよう仕組みを作っていくというのは簡単ではないだろう。
それを常日頃管理し継続していくのも相当な労力がいるはずだ。
彼のことだから、慣れてしまえばそう難しいことではないのかもしれないけれど。
・・・・・・でも、今ここにいるのは俺ともそう変わらない男の子。
「あの・・・、これは俺が言うことではないことは重々承知なんだけど」
「うん?」
「その、・・・・・・フランさんはもっと肩の力を抜いていいと思います」
「どうしたの、急に改まって」
「あっ、いや、えっと・・・・・・。大事な場面ではいつもフランさんが前に出て話を進めてくれたり、俺たちのこともずっと気にかけてくれてて・・・。フランさんがいなかったら、ここまで来ることは出来なかったと思います。それにちゃんと休めてるのか心配になって・・・・・・」
「ふっ、そんなこと気にしてくれてたんだ?」
「そ、そんなことって!」
子供のように崩した表情は年の差を忘れるくらいに幼くて。
初めてではないはずなのに、彼の笑った顔を見ていると親しい友人と一緒にいるような感覚になる。
「それにずっとタメ口で話してしまっているし、フランさんはコバルト国の・・・」
「はい。そこまで」
口元に人差し指を立て、それを見たリースは自分が言いかけた言葉にはっとする。
「まあ、監視されてるかどうかはわかはないけど。一応ね」
「す、すみません・・・」
「・・・・・・僕は、気を遣ってくれない方が嬉しいけどな」
ぽそりと呟くように言うフランにリースは少しだけ首を傾げた。
「リースは見た目から相手のことには無頓着そうなのに、意外と真面目で繊細だよね」
「なっ・・・!悪かったな!」
「あははっ、ごめんごめん。・・・でも、そのままでいてよ。僕は仕事柄ついそういう行動をとってしまうけど、君たちを思うのは仲間として大切に思っているから。・・・それに時々錯覚するんだ。今僕は、新しい友達に出会えているんだって」
こんなこと言われても困るよね、と言いつつ謝るフランに首を振ってみせる。
ふと彼の過去の話を思い出したがこれは同情とか、そういうのじゃない。
「俺も、同じです」
さっき感じた感覚を本人に伝えると心の底から嬉しそうに笑ってくれた。
「それじゃあそれこそ気遣い不要だね」
「・・・ああ。そうだな」
不思議な感覚ではあるけれど。
彼がこの姿でいる間は自然に接しよう。
「そろそろ行こうか。ルチルが待ってるだろうから」
「ああ」
俺たちは部屋を後にし、通路に出た。
するとちょうど隣の部屋からルチルも出てきたところで合流すると、一階にあるダイニングルームへと向かう。
「ええと。ここであってるよな?」
中へ入ろうと扉に手を掛けると俺たちが来ることを察していたのか内側からその扉は開かれ、ひょこりと一人の使用人らしき女の人が顔を出した。
「本日いらっしゃったお客様ですね。どうぞこちらへ」
案内されたテーブルには既に料理が用意され、使用人が椅子を引くとフランがそれに気付きそこに着席する。
リース等もそれに習って同じように引いてくれた椅子に座っていくと少し戸惑いながらも小さく「いただきます」と声に出し、目の前のパンに手を伸ばす。
他にも御客が来ていたのか、城の人間なのかはわからないがそれぞれに談笑しながら食事をしている。
「今回担当させていただきます。使用人のピケと申します。お困り事がありましたら何なりと申し付けください」
「担当・・・?私たち専門のお手伝いさんなんですか?」
「はい。ノワール城での滞在期間中、お客様には快適に過ごしていただくために使用人を着かせていただいております。・・・では、この後温かいお料理なども運ばせていただきますので少々お待ちください」
ぺこりと頭を下げピケは厨房の方へと歩いて行く。
「ちょっと、驚きだな」
「まだご飯が運ばれてくるなんて・・・」
「ルチル、そこじゃないだろう」
目の前には豪勢な夕食。
コバルト国にいた際もなかなかに豪華ではあったがここまで種類も豊富ではなかった。
比べているつもりではないが・・・・・・。
「このお料理もピケさんたちがお作りしているんですか?」
「いえ。専属の料理人がおりますので。私たちは配膳と片付けを任されております。それから使用人に敬称、敬語は不要です。どうぞ気軽にお話しください」
一定の速度で話す彼女はまるで作られた人形のようだ。
こんなことを思ってしまうのは失礼なんだが、きっとここで勤めて長いんだろう。
話し方も物静かな感じ・・・・・・といったらいいのか、どこか不思議なオーラを纏っている。
「それなら私はピケさんが一番呼びやすいわ。あなたたちはこの後夕飯なの?」
「お客様のご夕食前とご夕食後に交代で取らせていただいております」
「それでも対応でほぼ付きっきりになるんじゃないか?それってなかなか大変じゃない?」
「そうですね・・・・・・。習慣の慣れというのもありますが、一番はお客様のためですので」
使用人というのは清掃だけが仕事だと思っていたけど、こういったことまでやらなければならないのは確かに大変そうだ。
休みも交代でとっているのだろうか?
「またノワールのことでしたらお答えできますので、良ければお聞きになってください。それでは私は一度席を外しますね」
「あ、ちょっと・・・」
「?」
無意識に呼び止めてしまい、思わず目線を逸らし気まずそうにしているとピケは体をこちらに戻しにこりと笑った。
「どうかされました?」
「いや・・・、君もどうかと思って」
「?」
「ノワールの話も聞きたいし。人数多い方が、楽しいだろ」
「それは・・・、ノワールとの契約に反しますので難しいのですが」
「そ、そうか。なら座って話すくらいなら大丈夫か?」
「はい。それなら大丈夫です」
ピケはそばに置いてあった予備の椅子を運んでくると遠慮気味にちょこんと机の端っこに座った。
「でも、良いのでしょうか。このような私がお食事の時間も会話に混じってしまうというのは」
「私は構わないわ。もう少しお話ししたいかも」
「僕も、ピケが良ければこのままノワールの話を聞きたいな」
「!それでは・・・」
あまり、こうして話すことはないのだろうか。
どこか嬉しそうにしながらも大きく表情を変えない彼女は、こちらの問いかけに対しテンポ良く答えていった。
昔は本当に豊かだったというノワールのこと。
ステラはこの国を心から愛し誰もが彼女を崇めていたこと。
ちょうどピケが生まれるくらいにステラが命を落とし会った記憶がないこと。
使用人の朝は早いこと。
城の高層階から見る景色が綺麗なこと。
「あの・・・、私のお話ばかりしていませんか?大丈夫でしょうか・・・・・・」
「ピケさんのことも知りたいもの。あ、でも聞かれたくないことには答えなくていいのよ。女の子には言えない秘密だってあるんだから」
「なんだよ、それ」
「リースには言わないわよ」
理解できないでいるリースにフランは笑いを溢す。
「それにしてもこの国は敷地もかなりあるのに境界の辺りから整備されていたね。あれは城の人たちが手入れしているの?」
「はい。時々私たちもお手伝いすることがあるのですが、基本的にはお城の方々がやられています」
「そうだ、あの花・・・。あれも君たちが植えたのか?」
「お花・・・・・・。ああ、スズランのことですね。あれはステラ様が生前に自ら植えられたものです」
「スズラン・・・?それってもしかして毒性のある植物じゃないか?」
「そうなんです。でもこの国で咲いているものは全てステラ様が魔法で毒を抜いていますので触っても大丈夫なんですよ」
「そんなこともできるなんて。魔法は人に対して使うだけじゃないのね」
ようやく会話に馴染めてきたのかピケは楽しそうに話している。
すると隣で食事をしていた他のお客が急に甲高い声をあげ何事かと視線を向ける。
「私は絶対にガレット様推しよ!少し伸びたアイボリー色の髪。その隙間から見える凛々しい瞳。目が合えば誰だって恋に堕ちますわ!」
「あら。フィーユ様だって誠実でお優しくて、剣をも振えば右に出るものはいませんわ!いつか私と人生を共にする日が来ないかしら・・・・・・」
「ちょっと、抜け駆けは許さないわよ!」
「・・・・・・なんか、凄い盛り上がってるな」
話し方や身なりから貴族の集まりだろうか。
彼らのような人たちと同じ場で食事をするなんて、俺たちは完全に場違いじゃないか?
「フィーユさんと・・・、ガレット、と言っていたかしら?いったい誰のこと?」
「ガレット様は、この国の第二王子です」
「それって、つまり・・・・・・。フィーユさんは三人兄弟ってこと?」
正解、と言わんばかりにピケはフランに笑顔を見せる。
「あんなに他の国のお嬢様方が騒ぎ立てるなんて。二人は相当人気があるのね。その、第二王子様は今はご不在なの?」
「はい。近頃外でのお仕事が忙しいようで。・・・実は、暫く帰られていないのです」
「そうなんですか・・・」
もしかして、探しているフードの男と関係があるのだろうか。
・・・・・・まだ確証はないけれど。
国の王子ともあろう人が、あんなに殺意を剥き出しにして人を襲うだろうか?
・・・きっと別の人だよな。
「なあ、ピケ。俺たち人を探してるんだ」
「どのような?」
俺たちはプロスペリティであった出来事を話したが、フードで顔が隠れていたことからその人が誰なのかを特定するのはやはり難しかった。
「しかしそれだけステラ様に宿っていた精霊に対し恨みを持っているとなると、ノワール国の誰かであることは間違いないような気がしますね」
「だろ?それにレイのことも心配なんだ。もしまたあいつと顔を合わせることがあれば、次は・・・・・・」
「・・・・・・良ければ、情報が入り次第お伝えいたしましょうか」
その言葉に顔を上げると、ただ、とピケは付け足していく。
「この件のお話は、バルデ様には・・・・・・」
「意訳違反になりかねない?気持ちは嬉しいが、ピケがそこまでリスクを負う必要はないんだよ」
「いえ。何かお返しがしたいのです。お話、すごく楽しかったので・・・」
「・・・・・・まあ、ピケがそう言うなら無理に止めたりはしないさ。けど無茶はするなよ」
「はい」
返事を返すと空いた皿に気が付いたピケは思い出したようにそれを片付けていく。
厨房の方へと彼女が歩いて行ったのを確認するとルチルはじっとリースに視線を送った。
「それにしても・・・、リース。最初ちょっと挙動不審じゃなかった?」
「確かに。慣れてない感じがしたね」
「なっ!しょ、しょうがないだろっ。同い年くらいの女の子と話すのって今までそうそうなかったし・・・・・・」
「ふうん」
まあ、言われてみればそうだったかも・・・・・・。
と頭で考えつつ言い訳するリースがなんだか面白くてつい口角が上がってしまう。
「笑わなくてもいいだろ。・・・・・・・・・そんなに変・・・、だったか?」
「まあそれなりには」
「まじか・・・・・・」
人見知り、というわけでもないが。
それこそレクアさんやソティアさんの時は何とも思わなかったけど。
・・・・・・あれくらいの異性は苦手なのかもしれない。
それでもまあ、時間が経つうちに今みたいに話せるようにはなるだろうけど。
そんなたわいもない会話をしながら俺たちは食事を終え、その後ピケが部屋まで同行してくれた。
朝食も同じ会場らしく、好きな時間に来ていいことを伝えられるとそれぞれの部屋に別れた。
「なんていうか、今までになく体が痛いな」
ベッドに横たわり、天井をぼうっと見つめながら今日一日のことを振り返る。
「それは、今のこの環境が関係しているのかな?」
フランはソファに腰掛け、満更でも無い様子でリースを気遣う。
「ああ。・・・・・・フランは普段からこういう場所で生活してたから慣れてんだな」
「そうでもないよ。コバルトはまだ若いから、他国が求めるようなものはまだ備わっていないし。ああいった方たちと話す機会だって滅多に無いからね。それに、子孫だっていないし・・・・・・」
先程まで天井に向けられていた視線をフランに移すと、彼と目が合い少しの間沈黙する。
「・・・・・・フラン、子供産むのか?」
「なっ?!きゅっ、急に何言い出すんだよ!子供っていうのは、男女互いの了承を得た上で行われる行為から生まれるものであって、人一人単体、ましてや男性から子供なんてっ・・・!!」
「・・・っぶ。あはは!そんなことさすがの俺でもわかってるよ。そんなに動揺するなんて、さては好きな人でもいるのか?」
「いや・・・、いない・・・・・・わけでもないと思うんだけど」
「どっちだよそれ」
くくっとお腹を抱えて笑っていると少々照れ気味のフランは取り乱したことに反省しつつ、不思議そうにリースを見る。
「僕、リースが笑ってるの初めて見たかも」
「え・・・、そうか?ごめん、無意識だった」
「何で謝るの。凄くいいと思うよ」
「この話の流れでその言い方はちょっと語弊が生まれそうだけどな」
「だ、だからそういう意味で言ってるんじゃ!」
「わーかってるって」
会話が楽しい、なんて思ったのはいつぶりだろう。
先程まであった体の重みを忘れ、今まで考えていたことがどこかへ吹き飛んだような。
そんな感覚。
ルチルやギルじいさんたちと話してる時とは違う。
特に気を使うこともなく、何を言い合っても許されるような。
友達と話すって、こういう感じなのか。
「また帰ったら教えろよ、誰なのか」
「まだいるって言ってないだろ。・・・・・・さ、そろそろ明日ノワール国王に聞かなければいけないことを整理しないと」
「・・・そうだな」
とは言っても彼の中身は歴とした大人。
直ぐ現実に戻されたが、言う通り寝る前に明日の行動を考えておかないと。
ーーー
暗い夜空に一羽の鳥が舞う。
国王である彼はいつものようにここから飛び立っていくその様子を眺めていた。
「・・・・・・エシャロットか」
バルデは扉の向こうに馴染みのある魔力を感じたため、張っていた自らの力を解くと予想通り妻であるエシャロットが姿を見せた。
「こんな時間にどうした」
「それはこっちの台詞よ。今日は何の伝達?」
「君が全てを知る必要はない」
「・・・・・・言い方を変えるわ。何か、気になることでもあるの?」
突き放すような言葉の壁にぴたりと進めていた足を止める。
説明をしなくとも、もう何年もそばにいるのだからそれくらいはわかる。
黙ったまま微動だにしないその瞳の奥に隠された真実。
けれど、全てがわかるわけではない。
それを知って、あなたはどうするつもりなの?
「・・・」
「・・・もう、あの石のことは諦めた?」
「それはガレットがいずれ手に入れるであろう。彼の願いは私と同様。・・・・・・やはり、この国にはステラが必要なんだ」
「・・・・・・」
果たして今彼がしていることは正しい事なのでしょうか。
娘がいなくなってから、この国は少しずつ崩壊していった。
こんなはずではなかったのに。
私に、もっと力があれば。
この国も。
ステラのことも救えたはずなのに。
「忘れたの?あれが原因で娘を失ったことを。あんなものなくったって、ノワールはまたやり直せる!」
「エシャロット」
「・・・っ!!」
わかる。
この感じ。
凄く、怒ってる。
皮膚にまで伝わってくる力の振動。
こうなったら、逆らうことは出来ない。
「私の力を持ってしてもノワールはずっと危機的状況にある。それをお前がどうにか出来るとでもいうのか」
「・・・・・・すみません。言葉を慎みます」
大した力を持たない私がこれ以上口を出したところで現状をどうにかできないことはわかっている。
だけど、本当にこのままでいいの?
「運がいいことに彼らは神器を持っている」
「っ!バルデ、いったい何を」
「・・・・・・そろそろ駒を動かさねばならぬ」
「・・・?」
わからない。
あなたの考えていることが。
何故教えてくれないの?
それで本当に昔のように戻れるの?
「・・・・・・もう一度言う。これ以上エシャロットが知る必要は無い」
「っ・・・」
まるで間に大きな溝が出来たかのように、胸が、苦しい。
バルデに背を向けるとそのまま何も言わずエシャロットは部屋を出た。
ーーー
「それで、今日この後のことなんだけど」
「ピケに案内してもらった後に国王と話し、最短ルートで石を目指す、だろ?」
「ちょっと、だいぶ端折りすぎだよ」
「これが一番わかりやすいだろ」
昨日と同じ会場で朝食を取っていたリースらは、昨晩フランと二人で話し合った今後のことをルチルに共有していた。
しかし当の本人はパンを両手で持ったまま、不思議そうに二人を見て目をぱちくりさせる。
「・・・なにかあったの?」
「え?なにかって、何が」
「いや、なんていうか・・・。本当の友達みたいだなって思って」
その言葉にリースとフランは目を見合わせると、互いにふっと笑い合った。
自然に笑った彼を見るのはいつぶりだろう。
胸の奥が、少しだけ音を立てた。
「まあ、これだけ長い時間一緒にいたらそうもなるだろ」
「あれ、昨日と言ってること違くない?リース、僕に・・・」
「お、俺なんか変なことでも言ってたか?そういうフランこそ」
「はいはい。ストーーーップ!」
「「・・・・・・」」
「仲が良いのはわかったわ。ごめん、話全然頭に入ってこなかったから、もう一度最初から話してくれる?」
ルチルの声に二人はぴたりと止まり、んん、と小さく咳払いするとフランはもう一度この後のことを説明していく。
「朝食を終えたらまずピケの同行の元国王のところへ行く。そこでこの辺り周辺の情報を聞いた上でザンスカールまでの最短ルートを教えてもらう。小さな街や集落があればそれも知りたいところなんだよね」
「確かに、野宿は避けたいわね。・・・・・・あと気になるのは、昨日フィーユさんが言っていた"良い機会"って何のことかしら」
「そういえばそんなこと言ってたな。俺たちが神器を持ってることに何か関係があるのか?」
難しい顔で考えていると、ふわっと紅茶の香りが鼻を抜ける。
顔を上げると、そこには優しく微笑むピケの姿。
「おはようございます。何か、お悩み事ですか?」
自然と不安を取り除くかのような声色で話す彼女は慣れた手つきでテーブルにティーカップを置いていく。
「おはよう。・・・・・・いや、昨日フィーユさんが言っていたことが気になって」
「何と仰られたのですか?」
「俺たちがここに来たことに対して、良い機会だって・・・。ピケにはこれがどう言う意味なのかわかるか?」
それぞれのカップに紅茶を注ぎ終えると少しの間考え、もしかしたら、と口を開く。
「王女様のことを言っているのかもしれません」
「それってどういう・・・・・・」
「・・・朝食を終えましたら、少し場所を変えましょう」
ピケの言うまま朝食を取り終えたリースらはそのまま場所を移動し、ノワールの最上階に案内された。
「ここは・・・・・・」
「私の一番のおすすめスポットです」
朝日が登ったばかりの陽の光がノワール城や街を温かく照らしている。
換気のためか窓が開けられており、風のさわめく音が耳に心地よい癒しを与えてくれる。
建物自体も大きいが標高も街に比べると少し高くなっているため、最上階から見る景色はピケの言う通り素晴らしく美しく見えた。
「こんな景色、初めて見たわ」
「ピケのお気に入りの場所なのに、教えてもらっちゃって良かったのかな?」
「はい。せっかく今日は天候も良かったので。・・・・・・それで、先程のお話なのですが」
辺りに人がいないことを確認し、少し声量を落とす。
「最近になって、ステラ様の死因が外傷によるものでないことが判明したのです」
「それってつまり、誰かにやられたわけではないってこと?」
「無傷だったわけではないようですが、これといって死に至るような怪我は負っていなかった。ということです」
「じゃあなんでステラさんは・・・・・・っ!」
「まさか・・・・・・」
俺たちと、ステラさんとで共通している部分がある。
それは、神器を持っているということ。
「力を、無理して使ったから・・・・・・?」
「その可能性が一番高いと言われています」
「でも、変だろ。なんで今になってそんなこと・・・・・・」
「当時ステラ様の遺体を回収した救護班が致命傷もなく謎の死を遂げていたことを知っていました。しかしそれをどう国内外に説明したらいいのかわからず、結果的に彼らは闇に葬ったのです」
王女の存在が大きくなりすぎた故に謎の死を遂げた、となれば紛争が起こりかねないと予測したのだろう。
「だからって、何で今になって本当のことを話したんだ?そのことが知れ渡ったら結局隠してきたことは無意味になるんじゃないのか」
「きっと良心に逆らう自分に罪悪感を持ち、耐えきれなくなってしまったのでしょう。それを聞いたバルデ様は特に彼を取り押さえることもなく、娘は神に引き取られたのだと仰っておられましたが」
「それで納得しちゃうのね・・・。なんていうか、まるで・・・・・・」
「神を信仰する集団組織に見える?」
振り返ると、そこにはいつの間にいたのか王妃の姿。
ピケは一気に青ざめると勢いよく腰を折り曲げた。
「申し訳ございません!!内情を私の勝手でお客様にっ・・・!!」
ヒールの音が静かな城内に響き渡る。
それがピケの前で止まると、頭を下げたままの彼女は小刻みに震えだした。
「・・・・・・バルデには言わないわ。顔を上げなさい」
「え・・・・・・?し、しかし・・・」
「いいって言ってるのよ。それより・・・」
エシャロットは窓枠に頬杖を付きこちらに振り向く。
髪が風に靡かれ、絵になるとはこういうことを言うのかと思わされるくらいに一瞬心を奪われる。
「私も話に混ぜてもらっても良いかしら?」
「え・・・・・・。いや、でも、この話は・・・」
「大丈夫。貴方たち、悪い人には見えないもの。それにあの子と同じものを持ってる。・・・・・・少し、話しておきたいこともあるしね」
「話しておきたいこと?」
エシャロットは一度こちらに向き直る。
昨日初めて会った時に感じた気高く自信に溢れたオーラはそこにはなく、俯き気味に話し始めた。
「ステラがこの世を去ってから、ノワールだけじゃない・・・。私たち家族の間にも徐々に溝が生まれてしまって。近頃ガレットは帰って来ないし。フィーユは国の治安悪化防止のためにほぼ毎日見回り。バルデに至っては何を考えているのか・・・・・・。もう、わからないのよね」
「王妃様もガレットさんがどこにいるのかご存知ないんですか?」
「ええ。でも、きっと・・・・・・」
「・・・・・・?」
「・・・いえ。ただ、バルデには注意して。今の彼は何をしようとしているのかわからない。もしかしたら、貴方たちのことを狙っているのかも」
国王が俺たちを?
それって、何で・・・・・・。
「・・・・・・本来なら、妻である私がしっかりしなくてはいけないのだけれど。生まれつき魔力が弱くて、戦闘経験もほとんどないの。・・・・・・驚きよね、こんなのが王妃だなんて」
「そ、そんなことありません!!エシャロット様はノワール国にとって、とても大切な存在です!!」
「・・・・・・ありがとう。そう言ってくれるのはピケだけね」
「そ・・・、そんなこと・・・」
力無く笑うエシャロットに心が痛む。
当初想像していたノワール国とはどうやら遠くかけ離れていたようだ。
身内だけは復興のために固く団結していたのかと思っていたが、この様子だと元の状態に戻すのは相当苦労するのではないだろうか。
「・・・でもね、ステラは私の悪い部分は受け継がなかった。心底安堵したわ。・・・・・・そしてある日、"あの子"が宿った」
「・・・・・・」
「死因はきっとお察しの通りだと思うわ。フィーユたちはあなたたちの証言を手に入れて、それを確信にしたいのね」
「それで良い機会だと仰られたんですね」
「ただ口外はしない。信用しない人間なんて山ほどいるだろうから。・・・・・・さ、そろそろ私は公務に戻ろうかしら」
「あ、あの!」
リースたちに背を向けたところでルチルがエシャロットを呼びとめた。
「一つ、気になってることがあるんですけど」
「何かしら」
「ステラさんが亡くなった後、モニア・・・・・・宿っていた精霊はどうなったんですか?スカイ・ネイルを封印するには、必ず五つの神器が揃ってないといけないのに。そこで一つ欠けてしまったら・・・」
「確か・・・。あの時は、そう。一緒にいた仲間が引き取っていたと思うわ。・・・・・・でも、そのことに関してはあなたたちの方が知っているんじゃないの?」
まただ。
スーラのやつ、どうせまた説明不足だとか言うんだろ。
主が死亡するなんてあってはならないことだけど、その後の対処があるとするならばとても大事なことじゃないのか。
『神器にはいろいろ決まり事があるから、全部話したとしても君たちはきっと覚えられないよ』
リースの心を読んでか、久しぶりに半透明の姿をしたスーラが目の前に現れた。
「あなたが・・・」
『ルチルが言ってる主が死亡した後、その人が持っていた神器と僕たちはどうなるのか。答えは一つ。
・・・・・・次に最初にその亡骸に触れた人が、新たな主となる』
「・・・!!」
「呪文とか、そういうので受け渡しじゃないのか?」
『亡骸に意思はない。よってその力を一方的に引き継ぐことができちゃうんだ』
「・・・バルデはもしかして、それを実行しようとしている・・・ってこと・・・?」
点と点が繋がり今後起こりうるかもしれない夫の恐ろしい計画にエシャロットは自らの腕をぎゅっと掴む。
「ま、まさか!国王様がそんな・・・」
「いえ・・・。最近のバルデ様は少々視野が狭くなっているように感じます。まるで心に眠る欲に溺れかけているかのような・・・。私も否定は出来かねます」
命が狙われている可能性があることに、思わず内に神器を宿す二人は目を見合わせる。
確かに物難しそうな感じはしたが、そんなことを考えているようには見えなかった。
話も聞いてくれたし、俺たちのことも信用してここへ泊めてくれた。
本当に、そんなことが有り得るのか?
「・・・・・・でも、バルデのことだわ。ノワールの名に傷を付けるようなことはしないはず」
「きっと、実行するのならば人目の付かない場所か、バルデ様と二人きりになったタイミングのどちらかでしょうね。国民の不安を煽るような事はしないと思いますから」
「そしたら、会いに行くのは控えた方がいいのかしら・・・・・・」
「私が一緒に付き添います。何かあれば、直ぐエシャロット様に伝言を飛ばします」
「・・・・・・」
段々と疑心暗鬼になる中、そろそろバルデに見つかりそうだからとエシャロットはその後席を外した。
俺たちはというと、このまま黙って城を出るのは泊めてくれた好意を踏み躙ってしまう気がしたので、足取りは少し重たいが当初の予定通り国王の元へ向かうことにした。
「大丈夫です。何かあれば、私もお助けします」
朝から晩まで働いているとはいえ、か弱そうな使用人の言葉がこれほどまで説得力が無いなんて。
「ありがとう。ピケ」
本人に言えるはずもないけど。
このまま、本当に会いに行ってしまっても大丈夫なんだろうか?
口数少ないままに廊下を歩いていると、慌ただしく一人の兵士が目の前を通り過ぎていった。
「何かあったのか・・・?」
「きっとまた国民の間で争いが起きたのでしょう。でも今まであんなに慌てている兵士は見たことがないのですが・・・」
「・・・行ってみよう。もしかしたら負傷者が出たのかもしれない」
「!」
顔を見合わせ、ルチルはこくりと頷くと一先ずノワール城を後にすることにした。
外へ出てどちらに行けば良いのか辺りを見渡すと、すかさずピケはリースたちを誘導する。
彼女の後へ続き、騒動が起きているであろう現場へ小走りで向かっていく。
「ピケ、場所がわかるのか?」
「何と無くですが検討はついています。彼らはよく広場に集まる傾向があるので、今回もそちらかと」
その勘は当たり、先に見えてきた広場には人だかりが出来ていた。
まだフィーユさんは来ていないようだ。
人並みをかき分け中心まで来ると、鉄の棒などを手にした数人の輩と倒れ込んでいる男性が目に入る。
「やめてください!」
ルチルの咄嗟の静止に彼らはピタリと手を止めるとこちらに振り向いた。
「大丈夫ですかっ?!」
男性の元へ駆け寄り体を起こしてやると、頭部から血が流れていることに気が付き、冷静に自らの手を傷口に翳すと治癒魔法で癒していく。
「あ、あなた方は・・・っ」
「おい。お前たちも余所者だろう。余所者はとっととこのノワールから出て行け!!」
「そうだ!こうなったのは全部お前らのせいだ!!」
「ちょ、ちょっと・・・」
標的がリースたちに変わり、彼らは今にも襲いかかってきそうな勢いだ。
「落ち着いてください。いったい何故この人に手を出したのですか」
「何故って、そいつも元は余所者だからだよ!王女様のお力の話を聞きつけて移住してきた!俺はずっとそれが気に食わなかったんだ!」
「っ・・・理由はそれだけじゃない!ノワールの人たちはみな良い人ばかりだった!景観も美しく生涯この地で生きていきたいと思ったから・・・!」
男は持っていた鉄の棒を地面に力強く打ち付けた。
大きく響き渡ったその金属音に心臓は小さく萎縮し、男の心拍は上がっていく。
「・・・るせぇ。今日という今日は我慢ならねえ。平和だったノワールもお前みたいな奴らのせいで全部失った!お前らさえいなければ!ノワールも!ステラ様もご健在だったのにっ!!」
男が手にしていた鉄の棒が、ルチルと倒れ込んでいた男に振り落とされるーーー。
ルチルはきゅっと目を瞑った。
「っ・・・ぶねえ」
しかしそれが二人に命中することはなく。
高速で詠唱し間一髪のところでガラスの剣を召喚させたリースが振り落とされた棒を防いでいた。
「朝食とった後、部屋に戻んなかったからシグハルトを持ち合わせてなかったの忘れてたっ・・・!」
「リース!」
「っな、なんだこの剣は?!」
剣で棒を薙ぎ払うと、リースはルチルと男を庇うようにして前に立つ。
「俺らが言っても聞く耳持たないかもしんないけど。もっと現実見た方がいいんじゃないのか」
「な、なに!?」
「そうよ!こんなことしても、王女様は喜ばないわ」
突然俺たちが乱入したこともあってか辺りが段々ざわめき始めた。
・・・まずいな。
このまま戦闘になれば、周りの人たちを巻き込みかねない。
ここは出来るだけ穏便に事を終わらせたいが・・・・・・。
男の棒を持つ手が微かに震え、こちらを睨み付ける。
「余所者に何がわかる・・・。王女様は、元はと言えば・・・この国のためにお力を使う事を決心していたはずなのに。それなのにっ・・・!」
「リースの言っていたことが聞こえなかったの?」
今までに見たことのない形相でフランは男を睨み返すと、その威圧に圧倒され額に冷たい汗が滴り落ちる。
「君は、亡き王女にこれ以上何を望む?過去に囚われ続けるのが悪い事だとは言わない。しかし、それにより現状が変わることはない。ましてやそれを他人に強要するのはもってのほか」
「ぐっ・・・」
フランはリースの方にスッと右手だけを伸ばす。
それが戦闘を終了させる合図だと察し、リースは剣の魔法を解くとそれは手元から消えていった。
「大切な人が亡くなり、悲しい気持ちは余所者の僕にだってわかる。後悔してもしきれないだろう。でも・・・それならば、その人の分も精一杯生き抜いてあげるのが一番の恩返しなんじゃないかな」
「フラン・・・・・・」
睨み返していた表情は次第にいつもの優しい彼の顔に戻り、男の前まで来るとじっとその瞳を見つめた。
「フランの言う通りだ。俺はその人に会ったことはないが、この国を、みんなを愛していたのなら、お前もそうするべきなんじゃないのか」
「っ・・・だ、黙って聞いてれば、何なんだお前らは!子供にいったい何がわかる・・・・・・!」
何かに気が付いたのか、男の視線の先に目を向ける。
「客人に手を出す行為は国の規定に反する。そこの者たちは城まで着いてくるように」
「フィーユさん!」
「なっ・・・!手を出したのは彼だけで、私たちは手を出していません!その判断には少々納得しかねます!」
しかし第一王子はそれに対し言葉を返すことはなかった。
リースらを見るなり、大丈夫かと声を掛けたが問題無いことを伝えるとほっと胸を撫で下ろす。
そのままフィーユは彼らを連れてこの場を去ろうとしたが、周辺にいた人たちが徐に心の不安を漏らし始めた。
「フィーユ様、ここ最近近所にある店の品が盗まれたり、彼らのように気を張っている人たちが増えてきているように感じます。いつか自分もこのような目に合うのではないかと考えると、不安で夜も眠れないのです」
「私も治安が心配で、外で子供たちだけで遊ばせておけないのよね・・・。前はそんなことなかったのに」
「しかしバルデ様のことだ。何か策を考えておられるのでしょう。きっとまたあの頃のように・・・・・・」
「・・・・・・」
俺たちに、何か出来ることはないのだろうか?
ふとそんなことが頭をよぎった。
「・・・・・・すまない。もう少しだけ待っていてくれないか」
そう言い残すとフィーユはそれ以上のことは何も言わず彼らと共に去っていった。
「もう少しって、どうにかなる希望があるってことだよな」
「王女様のお父様だもの。やはり何かお考えがあるんだわ」
広間に集まっていた人たちも次第に散り散りになっていき、なんとかこの場は収まったようだ。
「なんか、大丈夫かな。フィーユさんはノワールの人たちは手を出さないって言っていた気がしたけど、そんなことないんじゃないのか」
「そうだね・・・。見回りをしているとはいえ、こういったことがあると気軽に外を出歩くのも不安だよな」
「・・・あの、すみません。僕がひ弱なばかりに巻き込んでしまって」
先程助けた男が申し訳なさそうに頭を下げる。
傷を治してくれたことに対しても礼を言うと、ルチルは照れ臭そうに両手を左右に振った。
「あの人が言っていたことは間違いではないので。勘違いはなさらないでください」
「それはどういうことですか?」
「・・・僕が、王女様の力目当てで移住してきたってこと。ここにくれば、全て上手くいく予定だったんだけどな」
「・・・・・・?」
さっきと言っていること違くないか?
何だか変な人だな・・・。
「いやだな。さっき僕が言ったことも全部本当だよ。・・・・・・まあ、今更人の信用を買おうなんて思ってないけど」
「あ、あの・・・。ここに住まわれて長いんですか?・・・・・・えーと・・・」
体は大きいのに痩せ細ったその身は簡単に折れてしまいそうで。
元のフランと同じくらいの年だろうか。
よく見ると顔が少しやつれている。
「・・・僕はシゼル。住民歴はそんなに長くないよ。・・・・・・ここに来れば、少しくらい休めると思っていたんだけど。やっぱり最近治安が良くなくてね。・・・でもああやって王室の人間が話している間は皆聞く耳を持つんだ」
「俺たちに何か出来ることはないのか?」
「何か・・・?この状況を変える何かが君たちにあるというの?」
「あ、いや・・・。何か案があるわけではないんだけど」
このまま放っておいてこの国を出てるなんて。
それにエシャロットさんのことも気になる。
もしノワールが昔のように戻れば、バルデさんがやろうとしていることも止められるかもしれない。
その全貌は全くわからないが・・・。
「ねえ。私に考えがあるんだけど」
ルチルの声にそれぞれ目を見合わせる。
提案を聞くとフランは少し悩んだがシゼルは賛成してくれた。
「確かにそれなら間違いなくみんな聞いてくれるだろうけど、信じてくれるかな」
「やってみる価値はあると思うよ。けど、そんなことができるなんて。君たちはいったい何者なんだい?」
「はは・・・。まああとはあれだな。国王様に一応一言伝えておくか」
「そうね。結局今日はまだ会いに行けてないものね」
「そのことでしたら、私がバルデ様にお伝えしておきますので。ルチルさんたちはどうぞ実行なさってください」
先程まで距離を取っていたピケは騒動が収束したのを確認し、リースらの元へ歩み寄る。
「ピケ。いいのか?」
「問題ありません。情報をお伝えするのも使用人の大切な役目ですので」
それじゃあ。と言ってバルデに伝えることをお願いすると、リースらは建物の影になる場所へと移動し呪文を唱えたーーー。
「・・・ねえ、あれって」
「そんな。まさか」
「でも確かにあのお姿はーーー」
背中まで伸びる少しグレーがかった黒髪。
身長。顔立ち。
どこからともなく現れたのは、紛れもなく皆が求めていた人物だった。
ちらりと辺りを見回すと、彼女は嬉しそうに口元を緩めた。
「みんな・・・・・・。久しぶりね」
「ステラ様!?」
「な、何故っ・・・!これはいったい・・・・・・」
「ちょっと!みんなを呼んできて!」
落ち着きを取り戻していたはずの街は一気に動揺の嵐になり、ステラの周りには人だかりができている。
「だ、大丈夫かな・・・」
「ねえ、君たち本当に何者なの?あんな魔法は見たことがないよ」
「しっ、今はルチルに任せよう」
建物の影からその様子を伺う三人はルチルのいう考えとやらをじっと見守る。
「本当にステラ様なのですか?亡くなった者は二度と生を宿すことはないと、古い書物で読んだことがありますが・・・・・・」
「ええ。その通りよ。今の私は生身の人間ではないわ」
「それではいったい何故こうして私たちの目の前におられるのですか?」
「それは・・・・・・」
リースのスペクルムの力でステラになり、みんなの前に出ればきっとまた過去を思い出して手を取り合ってくれるんじゃないか。
そう思っていたけれど、少し安易に考えすぎていたかもしれない。
亡くなった者の姿になり変わること。
思い付きで直ぐに実行してしまったけれど、本当にこんなことしてよかったのかしら・・・・・・。
でも、また怪我人が出たら大変だわ。
出来ることならば、コバルト国やおじいちゃんのいる村のように・・・・・・。
「心の不安を完全に取り除くことはできない・・・・・・。けれど、疑心暗鬼になって相手を傷付けてしまうかもしれない現状を、私は黙って見ていられないの」
「私たちを心配して・・・・・・」
「ああ。ステラ様・・・。神は私たちを見捨ててなどいなかったのか」
一人の男は膝をつき天に祈りを捧げた。
「今私がここにいるのは、あの時ステラ様が病を治してくれたからなんです。それなのに、まだこの世の者のためを思って姿まで現してくださるのですか」
「残念ながら今の私はあの時のような力を持ち合わせていないの。あなたたちが期待するようなことはもうしてあげられないかもしれないけど・・・」
「そんな、こうしてまたお会いできただけでも光栄なのです」
「ステラ様、我々はこの先どうすれば良いのかお告げだけでもいただけませんか」
王女"ステラ"に向けられるすがるような瞳。
この国にとって、彼女がどれだけ特別だったのか。
・・・・・・あなたなら、この状況をどうする?
勝手になり変わったことは謝ります。
けど、この国の人たちのことを思う気持ちは同じなはずよ。
魔力は到底敵いっこないし、出来ることもたかが知れてるかもしれない。
上手くいくかわからないけど。
今の私に出来る、精一杯のこと・・・・・・。
「どうか・・・。どうか、皆手を取り合って。昔を思い出して・・・。私がここに存在しているうちに。みんなが思い描くノワール国を想像して」
ほんの少しでもいい。
良い方向に進んでくれたら。
・・・ステラ・・・・・・。
「ボンレーヴ」
目を瞑りそう唱えると、"ステラ"を中心にいくつもの小さな光が街の中をゆらゆらと舞っていく。
「この光は・・・」
それを手のひらで受けようとすると光は音もなく消えていった。
同時にその人の脳裏に温かな日常風景が映し出され、まるで悪心をも取り除くかのように心の中が浄化されていく。
「俺たちは今まで何を・・・」
「このままじゃいけない。国民がこんなでどうするんだ」
「もう一度やり直そう」
「フィーユ様にも大変迷惑をかけたな・・・」
「みんな・・・・・・」
どうやら上手く行ったみたい。
ほっと胸を撫で下ろし、そろそろ元の姿に戻ろうとリースたちのところへ足を進める。
が・・・・・・。
「ば、バルデ様!!」
ピケの慌てる声と共に大きな影がルチルの行先を阻んだ。
顔を上げるとそこにはステラの父であるバルデの姿。
「!」
やっぱり勝手なことをして怒っているのだろうか。
「・・・・・・写したのは姿だけか」
「えっ・・・?」
じっと"ステラ"を見つめた後バルデは直ぐに背を向けた。
「すみません!バルデ様に話したら一目だけでもお会いしたいと申したもので・・・、あっ、バルデ様!」
先を行くバルデを追うかその場に留まるか慌て悩んだ後、ここに残ることを選択した彼女はようやく落ち着きを取り戻す。
「とりあえずリースたちのところへ行きましょう」
みんなが魔法で良い夢を見ているうちに・・・・・・。
「ルチル!」
リースたちの元へ行くと再びスペクルムの力で姿を戻してもらい、ルチルは改めて息を吐いた。
「良かった。・・・てか、いつの間にあんな魔法覚えたんだ?」
「レグさんにいくつか呪文を教えてもらってたの。あれも治癒魔法の一つで、今回初めて使ったんだけど・・・。上手くいったみたい!」
嬉しそうに話すルチルの前にふわりとスーラが姿を現した。
『当たり前だよ!リースが鏡で君の力を何倍にも増幅させたからね!』
「えっ・・・、そうなの?」
「ばっ!それは言うなって言っただろ!」
『えー、これは言っちゃ駄目なのか。人間って難しい・・・・・・ふぎゃっ!』
リースは氷の剣を召喚させるとブンブンとスーラに向かって振り回す。
その様子を見たルチルは笑いを漏らし、ありがとうと口ずさんだ。
「僕もみんなに気付かれるんじゃないかって冷や冷やしたけど、なかなか良い演技だったよ」
「ありがとう」
「ほんっっとうに!!」
「!?」
突然の大きな声にリースとスーラもぴたりと動きを止める。
「し・・・シゼル、さん?」
「本当に・・・、ステラ様が帰ってきたかのようだったよ。僕も一言話したかったな」
「あはは。でも、中身は私ですよ?本物のステラさんじゃ」
「いや。あれは確かにステラ様だった。どうかな、今後もまた今みたいにステラ様の姿になってみんなの前に・・・」
「それは駄目だ」
話を遮るとリースはシゼルを睨む。
「ご、ごめん。冗談だよ・・・」
「・・・・・・」
本人は気付いてないようだが、明らかにリースの魔力は強くなってる。
これはスペクルムを所持しているからとかじゃなくて、リース自身の力。
少なくとも、相手が動揺するくらいには・・・。
でも何故だ?
今までは神器の力を感じる程度だったのに、急にこんなにも魔力が強くなるなんて。
それにコントロールも上手くなってきている。
それに関してはスペクルムが手助けしているからなのか?
それとも・・・・・・。
「フラン?どうかしたか?」
気が付くとぼーっとしてしまっていたようでリースが不思議そうに見つめている。
「ああ、いや。何も・・・」
「そろそろお城に戻りましょう。この後バルデ様に少しだけお時間を空けていただくよう話してありますので」
「そうだった。ありがとう、ピケ」
「いえ」
「もう行ってしまうのかい?助けてもらって、お礼も出来ず申しわけないね」
「お礼なんて。シゼルさんが元気でいてくださればそれで十分です」
その言葉にシゼルは目を見開くと、何故か力無く笑った。
「・・・・・・ほんとに、似てるな」
「え・・・?」
「いや。・・・またいつか会おう」
そう言って別れを告げたがやはり何を考えているのかわからない人だ。
悪い人じゃないことは確かなんだけど。
その後ノワール城に戻ったリース等はバルデの元に訪れていた。
そこにはフィーユとエシャロットの姿もあり、一歩後ろで話を聞いている。
「あれは其方の神器の力か。側から見れば本物のステラとの違いを見分けるのは難しい。皆は疑うことなく信じていたようだが・・・」
「すみません。勝手なことをして・・・・・・」
「亡き者の姿になり偽りを演じ続けるのは心が痛む。・・・・・・だが、これを機にノワールが良い方向へ進むかもしれぬ。一先ず礼をいう」
「・・・」
急にあの場に現れた時はまずい事をして怒らせてしまったのかと思ったが。
まさか礼を言われるなんて。
「それで、私に聞きたいことがあるのだろう」
「あ・・・はい。初めに話した通り、俺たちは過去を繰り返さないためにスカイ・ネイルをもう一度封印するため、ザンスカールという地を目指しています」
「・・・・・・ほう」
「それで円滑に事を進めていくために、スカイ・ネイルについて知っていることがあれば教えて欲しいんです。あとは見ての通り、俺たちはまだ子供で・・・。安全なルートとかを知っていたら、その情報とかも」
「すまないが、スカイ・ネイルについては私も全貌を把握していない。手にした者の願いを叶える、という噂はよく耳にしたが・・・」
「そう、ですか」
国王ならなんでも知っているかと思っていたが、さすがにそれを手にしていたわけでもないのにどういった物なのかわかるわけないか。
「ただ・・・・・・。これはあまり役に立たない情報かもしれぬが、その石が最初に発見された場所もザンスカールだったはずだ。集落の目の前にある大きく聳え立つ山。その危峰にあったと聞いたことがある」
「山の危峰・・・・・・?」
「高くて険しい山頂のことだよ。でもよくそんなところまで人が登れた・・・・・・というより、何故登る必要があったのか気になるところだけど。それを持ち帰って、後に噂が広まったということなのかな」
「まあ、元凶はそうであろう」
何にせよ、ザンスカールには行かないといけないということか。
もしかしたらそこに第一発見者もいるのかもしれない。
そしたらその人に話を聞いて・・・・・・。
「そういえば、前に封印した神器所持者の人たちは今どうしているのかしら。残りの四人はきっと今もどこかにいるのよね?」
「きっとそうだろうけど・・・僕はアレンがカメリア国民であったことは知っているけど、他はどこの誰なのか見当も付かないよ。そのカメリアは今は無くなってしまったし・・・・・・」
「そ、そうよね・・・・・・」
「・・・あとはザンスカールまでのルートだが、この先を行くとまた小さな街がある。さらに先に進むと北と南を区切るような川が見えてくるが、その川に沿ってずっと進んでいくといいだろう。少し遠回りにはなるが水不足にはなるまい。その先は・・・・・・フラン、といったか」
「はい」
「其方はある程度地形を把握しているであろう。橋を渡ればザンスカールはすぐそこにある」
「・・・・・・わかりました。ありがとうございます」
フランは一礼すると改めて泊めてもらったお礼を言い、この後ノワールを出発するため荷物を取りに一度部屋に戻ることとなった。
結局城を出るまで国王は手を出してこなかったな・・・・・・。
通路を歩きながら思い出したかのようにエシャロットが言っていたことを頭の中で考える。
さすがに人目に付かず奪い取るのは無理があったか。
それとも俺たちの考えすぎか・・・・・・。
「では、お気を付けて」
綺麗に腰を曲げるピケにリースらは礼を言いノワールを後にする。
『あの王様、何考えてるんだろーねっ』
「スーラ。俺もそれはわからないけど・・・。ちゃんとルートは教えてくれたし。急な訪問だったにも関わらず食事も寝床も提供してくれた。ただ親切な人だったってだけかもな」
「そうだね。料金も取らないなんて・・・、ちょっと疑ってたけど申し訳なかったな」
「王妃様も良い人だったしね!ピケにもまた会いに行きたいわ」
「そうだな」
次またノワールに訪れることがあれば、またあの最上階に行こう。
よく晴れた、朝日の登る時間に。
もちろん、ピケも一緒にーーー。
「ふっ、フランさん!!」
「なに・・・、どうした!ピケっ」
先程別れを告げたはずの彼女は血相を変え、急いで追いかけてきたのか大きく息を荒げている。
「大変です!バルデ様がっ・・・
コバルト国に、兵を!!」
「!!」
なんでっ・・・。
どうしたらそうなる?
頭がついていかない。
「ピケ。どういうことか説明してくれるかい?」
「はっ、はい・・・。バルデ様は、フランさんがカメリアをご存知だということから、コバルト国王と同一人物だと煽っており・・・。
昔からカメリア国王であったギルフォード様をバルデ様は敵視していたようでして、もしかしたらコバルト国を狙えば彼が姿を現すのではないかと仰ったのです」
「おじさまを・・・敵視?なんでっ・・・・・・!」
「ねぇ、もしかしてカメリアが他国に狙われた理由って、まさか・・・・・・」
「そんなっ・・・」
そんなことってあるのか?
「とにかく!早く向かってください!」
「ま、待て。兵の数はどのくらいなんだ?数人であればコバルト国にも対応できる戦士はいる」
「いえ・・・。か、かなりの人数でした。急な命令にいても立ってもいられなくなってしまったので、ついフランさんたちを追いかけてっ・・・」
「行こう!フラン、このままじゃ・・・」
このままじゃまずい。
コバルトにいるフランさんが写し身だということもばれてしまう。
一刻も早く向かわないとっ・・・。
「いや」
「・・・フラン?」
「僕一人でいい」
予想もしていなかった返答に更に脳が混乱する。
何を言ってるんだ?
国が危ないくらいの規模の兵をどう一人で対処するっていうんだ。
それに・・・・・・。
「急に他人ぶるなよ。俺たちも一緒に行く」
ここまで来て、せっかく打ち解けたと思ったのに。
「これはコバルトの問題だ。リースたちを巻き込みたくはない」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!何でっ・・・」
「すみません、それともう一つ。先程城に第二王子が戻られました」
「えっ・・・」
「もしリースさんたちが探す人物がガレット様なら、今は一旦ここを離れた方が良いのでは」
彼はモニアに対して恨みを持っていた。
神器を狙っているわけじゃない。
けど、スカイ・ネイルは?
"こいつ"らと神器がなければ基本的にスカイ・ネイルの力を使うことは出来ない。
そのことを知っていた場合、俺たちを標的にする可能性は十分にある。
けど、だからって!
「リース!」
「・・・!」
「・・・・・・大丈夫だよ。絶対にやられたりしない。それに・・・僕にはリンドブルムもいる。リースたちは少しでも先に進んでて。心配しなくても直ぐに追いつくさ」
「リース・・・、ここはフランの言うとおりにしましょう」
「・・・んで」
何でだよ。
レイも。
フランも。
結局、俺は・・・・・・。
「頼りにしてないんじゃないよ」
「!」
「信頼しているから。・・・・・・ルチルを頼んだよ」
そう言うとフランは背を向け走り出した。
一人でいったい何人を相手にするつもりなんだろう。
フランは俺よりも強い。
そんなことはわかってる。
わかってるけど・・・・・・っ。
「信じることも大切よ。私だって力になりたいけど・・・、今はここから離れましょう」
ルチルに腕を引かれ、今自分がすべき事を整理する。
「・・・・・・そうだな」
フランに言われた通り、先に進もう。
「ピケ、ありがとな」
片手を上げ、それを見たピケはまたぺこりとお辞儀をした。
一先ず、次の目的地である街を目指す。
そこに辿り着く頃にはフランが追い付いてくるといいんだが・・・・・・。
「あ、そうだわ。ピケさん・・・・・・・・・!!」
何か伝え忘れたのか、ルチルがピケの方に振り返った。
しかし何かに気が付いたのか彼女の体が急にバランスを崩したかのように傾く。
どうしたのかとふいに俺も後ろを振り返る。
それと同時に赤い何かが辺りに勢いよく飛び散った。
「ルチル・・・?」
力無くその場に伏せる体には一本の槍。
ようやくそれが体を貫かれた時に飛沫を上げた血液だと理解し体が凍りつく。
「ああ。失敗してしまいました。本当はこんなことしたくなかったんですけど、主の言うことには従わなくてはならないので」
「な、なに・・・言って・・・・・・」
「申し訳ございません。私はバルデ様に使える召喚獣なのです。リースさんを仕留め、鏡の神器を手に入れるつもりだったんですが・・・。さて、どうしましょう」
ピケが・・・?
召喚獣?バルデさんが主?
どうして・・・・・・。
「あれ、私、お伝えしていませんでしたっけ。
実行するのならば、バルデ様と二人きりになったタイミングか・・・・・・
人目の付かない場所のどちらかだと」
「!!」
「・・・・・・しかし、おかしいですね。召喚獣は人間のような感情を持ち合わせていないはずなのですが、なんだか胸の奥が苦しいような・・・」
こいつは、なにをいってるんだ?
さっきまで普通に話してたじゃないか。
ピケは、俺たちに付いてくれた使用人で。
昨日だって、楽しそうに笑って・・・・・・。
まさか最初からこの時を狙っていたのか?
「安心してください。先程私がお伝えしたことは全て本当です。それと・・・・・・これ以上手を出すのはやめにします。私は正面から戦って勝てるほど、力を持ち合わせていませんので」
わからない。
彼女の考えていることが。
思考が。
わからない。
膝の力が抜け、その場に崩れ落ちると血に塗れた光景が目の前に広がる。
嫌だ。
見たくない。
ピケが手を翳すとルチルの胸に突き刺さっていた槍が光と共に消えた。
「・・・・・・また、機会があればお会いしましょう」
リースらを残しピケは鳥の姿に形を変えると颯爽と飛び立っていった。
『リース!きっとあの子が全ての情報網になってたんだ!だからカメリアの時も、フランの正体もばれて・・・・・・・・・リース?』
動かなくなった体。
止まらない、血。
遠くの方で何か言っているのが聞こえる。
何で。
どうして。
嫌だ。
<・・・リース・・・!>
・・・?
<絶対・・・・・・っ・・・!>
・・・・・・知ってる。
俺は、この人を知ってる。
震える手を伸ばすと、突然糸が切れたかのように俺を呼んでいた人物はぐしゃりと音を立てその場に倒れ込んだ。
誰が。
こんなことをした?
<・・・リース・・・・・・>
「ぐっ・・・!」
ズキンと頭が痛む。
思わずその箇所を押さえ自らの手についた生温かいものを目にし、喉の奥が締め付けられる様な感覚に襲われる。
「・・・リー・・・ス・・・」
「・・・っ!!」
微かに指が動き、起き上がろうと試みているようだが力が入らないらしい。
「・・・っと、やば・・・かも」
「喋らなくていい・・・!血がっ・・・止まらないんだ」
どうしたら。
どうしたらいい。
このままじゃ・・・・・・。
『リース!魔法を使うんだ!』
「魔法・・・?でも、俺は治癒魔法はっ・・・」
『一時的に氷魔法で仮死状態にしてちゃんと治療してもらえばなんとかなるよ!あとは・・・ちょっとしんどいと思うけど、スペクルムの力で鏡の中にルチルを取り込めば傷付けずに運ぶことが出来る!』
「っ・・・そんなことして本当に大丈夫なのか。それに氷魔法だって使ったことなんか・・・」
『迷ってる暇なんてないでしょ!死んじゃうよ!このままじゃっ』
「っ!!」
そうだ。
今は兎に角やれることをやろう。
「っ・・・・・・フリーズ!!
ルチルを、仮死状態にっ・・・!」
唱えると冷たい空気が辺りに立ち込め、みるみるうちに凍てつく氷がルチルの体を覆っていく。
完全に凍りつき動かなくなったのを見るととてつもない不安に襲われたが、それ以上考える前にスペクルムを召喚させた。
「あとは俺がそう言えば鏡の中に取り込めるのか」
『スペクルムは反射したり写すのが通常の技なんだ。だから、それ以上は神器の力を解放しないといけないの』
「・・・どうやるんだ」
「その神器の所有者の名前を唱えるんだけど、僕の場合はレフレクシオンって唱えるんだ」
スペクルムの前にルチルを置いた状態で一度呼吸を整える。
すっと手を伸ばし、言われた通りその言葉を口にする。
「レフレクシオン!!この者を、鏡の中にっ・・・・・・!」
淡い光に包まれ、凍りついた彼女の体は鏡の中へと吸い込まれていく。
これでとりあえずは大丈・・・・・・っ!!
突如心臓が大きく脈打つ。
全身の血が勢いよく循環していくのがわかる。
目が・・・・・・視界が・・・歪んで・・・。
「ゔ・・・っ!!」
胸の激しい痛みに再び地に付くとスーラはそれを心配そうに見守りながら口を開いた。
『これはレイとステラが使ってたのと同じ力だよ。あの王様の前では言わなかったけど、どの神器も共通でこういった力は使えるんだ。でも、代償がでかいから・・・おすすめはしたくないんだけど』
こんな痛みに耐えながら、ステラは国民の願いを叶えてたっていうのか?
こんなの。
何度も使えるようなものじゃないだろ。
「・・・・・・っは・・・」
額の汗を拭い、乱れた呼吸のままふらふらと立ち上がる。
腰にかけっぱなしになっていたシグハルトを思い出し、心を落ち着かせるようにそっとその剣に触れた。
正直頭の中もぐちゃぐちゃで何が正解なのかわからない。
けど・・・・・・。
俺に、もう少し力を貸してくれ・・・・・・!
「・・・・・・行こう。スーラ」
『どこに?』
「フランのところへ」
ーーー
「今日からここが君の家だよ」
「・・・」
「さあ、入りなさい。
それから・・・
今日から一緒に生活する、ルチルだ。
二人とも、仲良くするように」
「よろしくね!」
「・・・」
「まだ中の片付けが終わってないが、まあ気にせずゆっくりしておくれ。何か困ったことがあれば直ぐ言うように。
私が外に出ている間はレクアが隣に住んでいるからそちらに行ってくれ」
陽の光が眩しかった。
自分は、そこにいてはいけない気がした。
「リース、今日もここにいるの?おそとで一緒にあそぼーよ!」
「・・・」
「・・・・・・」
痺れを切らし部屋から出ていくと、数分後何かを手にし再びリースの元へと戻ってきた。
「お絵かきは?すき?」
「・・・」
「ルチル、お花さんかいてあげる!」
住む世界が違う気がした。
「ごはん、食べないの?」
「・・・」
「お腹空いてるでしょ?」
自分という人間が、わからなかった。
「ねえ、リース」
何故そう思うのかすらも。
このまま自分がどうなろうとどうでもよかった。
ただ、どうしてここに存在しているのか。
生を受けた意味はなんなのか。
唯一それだけが気になった。
「ソウおじさんたらね、根っこを思いっきり引っ張ったらずりこけちゃって!それと同時に野菜が宙を舞ったの。それがほんと可笑しくて」
この子が俺に話し続ける理由も。
よくもまあ飽きないものだ。
おかげで外に出なくとも集落の情報はだいたい把握している。
「それでね、おじいちゃんたら・・・」
ほっといてくれたらいいのに。
何が面白い?
何が楽しくてそんな顔をしていられる?
どうして。
「何故君はいつも笑っているの」
「えっ・・・今、しゃべっ・・・」
しまった。
思わず言ってしまった。
けれど何故か君は嫌な顔をするどころか、いままで見たことないくらい嬉しそうに微笑んだ。
わからない。
君という人間も。
でも、不思議と嫌な気はしなかった。
その日から俺は少しずつ食事を摂るようになった。
痩せた手足。
長く体を動かしていなかったからか、歩くのも最初は一苦労だった。
食卓に顔を出せば、ギルじいさんはもちろん。
ルチルも満面の笑みで迎えてくれる。
生活を共にするとは、こういうことなのか。
俺は、ここにいていいのか?
「リース!凄く星が綺麗よ!」
丘の上で両手を広げるルチルの後ろには満天の星空。
「すごっ・・・」
「ねえ、そのまま見上げてたら首を痛めちゃうから、ここに寝転んで一緒に見ようよ」
言われた通り二人並んで丘の上に寝そべってみる。
こんな景色は見たことがない。
まるで、心の奥底が浄化されていくような。
そんな感覚。
君がいなければ、俺はあのまま死んでいたかもしれない。
答えを見つけられぬまま。
ただただ短い人生を終えるだけの時を。
それでもいいと思ってた。
けれどその考えは、あの日から少しずつ変化していった。
君がいてくれたから。
もしかしたら、これが・・・・・・。
絶対に死なせない。
死なせたくない。
こんなところでっ・・・・・・!
地を踏み締めようやく見えてきた戦場は目を疑いたくなるような光景で。
何人かは既に倒れており、兵に囲まれているのか中心で争っているのが確認できる。
自分がまだまだ未熟者なのはわかってる。
行ったところで足を引っ張るだけかもしれない。
だけど、俺はーーー。
「・・・っカスケード!!」
相手に気付かれる前に魔法を発動させ、激しい水流がノワール兵たちを飲み込んでいく。
しかしそれは一部だけでまだ多数の兵が残っている。
「いったい何人いるんだよ・・・っ」
「リース!?」
「!」
こちらに気付いたフランは相手の攻撃を自らの剣で防ぎながらなんとかその場を切り抜ける。
急いで駆け寄ってきた彼の顔色からこの状況を納得していないことは直ぐにわかった。
「何で戻ってきた!ここは僕一人で大丈夫だと言っただろう!」
「っ、ルチルが・・・ピケにやられた」
「!」
「隙を突かれて・・・。今、氷魔法で仮死状態にしてスペクルムの力で鏡の中で眠ってる。早く治さないとっ・・・!」
「・・・わかった。けど、まずは」
その瞳はノワール兵を捉え、剣を持つ手に力が籠る。
フランの乱入により多少混乱しているようだが、指導者により敵だと見なされた俺たちへ向かってくる者、先へ進む者と別れ始めていた。
もう、後へは引き返せないーーー。
「リースはここから援護を頼む。・・・・・・無理は、しなくていい」
「・・・ああ。わかった」
フランは勢いよくその場を駆け出すと、向かってくる相手に大きく剣を振り翳した。
しかしそれを防がれるとすかさずもう一人が横から攻撃を仕掛けてくる。
それを見越していたリースは水魔法を発動させ、その兵諸共激しい水流が飲み込んでいく。
「やったか・・・!」
そう思ったのも束の間、近距離で戦うフランを標的に次々と敵が押し寄せてくる。
これじゃあきりがない・・・・・・!
俺の魔力もどこまで持つか・・・・・・。
「バルデさんはなんでここまでして・・・・・・っ!」
目に見えるか見えないか、明らかに普通とは違う風がリースを目掛けて飛んでくる。
それは勢いを増し魔法で防ぐには間に合わないと思い、咄嗟にスペクルムを思い浮かべると透明な壁が現れ風は衝突した衝撃とともに消えていった。
どうやらあの中には魔導士もいるらしい。
しかも風使いとなると気を緩めればあっという間に切り刻まれてしまうだろう。
「くっそ・・・!」
そうこうしているうちフランは敵兵に囲まれ姿が見えなくなっていた。
やはり二人でこの人数を相手にするにはあまりにも無謀なのか・・・・・・。
まだ思うように動かない体に少々苛立ちを覚えながら、この状況をどうにかするため剣に手をかける。
足に力を込め、倒れそうになるのを堪えながら囲まれたフランを助けるべく俺は走り出した。
ーーーこのままだと、まずい。
頭のどこかでそう囁く自分がいる。
しかし何としても止めなくては。
ノワール国王が何故ここまでカメリアに恨みを持ち、今も尚おじ様を狙うのか理由はわからないが。
普通に考えるとするならばスカイ・ネイルの力を使うのに必要な神器を持つ者を集めていたのを知っているのなら、自国より力をつけカメリアが大きくなるのを恐れたか。
それとも何か誤解しているのか・・・・・・。
どちらにせよ、コバルト国に彼らを行かせるわけにはいかない・・・・・・!
「くっ・・・・・・!」
気がつくとリースの姿は確認できなくなり、完全に兵に囲まれてしまった。
時々感じる魔力から無事であることは把握できるが、こうなると助けに行くことは難しい。
早くなんとかしなくては・・・・・・!
その様子をどこか退屈そうに見ていたフランの中にいる竜、リンドブルムが脳裏に話しかける。
『何故神器を使わない?力を解放し全て焼き尽くせばいいだろう』
「っそんなことしたら皆命を落としてしまう!彼らは悪人じゃない!」
その返答に溜息を付き、呆れ顔で自身の大きな足に顔を預ける。
『お前を主に選んだのは間違いだったか・・・・・・。若くして戦闘技術はもちろん、魔力のコントロールも申し分無し。
しかし優しすぎる。その優しさ上に時にそれは戦いに支障をきたす。
選択を誤れば、己だけでなくどちらも失いかねぬというのに』
「っ・・・言ってなよ」
キイィィンと剣のぶつかる音が辺りに鳴り響く。
このノワール兵は指示されて動いているだけだ。
おじ様を誘き寄せるための・・・・・・。
決して人の命を奪うために戦ってるんじゃない。
そんな簡単に、相手を焼き尽くすだなんて・・・・・・。
「・・・・・・リース!?」
急にリースの魔力が弱くなった。
何かあったのか・・・・・・!
「・・・っどけ!!」
剣を振り上げ、力のする方へ向かうため風魔法で塞がれた道を一気に開けるーーー。
が一瞬の隙を突かれ、背中に鈍い痛みが走る。
「・・・っんで、君たちは旧カメリア国王を狙う。おじ様がいったい何をしたっていうんだ・・・!」
「これはノワール国のため。世界平和のため。これ以上犠牲者を出してはならぬのです!」
「なっ・・・」
何を言ってる?
まるでカメリアのせいで情勢が乱れたと言っているかのような・・・。
「バルデ様からお聞きましたが、あなたもカメリア国にいたのなら黒魔道士のことはご存知でしょう。あんな者を生み出すような国はあってはならない!あの王が生きている限り、我々は止めなくてはならぬのです!」
「黒・・・魔導士」
そういえば書物から黒の魔導書が消えたと聞いたことがある。
だがあれはその後おじ様の手元に戻ったはずじゃ・・・・・・。
「あなた方が行手を阻むのならば、こちらも戦わなくてはなりません。・・・・・・お許しください」
フランに向けて鋭い刃が向けられる。
「・・・っ」
ここまで、なのか。
ドラゴン・ソードを・・・・・・。
いや、やはり命を奪うのはっ・・・・・・。
奥歯を噛み締め、リンドブルムに言われたことが頭を過ぎる。
優れた戦闘技術?
魔力のコントロール?
そんなもの身に付けていたって、結局勝てなければ意味がない。
守りたいものも守れない。
会話で分かり合える世界・・・・・・。
いつかそんな未来がくることを思い描いていた。
<フランは優しすぎるのよ!>
結局、何かを失わなければならないのか?
命を賭けた決断。
僕には出来ない。
こんなじゃ、コバルト国王失格だな・・・・・・。
死を覚悟し、目を閉じた。
するといきなり強い光とともに風が吹き荒れ、自分の体に痛みを感じないことからぱっと目を開ける。
「なにっ・・・」
とどめを刺そうとしていたはずの兵が・・・・・・いない。
それどころか、囲んでいたノワール兵。
指揮を取っていた者。
僕と・・・・・・リース以外の人物が全て、跡形も無く消えていた。
どういうことだ?
何が起きた?
「・・・っリース!!」
立ち尽くしたまま動かないリース。
シグハルトは戦いの最中弾き飛ばされたのか無惨に転がっている。
よく見ると先程の風のせいか草で覆われていたはずの地面が広範囲に渡り剥き出しになっていた。
あの程度の風で・・・・・・地魔法を使ったわけでもないのに。
でもおそらく、あの風と光の発生源は・・・・・・。
「・・・リースが、やったのか?」
急いで彼の元へ駆け寄ったが、何やら様子がおかしい。
返事もしなければ、ぴくりとも動かない。
顔を覗き込むと虚ろな瞳でぼうっと一点を見つめたまま。
やがて体を支えていた筋肉が解け倒れかけたところをフランが受け止めるとそっと横に寝かせる。
リースの中からスペクルムが現れ、氷で覆われている状態のルチルが鏡の中から解き放たれると、その氷も同時に消えていった。
きっとリースの力が尽きたから全ての魔法が解けたのだろう。
「一先ず眠っているだけ。・・・・・・こっちが優先だ」
自分の使える治癒魔法でルチルの傷を治そうと試みる。
相当傷が深いのか、出血を抑えることは出来たがなかなか皮膚まで再生してくれない。
これ以上時間がかかると、あともって数分・・・・・・。
『判断を見誤った末路だな』
「・・・・・・君の言う通りだよ。言い返す言葉も見つからない」
次からは・・・・・・なんて、甘い考えだ。
「くっ・・・・・・手が、足りない」
お願いだから、塞がってくれ。
頼む。
お願いだ・・・・・・っ。
手元に必死になりすぎて、近付いてくる気配に気が付かなかった。
視界に入った何者かの足に咄嗟に顔を上げる。
「君は・・・・・・!」
ーーー
人間というのは本能に忠実だ
生き抜くためにはどうするべきか
脳は瞬時に答えを出す
たとえそれが他人にとって悪だとしても
自分のことを最優先で考える
それは仕方の無い事だ
そういうふうに作られているから
それからもう一つ
人間には欲というものがある
己の欲に溺れてしまえば
次第に精神が崩壊し
自分を見失う
自制が効かなくなってしまえば
他に害を及ぼしかねない
精神状態を維持するのは簡単な事ではない
不安定になった時、どうすれば良いのか
一番理解しているのは自分自身だ
人は助け合うもの
とは誰が最初に言い出したのだろうか
助け合うにも限界がある
人間というのは実に複雑で
心を開かねば何も始まることはない
周りがどれだけ声を掛けようと
現状を変える事は出来ないのだ
こんなことを日々頭の片隅で考えながら、自分という人間を模索している。
俺の名はチェスナット。
この集落の住人にすぎない。
あまり目立ちすぎず、ただひっそりと。
それなりに食って暮らしていければそれで幸せだと思っている。
別に病んでいるわけではない。
ただ昔からの友人であるネオンのことが少々気掛かりなのだ。
なんせ十五年前の事もある。
過去の記憶はどう頑張っても簡単に消せるものではないからな。
あれからまた本業に復帰し、ザンスカールやその周辺の地質を調査しているのだが、ここ最近また彼の顔付きがあの頃に戻っている様だった。
石はもう封印されたというのに。
まさか・・・・・・。
なんて。
そんなのは有り得るはずがない。
あの危峰に再び登頂するのも命懸けだというのに。
それなのにこの嫌な感じは何なのだろう。
そうでなければいいのだが。
俺は確認せずにはいられなかった。
地質調査をしている研究所へ足を踏み入れると変わらず白衣姿で働く彼がいた。
何故だか俺が来ることがわかっていたのか笑みを溢すと手にしていた物をこちらに見せた。
「ついにこの時が来た」
それは俺もよく知る物だった。
嫌な予感は的中してしまったようだ。
何故ここに?
どうやって?
それよりも・・・・・・。
「まだ諦めていなかったのか」
「諦める?この世にこれが存在する限り、手に入れないわけにはいかないだろ?」
十五年前、それの取り合いで体の半分を失いかけたというのに。
欲というのはそれまでも忘れさせてしまうのか。
「俺は必ずこの世界の頂点に立つ。
この石・・・・・・スカイ・ネイルの力で」
あれから数日が経った。
ネオンは集落の人々を支配下に置いた。
話を聞くと体の中に神が宿り、スカイ・ネイルの力を使うにはどうすれば良いのか聞いたところ五つの神器を集めるように言われたらしい。
その神の属性は聞いていないが、魔力や扱う魔法からして俺と同じ奴だろう。
何故よりにもよって彼を選んだのか。
だが・・・変だ。
スカイ・ネイルの力を使うのに必要な神器は一つだけでいいはずなのに。
・・・・・・まあ、それは今はいいとしよう。
否定的な者、歯向かう者は次々にネオンの魔法によって排除されてしまった。
俺の知っている友人はもうそこにはいなかった。
原因となるものが彼の手中にある限り、彼が変わろうとしない限り、現状は変わる事はないだろう。
俺がどれだけ心配したところで。
夢を叶えるために努力して、がむしゃらに走って未来に目を輝かせていたあの頃のネオンはもういないんだ。
だが、このまま放っておくわけにはいかない。
取り返しがつかなくなる前に。
俺はなんとしてもお前を止めなければならない。
これ以上、罪のない尊い命が奪われぬように。
ーーー
暗い。
音もしない。
闘いは終わったのか・・・・・・?
俺は・・・、そうだ。
フランを助けに行こうとして。
それで・・・・・・。
伏せられていた瞼を開き、ゆっくりと辺りを見回してみる。
・・・・・・?
誰もいない・・・。
それどころか、目を開けているはずなのにそこにあるのは・・・・・・闇。
「フラン・・・?ルチル・・・・・・?」
足を進めようとすると、何かにぶつかった。
それが何なのか確認しようと下を向く。
「・・・・・・!」
赤黒い物体がズルズルと地を這いつくばっている。
するとその物体はいきなり俺の片足を掴んだ。
「守ってくれ゛るって・・・言゛ったじゃない」
「ル・・・チル・・・?」
「や゛っぱり、君をあてにする゛んじゃなかった・・・」
「フラン・・・!俺は・・・っ」
足を掴む手らしきものがメリメリと音を立てて指を食い込ませ、徐々に体を侵食してくる。
最早身動きを取ることは出来ない。
ズズ、と音を立てながらその物体は重たそうに頭を上げた。
「・・・ゆ・・・・・・さな・・・い」
「っうあ゛ああ!!」
目や口がひしゃげた顔。
血に塗れた手が、爪が、首にひたりとあてがわれる。
これは、罰なのか。
虚無だった世界から抜け出して。
過去を忘れ、未来を生きていることが。
やはり、外へ出るべきではなかったのか。
俺はこのまま"彼ら"の憎しみによって消される。
仕方の無いことなのかもしれない。
「・・・・・・ス」
結局、俺は・・・・・・何のために・・・。
「・・・リー・・・ス」
まだ誰かが俺を呼んでいる。
その声に恨みの感情は感じられなく、心配と焦りが伺える。
段々と遠のいていくかと思いきや、何度も耳元で呼ぶものだからさすがに静かにしてもらおうともう一度瞼を開けた。
すると目の前に現れた彼は安堵の表情を見せ良かった、と力無く笑った。
「フラン・・・?」
「リース、凄くうなされて魔力も乱れたままどんどん力が弱くなるもんだから心配したんだよ」
うなされて・・・・・・?
ということは、さっきのは・・・・・・夢?
「っそうだ、ルチルは・・・!」
半分体を起こすと隣ですやすやと眠っているルチルの姿。
どうやら一命は取り留めたらしい。
「良かった・・・・・・。すまない、フラン。なんて言ったらいいか・・・。結局俺はまた足手纏いに・・・・・・」
「そんなことないよ。・・・それに、お礼なら僕じゃなく、彼に言って」
「・・・?」
フランが目を向けた先にいたのは、プロスペリティで別れたまま行方がわからなくなっていた人物。
「ルチルのことも、リースの傷も、全部彼が癒してくれたんだ」
「・・・・・・レイ。何で・・・」
目線を合わせず遠くを見つめたままの彼は相変わらずの無愛想で。
「十分回復させたというのに、あんたは心配しすぎだ」
「はは。だって、仲間がうなされてたら居ても立ってもいられないでしょ。・・・・・・リース、彼には僕の事情も話してある。ほんとに・・・・・・レイにはなんてお礼を言ったらいいか」
「・・・・・・何で、助けてくれたんだ」
その問いに目は合わせてくれなかったが、ちらりと視線がこちらに向く。
「通りかかったところにお前たちがいた。・・・・・・ただそれだけだ」
「・・・」
やっぱり何を考えているのかわからない。
絶対にそんなはずないのに。
「ところで、何をそんなにうなされていたの?相当な悪夢を見たようだけど・・・」
悪夢・・・・・・。
あれはただの夢だったのだろうか。
それにしてはやけにリアルで、掴まれていた足がまだ痛むような気さえしてくる。
「自分の弱さに・・・・・・飲まれそうになった」
「それは、どういう・・・?」
「まだまだ俺には力が足りて無いって暗示だよ、きっと。・・・・・・でも、俺を恨む者の中で一人だけ覚えのない人がいたんだ」
「リースのことを恨む人がいたの?」
そう。だけど、何故だか。
「俺はその人のことを知っている」
「・・・・・・ねえ、リース。倒れる前、何があったか覚えてる?」
「倒れる前・・・、確かフランを助けに行こうとして・・・・・・。ノワール兵の中に魔導士が数人混ざってたみたいで、対抗したけどシグハルトを弾き飛ばされたんだ。そしたらフランが倒れるのが見えて、それから・・・・・・」
「その後は、思い出せない?」
「・・・・・・ごめん」
ううん、とフランは首を横に振る。
「あそこに来るまでにだいぶ力を消費していただろうに、あの人数相手によくやったよ。僕も見栄を張ってごめん。・・・最初から一緒に行っていれば、ルチルもこんなことには」
「そんな、フランは悪くない!俺がもっと動けていればっ・・・・・・つっ!」
ズキンと頭が痛み、手で押さえるとフランは横になるようそっと促した。
「大丈夫。心配しなくても君の力は強くなってるよ。まだ戦闘に慣れていないだけ。・・・・・・もう少し眠るといい。周りは僕とレイで見張っておくからさ」
こういう時はコバルト国のフランに戻るんだな。
優しさ、とはまた違う・・・。
包容力・・・・・・っていうのか。
フランの言葉に安心するかのように、リースは再び目を閉じた。
暫くして寝息が立つのを確認すると、フランは二人を起こさないよう静かに口を開く。
「・・・・・・君はあの時、見ていた?」
「・・・ああ。一瞬にして大勢いたはずのノワール兵が消えた。・・・・・・あんただけを残して、全員」
「本人はその時のことを覚えていないみたいだったけど。でも、きっとあれは、リースの・・・・・・」
やがて傾きかけていた日はそよぐ風と共に少しずつ辺りを赤く染めていく。
「あんたはそいつの何を知っている?」
眠る彼を見つめ、魔力を感じとる。
・・・・・・微かにだが他の人とは違う力がリースにはある。
だけどそれがなんなのか・・・。
「当時カメリアが襲われ、多くの犠牲者が出た。国王だったおじさまは神器所有者と深く関わっていたために命を狙われたんだ。
それで身を隠せる場所を探すためについてこられるカメリア民を引き連れ、地を彷徨い歩いた。僕もその一人だ・・・」
「・・・・・・」
「そんな中、集落と思われる場所でまだ赤子だったリースを見付けた。
・・・・・・さっき起こったことがリース自身の力なのかはわからないけど・・・。
あの時・・・、彼を見つけた時、そばに一人の亡骸が倒れていたんだ」
「・・・・・・それが誰なのかは」
「おそらく・・・・・・、
・・・・・・リースの母親だと思う」
「・・・!」
「そこで何があったのかはわからない。
ほぼ荒れ地に近い状態になっていて。
敵襲があって、母親がリースを守ろうとして命を落としたか・・・。それともリースのものと思われる力が暴走したのか・・・・・・。
ただ、その時と今回のノワール兵が消えた後の状況があまりにも似ていて」
リースの記憶が消えたのは、きっとその時・・・・・・。
目の前で母親が殺されたとなれば相当なショックを受けるはずだ。
それとも、わけもわからず自分の力で殺めていたとしたら・・・・・・。
「・・・今の段階では、このことは本人に話すべきではないと思ってる」
「・・・本人は記憶を取り戻したいと思っているようだが」
「それでも。今こんな話をしたら意地でも思い出そうとするでしょ。
精神が不安定になるのはこの先進んで行く上でも危険が伴う。・・・・・・おじさまたちと約束したんだ。本人が記憶を取り戻すまではこのことは話さないでおこうと」
「・・・・・・聞いてよかったのか」
「君ならリースや他の人に話したりしないでしょ。・・・・・・で、君は?迷いの森で長く生活をしていたようだけど。何か目的があるの?」
急に自分の話題に変えられたからかレイの眉間に皺が寄る。
「あんたには関係無いことだろ」
「はは。ごめんごめん。・・・でも、たまたま通りかかったなんて嘘でしょ」
ようやくこちらに体を向けるとレイはふうと溜息を吐いた。
「それは本当だ。ザンスカールに雷の神器を持つ者がスカイ・ネイルを所持しているという情報を手に入れた。そこへ向かう途中だったんだよ」
「それは本当かい?じゃあ、やはり予測は当たっていたんだな。・・・・・・君一人で向かおうとしていたの?」
何か気に食わないのか口をへの字に曲げたままこちらを睨む。
あまりその辺は触れられたくないのだろうか?
打ち解けるには少々時間がかかりそうだ・・・。
「・・・・・・俺にだって、理由の一つ二つはある」
「・・・それは、僕らには話せないこと?」
「話していったい何になる・・・・・・っ!」
突然辺りの木々がざわめき始める。
何者かの気配を感じ取り、辺りを見回す。
誰かがここへ近付いている・・・・・・?
一羽の鳥が薄暗くなった空を飛び立っていった。
「あれは・・・」
「召喚獣か」
フランは剣を手に取りその場を立ち上がる。
背後を取られぬよう後ろはレイが警戒する。
「こんなところに隠れていたとはな。・・・・・・で、あれはいったいどうやったんだ?」
声のする方へ振り向くと兵士を数人引き連れた男がそこにいた。
格好からして、彼はノワール城の関係者か・・・・・・?
「お前はっ・・・」
「知ってるのか?」
レイは首を頷かせるとその男を睨む。
「君は・・・この間の。聞いた話によるとパーティーを離脱していたようだけど、まさか一緒にいるとはね。これは運が良い」
もしかして、リースの言っていたフードの男。
相手は兵士含め・・・・・・六人か。
ここへ来たということは、やはり・・・。
「あなたは、ノワールの第二王子に当たる者か?」
「おっしゃる通り。俺はノワール国の第二王子、ガレット。どうもうちの国は神に見放されているようでここ数年不運続きでね。王女に続き今度は百と近い兵士が消息不明となった。・・・・・・君たちはきっと知ってるんだろう?何が原因でそうなったのか」
「悪いけど、僕らも現状の全てを把握できているわけじゃない。それに、こちらも負傷者を抱えている。・・・・・・今は引き下がってもらえないだろうか」
フランの返答に小さく笑いを漏らす。
恨みと敵意に満ちた目は微かに震えていた。
「負傷者だ?こっちは失ってるんだぞ。その苦しみがお前らにわかるか?・・・・・・今回のはそこの"中"にいる奴がやったんだろう。・・・神は、この世から滅さなければならない」
スッと腰から鋭利な剣を取り出すとフランもまた自身の剣を持つ手に力が籠る。
「それ、どういう意味で言ってるの?」
「そのまんまだよ。俺は俺の手で神を殺したい。・・・・・・だが、バルデ様はどうやらそいつのもつ神器が気に入ったらしくてね。中から引きずり出して消し去ってやりたいところだが・・・、その神器に関してはこちらに譲渡してもらう」
彼らは神器の譲渡方法も知っているというのか?
だとしたら、その情報はいったいどこから・・・・・・。
「・・・それに、スカイ・ネイルを使うにはどのみち神器が必要になる。自分の中に神を宿すのは虫酸が走るが・・・・・・叶えるためには・・・・・・」
「・・・?」
ガレットが小さく呟いた言葉が気になり、瞬きをした瞬間だった。
「・・・・・・つ!!」
目の前から姿を消し、自分の周りを囲む空気の歪みから咄嗟にその場を離れると自らの髪が数本パラパラと宙を舞った。
「流石はコバルト国の王。反射能力は欠けてないな。だが・・・・・・」
数本のナイフを手元に持つとそれをフラン目掛け放つーーー。
自らに飛んでくるそれを避けようと再び高く飛び上がるが、そこまで予測していたガレットは素早く距離を詰めると剣をフランに向かって突き立てた。
しかしギリギリのところで地魔法を発動させ防御壁を作りなんとか攻撃を切り抜ける。
「っ・・・僕の情報は、ノワール国王から?」
「ああ。元はバルデ様に使える召喚獣から得たものだが・・・・・・。ここまで距離を離しても写し身が消えないなんて、流石は神の持つ力。周りに気付かれないほど精密なコピーを作り上げられるのは、きっとこの世でその神器だけだろう」
「・・・・・・」
「バルデ様が気に入るのもわかる。だが、所詮それは偽物。これは俺にとって一つの通過点にすぎない」
「・・・・・・次期王となる者がこんなところで子供を殺め、スカイ・ネイルを狙っていることが周りに知られればその立場は危うくなるんじゃないの」
「問題無い。皆姉さんが生き返るのを望んでいる。・・・・・・今は、その神器を手に入れるのみ・・・!」
ガレットがリースに手を翳すと、フランは思わず待てと声を漏らす。
ーーすると突如激しい風が吹き荒れ、鋭い刄と化した強風がガレットに襲いかかる。
直ぐ様それに反応し距離を取るが、切り裂かれた皮膚からは血が滴り落ちる。
「君は風魔法が使えるのか。油断した。けど・・・・・・」
ガレットの後ろで控えていた五人の兵が前に出る。
「人数ではこちらが有利だ。彼をこちらに引き渡してくれさえすれば手は出さない。さあ・・・・・・どうする?」
余裕そうに笑みを見せフランらを見下す。
「そんなの・・・・・・決まってる」
相手が王子だろうと関係無い。
僕はもう、判断を見誤らない。
「仲間を・・・・・・大切な友人をお前らに渡すわけにはいかない!」
気を集中させ、魔力を一気に上げるーー。
「ブレイズ!!」
フランが唱えると肌が焼け付くような熱気が辺りに立ち込め、地面から噴き出すようにして現れた猛烈な炎があっという間にノワール兵を飲み込んだ。
「やったか・・・・・・!」
「・・・・・・ルポア」
眩しい光が兵を包み、みるみるうちに彼らの火傷を癒していく。
「治癒魔法が使えるのか・・・!」
「これくらいは使えて当然だろう。さて、次はこちらから行かせてもらう」
剣や槍を手にした兵士は構えの姿勢を取ると、フランとレイを標的に攻撃を仕掛けていく。
流石に城の人間とあり鍛錬されているからか間合いの取り方も上手くなかなか力では押すことが出来ない。
・・・けど、さっきの状況に比べたら全然・・・・・・。
「っ・・・!」
近距離が苦手なのか、ダガーを使い防戦一方だったレイは振り下ろされた剣を避けるべく後ろへと下がる。
「大丈夫か!」
「っ・・・問題無い。それより、これ以上離れるとまずい」
リースとルチルのそばには守る者がいない・・・・・・。
魔法で届く範囲ではあるが、確かにこれ以上距離を空けられると・・・。
「俺が兵を引きつける。あんたはあいつのところへ行け」
「えっ・・・、でも君は」
「これくらいの戦闘なら何度も経験してる。心配いらない」
「っ・・・わかった」
レイの言う通りフランはリースたちのそばへ駆け出した。
そうはさせまいと兵士が道を塞ごうと前に立ちはだかる。
「一瞬だけ目を瞑れ!」
「!」
背後から聞こえてきたレイの声に足を止めぬままぎゅっと目を閉じた。
レイの青い瞳が、キラリと眩く光る。
「ブライト」
呪文と共に強い光が相手の視界を奪い、同時に開けていられないほどの痛みが彼らを襲う。
その横をすり抜け、フランはリースたちの元へ辿り着く。
「くっ・・・・・・これも、神の力か」
「光と闇。どちらの魔法も通常は簡単に扱うことは出来ない。なんなら使う度に自分の身体を破壊してしまうリスクがある。・・・彼がそうならないのは、力をコントロールしてくれる彼女がいるからだ」
「・・・・・・あの女。あいつだけは、絶対に許さない。そいつの後はあの女神を殺す」
「・・・・・・」
揺るがぬ殺意。
大切な姉を奪われ、何年もずっとその恨みと共に生きてきたのだろう。
だけど、だからといって・・・。
「その人の命を奪ったところで、何の解決にもならない。それに、ステラさんはそんなことを望むような人なのか?」
「っ・・・五月蝿い!俺はただ、あの日々を・・・・・・取り戻したいだけだ!!」
こちらに駆け出すと剣が振り上げられ、それを防ぐと共に甲高い音が辺りに響き渡る。
「失われた命はこの世に戻ることはない!あなたもそれはわかるだろう」
「・・・・・・認めたら」
「?」
「それを認めたら、本当に姉さんは死んでしまう」
「!」
彼の中では、まだ受け入れられていないんだ。
十年以上経った今でさえ、姉がこの世を去ったことを。
まだどこかに存在していて、帰ってくると本気で・・・・・・。
心が、揺れる。
ギリギリと音を立てながら段々と押され、なんとかブレイドを弾き返すと一旦距離を取る。
しかし直ぐに詰められ、何度も互いの剣がぶつかり合う。
「ブレイズ!」
隙をつき魔法を放つが相手もそれに反応し風魔法を発動させ、威力を弱められると交わされてしまう。
「その体では俺を倒すことは出来ない。残念だったな」
再び手を翳すと、フランに向けてガレットは呪文を唱える。
「テンペスト」
辺りに暗雲が立ち込めると渦を巻いた暴風がいくつも出現し、フランだけでなく同行してきたノワール兵もその風に足をすくわれないよう必死に姿勢を低く保つ。
レイもしゃがみの体制をとり巻き込まれないようその場で耐え凌ぐ。
「俺は必ず王女ステラを生き返らせる。邪魔をする者は・・・・・・消す」
「・・・っ」
避けきれない数の竜巻がフランに襲いかかる。
剣を地面に突き立て、なんとか防ごうと地魔法を唱えようとした時だった。
大きな氷の壁がフランを覆うようにして現れ、竜巻はその壁に激しくぶつかるとその衝撃で抉られた氷が辺りにキラキラと飛び散っていく。
ふいにフランは後ろを振り返った。
「だい・・・丈夫か」
「リース!」
ゆっくり体を起こすとシグハルトを手に取り、少しよろけながらも立ち上がる。
「・・・・・・目覚めたか」
「悪いが・・・、あんたに神器を渡すつもりはないし、殺されるつもりもない。・・・・・・俺にも、理由ができたから」
「リース・・・」
「フラン。レイの方へ行ってあげてくれ。ここは・・・・・・俺がやる」
「え、けど・・・」
ふっと笑みを見せ、視線はガレットを捉える。
「いつまでも守られてばかりなんていられないだろ。・・・・・・今度は多分、大丈夫だ」
リースの言葉に少々悩みながらも、フランは任せたよと声を掛け背中を向けた。
「危なくなったら、すぐ助けに来るから」
「・・・ああ」
まだ吹き止まぬ風の中フランは駆け出すと、リースはガレットに剣を向ける。
「あんた、あの時のフード男だよな。モニアに相当恨みを持っていた・・・・・・」
「ああ、そうだ。俺の姉はあの女神に殺された。幸福をもたらすはずの神が、主の命を。俺たちの日常を。ノワールを・・・・・・全て奪っていった。罪を償わずのうのうと今もなお健在している様な奴を、俺は許せない!」
「・・・・・・本当にそうか?」
「なに?!」
モニアがそんなことをするような人には見えない。
かといって確証があるわけでもないが・・・。
「俺も、見えない過去に囚われていた。けど・・・・・・そこから抜け出せたのは、身近な人たちの助けがあったからだ」
だから、今の自分がいる。
少しずつだが前を見据えることが出来ている。
もしここで彼が誰かを殺めてしまったら・・・・・・。
ガレットも自らの剣をリースに向ける。
「この恨みは元凶を消すまで一生俺を蝕み続ける。・・・・・・気が変わる前にその神器をこちらに譲渡しろ。そうすればお前は死ぬことはない」
「・・・断ると言ったら?」
「無論・・・ーー」
ガレットが目の前から姿を消し、攻撃を仕掛けにきたのだと脳が判断する前に咄嗟に剣を自分の前に構えた。
そこへガレットの剣が振り下ろされ、堪える力を入れるのが間に合わず簡単に吹き飛ばされてしまう。
「くっ・・・」
擦りむいた頬を拭い再び立ち上がると、ガレットはこちらの方へ歩を進める。
「っ・・・譲渡方法は、ステラさんから?」
「・・・・・・俺たち兄弟は昔から仲が良かった。どんな些細な事でも共有し合うくらいに。・・・・・・神器の譲渡方法、属性、それを所有する神の存在。力を使うことによる体への負担・・・。ある程度は理解しているつもりだ」
「・・・・・・そうか。それなら」
気を集中させ魔力を内に溜めていく。
辺りが騒めき、空気中の水が自分のところへ集まってくるのがわかる。
「カスケード!」
それらは激しい水流となり、ガレットを襲うーーー。
しかし風魔法で上手く交わされてしまい、その水流は行き場を無くし天へと高く昇っていく。
「簡易的な魔法じゃ俺を止めることはできない」
「・・・・・・まだだ!スペクルム!」
リースの声とともに水流が向かう先に大きな鏡が現れ、それを反射するかの様に跳ね返すと再びガレットの方へと向かっていく。
「跳ね返したところで状況は同じ・・・・・・っ!?」
跳ね返したのならば威力は多少弱まるはず。
それなのに、弱まるどころか増しているだと・・・・・・!?
あまりの広範囲に回避出来ず、一気に水の中へと吸い込まれていく。
前の自分だったら、跳ね返すので精一杯だった。
威力を強めることが出来たのは、やっぱり・・・・・・。
「経験と、発想」
これで避けられることなく相手の動きを封じることが出来る。
「あとは氷魔法で・・・っ!!」
突然視界が二重になり、動きが止まる。
まだ完全には治っていないのか。
後頭部の辺りがズキズキと痛む。
それを確認したガレットは水で重たくなった羽織をその場に脱ぎ捨てこちらの方へ向かってくる。
これじゃあ、さっきとおんなじじゃないか・・・・・・。
いや、違う。
ここで諦めたら。
まだ、俺には・・・ーー。
「終わりだ」
鋭利な剣がリースに向けて振り上げられるーー。
が、それは透明な壁によって防がれ命中することはなかった。
「なん、だ。この見えない壁は・・・!」
「それぞれの神器の技までは把握してないようだな」
「っ!」
「俺の持つ神器は、呪文を唱えずとも防御壁を張ることができる。・・・・・・まあ、間に合わない時もあるけど」
「ふざけやがって!こんなっ・・・」
何度も切り裂こうと試みるが、透明な壁はびくともしない。
ガレットの息が上がってくるとリースは呪文を唱える。
「フリーズ!」
氷魔法でようやく彼の片足を捕えると今度はリースがガレットに向けて剣を振り翳した。
『やめてっーーー!!』
突然の叫ぶ様な声にギリギリのところでリースの手が止まる。
振り向くと半透明の姿をしたモニアがレイの頭上に現れていた。
『彼を殺しては駄目・・・。もう、こんなことは辞めましょう』
「モニア・・・?」
顔を手で覆い俯く彼女にリースは疑問を抱きつつ、一先ずガレットと距離を取る。
「何を嘆いている?自分が引き起こしたくせに。そうやって姉さんの懐に入り込んだんだろう」
『違うわ!話を聞いて!』
神器所有者を初めて目の当たりにするのか、ノワール兵たちも戦いを止め動揺の言葉を口にしている。
『モニア・・・』
リースの中で、心配そうに彼女を見つめるスーラ。
『本当は、言わないって約束していたの。でも・・・・・・話すわ。全部』
「今更お前の話を聞いて何になる?姉さんの命を奪った奴の言葉なんか。俺たちの、大切なっ・・・家族だった姉さんを、お前がっ!お前が殺したんだろう!!」
『違う!ステラはあなたを生き返らせるために、自ら命を絶ったのよ!』
「なっ・・・?!」
「・・・!!」
どういうことだ。
ステラさんは神器の力を使いすぎて命が尽きてしまったんじゃなかったのか?
「そんなの・・・、信じられるわけないだろう!」
『・・・ええ。当然よね。どうしたってもうあの子の口から直接聞くことはできないもの。・・・・・・けど、ノワールが襲撃されたあの日。あなたは戦いの最中一度意識を失っているはずよ』
「!」
『おかしいと思わない?致命傷を負った筈のあなたが。再び目を覚まして戦いに復帰し、残るノワール民と共に敵軍を鎮圧させた・・・・・・。
あなたに命を与えた後、ステラは人目のつかぬ場所へ移動し静かにその息を引き取った・・・。外傷がなかったのは、終戦するまで敵に見つかることがなかったから』
モニアの口から淡々と語られていく真実。
自分の生を捧げられるほど、彼ら兄弟はステラにとってかけがえのない存在だったのだろう。
「う・・・そだ・・・。そんな、スカイ・ネイルの力を使わずに生き返らせるなんて」
『誰かを幸せにするためなら何だって叶えられてしまう。それが私の持つ神器の力。・・・たとえその対象が主で、どんなに代償が重くても。本人が望むのならば全て可能となってしまう』
「それなら俺はいったい、今まで・・・何を・・・・・・。俺が・・・俺が姉さんを・・・・・・?」
敵に殺られたんだと思っていた。
けどそれは間違いで、最近になって外傷がなかったという証言がノワール国の医療班から上がった。
ずっとそいつらのことを恨んでいたのに。
死因がわからないとなるといったい何のせいにしてそれを受け入れればいい?
いや、受け入れたくなんかない。
俺は姉さんの命を奪った奴のことを、絶対に許すわけにはいかないんだ。
姉さんには神器を持つ神が宿っていた。
元はといえばそいつが全ての原因なんじゃないのか?
そうだ。
俺はそいつを許さない。
大切な人を奪った神と名乗る奴を。
仇を取るまで、絶対に・・・ーーー。
いつしかガレットの動きを封じていた氷の足枷は消え、手にしていた剣を持ち直すと大きく声を荒げモニア目掛けて走り出したーーー。
「そこまでよ」
ふいに聞こえてきた馴染みのある声に反応し、ガレットはピタリと足を止めた。
「あなたは・・・・・・」
「その子の言う通り。もう、終わりにしましょう。現実を受け入れられないのは痛いほどわかるわ。でも・・・真実を知った今、あなたのしていることは間違ってる」
「間違ってなんかいない!俺はこいつらの持つ神器とスカイ・ネイルを手に入れ、姉さんを生き返らせるんだ!!」
「そんなことをして、あなたを助けたステラの思いはどうなるのよ!!」
「・・・!!」
「・・・・・・これ以上彼らに手を出したら、ノワールの規定に反しあなたを暫くの間外出禁止処分とします。不服なら、直ちに国へ戻りなさい」
「・・・っ」
ぐっとその場に留まり剣を収めると、ガレットはそれ以上何も話す事はなく引き連れていた兵たちと共に去って行った。
「ごめんなさいね。盗み聞きしてしまって」
「いえ。エシャロットさんは彼を止めるために?」
「ええ。・・・・・・やっぱり、あの子もあの石の力を追い求めていたのね」
「詳しくは把握されていなかったんですか?」
「そうね・・・。私が聞いてもはぐらかされてばかりで。でもきっとそうなんだろうとは彼らの行動を見ていてなんとなく気付いてはいたんだけれど」
寝たままのルチルを見てエシャロットは心苦しそうに眉を寄せた。
「本当に、なんと謝ったら言ったらいいか・・・・・・」
『謝らなければならないのは私の方よ!エシャロット、あなたは何も悪くない。彼女の願いを叶えてしまったばかりにこんなことに・・・・・・っ』
「いいえ。あなたには感謝しているのよ。微弱な力しか持たない私にはしてあげられなかったことを、あなたは代わりに叶えてくれた。あの子は幸せだったと思うわ」
視線を上げ、初めてその姿を目にしたエシャロットはやっと直接話せたと少しだけ口元を緩めた。
「あなたたち・・・・・・神様は、きっと悪い人なんかじゃない。私はそう信じているわ」
『・・・・・・』
「あまり気は進まないかもしれないけど、彼女が目を覚ますまで城で休んでいかない?あの子・・・・・・ピケも、会いたいそうよ」
その名を聞いてリースは直ぐにそれを断った。
率直に今は会いたくない・・・・・・そう思ったからだ。
エシャロットも返事がわかっていたのか気まずそうに相槌を返す。
「彼女がしたことは許されることではない。・・・・・・けど、主のいる召喚獣にとって命令されたことには何があっても従わなければならないの。そこは理解してあげてほしい。それから・・・・・・あの子はついさっき、バルデから契約解除を言い渡されてるわ」
「それは・・・・・・神器を持ち帰らなかったから?」
「ええ。計画は失敗し、兵も大多数失った・・・。とはいえ、今まで城の召使いとして働かせた上、散々使っておいて解除するなんて酷い話よ。・・・・・・でももうこれでピケが手を出す事はないわ。あなたたちといる時のあの子は、心を持つ人間のように楽しそうにしていたから」
「けど、俺は信用できない。楽しく話していた時間があったからこそ、仲間に・・・こんな・・・・・・」
「信用を・・・・・・回復させられるかはわからないけど。バルデとの契約を切った後、私がピケの主として新たに契約を結んだの。だから、私が命令しない限りあの子の意思で誰かを傷付けるようなことはない。
・・・・・・私のことを、信用してもらえていたらの話だけれど」
ピケが召喚獣だった、ということでさえまだ信じられないのに。
最初に言わなかったのは、召使いとして働いていたからか?
客に伝えるべき事項ではないから特に話がなかっただけなのか。
それとも知られたら困るから言わなかったのか。
そもそも、召喚獣ってのは・・・・・・何なんだ?
頭に疑問が飛び交う中、フランはリースのところまで戻るとあまり空気を重くしないように柔らかく言葉を並べていく。
「すみません。僕らもまだ上手く整理が出来ていなくて。・・・ただ、召喚獣の特性はわかっています。契約を結んだ獣は人型に化けることができ、自分に危害が及んだ時以外は基本的に他者に手を出すことはない。過去に扱っている人をそばで見ていたことがあるので、エシャロットさんが言うことはなにも間違ってなんかいない」
「・・・ええ。あなたは確か、昔はカメリアにいたのよね」
「はい、そうです」
「別れる前に最後に一つだけ聞かせてちょうだい。ノワール国がこんな状況になってしまったのは、当時カメリア国がノワールを襲ったからだと思う?」
「!・・・・・・その時自分はまだ情勢の話を聞かせてもらえるほどの立場ではなかったので、それについては分かりかねますが。カメリアは・・・・・・おじ様は、そんなことをするような人では到底無いです。ただ、きっとノワール国王は何か勘違いをなされているのではと思うのですが」
「やっぱり・・・・・・。私もそんな気はしているんだけど。あなたを見ていて余計に違うと思えたわ。ありがとう」
「・・・・・・」
エシャロットさんは、全て受け入れられているのだろうか。
娘の死も。
家族の状況も。
国で起きている紛争も。
自分自身のことも。
この人を見ていると胸がずっと苦しくなる。
気を許しすぎてはいけない。
わかってるけど・・・・・・。
きゅっと手を握りリースはエシャロットに改めて城に泊めてくれた礼を伝えた。
すると胸を撫で下ろすかのようにふっと笑みを返してくれた。
「私はこれで戻るわね。・・・・・・そう、念の為に伝えておくと、この先にスレイトというノワールの友好国があるのだけれど、もしかしたらバルデから何か伝達が行ってるかもしれないから、くれぐれも気を付けて」
「わかりました。エシャロットさんも、お元気で」
別れを告げると、頬に冷たい何かが落ちる。
赤く染まっていた筈の空は第二王子の放った魔法により暗雲となり、地面を少しずつ濡らしていった。
闇に吸い込まれるかのように王妃の後ろ姿が見えなくなっていく。
あの人たちのためにも、早くスカイ・ネイルを封印しないと。
・・・・・・いや、もういっそのこと無くなってしまった方がいいんじゃないのか。
力を求めて争いが起こり、誰かを失うくらいなら。
他にきっと方法が・・・・・・。
・・・・・・。
ふとした違和感。
だけどこの感じは何なのだろう。
「僕らはこのままザンスカールを目指す予定だけど、レイはどうする?」
エシャロットの姿が見えなくなったのを確認し、フランはレイに問い掛ける。
「行き先が同じならどうせ向こうでも鉢合わせるだろう。のんびりするつもりは無いが・・・・・・あんたらに同行する」
「それは心強いな。・・・・・・だけど早速、今日はもう暗いし先ずは雨宿りしなくちゃ」
「・・・」
「ルチルは僕がおぶっていくから、あそこの木に避難しよう。ほら、リースも」
フランの提案にむっとしながらも特に言い返さず、ルチルの体を起こし腕を肩にかける様子を黙って見る。
「ちょっと待ってくれ」
「・・・?どうかしたの?」
二人は不思議そうにリースを見る。
強くなる雨が徐々に体温を奪っていく。
この感覚が消える前に。
確認しておきたい。
まるでそこにいるかのように、リースは彼らに言葉を投げた。
「ずっと頭の中で引っ掛かってたことがあるんだ。この違和感が何なのか、今までははっきりしなかったんだけど・・・・・・。
またわからなくなる前に言っておきたい。
スーラ・・・・・・
・・・お前たち、俺らの思考を操ってるだろ」




